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異世界制作進行:高山花  作者: TaK@2516
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第三章 エスプレッソ二杯分の覚醒をした私の脳内でも分からない今(完全形態)

 就活を行っている私は納屋にて不思議な再開を果たす。

「レイ……」

 信じられないが信じよう。この胡散臭い現実に。

「あまり名前を呼ぶな、それに私はもうレイではない」

「え?どういうこと?」

 遠い目のレイは懐かしむような表情を浮かべる後に愁い、そんな表情を浮かべ手に持っている両刀を見る。

「え?じゃあ、あなたは……?」

 確かに言う通りなのかもしれない、顔は一緒であるが、何となく雰囲気が違う、少し大人になったような気もするし、服装にしたっていつもイメージしている物とは違う。

 シックな印象のスーツだが、圧迫感が無いように紺色を使っている。

ロールアップして足元をスッキリ見せるスタイル、靴もどちらかと言うとカジュアルな印象が強いカラーリングのレザーシューズである。

 髪型もそうだ、あのツンツンした髪型じゃなくて、短く切り整えられながらも毛先を遊ばせている感じ、仕事できそうで腹立つ!前の感じにしてよ!

「それは後だ、あとあんまりじろじろ見るな。恥ずかしいだろ」

「あっ、はっぷ!はい、ごめんなさい」

 心の中でファッションチェックしてたのがバレたかな……お恥ずかしいところお見せして申し訳ありませんでした。

 ばつが悪そうに目線を背けると、レイもそれにつられ私から目線を外した。

「まあ、あれ。俺が思うことも、花が感じることもいっぱいあるだろう。だから場所を変えて少し落ち着ける場所に行こう。ちょうど美味しいコーヒーも入ったんだ」

「はぁ、そう」

 と口では言うが内心緊張している、だってこんなおしゃれな人が、レイが行く場所だよ!きっと行きつけでマスターともアイコンタクトだけで会話が成り立つ、そんなとこなんやろな~……。

「そして言うんよ~XYZが俺を呼んでいるって……」

「呼んでいるのは俺だ、行くぞ」

 慌てて口元を塞ぐとレイは少し口角をあげ、扉へ進んでいく。

 にしても本当にどこ行くんだろう。レイってここに住んで長いのかな、それとも来たばっかりなのかな。

 なんだか聞きたいことが山盛りだ。就職説明会でもあまりといか、まったく質問が浮かばず、無理やり出したのを言っても、頓珍漢な質問で場が少し固まる。

 はぁ、就活の事思い出しちゃったよ。

『はい、あの、えっと!アニメを作る意味って何ですか!なんのために作って何を皆さんは考えるのですか!』

 ああああああああ!忘れろ!忘れろ!!忘れろ!!!

 何のために?そりゃあお金のためでしょう!お金が無いと生きていけないし!いるか?面接のときになんで働いているんですか?って聞く人。恥ずかしいよ!

死因:恥ずか死。

「……どうかしたの?」

「え?」

 目を薄め、レイがこちらを見てくる。これは何やってるの目だ。

「疲れた時は反省するな、きっとその時出た言葉はマイナスな言葉しか無いのだから」

「そう?」

「そうだ、だから今から旨いコーヒーを入れてやる。その時にまた話をしよう」

 何だか凄い鼻に言葉だな、自分は何でも知ってます~みたいな。私だってそれくらい分かってるよ。

 レイの後ろを追う。

 アニメで見るより大きい、そして身近だ。

 レイが歩きながら口笛を吹いている。その後ろを追いながら歩く。そして最後まで振り返らないエンディングを思い出す。

 あの時のはきっと平均的な男性の身長で設定されているからあまり大きく感じないが私が追うと少しその時より大きい。それでどう変わるかなんてものは無いが、距離感は近い。それはまるでぶつかってしまうように。

「あいた!」

 レイが急に扉の前で止まった。そして私は激突。

「さあ、入れ」

「こ、これって……箱!」

 五話で盗賊に騙され、王国の宝物庫に侵入する回。

 衛兵たちに追い回され、レイが言った迷言。「よし、箱に入るぞ」じゃん。

 明らかにそこにいた人数入らないのに次カットでサイズが変わってみんなで隠れるシーン。あそこは箱が大きくなったのか、レイ達が小さくなったのか討論がネットであったんだよね。いやいや、分かっている。この人。

 原作ファンなら間違いなく笑うネタじゃん。

「ええ、そうね」

 レイの仲間であるシノン風に答えると堪えていた物が噴き出してしまう。

「いやいや~分かってる、うんうん。さすが本物やね。懐かしい、懐かし……って本当に入っとる!」

 膝くらいの大きさの箱に一生懸命入ろうとするレイ、そんな一生懸命な顔して入ろうとせんで良いよ!ファンサービス旺盛すぎだよ!アニメキャラの鑑だよ。

「そうそう、そやって入ろうとして次カットで大きく……なっとる!」

 箱がでかくなった!そしてレイが箱から頭だけ出して私を見つめる。

 え~、なにその真剣な眼差し。私が変みたいなのん…………?

 だってね、そんな箱…………入ったとして何があるの……?箱に二人が入ってるだけでもなんかシュールだし、入らないと頑張ってくれたレイを裏切ったような感じなるし、入って、ははは、俺がウッディだぜって言おうか。

 もう、分かったよ……入ればいいんでしょ?分かったよ分かったよ。

 足を進めるとレイはこちらを見て今日一番の笑顔を向けてくる。

 足をあげ、箱の底を確認するようにゆっくり下ろすが、すかすか?

 気のせいと思いもう一度確認するが足に地面らしい感触が無い、何度も何度も探るが無い。底なし?

「これってどういうことなん?」

 半笑いでレイがいるはずの方を見ると………………いない!

「ちょっと!レイ、レイ……!うわぁぁ!」

 落ちる、落ちた?落ちてる!

「うわぁぁぁぁぁ!」

 バランスを崩し真っ逆さま。

 最近落ちてばっかりで慣れたっちゃ慣れたのだけどこのスタイルは初めてだ。

 今後のご活躍をますますお祈りいたします。

 これが二十社も来る将来有望な私ではあるが……うんうん、中途半端な自虐ネタが一番面白くない……はぁ。おかげで落下しているのにこの冷静さ。

 喋っていることと頭の中が真逆だって?それもそう、だって。

「なんだ、初代映画版不思議の国のアリスより落ちた時間短いだろうに」

「確かに短かったけど何その言い回し」

 そうそう、作られた年月が遅いほどながいんだよね、ウンチクなのか、例えなのか……分かりにくい反応に困る独特な言葉だ。

 レイは私の反応を受け、首を小さく傾けた。

「さあ、コーヒーはもう少しだ」

「コーヒー、あんまり得意じゃないんやけどな」

「好きになるさ、あれはきっと」

 愛想笑いがこぼれる、なんでコーヒーを飲むためにこんな冒険しないといけないのよ。

 落ちた場所がどこなのか、そしてどんなコーヒーを飲むのか、そんなことも考える前に瞬く場面が私を混乱させていた。

「ねえ、暗くてなんも見えんのやけど!」

「ん?ほら」

 レイの手元が光り、私に向けて何かを投げる。ライター?

 仰々しくキャッチした私はしばらくそれを見つめる。

 銀色のオイルライター、どこかで見たような……!二話の冒頭で拾ったあれだ!これを点ければ影の自分が出てきて襲われるって代物!

 実力が同じ影に追われ、どうにもいかなく時レイが言う。

「今日の俺とお前が同じだと思うなよ……!」

 ズバッ!レイの修行中であった剣技、朱ノ一式が完成し影を炎が包み込む!

 最初にして終盤のような窮地、原作ファンでもここをお気に入りの場面に選ぶ人がいるくらいである……ん、待たれよ。

「これって、点けたらヤバいよね」

 炎が柱のように燃え上がり、そこに出来た影から敵が出てくる、これをやらせる?、死ねって事?

「ああ、そうだったな、はは」

 何その乾いた笑い!腹立つんだけど!

「はは、じゃないよ!なんてもん渡しよるんよ!うっかり点けとったら死ぬとこやったやん!」

「まあ、まあそう騒ぐな。まず開けてみろ」

 言葉に合わせてライターに付いてるリッドをカチャンと心地よく開ける。なんか凄く仕事できる人みたいでかっこいい……!

「そしてホイルの下ぐらいに摘みがあるだろ?こいつを右側に捻る、これで影は出てこない、な?」

「な?じゃないよ!何この世界観壊れる設定!小さい子供が触れないようにする安全装備じゃないんやから!」

「便利だろ?まあ、それにお前が一人二人増えようがうるさくなる位だし大丈夫だろ」

「なんかそれはそれで悲しいよ!もう少しリアクションしてよ!」

 信用ならないのでサイドバックにライターを入れ、携帯を取り出しライトを点けた。

「風情がねぇなぁ~」

「さっきの安全装置の方がひどいよ!」

 レイは私がライトを点けるのを確認すると足を進める。そういう所は優しいのね。

 にしてもここはどこなんだろう。

 足を鳴らせば響く、石造りの床。上を見ても何もない、手を伸ばせば届きそうで届かないくらいの天井があるくらいだ。どこからここに入ったんだろう。

 少し進んだ場所には段差?いや、階段がある。レイがそちらに進んだから私も後ろを追う。

 一段下りると若干右側にずれている?螺旋状である。

 足元を照らしながら、不慣れで不器用に足を進めていく。踏み外したらどこまでも落ちていきそうで怖いからだ。

「どこまでも続くよどこまでも」

「あ、そうなんっすね」

 もうちょっとやそっとの事では驚かない、驚いていたら先に進めなそうだから。

 それにしても私って何してるんだろう。友達は今頃働いて、社会はさ~会社はさぁ~もうおかしいと思うんだよね~どうですか?清原弁護士~って夜にはお酒を飲みながら愚痴を言いながら大人になっている。

 文字通り、大人の階段を登るという事だ。

 私ときたら就活するとか言いながらあてもなく東京に来てしまいには謎の階段を降りてレイなのか分からない変なおっさん。

「さあ、もうそんな暇じゃ無いぜ。錨を上げろ野郎ども、一、二、三の合図で行くぞって訳せる英語の歌があるんやけどそれってどういう意味なんやろ」

 最近聞いた古い曲が頭の中に流れる。私の中の合図って何だろう。

 階段を降りるとそんな言葉が下りてくる。そんな怖い言葉がこの薄暗い、馴染みない場所で来た恐怖に耐えれず私はレイに伝えた。

「なんだ急に、そんな暗い話をされたら後で飲むコーヒーが苦くなるだろう。知ってるだろ?俺甘くないと飲めないんだよ」

「そこは変わってないんだ」

「ああ、俺は俺だからな」

「そっか」

「だからそんな他の奴が唄った得体のしれない言葉をお前の感性で理解しようとするな」

 レイは毎回コーヒーに角砂糖を8個、ザラメをスプーン五杯入れてたっけ。そういえばそれを真似して飲んだら甘すぎて頭が痛くなったんだっけ。

「でも名曲なんだよ」

「いい歌は毒だ、良く体に馴染んで心を侵すんだからな」

 なんだか聞き慣れている人しか言えない言葉。だから意地悪した。

「そっか、レイは好きな歌ある?」

「ああ、もちろん。お前が言ったのも好きだ」

「じゃあレイもダメじゃん」

「そうか?じゃあダメなんだろな」

 大人の階段、たぶん向きや傾斜、形は関係ないんだ。

 誰と一緒に正しい物を登っているか、なんだろうな。

 得体のしれない階段を降っている、私が唄った。そんなくだらない毒である。






 にしても長い階段だ。どこまで続くのやら。

 レイと共に歩き出してどのくらい経ったのであろうか。少なくとも足が疲れるくらいには降りたはず……きついっすわ。

「ねぇ、あとどんくらいで着くと?」

「どのくらいが良い?」

 いや、何それ?どのくらいって言われても……。

「じゃあ、後五分くらい?」

「分かった、じゃあそのくらいで着けるくらいには頑張る」

「いや!えっ!頑張るって……道に迷った……とか言わん、よね」

「ははは」

 嫌な予感がするぜ。私の中にいるソロ船長がそう警告を鳴らしている。

 そもそも一本道でどうやって道に迷うの?この人、天才?

「ちょっと!何その反応!本当に着く?てかどこに連れて行こうとしよるんよ!」

「旨いコーヒーが飲める場所だ」

 旨いコーヒーがなんちゃらって言ってたけど大丈夫なの?そもそも旨いコーヒーのためになんでこんな迷宮のような場所に連れてこられないといけないの!

「てかここってどこなん?」

「どこって、旨いコーヒーが飲める場所に決まってるだろう」

「あ~、まともに会話しようとしてた私がバカでした」

 第一レイってこんな感じの喋り方だったっけ?アニメでは寡黙でありながら、必要に応じてきちっとした、求めていた言葉を用意するそんな印象。

 さっきのは、少し気が楽にはなれたけど……。にしてもだ。

 私が少し過大評価していたのかな、いや違う。レイはレイだもん。この目の前にいる顔は良いけど胡散臭い人が偽物なんだ。偽物!

 さっきから怪しいと思ってたんだよ。そもそもアニメのキャラクターが現実世界に現れて、そして触れれるなんて。

 きっとこれは夢だ!良いか悪いかで言うと……ちょっと良い、面白い方の。

 これから目を覚ませば日常、パソコンで採用ページをサーフィンし、履歴書を書き、三代目のパンプスを履いて会社に行く、そんな日々が。

 そう考えると目が覚めて欲しくない気もするが、どうのやら。

 今はこの前にいる自分をレイだと思い込んでいる人に着いていくしか。

「もう頃合いか、そろそろ着くとしよう」

 レイ?は石段を降りるのを止め、私のほうを向く。えっ!さっきの小言聞こえてたの?

 なんだかニヤニヤして怖いんだけど……。

 ジャケットの内ポケットを探り、そこから何か小さな物を出した?それは……?

「鍵だ」

「か、ぎ?」

「物語の的な鍵?」

「そうなのかもしれないな、これが無いとずっとこの階段を降る場面だけで終わるだろうし、つまらないだろう、そして入れないしな」

「入れないって……うわァッ!」

 閃光、そう言うのがたぶん正解だろう。鋭い瞬きが私を包んだ次の瞬間であった。

「アニソン?」

 聞いたことのある、ような歌声だ。女性カルテットでアップテンポな感じ……あれだ。あれだよ。あれ、あれがあれになるやつで、あれが出てて来て、それがあれになって……。

 何となく聞いたことだけある曲だ。思い出せない。

「ねえ、この曲って、えっと……どこ?」

 何か、どのように形容するのが正しいか分からない場所に私は立っていた。

「散々もったいぶって悪かったな、さあ一杯どうぞ」

 レイ?の言葉を受け、きょとんとする。草原で。

「待って、待って!ここはどこなん?そしてコーヒーってどこから持ってくるの……!どこから来たの?」

 ポツンと小屋があった。住んでいるのはこの方!って紹介した方が良いのか。

「まあ、上がれ。社長特権の個人オフィスだ」

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、どこかで見たことある納屋のような場所に入っていく。

「待って、待って!」

 マイペースなレイ?に振り回されながら私は焦って追いかける。

 屋根が上に伸び、アニメで魔法使いが住んでそうな印象だ。中に壺とか怪しい薬草などがたくさんありそうだ。

 丁寧にドアがぎぃ~と気味が悪い音がし、開く。凝ってる……。

「おじゃましま~す」

 今日で似たような場所に二回も入った。一つは練馬にあるボロ小屋、そして二つ目は今目の前にある魔女向けのモデルルームでありそうな家だ。

「……なんじゃあ、そりゃあ」

 手前には応接用にあしらわれたであろうソファと机。

奥にあるデスクパソコン、偉そうな椅子に、だだっ広い机、観葉植物に大量のファイルが収納されているラック……凄いくらい普通のオフィスルーム。

 干したカエルも、そんなに書くことある?ってなる胡散臭い怪しい本も、合羽橋でも扱ってなさそうな鍋も無い。

「今淹れる。ちょっと待ってろ」

 奥の部屋にレイ?は消えていき、私はソファにドカッと音が鳴るくらい深く腰掛けた。うん、良い座り心地だ。

 面接中に出来ない態度である。最近の騙していた窮屈な自分を消し去るように、だらしなく座っているだろう。実に心地いい。

 レイ?の趣味だろうか、ジャズ調でどこの誰がどのような気分で演奏したか分からない曲のリズムの良さ、高級なハーブの香水のような上品で落ち着く匂いで思わず欠伸が出てしまった。手で口元を覆うが少しもれてしまったであろう。

 ここ最近、焦って休む暇もなかったような気がする。夢もまともに見れていない気がする。

 ああ、これ夢だったか。そうだよね。こんな日常があるわけない。

 夢の中でまた夢を見るのも悪くない。夢の中で夢を見ると一生夢の中を周遊する……あれ、これって何話だったっけ、そもそもこれってイグナイトクレストだった?最近見たの……。

 これを最後に私は欠伸すら出ず、体をその場に任せ、周遊させる。

……コーヒー………………さめる………………てるのか…………―い………………ろ…………か…………………………相変わらず、苦いな。

 あ、やっぱり寝てた。

 コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。くしゃみは出なかったが、目は覚めた。

「おはようございました。コーヒーはいかがでしょうか」

 ちょうど抽出が終わり、湯気が上っていく。そんな単調で美味しそうなコーヒーであった。

 バカにしたような口調の後、ドリップポッドを置くと請けのクッキーをいくつかお皿の上に並べた。

「ブラックで」

「コーヒーは飲む人を表すんだ、ブラックは何も受け入れない寂しい人間と言ってもブラックを選ぶか?」

「私、砂糖を子供みたいにたくさん入れる人じゃないけん、大丈夫」

「コーヒーくらい自分を甘やかして良いんだ、世の中甘く無いんだから」

 どこかの対人関係拗らせた千葉県民みたいな事を言い出すレイ?わざとらしい言い草で笑ってしまう。

「苦いコーヒーみたいな刺激が欲しいからいい」

「そうか、まあ最初は苦いのを心地よく感じろ、そしてふと昔飲んだ甘いコーヒーを思い出して飲んでみろ、かなり旨いから」

 少し残念と言わんとばかりの表情をレイは浮かべ、

 この言い合い、いつもアレンとシノンでやっている会話に似ている。

 唯一似ていないとしたらレイが言い返さない事だ。そこで私はレイなのかどうか分からないこの人に聞いてみることにした。

「あ、あの……」

「話の前に飲みな、冷めたら美味しくないだろ」

 レイ?は真剣な獲物を睨むような表情を浮かべ、自分で入れたコーヒーへ見ているこっちが胸やけしそうな量の砂糖を入れていた。

「うげぇ……」

 見ていたら折角のコーヒーが不味くなりそうなので見ないよう目を背けた。

 いるんだよね、ラーメンに最初に辛子高菜とか紅ショウガなんかを大量に入れる人。あれを見ると心が痛むよ、スープを作るのにどれだけの努力をしたのか。

 例えるなら歴史的な美術品に手を加える痛い芸術家気どりの人。分かってないな~。

 そんな益体も無いことを考えても意味ないし、こちらはこちらで堪能するとしようか。

 コーヒーを飲みながらその間に質問を整理しておこう。

 まず、何者なのか。

 そしてここはどこなのか。

 最後にどうして私をここに呼んだのか。

 そうそう、こうやって事前にある程度の質問をまとめておくのが大切。その場に行って適当な質問を作ろうとしたらこんがらがってとんちんかんな事を言ってしまうから。

 でも本当にレイ本人だったらどうしよう……そういえば昔登場人物に会えたら聞きたい事とかノートに書いてたっけ……ヤバヤバ!画面越しの人に質問するのまとめてるなんて何してるんだ!

 体はどこから洗いますか……知らねえよ!どこだって良いじゃん!でも今目の前にそれらしき人はいるんだから聞こうか……止めておこう。足からって言いそう。

 野球をしていたらどこを守っていますか……ピッチャーか、ショート。いや、意外にファーストだろうか、背は高いし。これは保留。

 後は恐怖は何ですか、アニメのキャラづくりで大切なのは恐怖だとか、弱点だったりするってどこかのウェブで書いたあった。レイは何に対しても臆すること無いタイプだったから気になる。レイは何が怖いのか。甘い物が無い世界って真顔で答えそうだけど。

 あと甘い物関係だとたい焼きはしっぽから食べるのか、それか、頭、いやはや、お腹?これは何となく性格でそう。ちなみに私はぱりぱりのしっぽから食べるタイプ。

 おっと、いけないいけない。

 香りを楽しんでいたら自分の世界へ飛んで行ってしまった。

 良い香り。どこの豆かは分からない、そして水も。でも互いに良き関係を築き、そして片方のみの主張ばっかり取っていない。

 さらに注目したいのは飲んでいるカップだ。今の季節にぴったりの桜が彩られているこれだが、カップが温められていた。香りが瞬時に落ちないわけだ。

 ふ~ん最高な香り。となると味も気になる……。

 ソーサから持ち上げ、ゆっくり口をカップに当てる、こいつぁ……。

 柔らかい、来るものを拒まないといった印象だろうか。軟水で挽いたのであろう非常に飲みやすく、そして豆の味を殺していない。

 そして出されたクッキーとの相性がばっちりだ。

 正味七百五十円で飲めるセットって感じだ。

「気に入ったか?」

 レイ?は死にほど甘いコーヒーを優雅に飲んでいた。澄んだ表情しているけどそれ糖尿病になるよ。

「うん!美味しい!あ~生きてる甲斐あった~」

「なら良かった、こちらも注いだ甲斐があったというものだ。まだあるから満足するまで飲め」

 お言葉に甘えてもう一度カップに注ぐ。今度はミルクを入れてラテにしてみた。ああ、こっちもコクがあって美味しい……どこの豆なんだろう。

 ところでの話なのだけど、レイに質問をするのを忘れていたのを今更ながら思い出す。

「私を頭から、お腹から、どこから食べますか!」

「まずはその頭をどうにかしてからにしてくれないか」

「……!」

 気を緩めすぎてとんでもない事を口走っていた。たい焼きをどこから食べる~みたいな変な事考えていたからだ!

「お前、酔ってるのか?」

「ち、違うもん!その、コーヒーが美味しくて、その!」

「あれだな、ある程度お前が変な奴だって事は分かったが、俺のことは話していなかったな、まず何から聞きたい?」

 カップを置き、レイ?は足を組んでこちらを見る。

「えっと、名前はレイ、で良いん?」

「レイ?ああ、そんな風に呼ばれている時もあったな」

 ニヒルな笑みをこちらに見せる。レイじゃない?じゃあこの人は??

 夢魔の象徴である蝙蝠なのか?私の好きなキャラクターに化けて侵入するなんて姑息な!コーヒーは美味しかったけど。

「じゃあ、じゃあ誰なん!そんな格好に化けて!ずるいよ!」

 十六話で夢魔と戦う、話があった。回想BANKが多い回で、あ~、お休み回なのねと思わせる話数と思っていたが、その場面が上手くいかない、悪い方に行く、世界が滅ぶみたいなIFルートで絶望を味わせるみたいな回があった。

「就活が上手くいかんのは、あんたのせいなんか!」

「八つ当たり?」

「じゃあ、あんたは何者なん!」

「ああ、すまん、すまん。自己紹介していなかったな」

 夢魔であろう存在はポケットから高そうな皮造りの名刺入れを出す。最近の夢魔はビジネスマナーもしっかりなさっているのですね。

 慣れた手つきで名刺を出すと私の方に両手で、しっかりとした所作で差し出す。

「ありがとう、ございます……」

 覚束ないが形だけ見様見真似で覚えた動きで名刺を受け取る。

 シンプルで見やすいフォントで名前が書いてあった。

 株式会社:スタジオエクスプローラー。

 代表取締役又アニメーション監督:北泉零。

「……スタジオエクスプローラー代表取締役……北泉零……さん?」

 どこかで聞いたことある社名だ……そして、

「そうだな。社会人として取引先の名前を復唱して覚えるのは基本だ。やれば出来るじゃないか」

 うん、うんと満足げに首肯しているこの人が……社長……そして、そして!

「アニメーション監督!?」

「そうでもあるな、まだまだではあるが」

 傲慢さは感じないがどこか腑に落ちない。だって、だって!

「レイやない!?」

「書いているだろ、今の私は北泉零。復唱したら一度で覚えるように、失礼にあたるからな」

「いや、レイやん。名前書いてあるし」

 名刺をレイの顔の前に持ってき名前を指さす。

「今は北泉零だ。それであってそれ以外ではない」

「そっか……」

 寂しい。その一言に尽きる。レイ、私が初めて見てハマったアニメの主人公であり、私のヒーローであり、美味しいコーヒーを注いでくれる。

 疑っていたが、本人の口から違うと言われると、それはレイじゃない。北泉零という社長、そしてアニメーション監督である、アニメーション監督……監督、ね。

「じゃあどんなアニメ作りよるん?」

 私は真っすぐ零へ視線をぶつける。

「まあ、座れ、座れ。少しなら話す」

 座るようジェスチャーを送られ、それに促されゆっくり着席する。

「で、どんなアニメ作りよるん!」

 ペンとメモ帳をバックから取り出し、ゆっくりメモを取る準備をする。

「今はあれだ、あれ。あの~、主人公が浪人して寝ないで勉強していたらぽっくり逝くやつ……名前は、なんだったけ……」

「浪人生の俺が異世界で無双主席になった巻!」

 転生した経緯はさっきしゃべった通りである。

 浪人生の俺が異世界で無双主席になった巻、通称ムソテン

 死んだ主人公が魔法を生活で扱う世界に転生し、なぜか知らないが超常的な力を身に着けていてそれを使ってハーレムチートする~みたいな作品だったはず。

 一話が昨晩あってホテルで見たっけ、ま~た異世界チート?って思ってみたが、キャラクターの心情を表す描写がリアルであったり、作画がとんでも無く良かったのを覚えている。めちゃくちゃヌルヌル動いていた。

 それとあの凶暴なカメラアングル、思わず見入ってしまったのを覚えている。

 それとモブにイグナイトクレストに出ていたドラゴンメイド、カノンに凄く似ているキャラがいたり、主人公が放った技がレイの必殺技に似ていたり。

 どこが作ったんだろうと思いクレジットを見たら書いてあったのがスタジオエクスプローラーであった。そりゃあ、どこかで見たはずだ。

 私の心を非常に揺るがす一夜だったが、この人が?作品の名前を忘れる監督が作ったなんて……本当かな?

「そうそう、それだよ。それ、名前が長いと覚えられないんだよ」

「いや、監督なんやろ!自分の作品くらいちゃんと覚えてよ!」

 アニメの監督って言っているけどそれって本当だろうか?総監督って名前だけ書いておいて仕事は助監督に丸投げしているパターンじゃ無いの?

「仕方ないだろ、開いたラインがそれだったからやっているってだけだ」

「ライン?なにそれチャットアプリ?」

 あ~出ました。業界人ってこれだから苦手なんだよね。わざと業界用語を言って分からないと、そんなのも分からんの?って感じの態度取るし!あ~ムカつく!あの書類選考の返事が来ないで電話した会社!

『そんなのも知らないでアニメ会社に就職したいんですか?考えて方がいいですよ』

 ま、まあ、あそこは滑り止め、といか受かっても、行かなかったし……私を採用しなかったことを将来後悔させてやる……うぅ!早く就職したい……。

「そっか、知らないか。まあ仕方ない。うちの作り方は特殊だからな」

 ローカル言語だったみたいだ。でもラインとは一体なんだろうか。気になるが長くなりそうなのでここは一旦聞かないでおこう。

「どうやったらアニメ会社に入れる?」

「どうって?今入っているだろ。コーヒーも飲んで、たくさん質問して」

 何その最終的に入ればよかろうなのだッッッ!みたいなの!そんな論理的な物が知りたいんじゃなくて!

「私は結果じゃなくて過程が知りたいの!教えてよ!社長なんだし」

「そうだな、俺からしたら普通の人間がここに入れている時点でもう異常なんだが、敢えて言うなら……生きたいか?って聞く」

 アニメを一生作る!みたいな目標に囚われ、生きていくうえで大切なことを無下にするなってことなのかな?

 この人やたら哲学的な喋り方してくるし、本質を見れない者はどこも必要ないって言いたいのかな?じゃあ、それっぽく答えようかな。

「生きていくためにアニメを作ったらいかんと?」

「なるほど、お前もブヒりを求め生きていくのか」

 ブヒ?豚もおだてりゃ木に登るってこと?確かに名声やお金は大事だ。なら……!

「そう、私もブヒ、り?が欲しい!いるんよ!」

「同じ境遇?いや、考えすぎ……私達みたいにこちらに来た者はいないはず、お前、もしかして放浪者か?そして名前はさっき言ったのであっているのか?」

零は私の肩に荒々しく手を伸ばし、力を籠める。

「え!いや、そんな、何もしてないのに欲しい、欲しくないって言ったらいかんかったよね、ごめん」

 業界人の前でお金が欲しいとか、有名になるだとか夢を語るなんて御法度であろうに、私は自らそのタブーに足を踏み入れてしまっていたようだ。

「いや、良い。それが無いと死んでしまうからな。良いんだ、むしろもっと欲しがれ」

 かけていた手を優しく退けると、零は腕を頭の後ろに組み、どこか明後日の方を向いた。

 ……今のって、まさか、まさか…………もしかすると!

「欲しいけど、どうやってアニメ作って良いか分らんし……」

 後もう一押し、そんな感触を私は感じた。

「アニメ作っているところ、見るか?」

「はい!!」

 よっしゃ!感触は確かだった。これは、勝ち確定か?社内見学からの、働かせてください。これは内定間違えなし。終わった、終わったよ。私の就活……。

 さようなら、リクルートスーツ、テンプレートな履歴書、そして就活浪人という肩書。

「着いて来い」

 就職までのカウントダウンを心で数えると鼻歌が自然とこぼれ、笑みが浮かんでしまう。こんなの脱いじゃえ~。

 零が奥へ進んでいく。そこには階段があり、上には何かありそうだ。

 作っているところって言ってたけど何かな~。作画ブース?制作デスク?いやいや、撮影部や仕上げ部かもしれない。

 零の後ろを浮かれながら着いていく私、見る人が見たら凄く間抜けなように見えるかもしれないがそんなのに構ってはいけない。

 外野の意見に左右されて自分が本当に作りたいもの、そして伝えたいものがぶれたらいけない、だってプロなんだから~浮かれてるな。

「さあ、着いたぞ」

「ここって……?」

 何もない、だだっ広いだけの部屋、作画用の机も無ければペンタブも無い。ここって?

「さあ、アニメを作りに行くぞ」

「何をどうやって!」

 真ん中に立つと広さをさらに感じる。

 この人もしかしたらアニメの作り方を知らない?いやはや、そんなわけは無いでしょ……無いよね?

「目を閉じろ、そしてイメージしろ、自分がアニメを作っている姿を」

 あ~何も知らないのね。

 制作は他のスタッフに任せて社長業だけやっている。きっとそうなんだ、あ~私がアニメを作るんだったらどうなんだろう。

 まずは作品を知ることから初めて、それでどこを伝えていか、どこを強調すれば面白い絵になるか考えるな……そしてそして~。

 なんて何もやったことが無い私なりに色々考えた。どう作ったら楽しく作れるか。

 するとどこからか聞いたことのある音楽が耳をくすぐる。

「この歌は?」

「……聞こえ始めたか、ならもっと研ぎ澄ませ」

 私がアニメを作る理由、それは想いを伝えたいから。自分が頑張って作った物を見て私、高山花を知ってもらいたい、そして……そして。

 目を閉じていながら光の粒子が動き、そして何かを形成していくのを感じる。

 歌もそうだ、さっきまでただの音であったが、それが何か、何を歌っているかはっきり聞こえてくる。

「ムソテンのオープニング?」

 浪人生の俺が異世界で無双主席になった巻!で使われているオープニングが聞こえた。

 女性カルテットが歌う、まるで夏休みの朝のように希望に溢れたそんな曲調だ。聞くと何度か聞きたくなる魅力もある。

「ああ、そうだ。あと少しで世界は変わる。そこではお前の自由だ。欲しい物は自分で手に入れられる」

 欲しい物、さっき言いつくした気がする。でもやりながら見つけるのも悪くない気がする。

 さあ、世界が変わる。そう思い私は目をさらに強く閉じる。







「アニメーション制作現場に着いた感想は?」

「……ん」

「驚いて言葉も出ないか」

「えっと、魔法ってどうやったら打てるん?」

 エスプレッソ二杯分の覚醒をした私の脳内でも分からない今。

 とにかく私は息を大きく吸った。


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