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生きる為に。  作者: 井吹 雫
七章
43/175

~盗賊~

 この回は長くなってしまった為、明日更新する分と二分割になっていますが、ご了承ください。


「肌寒い……」


 そう言って蓮花は、自身の腕を擦る。

 気付けば空は夕日も落ちて、真っ暗闇。

 どちらに進めば良いのかも分からない程の静けさ。

 日差しがまだ垣間見る事が出来ていた時は心地の良かった風も、今はもはや、恐怖を奮い立たせる材料でしかない。


――こんな暗い中で、動いちゃ駄目だよね……。


 夜の森が、こんなにも視界が無いものだとは思っていなかった蓮花。

 目を開けている筈なのに、闇に支配されているような感覚。

 とりあえず蓮花は自身に火を纏って明かりを灯すと、近くの木に持っていたナイフで来た方向から進む方向へ、矢印を刻んだ。


――明日、迷わずにすぐ出発出来るように。


 刻み終えると蓮花は、その木の下に腰を下ろす。


――それにしても、不思議だな……。身体に纏っている筈なのに、服とか全く燃えないんだもん。


 手に炎をかざしても、全く熱くはない。

 程よい暖かさで、蓮花の身体に何の支障も無い。

 その手にかざした炎を、蓮花は何気なく近くに落ちていた小枝へ向けて放つ。

 すると、火が灯った小枝はあっという間に燃えていった。


――身体へ纏っている時、周りにある物は全く燃え移らないんだけどな……。よく分かんない。


 そう考えながら、蓮花は後ろの木に寄り掛かる。

 なんとでもないかのように、寄り掛かられた木は炎が移る事なく、静かに蓮花を受け止めた。

 自身の周りが炎で明るくなったからか、先程感じた恐怖は無くなった蓮花。

 静かに夜空でも眺めようと目線を上げたが、やはり色濃い葉が邪魔をして、星を眺める事は出来なかった。


――本当だったら、今頃はユノシタ村に、着いている筈だったんだけどな……。


 目を閉じて、色んな事を思い出す蓮花。

 朝一番で会いに行った、パン屋の親子の事。

 セルフィーナの大荷物に、アルタが寝坊して走ってきた姿。


――ああ、そう言えば私、アルタさんの運転で酔っちゃったんだっけ?


 あの時のアルタとセルフィーナのやり取りを思い出し、思わず笑みがこぼれる蓮花。


――二人はあの後、無事に野営所まで辿り着けたのかな? それとも、只でさえ遅くに出たのに、私のせいで休憩までしてくれたから、野営所まで辿り着けなかったかな?


 もし野営所まで辿り着けていなかったら、完璧に野宿となってしまう。

 蓮花は二人が無事に辿り着けたか気になったが、それを知る手段がこの星にはなかった。


――携帯とか、あれば便利なのになー。


 この星に来てから、蓮花の今までの日常では当たり前だった技術が、この星ではまだまだ発展していない。

 昔なら携帯が無い世界なんて有り得ない、生きていけないと蓮花は思っていた。

 しかし、この星の中で生活をし始めると、案外無くても十分に生きていけていた。


――すっかり携帯の存在とか忘れていたけど、やっぱりこういう時、ないと不便だなーって思うよね。


 二人が野宿ではなく、無事に野営所まで辿り着いていますようにと願った蓮花。

 身体を使って移動し続ける事にまだ慣れていない為、目を閉じればすぐにでも寝られそうな程の疲れが押し寄せてくる。

 大きな欠伸をした蓮花は身体を思い切り伸ばすと、鞄を枕にし、そっと横になって目を閉じた。




・・・・・・




「おい、起こすなよ」


 誰かが何処かで、話している声が聞こえた蓮花。

 寝ぼけて寝返りを打とうとすると、身体を動かした蓮花の近くで、びっくりした誰かが「うおっ。」と声を上げる。


――……えっ?


 思わず一気に意識がはっきりとした蓮花。


「馬鹿野郎っ」


 すぐ後ろで、別の誰かが小声で怒っている。

 蓮花は身体を動かさないよう、必死に目を開けぬまま周りの様子を伺う。


「っ大丈夫だ、起きていないぜ」


 暗闇だからか、蓮花が起きていないと判断した誰かは、そう言って他の誰かへ報告する。


「……気を付けろよ」


 きっと複数いるのだろう。

 びっくりした男と、小声で怒っていた誰かとはまた違った声がした。


「にしても、こいつ馬鹿だなー。こんな所で寝るなんて、襲って下さいって言っているようなもんでしょ」


 少し籠った声の誰かがそう言うと、目を閉じている蓮花が着ているワンピースの裾を持ち、ひらひらと扇ぐ。


――っ……。


 僅かに男の指が触れた肌から、嫌悪感を抱く蓮花。

 振り払いたい気持ちを必死に抑える。


「やーめろよっ、起きちまうだろっ」


 誰かが、スカートを持っている男を小突いたのだろう。

 やや貫いた感じの声が注意したのと同時に、乾いた音が聞こえると「いてっ。」と誰かが声を上げ、持たれていた蓮花のスカートが放された。

 恐怖で身体が硬直し、横になったまま動けないでいる蓮花。


――どうしよう……恐いっ!


 震えも出ない程、蓮花は息が詰まる思いをする。

 すると、やり取りをしていた男共とは更に違う声が、二人を押し退けて蓮花の背後へやってきた。


「お前ら、いい加減にしろよ」


 どちらの声とも違う低い声が、蓮花のすぐ頭上で聞こえる。


「こいつは確実に廃人だ」


 そう言うと低い声の主は、蓮花の背後にしゃがみ込んで、寝ている蓮花の二の腕を撫でる。


「兄貴っ、分かるんっすか」


 思わず声が出そうになった蓮花を余所に、貫くような声の男が、誰かに聞く。


「ああ、分かるさ」


 撫でていた手を二の腕から話した男は、蓮花の背後で語る。


「こんな見た事もない上質な服を持っているのは、廃人ぐらいだろ」


 しかし、籠った声の男が低い声の男に反論する。


「えー、でも上流貴族の奴らも、これぐらいの服だったら持っているんじゃないですかね」


 きっと、今蓮花の背後にしゃがんでいる男が、一番の親玉なのだろう。

 籠った声の男が、反論しながらも様子を伺っていたのが声から伝わる。


「貴族様だったら、そもそも一人でこんな所にいねーよ」


 低い男はそう言うと、言葉を続けた。


「きっとこいつが着ているのは、地球から連れ去られて来た時に、着ていた服なんだろ」


 推測している男は、そう言うと蓮花の後ろで立ち上がった。


――っ、この洋服、着てくるんじゃなかったっ……!


 闘技場でファイターとして契約をしてから、一度も連れ去られた時に着ていたワンピースを着ていなかった蓮花。

 夏木に久しぶりに会う為、地球で育った蓮花基準の唯一持っていたおしゃれ。

 まさか野宿をするとは思っていなかった蓮花は、この服を着て旅に出てしまった事を、激しく後悔した。




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