わかんない!!
唐突に、私は廊下で呼び止められた。
振り返った先には、橙色の髪に椿の花の髪飾りが付いている中肉中背の女の子。
私を呼んだのは、夕闇さんの部下である火摺さん。
夕闇さんに日々のスケジュールを伝えたり、書類を整理したりするのが主な仕事らしい。
いわゆる、秘書とデスクワーク担当だ。
ちなみに、この名前はコードネームらしい。
本名を明かすと、色々マズイ事があるそうだ。
まぁ、気にはなるけど、あまり深くは追求しない。
妖怪が絡んだ事情だと思うし。多分。
「夕闇様が、居間でお待ちしております」
綿のようにフワフワした声でそれだけ言うと、彼女は踵を返して、その場を去っていった。
「……仕事か」
早足に、私は居間へ向かった。
☆
見慣れた襖をゆっくり開ける。
部屋には大きめのテーブルが、一つ置いてあるだけ。
テレビやエアコンといった、家電と呼べる代物は、天井の蛍光灯を除いて、何一つとして置かれていない。
ただただ、畳とテーブルが、その場を占めている感じの、ひどく殺風景な部屋だ。
そんな部屋の中央に、夕闇さんはあぐらをかいて座っていた。
「早かったわね! まぁ、座って座って」
私は促されるまま、目の前に敷かれた座布団に、そっと腰を下ろした。
「まぁ、もう分かってると思うけど、仕事だよ!」
意気揚々としたテンション。
こういう時の夕闇さんは、本当にロクでもない。
ロクでもないと言うのは、簡単に言ってしまうと、仕事がやたら難しいモノだったり、やたら危険なタイプの妖怪と戦う事になると言った意味だ。
まぁ、そうでしょうねぇ。
最近は、夕闇さんの部下の人達で事足りるモノばかりだったみたいだし。
夕闇さんも、最近はデスクワークばかりで、ストレスが溜まっているんだろう。
私も筋トレばっかりだったから、勘が鈍っているかもしれない。
丁度いいタイミングだ。
「で、今回の敵はなんなんですか?」
夕闇さんはニヤニヤしながら、こう答えた。
「わかんない!!」




