21.すごく個性が豊かで、自らの得意分野に対して酔狂なほどに取り組み、時も、場所も忘却してしまうほどに、それへと熱中してしまう人々の類との、邂逅。
ちなみに今週に中間試験の結果が返ってくると思いますね。
……え、英語二科目で補修を免れたら、万々歳ですね。
もう、ハレルヤでも歌いましょうか。
「……ここ、どこだよ」
思わず、素を出してしまった。
あれからという物、ボクはあの異臭を時々休みながら、追い続けていた……とは思うのだが、途中からところどころ意識が飛んでいるのか、まったく記憶がなく、そうして、今はいつの間にかどこか良く分からない古城らしき場所まで来ていたのである。
……い、いつの間にかマリオネットにされてた、みたいなことはないよね?
「――」
しかも、ボクは長時間歩いていたのか、ボクの横を飛んでいたはずの妖精はボク頭の上で寝息を立てており、手に乗せて、眺めてみると恨めしいほど安寧を感じている寝顔をしているのだ。そろそろ泣きたくなってくる。
とはいえ、見るからに怪しすぎる古城の大門を目の前にして、もう、わざわざ悪臭を嗅ぐ必要性はないだろうし、解放されたと思えば、うれしいことだ。
……でも、結局、来た道わかんないから、すごい不安だけどね。ログアウトしたら戻れなくなってたとかなったら怖すぎるけど。
「にしても、ほんとにここ、どこなんだろ」
ヴァンパイア、フランケンシュタイン、悪魔。そんな連中が住んでいそうなくらいに、苔が壁に生えた、ぼろっちい古城を見て、ボクはぽつりとつぶやいた。
今にも崩壊したとしてもおかしくないくらい、荒廃としたそれに、目を引かれていた。
月も見えるから、これこそ荒城の月だね。とつぶやいてみても、大して現状は変わらない。むしろ多大なる羞恥に苛まれる。
「……しょうもないこと考えてないで、そろそろ行こうかな」
そんな羞恥心を追いやるように、ぐっすりと眠っている妖精のおなかを人差し指の腹の部分で、ぐりぐりと円を描くようにして弄り始める。
しかしながら、少し不快感を覚えているのか、指から逃げるようにもぞもぞと動いていて、すごく可愛らしい姿だった。
「……うへへ」
やっぱりこういうの、楽しい。
ひそかに小動物をかわいがるような。可愛さあまりに虐めてしまう嗜虐心を実感しながら。
はたから見たら、ロリコンのそれでしかないこの状況を、ボクは頬の筋肉を緩めまくり……まあ、客観的に見たらただのやばいロリコンになっていたのだ。
……いや、まあ、性愛というよりは、保護愛というか、いじらしい様子を見せる小動物を、ほんの少しだけ虐めたくなってしまうような。好きなものほど虐めたくなってしまうような、そういった感情であって、
○○たんhshs!
などと言っている連中とは同一視されたくないね。
「――。――。」
「あっ、起きた」
そんな、睡眠をとる小さな妖精を虐める、という至福の時間も、もぞもぞ動き不快そうな表情でボクの指から無意識的に逃れる動きをしていた妖精が、ぱちりと瞼を開けたときには終わってしまうのだ。
ぱちぱち、と二回ほど瞼を開閉させた後、妖精はボクのことを睨んでいた。
「……」
「ご、ごめんって」
そうして、少しの間ボクのことを睨み続けた後、頬を膨らませ、頬を背ける勢いのまま、一人勝手に古城の大門へとふよふよと飛んでいくのだ。
それはまあ、ボクだって心地よく寝ているってのに、遊ばれて起こされたら不愉快になって、下手したら水ぶっかけてやるけど、
……けど、すっごいかわいい。
そんな姿に、もう言語では、可愛いでは形容できないような並々ならぬ感情が、ボクの心の奥底から膨大な流れとなって理性を摩耗していくのだ。
出来うる事ならば今すぐ飛んでいこうとする妖精を捕まえて、頬ずりしたい。
「ま、待ってってば」
「――」
ふん、という擬音が目に見えたように錯覚してしまうくらいに、勢いよく顔を背け、どんどんとその古城の大門へと飛んでゆくのだ。……どうみても、妖精のサイズから見たら古城の大門どころか、普通の家の扉すら開閉することがままならないと思うのだけれど。
「き、キミじゃ扉開けないよねぇ?」
……別に、ボクがあの大門を開けるとは一切言っていないのだけれどね。
は、発泡スチロール製の大門であるのならば行けるね。木製だったら無理だ。
「だから落ち着いて――」
「――!!」
だから、と妖精を咎めて、この大門以外の入り口がないか、探そうと提案しようと思った瞬間に、唐突に大門が爆散したことを認識したことから、やっぱりボクはあの異臭を嗅ぎ続けてしまったせいで、多少脳内回路に異常をきたしたことだけは発覚した。
……たしか、こういった幻覚とかの自覚症状ってのはかなり危ないとかなんとか。
「……ふぅ、やっぱり休もう。たぶんSAN値が削られすぎて、SAN値が削られている事に気付かなかっただけだよね」
なにを、どう考えてみても唐突にあんな大門が爆散するわけがないのだ。……だから、今ボクが腰かけているものも、大門が爆散したものではなく単なる大岩だ。……た、ただ都合よく平面的な面積が多いだけで会って大岩だ。
逆に大岩以外何があるというんだ。
「――!!」
ぷぅ、と頬を膨らませながらも、道端に座り込んだボクをせかすように、引っ張るのだ。……い、いや、だがそのことを事実として認識してしまうのだとしたら、唐突にあの大門が爆散したことを事実と認識したとも言えてしまうのだ。
……しかも、勝手に大門が爆散した、というのもおかしいのだが、あんなちっちゃい妖精が爆散させたなんて、勝手に爆散するよりも違和感がすごい。
エミィを含む血族なのだろうか。そうでなければ納得が出来ないが。
「……うぅ、わかったよ。わかったからそんなに怒らないで」
……ワンチャン、ボクが殺されるというバッドエンディングが、存在することに、ほんの少しだけ恐怖を覚えざるを得ないのだけど。
「……怖いなぁ」
そうして、大門がそこにあったという事実が、見当もつかないほど見事に開かれたその空間へと一歩一歩と足を踏み出す。
妖精さんが。という副音声を付け加えて。
ボクの、割合本心から放たれた言葉を持ちながら、本当の意味に、張本人は全く持って気付いていなかった。
「――! ――!」
そんなぼくの気持ちなど、まったくもって理解しえない妖精は、ボクのことを励ますように、元気な笑顔を見せつけて、先導して見せている。
やっぱり、妖精は自身がボクにとっての最もたる恐怖の対象になっているとは気づいていないらしい。
「くらっ」
しかし、そんなことを言っている暇も内容ようで、さすがに古城というくらいなのだから中に明かりなど存在しているわけもなく、前入った森レベルの暗さが、古城の中には広がっていた。
しかも、以前は妖精たちが大量にいたおかげで、光源を保てた、という事があったのだが、今江はボクの周りにいる妖精は一人だけ。
それはもう滅茶苦茶に暗い。
「……こ、これ、床が抜けそうで怖いな」
しかも、一歩歩けば歩くごとに、みし、みし、と床がきしみ、確かに足が沈みこむような感覚が襲ってくるのだ。
正直に言わせてもらえば、こんなに暗い状況で唐突に床が抜けたりなんかしたら、ボクは本気でこのゲームに対して罵詈雑言を吐きながら、どっかの成金野郎に超高額で売ってやろうとさえ思う。人にもらったものだけど、こんなホラー要素があるとは思わなかった。
「きょ、京都の奴よりも厄介じゃないか」
清水寺の……正式名称は良く分からないけど、滅茶苦茶に暗い場所と同じくらい暗いのだ。妖精の光があるからほんの少し光が見えているからこそ、今ボク自身が瞼を開いているのだと認識できているから、まだましなほうだろうけど。
「萌ぇぇぇっぇぇぇぇ!!!」
「はっ!?」
「――!?」
そんな、京都での最も印象に残っていた出来事と、今後一切思い出にすら残したくないであろうこの状況と掛け合わせながらも、ボクと妖精はゆっくりと、ゆっくりと、足場を確かめながら歩いていた。
しかし、それはそんな時だった。
「こ、これが本物の萌えよ!」
「「!?」」
どこかから、『萌え』という単語が入り込んだ叫びのような物が聞こえ、やはり聞き間違いじゃないよね、と妖精とボクは互いに顔を見合わせて、そうして叫び声が放たれた前方を眺めてみる。
「か、かわいぃぃ!!!! これが萌よ! 萌!」
「あ、あそこになんか、微妙な光が」
やはり、どこからどう聞いても日本人オタク的な萌という単語の利用方法を聞いて、さらなる懐疑心が浮かび上がるのだが、そんなことに精神を紛らわされることなく、叫び声が聞こえてきた方向に、わずかな光があることにすぐさまに気付いた。
「やっぱり二次のロリっ子は違うわ! 三次の合法ロリなんて言う汚い奴なんかよりも全然違う」
……うん、だめだ。とりあえず言わせて。
――なんで?
「もう、桃源郷だぁ」
微妙な恍惚めいたその音色に、絶対に妖精だけは近づいてはいけないことだけは感じさせる。……それどころか、今のボクでさえ近づいたら襲われる可能性があることに戦慄を覚える。
……こ、これ、叫び声で聞こえる『ロリっ子』の、対象が、エミィってことはないよね?
エミィだったら、ボク、あの中に入っていかないといけないんだけど。
「うははは、ナニコレ! 可愛い! 可愛すぎるよ! はすはす!」
しかし、はすはす、という、もう絶対にロリコンの確定の台詞に、ボクはもう逃げ出したかった。
再三言わせてもらうけど、ボクが最も嫌いな奴は日本人なんだよ。
もっと言わせてもらえば、TPOをわきまえない日本人と、単純に倫理的に、社会的にやばいやつとか、例を言えばさっきの言葉を叫んでるやつとか。
「……いや、なんでボク、男だったら絶対にわからない性的な恐怖を実感させられてんのさ」
そうは言いつつも、もしロリっ子がエミィだったとして、そんな淫行条例に引っかかるような行為をされてしまうかもしれないし、薄い本が分厚くなってしまうかもしれない展開が存在してしまいかねないのだ。……そんなものは決して許すわけにはいかないのだ。
社会倫理上において。道徳において。
「ど、ドアだ」
そうして、極力床の軋む音を出さないように歩きながら、わずかにこぼれ出ていた光の場所へ到達してみると、扉から光が漏れ出ていることに気付いてしまうのだ。
「ど、どあ、あけないといけないのか」
ごくり、と、あきらめと、決意を飲み込んで、ゆっくりと、扉を開けたのである。
京都の滅茶苦茶暗い場所ってのは、胎動巡り? だったかな。
あれ、修学旅行の時に入ったんだけど、本当に目を開けてるのか開けてないのかわからなくなるくらいに真っ暗で、何一つ見えないです。
……それが結構落ち着くのです。
また行きたいね。




