~肉親~
「失礼します。支配人、いらっしゃいますか」
閉じられている扉をノックして、蓮花は中の様子を伺う。
「……、どうぞ」
一瞬の間の後、室内から感情のないクラクの返事が聞こえた。
「失礼します」
扉を開けて、室内へと入った蓮花。
中にいたクラクの姿を視界に捉え、改めて声を掛ける。
「あら? 蓮花さんでしたか」
どうしたんです? かしこまって。
入ってきた相手が蓮花だった事に気が付いたクラク。
手にしていた書類を机の上に置くと、そう言って椅子から立ち上がり蓮花へ近付く。
「何か御用ですか?」
蓮花の前で立ち止まると、クラクはいつもの張り付いた笑顔を見せてそう聞いた。
「……はい、お忙しい所申し訳ございません。少しばかりお時間を頂いても、よろしいですか?」
ファイターとなった当初、蓮花はこのクラクの笑顔が嫌だった。
有無を言わさず連れて来られた知らない世界で、何も分からぬまま自身を食い物にでもするようなクラクの態度。
しかし同時に、この人から見放されてしまったらきっと生きていけないと感じ取っていた蓮花。
見えない恐怖に支配されるかのような感覚が怖くて、なるべくクラクと関わりたくなかった。
「……おや、一体何のご用でしょう?」
僅かに声のトーンを下げて、クラクは蓮花を見据える。
その姿に蓮花はごくりと息を呑み込んだ。
――……この人は、私の雇用主。私は特別じゃない……。
そんな当初の恐怖もいつの間にか薄れてしまっていた蓮花。
旅から帰ってきた直後、何故かクラクの笑顔に安心感を覚えてしまった。
休暇の間に起こった生と死の狭間な出来事。
地球にいたら経験する事すらなかった身近な死が、蓮花の感覚を麻痺させた。
そんな中で再び見たクラクの笑顔が、あまりに死とかけ離れたちっぽけな物だと蓮花は感じた。
それが蓮花を、この闘技場内にいる人々へ無意識な屁理屈態度を取らせる結果となった。
――……盗賊との出会いも、生き延びた事も……私がすごかった訳ではない。たまたま偶然が重なって、生きて帰ってこれただけ。鎧塚さんが来てくれなかったら、私は死んでいたんだ……。なのに壮大な体験をしたからって、勝手に上から目線になって……。
ゆっくりと息を吸った蓮花。
じっと蓮花を見据えているクラクへ解き放つように、凛とした声でこんな事を言う。
「はい。……お願いがあるのですが、兄の遺品を頂いてもよろしいですか? 私が試練の時に闘った、カクーと呼ばれていた人です」
一度も目を逸らさず、蓮花はクラクへ伝える。
「きっと兄も、私と同じように連れて来られたと思うので、地球からの持ち物は無いかと思うのですが」
当時着ていた服と、闘いの際に使っていた銃があると思うんです。
そう言ってクラクの反応を伺う蓮花。
クラクは蓮花の話を聞いて、若干張り付いた笑顔を崩した。
「……どうして必要なんです?」
支配をしたいと言うよりは、まるで蓮花の真意が知りたいとでも言うようなクラクの反応。
蓮花はそんなクラクへ、きちんと言葉を述べる。
「私が、私である為に」
クラクの聞きたかった理由となっていない事は、蓮花は分かっている。
それでもこう伝えるしかなかった。
「兄がこの星に来た事で壊れてしまった事実、それを忘れないようにする為です」
誤魔化さず、正直な言葉で伝えていく蓮花。
その話を、クラクは黙って聞いている。
「きっと、壊れてしまった兄を忘れてしまったら、私はまた何処かで間違った解釈をすると思います。だからそれをしない為に、兄を思い出せる物を持っていたくて」
屁理屈ではない、蓮花の言葉。
上手く伝わったかは定かではないが、伝え終えると蓮花はじっとクラクを見据えた。
「……つまり、戒めの為に持ちたいと」
そういう事ですね?
確かめるかのようにクラクは言葉を並べる。
「……はい」
そんなクラクへ、蓮花は顔色を変えずに返事をした。
暫く見つめ合う二人。
互いに視線を逸らさず、時間だけが過ぎていく。
すると、先に折れたのはクラクだった。
短くため息を付くと、蓮花から視線を逸らして言葉を落とす。
「……良いでしょう。こちらとしても、傲慢な思いで間違った態度を取られるのは気分がよくないですからね」
今回は肉親という事を考慮して、お渡し致しますよ。
そう言うとクラクは、掛けてあるフックから手袋を取って扉へと歩いていく。
「ご案内します、ついて来て下さい」
クラクは扉を開けつつ振り返り、室内に残っている蓮花を見た。
「……ありがとうございます。お願いします」
張り付いた笑顔ではなく、素の表情となったクラクの顔を見つめて蓮花は頭を下げる。
「……礼は結構ですので、早くついて来て下さい」
ぶっきらぼうに、そう言葉を落としたクラク。
その姿があまりに自然体で、蓮花はうっかり、クラクを身近に感じてしまった。
・・・・・・
「これが、お兄ちゃんの銃……」
自身の部屋に帰ってきた蓮花。
持ち帰ったカクーの銃を、寝そべったベッドの上で手に持って眺めてみる。
――……お兄ちゃんは、どんな気持ちでこれを選んだんだろう。どんな気持ちで、ファイターとなる道を選択したんだろう。
今となっては聞く事が出来ない、兄の思い。
蓮花は一生説けない兄の感情を、銃を眺めながら必死に考えた。
――……私は、お兄ちゃんが抱えていた物や間違えてしまった生き様を、絶対に忘れない。私が忘れてしまったら、誰がお兄ちゃんの事を覚えていてあげるんだ……。
カクーの銃を胸に当て、蓮花はゆっくりと目を閉じる。
――私がしっかりと生きていくから。お兄ちゃんの分も、全部背負って……。
「だからどうか、安らかに……」
思わず声に出た言葉。
自身のこぼした声があまりに寂しくて、蓮花は無意識に涙が溢れる。
蓮花が経験した、初めての身近な死。
蓮花はそんなカクーの事を思い出しつつ、この星で生きていく決意を、改めて心の中で固めていった。




