閑話4.要求
蚊取り線香の匂いがすると、夏も本番だなぁ、って思いませんか?
ボクは蚊取り線香の匂いは結構好きなので、たまに顔を近づけたりするのですが、皆さんはどうなんでしょう?
……逆に蝉は慣れ過ぎて雑音みたいに感じ取っちゃうんですが、何故か死ぬ間際の最後の蝉の声だけ、毎年耳に残るんですよね。なんなんだろ?
「……」
「……」
こいつは、本気でゲイだったのではないだろうか。
二人の間で沈黙が流れる中、來夢は一人、必死に頭の中の演算機能をフルスロットルで、排熱なんてものを考慮せずに回転させる。
そうして出てきた考察が、見事に簡略なものではあるものの、”圭人ゲイ説”というものだった。
「……い、いや、その」
確かに長くこの、圭人とかいう悪辣極まる屑人間とは長く付き合いを持っていたけれど、一番初めにボクの女装をさせやがったのは、このゴミみてぇに甘ったるい微笑みを浮かべている圭人であることは間違いではないはずなのだ。
しかも、あやふやで思い違いな可能性もあるけれど、ボクが初めて女装した日、確か圭人という奴はボクの姿を見て、ほんの少しだけだけれど、赤顔までしていたような気がする。
「……ふふ、どうしたんだい?」
それにだ、考えてみろ、幾らボクを揶揄うだけだとは言え、そういえばなぜボクの体格とほぼ完璧に一致している服があるのだろうか。
……一度目は確か圭人の姉の服を引っ張り出してきたらしく、かなりがぼがぼな服を着させられていたけれど、二度目以降はなぜかボクの背丈にあった服が準備されていた。
しかも、何種類もだ。
「……き、キミってさ」
もちろん、圭人の家に腐るほど金が余っていることは知っている。……と言うか、そもそも泥沼に投げ入れる程度のお金があるこそ、ボクが圭人に交渉して、欲しいものを買ってもらえるのだから、知らないはずもないのだが。
けれど、けれどだ。
成長期のボクの、その当時の身長に一致する服が何着も、女装するたびに、体格にあった服が準備されているのは、許されるのだろうか。
「言ってみな?」
いや、まあ、学校の水泳の授業だとか体育の授業とかで、微妙に熱っぽい視線を、女子からもあるけれど、男子から送られてくることは大して珍しいことではない。
事実不愉快だけど、男にだけは告白をされたことがあるからね。”男でもいい、でも、お前が好きなんだ! この感情は抑えられねぇ!”っていう情熱溢れる台詞を承ったことは何度もある。
でも、でもだ、確かボクがそう言った類の話をを圭人に話すと、微妙に不愉快めいた不思議な表情をすることに疑問を感じていたが、もしかすれば……。
「……い、いや、そのね、失礼かもしれないんだけどさ」
独☆占☆欲
……とか言うような物なんじゃないだろうか。
「もしかして、キミってホントにそっちの気があるのかい?」
考えれば考える程、來夢が考える中で、最もあり得てほしくない”圭人、重度のゲイ説”を確信する材料が揃って行き、更に悪いことに”そのうえボクのことが好きなんじゃないのか”とか言う、絶対にあり得てほしくない疑惑まで出てくるのだ。
思わず、思わず質問をしてしまったが、これで本当にゲイだった場合、ボクはどう対応すればいいのだろうか。……励ませばいいのだろうか。あるいはボクにはそっちの気がないという事を、しっかりと伝えるべきだろうか。
「あはは、お前って俺のことしっかり見てるか?」
しかし、帰ってきた台詞は、どちらかと言えばボクの質問を馬鹿にするようなイントネーションの混じる言葉だった。
……これはどちらだろう。
「冗談だよ、冗談。まずそもそも、俺は女が好きだ」
來夢の顎をクイッと持ち上げて、自らの目線に強制的に合わせさせ、それから優しく微笑み、そういった。
否定するのならば顎クイなんてしないでくれよ!
その台詞によって、揶揄っていたのだと気づいた來夢は、憤慨し、内心ぶっ殺してやろうか、と言う過激すぎる感情に理性が崩されそうになるが、一旦は圭人がゲイでなかったことに息を吐く。
「……だ、だよね」
顎クイをされた瞬間、來夢の脳裏にかすめた”野郎に甘い声で誘惑される”と言う、おぞまし過ぎる想像に、顔を青褪めさせた來夢だったが、やはり、少しずつ落ち着きを取り戻し、
……とはいえ、突然、野郎に女装癖扱いをされた挙句、その野郎に押し倒された、と言う非常に男としては滑稽でしかない経緯に加え、恋愛漫画のヒロインのような扱いをされた事に、怒りを覚えない程、來夢と言う人間は慈悲深くはない。
それどころか、どこぞの主人公が如く”邪知暴虐の主を滅ぼさねば”と、決意するほどだった。
「……お前が性転換手術をしなければ、の話だがな」
しかしながら、安心しきったせいで、感情が右往左往に揺れまくっている來夢を、そのまま許すほど圭人という人間の心はきれいではないし、ここで來夢と言うおもちゃを最大限に利用するために、再び、猫なで声を來夢の耳元で囁くのだ。
「……本当にやめてくれよ」
そんな言葉に、今度は來夢の脳裏に”性転換した自身が、圭人に抱き着く”と言う、トラウマでしかない想像が雷鳴が如く駆け抜けて行き、再び來夢の顔は青ざめる。
……こいつなら、金を使っていつかやりかねない。
「そ、それよりもだよ! キミがゲイだとか、ボクが女装癖だとかの話はどうでもいいんだよ!」
このままではいけない。
このままではボクが女にされてしまいのではないか。
そんな、貞操的な危機感に苛まれた來夢は途端に話を切り返す。
「本題を話そう!」
今にも圭人に殴りかかりそうな勢いで肩を掴む來夢だった。
……しかし、機器の誤認により、疑似的に強制的に性転換を起こさせられる、なんてことを、その時はまだ、誰も知らなかった。
が、遭遇した時、圭人が何を思ったのか、それはきっと複雑なものであることは容易に想像が付くものだった。
ちなみに、結構適当に書いてたはずの閑話ですが、思いのほか内容が出来上がってしまったので、いつか閑話ではなく、本編に組み込むかもしれません。




