表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/100

諸刃のつるぎ

「あら、もう怪我はいいのかしら? お嬢さん」



 日よけに開いている日傘を、クルクルと回しながら、彼女はクスクスと啜り笑う。


 どうやら完全に私は、下に見られているようだ。


 発する言葉も態度も、次は丁寧に捻り潰してあげまましょうか、とでも思っているような口振りだし。



「それはお互い様でしょう、吸血鬼」



 コレを言ったとたんに、彼女は目を細め、露骨に不愉快と言わんばかりの視線で私を睨みつけてくる。

 やっぱり、夕闇さんに負けたのは悔しいらしい。


 もっと言ってやろうかとも思ったけど、やめた。


 ここからは実力で示さないと意味が無いから。

 万が一私がやられそうになったら、後は夕闇さんと火摺さんが、何とかしてくれる。


 少しズルイけど、その条件の下でのみ一対一での戦闘を許すとの事。



 私が言いだした、ワガママだ。

 私自身の手でケリをつける。



 それが王道というモノだろう。



「いつでもどうぞ、か弱い人」



「なら、お言葉に甘えて」



 私は勢いよくジャンプして、そのまま踵落としを彼女にお見舞いする。


 彼女はクスクス笑いながら、ソレを難なく避けた。


 避けられた私の踵は、コンクリートの床に直撃し、直径二メートル程のひび割れた窪みを作る。

 彼女は一瞬、この威力に驚いていた。


 しかし、まだまだ余裕を顔に張り付かせている。


 例えるなら、遊んでいたら危うく車に轢かれそうになった、程度のモノだろう。



「あらあら、野蛮ですこと」



 彼女は私を危険だと判断したのか、一瞬で私の背後に回り込み、首にギラついた牙を穿った。



 しかし、私の首に吸血用の穴が開く事は無かった。



 彼女の鋭い牙はまるで、マチ針で太い鉄パイプを貫こうとするが如く、弾かれていた。



 彼女は起きた事実を受け入れられず、人形のような美しい目をダルマのように見開き、ほんの一瞬だけフリーズしていた。


 しかし私は、そのほんの一瞬を見逃さない。


 私は彼女の水月みぞおちに肘を炸裂させる。


 急所にモロに入った一撃は、彼女を生まれたての子牛のようにおぼつかない足取りにさせた。


 彼女は肘で打たれた部分を、両手で大事そうに重ねて膝をつき、まるで詫びるかのようにこうべを垂れる。


 吸血鬼といっても、体の構造はさして、人間とあまり変わり無い。


 無論、吸血鬼の種類にもよるけど……


 今回の吸血鬼は、血を調べてみた限りでは、体が我々人間と、あまり大差無いタイプの吸血鬼だと、入院中に夕闇さんから教えてくれた。


 しかしそうは言っても、やはり吸血鬼は吸血鬼。


 体の見た目からでは、とても想像できないような怪力の持ち主であり、加えて弾丸のような素早さを兼ね備えた、超強敵である事実に変わりはない。


 だからほんの少しでも油断したら、まず間違いなくコチラが殺されてしまう。

 反射神経も人間の比では無いらしいし……



「ガフッ! やってくれたわね……」



 彼女は腹を抱えたまま、私を深く睨んだ。


 彼女が私を見つめるだけで、背中を冷たいナメクジがゆっくりと這うような、激しい悪寒が全身を身震いさせてしょうがない。


 まるで全身が、彼女の眷属になる事を拒むような。


 吸血鬼に血を吸われた者は、同じ吸血鬼になる。

 吸血鬼になると、人間の食事はほとんど摂取できなくなってしまう。


 主食は人間の血液、そして人の肉の二つだ。


 もしも私が吸血鬼になってしまったら、夕闇さんと火摺さんは、まず間違いなく私を標的の一人として捉えるだろう。


 つまり、殺されるという事だ。

 一匹の妖怪として処理されてしまう。


 ソレはまっぴらゴメンだし、食べ物がかなり限定されるのも我慢できない。


 だから私は何としても彼女の牙を、避け続けなければならない。

 正確には血を吸われる訳にはいかない。



 死ぬとしてもせめて、人として死にたいし……



「ところで、何で私の牙が通らないのかしら?」



「さぁ? 手入れでも怠ったんじゃ無いですか?」



 私は精一杯の虚勢を張る。


 一方、吸血鬼は無言のまま私を、ジッと見つめている。

 多分、牙が通らなかったカラクリを解明しようとしているんだろう。


 しかし、考えた所で到底分かる筈も無い。


 コレは言ってしまえば、私の切り札であり最後のチャンスでもある一撃必殺のシロモノ。

 故に、見ただけでは絶対に解明する事はできない。


 私がコレを使うとすれば、敵が瀕死の致命傷を負って動けなくなった時か、あるいはソレが必ず当たると、確固たる確信が持てた場合の状況のみ。


 そして、コレはおそらく一度しか使えない。

 運が良くても、もう一度使えるかどうか……


 使うにはそれなりの覚悟と、大きな深いリスクを背負う必要がある。

 運が悪かったら、私が死ぬ場合も……



「まぁいいわ、牙が通らないなら、力でねじ伏せるだけよ」



 次の瞬間、彼女の姿はフッと瞬く間に消えた。


 そして間髪入れずに、右の脇腹に鈍く重い衝撃がひた走る。


 これは……パンチか……

 なんて事のないただの普通のパンチ……


 でもこの、ただの普通のパンチ一発で、普通の人間は死を免れない、鍛えた私でも致命傷を負ってしまう程の威力。

 始めっからコレで来られてたら、即アウトだわこりゃ。


 私はそのまま、横転を繰り返し、数メートル先まで吹っ飛ばされた。


 多分、(あばら)の何本かはヒビが入ったと思う。


 しかし私は、そんな事は意にも介さず、すぐに立ち上がって彼女を視界に入れる。


 彼女は上機嫌そうに、コチラを見て、クスクスと啜り笑いをしていた。


 そしてまた、すぐに消える。


 私は彼女が姿を消した瞬間、目で探す事を捨てて、自分の最大の急所である、首を肩で阻み、頭部を腕で囲った。


 そして案の定、彼女の攻撃は首を阻んでいた肩に当たる。


 まるで鉛で出来た巨大なハンマーで、肩を殴られるような衝撃と痛みだった。


 そして咄嗟の行動だったから、ガードが甘かったのか、私は大きく体勢を崩してしまい、そのまま無防備にも地面に倒れこんでしまった。



「まぁ頑張った方だと思うよ! じゃあね!!」



 彼女の鋭い手刀が、私の肋骨の隙間から心臓を狙って迫ってくる。



「アンタがね!!」



 瞬間、私の左腕から大鎌が、皮膚を突き破って出てくる。



「何だと!?」



 現れた鎌の切っ先は、彼女の首を横から貫通していた。


 彼女は血反吐を吐き、その場に倒れる。


 濃い赤の水が、首の傷を中心に、徐々に広がっていく。



「痛ッ!! 〜〜〜〜〜〜ッ!!!」



 痛い!! 痛い!! 痛い!!!


 マズイ……下手に動かしたから、破れた皮膚がさらに裂け広がって、血がどんどん腕から漏れていく!!



 このままだと、私……死ぬよね……コレ



 私も左腕を中心に、赤い水がどんどん広がり始める。


 私は鎌が飛び出した左腕を抱えながら、左腕に容赦なく襲ってくる激痛に、必死に耐えていた。



「腕を見せて下さい!!」



 遠くで見守っていた火摺さんが、大きなバッグを持って慌てて来てくれた。


 火摺さんはバッグの中から、大量の包帯とアルコール、そして出血を止める為の裁縫セットを取り出した。



「鎌を抜くと、出血が酷くなるので、一先ずこのまま縫合します!!」



 そこからの火摺さんの動きは、流れるような手さばきだった。


 火摺さんは、ポケットからジッポを取り出して火を灯し、針を炙る。


 そして炙り終えると、一瞬で針に糸を通して、あっという間に、縫合の準備を終えた。



 本来なら私は、注射が大の苦手だ。

 あのギラついた針の先を、見るだけで体が震える……


 でも今はそれどころじゃあない!

 この激痛が、上手いこと麻酔の代わりとして働いている今のうちに、是非終わらせて欲しい!!



「では始めるので、動かないで下さいね!」



 ああ、頭がクラクラする……

 既に血を失い過ぎちゃっ…た……か……



 私はそこから、意識がプツンと切れてしまった。




 ☆




「アレ……ここは……」



 見渡す限りの広大な芝生。


 宝石の粉を一面にまぶしたような、膨大な夜空の星々。


 そしてそんな芝生の上、星空の下、巨大な一本の桜の樹が、妖々と咲き誇っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ