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生きる為に。  作者: 井吹 雫
七章
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~盗賊・2~


「おい、何か縛るもん持って来い」


 暴れられたら、色々と面倒だ。

 蓮花の後ろにいるのであろう男は、そう言って誰かに命令した。


「確か馬車にっ、縄積んであったよなっ?」


 貫く声の男が喋ると、籠った声の男が「あー、そうだった。」と答えて、誰かがこの場から離れていく。


「ついでに、こいつの顔を被せられるぐらいの麻袋も持って来い」


 低い声の男が、離れていく誰かに命令したのだろう。

 遠くで「はいよっ!」と返事をした声が、蓮花の耳にも聞こえた。


――どうしよう……。このままだと私、この人たちに連れていかれるっ!


 心の中で焦る蓮花。

 しかし、だからと言って起き上がる事も出来ない。


――迂闊に起きて、殺されちゃったらどうしよう……。


 もはや蓮花は、手段が思い浮かばない。


――セルフィーナさんは、万が一盗賊に出会っちゃったら、問答無用で魔術を発動させなさいって言っていたけど、やっぱり無理だよ!


 幾ら相手の心配をするなと言われても、やはり蓮花には正常な状態で、人間相手に魔術を使う事はまだ出来ない。

 その後の相手がどうなってしまうかを想像してしまい、戸惑ってしまう。

 依然、起き上がる事が出来ない蓮花。

 すると近くにいるのであろう、貫く感じの声の男が声を発した。


「あいつ……遅いっすね。早くしないと、この女起きちまいますよっ」


 そう言って男は、しゃがみ込んだのだろう。

 蓮花の背後で布が擦れる音がした。


「本当はこの女、起きていたりしてっ」



――っ!


 一気に全身から、血の気が引いた蓮花。

 背中から冷や汗が流れるのを感じた。


「ばーか、廃人がそんな賢い選択出来るかよ」


 低い声の男が、蓮花の後ろで言葉を並べる。


「ノー天気だから、こんな分かりやすい所で野宿しちまうんだろ」


 明らか蓮花を馬鹿にしている様子の男。

 カチンときた蓮花を余所に、もう一人の男は低い声の男へ問い掛ける。


「でもあれっすよね? 廃人たちって、頭は良いんすよねっ?」


 その男の問い掛けに、声の低い男はこう答えた。


「確かに、こいつらが元々住んでいた地球ってのは、すごい技術の発達をしているらしいから、廃人たちは知識はある」


 声の低い男の答えに、蓮花も耳を傾ける。


「でもそれは、一部の奴らが出した成果で、こいつら廃人がそれぞれ頭が良い訳じゃねーよ」


 男の発した言葉が、なぜか深く蓮花へ突き刺さった。


――……そうだ、私たち地球人は、誰かが血や汗を流しながら発展させてくれた技術を使わせて貰っていただけで、私自身がすごい訳じゃない……。


 あまりに男の言い分が正しすぎて、したくはないが納得させられてしまった蓮花。

 目を瞑る瞼に思わず力が入ってしまう。

 予期せぬ自己嫌悪に落とされた蓮花だったが、次に男が落とした言葉でその思いは吹き飛んでしまう。


「だからこいつら廃人は、奴隷として、商人たちに高く売れるんだよ」


 知識は豊富で、生きていく術のない奴らなんて奴隷にピッタリだろ?

 きっと、意地汚い顔をして男は笑っているのだろう。

 そう話した男の声が、蓮花は卑しく聞こえた。


――……奴隷……私も、売り飛ばされ、るの?


 一瞬にして心臓が跳ね上がった蓮花。

 その後ろで、もう一人の男が「なーるほどっ!さっすが兄貴っ。」と笑っている。


「しかし、本当に遅いな」


 鳴り止まない心臓がばれてしまわないように焦る蓮花の後ろで、再び話し出した男達。


「きっとあいつ、まーた迷子にでもなっているんすかねっ」


 そう言って笑っている男達を背に、蓮花の脈はどんどんと加速していく。


――きっと声からして、私の後ろにいる男の人は二人……。


 速まる動悸を押さえながら、必死に考える蓮花。


――確かに私は、すごい人間じゃないかもしれないけど。


 鼓動が速くなる蓮花は、どうにもできない感情が渦巻く。


――でも……だからって私も、奴隷にされてたまるかっ!


 勢いを付けて立ち上がった蓮花は、男達も見ず鞄を手に取り走り出す。


「っ! 追えっ!」


 瞬時に反応した怒鳴り声と共に、男が蓮花を追い駆ける。


――この人達の仲間が戻って来る前に、逃げ切らないとっ!


 捕まって奴隷にだけはなりたくないと、走る蓮花は願う。

 ろくに確認もせずに走り出してしまった為、蓮花は道なき道を突き進む。

 後ろから全力で追い掛けてくる、男達の音がする。


――嫌だっ! 捕まりたくないっ……!


 振り返る余裕すらもない蓮花。

 必死に逃げるが、木々の根っこが邪魔をして上手く走る事が出来ない。


「っあ!」


 ついに根っこが足を捕え、転んでしまった蓮花。

 平らな場所ではない為に、身体のあちこちへ衝撃が走る。


「いっ!」


 声にならない叫びを上げる蓮花。

 すぐに起き上がることが出来ない程全身が痛む。

 何とか手を付けて身体を起こそうとした蓮花だったが、その身体が、誰かに押さえ付けられた。


「つーかまえたっ」


 そう言って、蓮花の上に乗り掛かってくる男。

 必死にもがく蓮花を力で押さえ込む。


「廃人のくせに、逃げてんじゃねーよ」


 蓮花に伸し掛かっている男ではない、もう一人の男が明らか怒りを露わにして近付き、うつ伏せで押さえられている蓮花の髪の毛を引っ張り上げる。

 言葉になっていない叫び声を上げながら、必死に逃れようとしていた蓮花。

 声の低い男はより一層声のトーンを落として、引っ張り上げている蓮花の顔の前へ、ある物を見せつけた。


「これ、なんだか分かる?」


 そう言って、蓮花の目の延長線上にそれを見せて揺らす男。


「っ!」


 殆どパニックになっていた蓮花の前に出された物。

 それは夜空の星で鋭く光る、細くて綺麗な短剣だった。




 次は久しぶりの戦闘の回になります。

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