水面の時
「いや、どうやら違うみたいだ」
キィンと、金属が擦れあった音。
「……え?」
目の前を、オレンジ色の火花が舞う。
ランプの明かりが届かない、暗闇の向こうから飛んできた槍を、朝さんは難なく弾いた。
手に握られていたのは、三日月のように鋭く曲がった、小太刀程の剣。
炭のように黒い刀身には、まるで炎が揺らいでいるような刃紋が走っている。
弾かれた槍は、空中でクルクルと円を描きながら、闇の向こうへ消えていった。
「油断しないでって言ったよね」
朝さんの口から、憤りと冷徹が混じった言葉が放たれるのと同時に、ジャリジャリと小石と砂同士が擦れ合う音が、闇の向こうから響いてきた。
私は素早く、腰に携えた短刀の柄に手を伸ばす。
程なくしてハチミツ色の光が、迫りくる音の正体を明るく染めていく。
「食べ終わったんじゃなくて、食べてる最中だったようだ」
まるで連なった山脈のような筋肉に、血のように赤い目。そして頭から雄々しく仰け反った角。
ようやく、本命の相手に出会えた。
鬼は出会い頭に私の頭めがけて、ナイフのような鋭い爪を走らせた。
その巨体からでは、とても信じられないスピードで。
爪が当たる寸前、目の前の光景が切り取られた写真のようにピタリと静止した。
まるで雫が落ちる前の水面のように。
ああ、どうやらコレは走馬灯というヤツらしい……
死の間際が迫ってくると見えてくるという……
私はもう、死んでしまうのか……
まさか鬼があんなに速く動けるとは……
やり残してしまった事……
悔しくて堪らない事……
情けなくて自分が嫌になる事……
ありとあらゆる感情が、私の中で渦巻く……
しかしもう、どうにもならない……
正真正銘、ほんの一瞬でも油断した私の完敗だ……
まだ道半ばだけど、終わりにしよう……
静止した刹那の世界は、再び時を歩み始めた。




