2.妖精は弄ぶもの。
うちの学校では、二か月に一回くらいに生徒会役員がレクリエーションを企画するのですが、今回の企画が謎のスポーツ『アルティメット』とやるらしいのです。
……なんとなく新手のエクストリームスポーツなのかと思いましたが、実際にそう言う競技が有るらしいですね。ネタで言っていたわけではないらしい。
「よ~し! じゃあ、次はジョブだね!」
そうして少し間が空いた後、子供らしい無邪気な笑みを浮かべながら大声でそんな事を言っていた。……ちなみに、ボクはゲームは攻略を見ない派の人間であり、このゲームの情報も大して伝わって来ていないので基本的なゲームシステムさえも知らないのだ。
でも流石にMMORPGは何度かプレイした事が有るから、ジョブ選択とかが有る事は分かるよ。
「ジョブって言うのの説明をするけど、ジョブってのは人それぞれランダムに選ばれるんだよ、だから本当に珍しいジョブが混ざってたりとかもするから良く見てみてね」
と一言いいボクの頭周りをくるくる回りながら半透明の液晶の様な物を見せてくれたのだ。
そうしてその中を覗き込むと、大量の文字列が羅列しており、その中には魔導士、だとか召喚術士だとかMMORPGに良くあるようなジョブの名前が書いてあったのだ。
多分これがボクの選択できるジョブなのだろう。「……ぷふっ、なんか女の子らしいジョブが大量にあるけど」と言うAIらしからぬ台詞を吐いている妖精の戯言はこの際無視しよう。
「……いや、多いよ、多すぎるよ」
しかし、上から順にジョブの名前を見てみると最初は魔導士とか、神官とかがあったものの、中盤からは魔法少女だとか女騎士だとか、女盗賊だとか、女スパイだとか、花魁とか、アイドルとか、全体的を見てみると七割方が女性専用のジョブで有る事が名前からわかる物で占めていた。
そのせいで妖精の言っていた事を無視しようにも無視できなかった。
しかも一番最後に書かれているのは本当に意味が分からないもので、男の娘と書いてあったのだ。
……やっぱ運営もグルじゃないのこれ? 意図的に女性型アバター選択させられてない?
「……ふははは!! お、男の娘って、そんなジョブ初めて見たよ! いいじゃん男の娘!」
そして、今度は妖精がボクと同じ様にジョブ欄の一番下に輝いている、男の娘、の文字を発見してしまったらしく、無遠慮にそんな事を大声で発し、またボクの肩をバンバンと叩いていた。
……一体、どこの、誰が、男の娘なんてジョブを考え出したんだよ。と言うかそれはジョブじゃなくて特性とかじゃないの?
「き、きみ、面白すぎでしょ、な、なにこれ、幼女ってジョブ、ふはっ、お、お腹痛い」
「……何一つ面白くないです、とても不愉快です、とっても、とってもなのです」
そうして、文字列を見る気も失せたボクの代わりに変わったジョブの名前を妖精が言う。
本当にこの人は運営サイドの人なのだろうか、と言うか運営が作ったAIなのだろうか。本当に物語に出てくるような悪戯が大好きな妖精と言う印象しか受け取れない。別に害意を持ってやっているとは思えないから良いんだけどさ。
すごくすごく、不愉快な事には変わりないです。
「だ、だって、幼女でっ、男の娘でっ、魔法少女とかっ、マジ無理、むりだよっこれ、ぷはっ」
そうしてボクが否定すればするほど、妖精AIは笑い転げついにはボクの肩から転げ落ちる程、ゴロゴロとのたうち回る様に転がりながらボクの事をどんどんとdisって来る。……一体ボクはどういった行動をとればdisられる事が無いのでしょうか?
妖精の笑い声がこの空間に響き渡るたびにボクの妖精への怨念の様な物は徐々に増幅され、更に言えば憎たらしく思えてくるようになってくる。
「ごほっ、ちょ、まじ、ふへっ」
ついに妖精は笑い過ぎによってせき込んでしまう。
もうどうしようもないだろうから、無視してボクは一人でジョブを選択する事にした。
……勿論選ぶのは前半部分にある男女共通ジョブであろう物からだ。
別に、女性専用ジョブを選んでも良いかもしれないが、完全にネカマと言われても回避できなくなってしまうし、第一にこの妖精に負けたような気がするから絶対にいやだ。
「あ、これ」
とそんな中、大量にあるジョブの中から一つの物が目に留まった。
それは「妖精使い」と言う物で目の前でじたばたボクの事をdisりつつも転がっている妖精に対して有効な手立てが得られるのではないのかと、もうボクの脳内ではゲームを楽しもうとすることではなく、この妖精を負かしてやろうと言う物が優先されてしまっており、それをボクは直感的に選択した。
「あっ」
それを選択した瞬間、その液晶にはおめでとうございます、あなたは妖精使いになりました、と言う表示が出て来た。
それと同時にアナウンスが入り『風の妖精エミィが使役可能になりました』と視界に入ってきた。
またそのアナウンスと同時に先程まで笑い転げていた妖精、エミィって言うんだろうけど、エミィがぴたりと止まり壊れたブリキの人形の様に突如首だけをこちらに向けて来たのだ。
普通に悲鳴を上げてしまいそうなくらい怖い。ファンタジー生物がやって良い行動じゃないよ。
「ちょ、ちょっと待って! 何したの!? 使役できるようになったって!? なんでわたしが!?」
首だけ此方を向けている状態から、すぐ様にボクのおでこへと突撃し、ぺちぺちと小さい手でボクのおでこを叩きながら、必死にそんな事を言っていた。……まあ先程まで散々disられてきたこっちからすれば晴々する気分なのだ。
……だから今までの恨みも込めて言ってやったのだ「天誅!」とにっこり笑みを浮かべながら。
「ちょ、ちょっと冷静になろうね? …………ふう、労働基準法って知ってるかな?」
そうしてエミィが一息ついた後、出て来た言葉は、絶対にファンタジーな生命体から発されるべきではない「労働基準法」と言う単語だった。
また何処かから持ってきたかは分からないが、六法全書を持ってきて、様々な文章をボクに見せつけ、「それは立派な人権侵害です! 訴訟も辞さない考えです!」と言っていたのだ。
……Oh、この世界って六法が適応するんだぁ。
「……でもさ、エミィって人じゃないじゃん」
「う、うるっさいなぁ! わたしはどんな事があってもこっから絶対に出ないよ! わたし労働したくありません!」
しかしながらエミィは多分日本国民では無いし、人権侵害とは言っている物の、エミィは妖精だから多分人権は通用しない。その事を伝えると「うがー!」と言いボクに向かって六法を投げて来る。
……六法って大きいから投げられると危ないよ。多分場合によっては六法を物理的に使って人殺せると思うんだよ。だから危ないよ。
今度はボクが六法で刑法でも見てやろうかとさえ思ってしまった。
「ドンマイドンマイ! 仕方ないよ! 君は運が悪かっただけだよぉ!」
「だったら笑うな! 本当にそう思ってんだったらにやけるな!!」
ただ、逆に今度はボクが先程妖精がやった様な事をやってみると、ちっさい体を全身使って怒っている事を表現していて、とても可愛らしい行動を見せてくれる。
なんだろこれ、楽しいな。
そんな事を思っていると、突如アナウンスがもう一度流れ、『これで設定は完了です、では、Arcadia Onlineをお楽しみください!』と言う文章が流れた後ボクとエミィは光に呑まれてしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待って、わ、わたしの住処を返して!」
そうやって悲しくもシステムに抵抗しようとしているエミィが本当にシステムに抵抗出来る訳が無く、そのままボクと一緒に世界へと降り立つ事しか出来ず、初めのデモムービーが流れ出したのであった。
また、そうやって無駄な抵抗をするエミィの声を聴いて、にへらと笑みを浮かべてしまうボクであった。
次回投稿予定は月曜日なのです。