虎穴に
「痛ちち〜〜! 染みる〜〜〜!!」
今、私は夕闇さんとの手合わせで負った傷口に、消毒液のついた綿をポンポンと当てている。
その染みる痛さに耐えているのだ。
ちなみに、今は休憩中。
しかし、手当てが終わったら、すぐに再開するとの事。
ほんの数日前、私は退院してすぐに、夕闇さんに手合わせと修行をお願いした。
本来ならば、病み上がりでスッカリなまってしまった体を、元のコンディションまで戻さなければいけないのだが、私がどうしてもと頭を下げ続けて、なんとか承諾してくれた。
無論、なまってしまった体をほぐす意味も兼ねて、首を縦に振ってくれたのだろうけど。
そして、現在に至る。
私の手首には、骨折と脱臼のリスクを抑えるテーピング。
傍らには、研ぎ直された鋭い大鎌。
最低限の装備は、既に整っている。
後は、残りの怪我の手当てだけ。
切り傷には、緑の軟膏をひと塗りし、ガーゼで覆って、軽く包帯で巻く。
この作業をあと二箇所。
とりあえずはこれで終わり。
ジャマにならない程度で抑えるのは、鉄則だからね。
準備が整った私は、中庭で待っている夕闇さんに駆け寄って、一礼をする。
「…………はぁ、無茶は禁物だよ?」
「はい! よろしくお願いします!」
一度、重いため息を漏らした夕闇さんは、静かに武器を前に構えた。
私と夕闇さんの実戦練習は、一戦する度に武器を変えながら戦うルール。
理由は、【一つのモノに拘らず、広い見識で】だそうだ。
正直、よくは分からない。
でもまぁ、それがルールなら守らざるを得ない。
今回、夕闇さんが扱う武器は、短剣。
リーチは遠いけど、アチラの間合いに入りこまれてしまったら、私は即ゲームオーバーだ。
一方、私は扱い慣れている大鎌。
普段から慣れている分、コチラが有利。
リーチもコチラが上。
しかし、どうしても一振りする際のスキが大きく、ソコを狙われても、おそらく終わる。
故に、迂闊に近づけない。
威力は申し分ないのだが。
「さぁ! どっからでも、かかって来な!」
「言われなくても、そのつもりですよ!」
夕闇さんはジリジリと詰め寄って来る。
それに対して、私は後ろへ下がる事すらできない。
間合いの詰め方が独特なんだ。
相手が無意識に嫌がっている方向と、呼吸のリズム。
そして、長物を振りまわす際に、生じてしまう死角。
夕闇さんは、既にこれらを把握している。
私が一歩でも後ろへ下がれば、鎌を振るう足運びが出来ず、そのまま一突きされて終わる。
例え、出来たとしても万全の態勢では無い為、足がモタついて百パーセントの力で振るえない。
そうなってしまえば、私は網にかかった魚も同然。
夕闇さんは、そよ風のような私の攻撃を難なく掻い潜り、スキだらけの私を如何様にも料理できるわけだ。
つまり、時間が経つほど、相手が有利になる。
ならば、私が取る行動は決まっている。
それは単純だけど、先に仕掛ければ良いって事!
「先手必勝!」
私は右足を主軸に胴体を素早くねじり、夕闇さんの胴体めがけて、一閃を放つ。
現状、これが最善の打開策のはず。
少なくとも、私はそう思ったから鎌を振るった。
「ん〜〜、それは悪手ねぇ」
しかし、打開策なんて無かったと、すぐに分かる。
鎌の切っ先が、夕闇さんに当たる僅か二秒前、突如として姿が消えた。
「消え……?」
一瞬だけ、頭の中が真っ白に染まった。
そしてすぐに後ろから声が響いてきた。
「ハイ、お終い!」
気がつけば、夕闇さんが背後から私の首元に短剣を付きつけている。
「一点だけ見てるから、そうなるんだよ」




