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月屑

 今日は夜風に当たる事にした。



 久しぶりに触れる真夜中の風は妙に心地よく、しばらく寝たきりだった体には、爽快というよりは落ち着くと言った方が近い。



 本来ならば、外出の許可を取らねばならないところなのだが、今回はあえて黙っておく事にする。



 日に日に、私の体は人間のソレから離れていく。

 アレだけの重症が、たった一日ほとんど寝ただけで完治するような体は、最早人間ではない。



 もしかしたら、私の体はもう……



 いや、まだ考えないようにしよう。

 まだ明確な答えが、出た訳では無いのだから。

 いつか、その日が訪れた時に、正面から向き合おう。



 それまでは、私らしく、人らしく。



 靴を履き終え、玄関をそっと開ける。

 誰もが寝静まった深夜、聞こえるのは時折吹く深夜風と、木々の葉が擦れる音のみ。



 夜の静けさは、私に安寧をもたらしてくれる。



 音もなく、前触れもなく、ただゆっくりと、静かにヒビが根を張っていく私の心を、そっと抱きしめるかのように包んでくれる。



 立派な門を抜ければ、辺り一面は森。

 どんなに通い慣れた者でも、夜に鬱蒼と風に騒めく木々は不気味に感じる。



 無論、それは私も例外には漏れない。



 なので出歩くのは、門に付いた明かりが届く範囲か、明かりが見える所までに留めておく事にした。



 月光に照らされた道無き道に歩を進める。



 歩きながらに、私はふと気づいた。

 どうやら今宵は満月だったらしい。



 月夜の散歩には、なかなか粋なモノだ。



 ほんの少し前までは、何とも思わぬ普通の光景だったろうに。


 今思えば、この屋敷に住むようになってからだ。

 こんなに周りの景色に対して、様々な思いをはせるようになったのは。



 風流、とはよく言ったモノだ。



 人は、環境の違いで、ここまで思想や行動を変える事ができる生き物なのか。



 以前の私なら、真夜中に散歩でもしようかなんて考えもしなかったからなぁ。



 ずっと部屋で、マンガやスマホに入り浸る毎日だったから。



「行動してみないと、そのモノの味は分からない」



 私がずっと嫌ってた、部活動や風紀委員みたいな仕事も、意外と楽しいモノだったのかもしれない。



 例え楽しくなくても、自分が汗を流してでもやり遂げたいと思えるようなモノだったのかもしれない。



 知らないだけだったのかもなぁ、私は。



 こんな事になるなら、全部とはいかなくても、できる限りの事は体験しておくべきだったのかもしれない。



 まぁでも、所詮はかもしれないだけどね。



 これはあくまでも予想であり、可能性に過ぎないのだから。



 あくまでも、たられば。

 過ぎ去ってしまった過去に過ぎないんだ。




 ならば私は目を瞑るしかない。




 さて、ではそろそろ屋敷に戻ろう。

 長居すると、夕闇さんに怒られてしまう。



 多分、夕闇さんは私が外に出ている事を知っているだろう。



 その辺りは、一切抜かりが無い人だと私は知っている。



 あえて黙ってくれたんだ、きっと。

 だから後で、遠回しに御礼を言わないとね。



 でないと野暮ってモノでしょう?

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