~宵歌・2~
「……なに」
タガが外れたかのように、取りつくような態度をしなくなった宵歌。
「その『辛い』って事、水野さんに言いました?」
そう聞く蓮花へ宵歌は感情を押さえつつも「……言える訳ないでしょっ。」と反論する。
「どうしてですか? 言えばいいじゃないですか」
辛いんでしょう?
そうやって言う蓮花に、宵歌は苛々を見せてこう答えた。
「だから言える訳ないでしょう! 私は押し掛けるようにして此処にいるんだから」
再び涙腺が緩み始めたが、それでも宵歌は言葉を続ける。
「それでもし、大樹さんが受け止めてくれなかったらっ! 拒絶されちゃったら、どうするのっ」
何の為に、私はこんな思いをしているのよ……。
言葉を絞り出すように、そう答えた宵歌。
黙って見ている蓮花から視線を外すようにして「誰もが蓮花ちゃんみたいに、なんでも言えるような訳じゃないっ。」と言い放つと、顔を俯かせた。
――……別に私だって、いつでも強い訳じゃないんだけど。
そんな思いがふと蓮花の頭の中で、ある事をよぎらせる。
「……その、あなたの物差しで私の事を決めつけるの、止めてもらえません?」
まるで止まらなくなった列車のように、言葉が流れてきた蓮花。
「さっき言いましたよね? 『人の気持ちも知らないで、ウェキナーになったからって何の苦労もしないで』って」
冷静ではあるが、止まる事のない蓮花の口。
そんな蓮花を見るように顔を上げた宵歌へ、蓮花は更に言葉を浴びせる。
「知りませんよ、あなたの苦労なんて。知りたくもないですよ、そんな卑屈になって勝手に私の事を恨んでいる人の事なんか」
段々と大きくなっていく蓮花の声。
それと比例するように、どんどんと溢れてくる宵歌の涙。
「でもだからって、何も知らないくせに私の受けてきたこれまでの苦悩を、自分中心な考えで語らないで貰えません?」
私がどんだけ悩んだか、あなた知らないでしょう。
既に蓮花の中で『宵歌』という存在は消えていた。
しかし、名前すら呼ばなくなるくらいどうでも良くなってしまった相手でも、言われて怒る事はある。
「知らないよっ蓮花ちゃんの悩みなんかっ」
案の定声を詰まらせながらも反論する宵歌。
「ええ、そうでしょうね。だから止めて貰えません? って言っているんですよ」
自分はやっておいて、人に言われて怒るなんて都合が良すぎますよ。
押さえていた感情の蓋が息を吹きかけているかように、音を立てて外れていくのを蓮花は感じた。
「だいたい宵歌さん、水野さんにだってそうですよ! 好きなら好きって言えばいいじゃないですか! 自分が肝心な事を言わないのに押し付けがましい事をして! それでいて相手からはもらいたいなんて、ずるいにも程があります!」
ついに爆発した蓮花。
声を荒げると共に、抑えていた感情がむき出しとなった。
「きっと水野さん、試練を受けていた時からとーっくに! 宵歌さんの思いに気が付いていますよ! でもそれについて言わせてあげないのは、ほかならぬ宵歌さんじゃないですか!」
試練で共に過ごし、その後もこうして仲良く話せる仲の蓮花と水野大樹。
関わる中で蓮花は、水野大樹がどんな人間かは当に気が付いている。
「水野さんの事馬鹿にしているんですか? 言っておきますけど、あの人少なくとも私達よりは大人なんですよ? 宵歌さんの思いに気が付いてない訳ないじゃないですか!」
宵歌さんのそんな苦悩なんて、あの人なら簡単に受け止めてくれると思いますけど!
怒鳴り声もある程度発すると限界が来るのか、乱れた呼吸をしながら蓮花は急速に大人しくなる。
「大体試練を受けた時、既に私は水野さんの事を振っていますよ」
呼吸を整えつつ、それでも話す事を止めない蓮花は声のトーンを変えた。
「……えっ」
振るという言葉に反応した宵歌。
そんな宵歌へ向けて、蓮花は言葉を浴びせる。
「ああ、振ったって言っても、別に『好きだ』って言われた訳ではないですよ」
妹に似ているんだそうです。
そう話した蓮花は言葉を続ける。
「妹に似ているから、それで私に優しくしてくれているんですよ水野さんは。第一私だって彼氏いますし。今回ユノシタ村まで行ったのだって、彼氏を探す為ですよ」
あなたと違って、私はちゃんと彼氏を探す為に前へ進んでいるんです!
そう答えた蓮花。
しかし宵歌は蓮花の言葉が耳に入っていなかった。
「えっ……ちょっとまって。妹? えっ?」
明らかに動揺している宵歌を見て、蓮花は一瞬邪険そうな顔をする。
「……えっ、もしかして宵歌さん、……知らないんですか?」
蓮花の問い掛けに慌てて反論しようとした宵歌。
そんな宵歌を見て、蓮花はついに大きなため息を付いた。
「そんな事も知らないのに、私をやっかんでいたんですか」
一度外れてしまったら中々戻す事の出来ない感情の制御。
蓮花も例外ではなかったようで、再び怒りが込み上げてくる。
「こんなに傍でずっといるのに、そんな事すらも聞かないで勝手に私を僻んでいたんですか! あー! もう! めんどくさい!」
ついに心の中で収めていた言葉すら口にしてしまった蓮花。
「ちょっと来て下さい!」
そう言うと蓮花は立ち上がり、勢いよく宵歌の腕を引っ張った。
「ちょっ! なにっ」
慌てる宵歌の言葉も聞かずに、閉じられていた扉を開けると廊下へと出た蓮花。
そのまま無理矢理宵歌の腕を引っ張って、四階へと駆け上がっていく。
「失礼しますっ!」
勢いよく扉を開けた蓮花。
「……えっ、蓮花ちゃん?」
あれ、宵歌も……えっ。
突然現れた二人に、驚いた様子の水野大樹は声を上げる。
慌てて身体を起こしながら「えっ、二人とも帰ったんじゃなかったの。」と話す水野大樹を余所に、ずんずんと蓮花は近付いていく。
突き放すように引っ張っていた宵歌をベッドへ投げ付けると、怒ったように話し出す。
「宵歌さんに、そして水野さん! 二人とも話し合わな過ぎです!」
訳が分かっていない水野大樹を巻き込んで、蓮花は言葉を突き付ける。
「何で二人の事なのに、私が巻き込まれなくちゃいけないんですか!」
怒っている蓮花は宵歌に改めて思いをぶつける。
「まず宵歌さんは私へ八つ当たりする前に! 水野さんに言う事がありますよね!」
ずいっと宵歌へ詰め寄った蓮花。
泣き腫らした顔を水野大樹に見られたくないのか、宵歌は顔を俯けたままだった。
しかしそれでも宵歌は、静かに蓮花を睨む。
「ちょ……どうしたの蓮花ちゃん」
二人の様子からとりあえず蓮花を落ち着かせようと考えたのか、声を出した水野大樹。
すると今度は、そんな水野大樹へ食らい付いた蓮花。
「大体水野さんも! 宵歌さんに何も言わな過ぎです! 気付いているんでしょう! 何も言わないで傍にだけ置いておくなんて、どんな拷問ですか!」
何も言わないで察してなんて、、そんなの自分のエゴですよ!
鼻息を荒くして起こる蓮花の凄味に、思わず「っ! は……い。」と水野大樹は返事をした。
「あーもう! ムカつくなー! とにかく二人の事なんですから、互いの話をちゃんと聞いて! 本人同士で解決して下さいよ!」
そう怒鳴りながら言う蓮花。
「とにかく私は関係ないので! あとは二人でゆっくりと話し合って下さい!」
言いたい事をぶつけるだけぶつけると、蓮花はくるりと向きを変えて歩き出す。
ポカンとしている水野大樹と、取り残された宵歌。
二人を残して扉へと歩いていった蓮花は、思わずビクついてしまう程の勢いを付けて扉を閉めると、今度こそ宿舎へと帰っていった。
本当に女の子って、大変ですよね。苦笑




