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夢の中で君は

作者: 鈴木寛太

夏の生ぬるい風が窓から吹き込んでいる。その風に揺られながらいると、赤らんだ顔はどこか心地よかった。このまま寝てしまおうとおもうが、今夜は不思議と寝ることができなかった。電気を消して見ても、窓から覗く月の明かりがやたら眩しいのだ。仕方がないので私は晩酌の続きをしようと、静かに月の主題をコンボに奏でさせながら、席に再びついたのだった。

私はふと食器棚に飾られた写真を引き寄せたー写真には高校の卒業式で、よく分からないポーズを取る私と、元カノが写っていた。

私がこちらに移り住んだのも、もう十年も前になるのか、と思うとどこか切なかった。彼女とはきちんと別れることはしなかった。上京して半年程はマメに「会いたい」、なんてお熱いメールを寄越してくれていたが、だんだん減っていき、一年も経てば一切来なくなった。そうなれば私は無精な性質なので特に連絡を取ることもしないのは自然なことだった。

いや、今思えば私は彼女にきちんと振られるのが恐ろしかったのかもしれなかった。彼女は私の初恋だった。高校の入学時の日にその姿を見てからずっと焦がれ、高2の夏にふとした弾みでようやく告白したのだー恋愛に疎い私にとって、彼女は絶対だった。だからあの出発の日は激情に任せ別れを告げて、再開を誓ったのだ。なのに。

時の流れは残酷だ。今の今まで私はあの思いを忘れていた。都会の無味乾燥な生活の灰に埋もれて、セルフィはとうにその色合いを失っているのだ。私はいまだ、アラサーの屍体であった。ただ土に還るのを待つ腐肉の塊が私である。

私は今や強烈に彼女に会いたかった。あれから十年だ。今さら会いに行くのは迷惑に違いないが、せめて一目だけでも彼女に会えたならよかったのに。

私は呻くように、その頃の流行りのポップソングを歌った。まるで歌えばその頃に戻ることができるかのように。自分に酔うように。やがて意識はまどろんでいき、暗転した。


気がつけば私は暗い闇の中に囚われていた。月も風もない、なにもない空間。そこにゆらりと「彼女」の姿が浮かび上がる。その姿は青白く光る炎のようで、いつもの「彼女」よりもどこか神々しい様子だった。彼女は漂うようにして、私へと近寄ってきた。

私はその姿に本能的な恐れを感じて、逃れようとした。しかしそれは叶わなかった。見れば私の全身は網に囚われているのだ。そう知覚した途端、私の四肢はきつく締め上げられた。私は思わず呻きそうになった。

彼女は私の目の前に止まると、音もなく片手を持ち上げ、いとおしげに私の頬を撫で、それから私を抱き締めた。そこに温もりはなかった。どころか、それはどこか人間味のない、空虚な動作であった。しかし、ふいに私は全身が熱くなるのを感じだと。そしていつまでもそうされていたいと願った。いつまでも、いつまでも。

気がつけば私はあの席に座っていた。手には空になったショットグラスが握られており、部屋には吐き気のするような臭いが漂っていた。歯が気持ち悪い。歯磨きをしなければならない。そう思った私は立ち上がろうとして、手元の写真立てをカタリと倒した。

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