無花果
綺麗だった月は太陽から逃げるように姿を消し、朝日を迎えた。
「おはよう、怪我は治ったみたいね」
「はい、おかげ様で」
夜中の散歩から帰った私は、床につくとすぐにまた寝てしまった。
おそらく、久しぶりに自分の時間に浸れたから、心のどこかで安心してしまったんだろう。
最近は周りに気をつかう事ばかりだったから。
「あの、火摺さんはどちらに? 御礼を言いたいんですけど……」
私は夕闇さんに御礼を言いたい旨を伝えると、夕闇さんは口端を僅かに釣り上げ、自分の後ろを親指で指した。
どうやら彼女は、夕闇さんの背後に隠れているらしい。
何故隠れる必要が?
別にこの怪我は、私の単なるワガママでできた自業自得なんだから、彼女が負い目を感じる必要は無いし……
何か別の理由があるのかな?
「えーと、あのぅ、火摺……さん?」
私が少しぎこちなく呼んでみると、彼女は夕闇さんに後押しされる形で現れた。
彼女は私の前に出た途端に、視線を斜め下へと落として、右手と左手の人差し指同士を擦り合わせながらモジモジしている。
何かを言いたがっている?
「あの、あの時の応急処置、ありがとうございました」
「いっいえ、それは……当然の処置ですので……」
彼女は話してる最中も、私と視線を合わせようとしない。
うーん、もしかして私が寝ている時に、夕闇さんと何かあったのかな?
何があったかは検討すらつかないけど。
それにしても、彼女のこんな顔を見るのは初めてだ。
仕事中もほとんど表情を変えなかったのに。
今では、まるで人見知りをこじらせた子供だ。
彼女がそこまで変わってしまう理由、何だろう?
私は思わず固唾を飲んで、緊張に身を震わせる。
「ご…ごめんなさい!!」
「……え?」
ごめんなさい? 何が?
「あ…あの時、私が貴方を一人で行かせてなかったら、そんな大怪我をしなくて済んだのに」
あの時?
ああ、最初に吸血鬼と遭遇した時か。
いや、それとも二回目の吸血鬼と戦った時の事か?
いや、どちらにしても、これは驚きを隠せない。
氷みたいに私に冷たかった彼女が、私に若干涙目で頭を下げて謝るなんて考えもしなかった。
というか、その事を根底に持ってくれていた事の方が、私にとっては一番の驚きなのだが。
いや、この物言いは彼女に失礼か……
「そっそんな! 勝手に突っ込んだのは私ですし」
そうだ、例え彼女が来てくれても多分、私は同じ行動をしたと思う。
今思えば、かなり迷惑なモノだが……
そもそも、私には夕闇さん達を待つという選択肢がちゃんと存在したんだ。
それを棒に振ったのは紛れもない私。
だからこれは、受けて当然の自業自得なんだ。
火摺さんが気に負う必要は全く無い。
「いえ、それでも私は貴方を止められた! 少なくとも待ってを促す事はできた筈なんです!! なのに私は、それが当たり前と言わんばかりに、貴方を……」
まぁ言われてみれば、そうかもしれないけど……
でも、やっぱり悪いのはどう考えても私だ。
それはきっと間違いない。
だから
「申し訳!! ありませんでした!!!」
私は身に掛かっていた布団を勢いよく剥いで、渾身の土下座を彼女にお見舞いした。
「私が未熟なばかりに! 私は怪我をしてしまった! そして貴方を悲しませてしまった!」
そう、全ては私が未熟だから起きた不始末なんだ。
泣くのも、痛がるのも、私だけで良い。
でも、この痛みだけにはどうしても耐えられない。
だって
「だから! 悪いのは全て私です! 私だけで良いのです! ですからどうかそれ以上は、何も仰らないで下さい!」
怪我よりも、人に心配されて泣かれる方が
「怪我の苦痛より、人に心配されて泣かれる方が、私にとっては耐え難い苦痛ですから」
痛いに決まってるから




