悪役令嬢と三つの卒業試験
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いただいたものを元に少し修正致しました。
「エリザベート・ユリウス!アリアに対する数々の非道、聞いているぞ。そんな女とは結婚できない!よってここに婚約破棄を宣言する!」
ここはどこにでもある王国の、貴族の子息や令嬢達が通う学園。今日はその卒業パーティが行われていた。
華やかな学園の中でも最も盛大なイベントのこの日、友や先輩との別れを惜しむ者、最後だからこそ楽しもうとする者、多くの生徒であふれかえる会場の、
その、中心。
私――侯爵令嬢エリザベート・ユリウスは、婚約者であるこの国の第一王子レオン・ハーシーに婚約破棄を突き付けられていた。
「何のことかわかりかねますが……。」
「とぼけるな!アリアに聞いたぞ。悪口陰口をはじめとして、大勢でアリアを囲んであることないこと糾弾し、パーティではドレスを汚して出席できなくし、授業では物を隠したり捨てたり、遂には階段から突き落とそうとしたそうではないか!」
静まり返った会場に、王子の怒り狂った声が響く。
その瞳には、昔の愛情はない。あるのは憎悪と嫌悪だけ。
対する私はもはや何の感情もなく、彼を見返した。
「証拠は?」
「アリアの証言がすべてだ。証拠は隠滅されているし、どうせアリア以外の者はお前が買収しているのだからな。」
いくら王国で一、二を争う権力をもつ侯爵家の令嬢だからとはいえ、数百人もいる生徒全員を買収なんてできるはずもないのに。
愛しい者を害された怒りに燃える彼は、美しく、そして愚かだ。
「――――では、そのアリア様は今どこにいるんです?」
「アリアは先ほどまでここに……あ、あれ?」
王子が振り返るがそこには誰もいない。辺りはこの騒ぎを遠巻きにして見守る者たちだけだ。
「御用がお済でしたら、私、気分が優れませんので失礼させていただきますわ。」
「あ、おい――――」
私が背を向けると、すぐさま私付きの侍女が現れ、私を引き留めようと手を伸ばした王子と私の間に入る。
次の瞬間、王子の目が信じられない者をみたかのように見開かれた。
「アリア!?」
「何でしょうか。この子は私の侍女のアリーですわ。可愛らしいでしょう?でも可愛らしいだけではなく、仕事も優秀、頭脳も優秀、私の自慢の侍女ですわ。」
「何を言っている、それはアリアではないか……」
色とりどりのドレスをまとう貴族の令嬢たちの中、
彼と私の間に立っているのは、黒を基調とした清潔だが地味な侍女服をまとった少女。
誰が見ても、令嬢ではない。一人の侍女に過ぎない。
現に私達の様子を見守っている無関係な生徒たちは王子が言っている意味がわからないようで、あちらこちらで首をかしげている。
だが、彼が言っていることは間違っていない。
彼女は私の侍女のアリー。
そして、男爵令嬢アリア。
私はクスリと笑って、再び彼に向き直った。
さあ、種明かしを致しましょう。
「これは国王様からあなたへの卒業試験だったのです。この国の王としての資質を問う為の。これから貴方が王となった際、甘言を囁くもの、美しい女、様々な誘惑があなたを惑わそうとするでしょう。その時にあなたは適切な判断をすることができるのか。勿論、一人の意見を聞いて、思い込みだけでろくに証拠も集めず婚約破棄なんてもってのほかですわね。」
王子の顔がみるみる青くなっていく。
「本日の事は既に王様に伝わっていると思います。ここにいる皆様が証人ですわ。それでは、御機嫌よう。」
さて、これで私の学園生活は終わり。
婚約破棄された私はかねてからの夢である、女侯爵として新たな一歩を踏み出した。
これは、後に稀代の女傑侯爵と呼ばれるエリザベート・ユリウスの始まりの物語。
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学園から帰る馬車の中、向かいに座るアリア―――もとい私の侍女アリーを見つめる。
小柄で女性らしい体つき。ふっくらとした頬。たれ目がちな大きな瞳。
美しいとは言われるけど、どちらかというときつい印象を与える私と正反対の彼女。
「ねえ、アリー、」
「はい、お嬢様。」
「貴女、本気で好きになってしまったのね。」
「―――何をおっしゃられているのですか?お嬢様。」
ごまかしたいときほど、目をそらしては駄目よアリー。
お馬鹿さんを騙す演技は見事だったのに、貴女もまだまだね。
いえ、演技ではなかったのよね。
「今日、卒業試験は三つあったわ。
一つ目は、王様からの試験。第一王子の次期国王の資質を問うもの。
二つ目は、現侯爵たるお父様からの試験。私がこのミッションを遂行することで次期女侯爵としての資質を問うもの。
そして三つ目は―――」
私はうつむいているアリーの頬に手をあて、ゆっくりと目を合わせる。
「私から、貴女に、貴女の私への忠義を試すものよ?」
馬車の中に沈黙が落ちる。
アリーが瞳を閉じる。
そして、その胸元に隠した小さなネックレスを外すと、そっと私に手渡した。
小さなネックレスについた、ペリドット。
あの人の、王子の瞳の色。
決められた婚約者に反して、可憐な少女に惹かれていく王子様。
それでも、それがアリーの演技であれば、試験であればまだ、許された。
でも、それが、真実の恋ならば。愛ならば。
令嬢の駒として王子に近づき、愛してしまった侍女。
侍女とは知らずに可憐な少女に恋に落ちた王子様。
その恋を、真実の愛を引き裂く私は、まるで、
物語の中に出てくる、悪役令嬢。
貴方は恨んでいるでしょう。
だけど、決められた婚約者を、愛していた私は、
侍女に惹かれていく貴方を、真実の愛を見つけた貴方を見て、誰よりもこんな結末がこないことを望んでいた私は、
悪役令嬢なのかしら。
「私は、お嬢様に生涯を捧げます。」
愛する二人を引き裂いた私は、愛した人の愛情をもう生涯得られない。
主人の婚約者を奪った侍女は、主人に生涯の忠誠を誓う。
それが、私達の―――生涯にわたる卒業試験。