~承諾~
先程『活動報告』にも書いたのですが、蓮花のファイターとしての通り名、どうしましょう。苦笑
割と真剣に、悩んでいます。
「ああ! 全然良いですよ!」
蓮花の前に立っている支配人クラクは、笑顔を向けてこう続けた。
「むしろデビューしてしまったら、暫くは長期休暇をあげられないと思いますので、行きたい所があるのでしたら、先に行っといてもらえると、こちらもありがたいですね」
何せ、蓮花さんの初戦を心待ちにしている方は、大勢いますので。
相変わらずの張り付けた笑顔を見せる、支配人クラク。
「ありがとうございます」
蓮花はお礼を言いながら、その笑顔をあまり見ないように、視線をわずかに泳がせた。
「休み期間は三日でよろしいですか?」
蓮花の態度は特に気が付かなかったのか、クラクはそう言いながら蓮花に背を向ける。
「そう、ですね。三日程、頂く事が出来れば……」
――本当は、五日位欲しいけど……ね。
なんて本音は敢えて言わず、そうクラクに告げた蓮花。
「三日程ですか、なるほど」
そう言って、自身の書類が積み重なっている机へと向かっていくクラク。
「しかし、この星に来てそんなに日も経っていない蓮花さんが、行きたい場所だなんて、一体どちらです?」
蓮花が部屋に入ってきた事で、中断していたのだろう仕事を再開させようとしたのか、クラクは椅子に座り直しながら蓮花へ聞いた。
「あー、……ユノシタ村です」
あの、西の森の中にある……。
そう答えた蓮花。
すると、その名前を聞いたクラクは一瞬にして表情を無くした。
暫く静寂が続いたクラクの支配人室。
蓮花がこの部屋へ入るのは、登録書類へサインしたあの時振りだ。
あまり居心地の良くないこの部屋。
黙っているクラクから早く逃れたくて、蓮花は恐る恐る口にした。
「あの……、支配人……」
蓮花の声にようやく我に返ったクラクは「ああ、失礼。」と言うと、無表情のまま返事をした。
「それでしたら七日もあれば、十分に帰って来られますね。良いでしょう、長期休暇を許可しますよ」
デビュー前の最後、存分に羽根を伸ばして来て下さい。
そう言ってクラクは、蓮花に休暇を許可した。
「えっ、七日も……良いんですか?」
思わぬ返答にびっくりして、聞き返してしまった蓮花。
――だって、ユノシタ村までは一日あれば、たどり着ける距離なのに……。
クラクも、この街からユノシタ村までの距離は、十分に知っている筈。
あまりに長い長期休暇の許可で蓮花がたじろいでいると、クラクは思い出したかのように付け加えた。
「ああ、あれなんですよ。セルフィーナも昨日ファイター戦で使う衣装を、故郷まで買いに行きたいと申請しに来ましてね。あれが確か七日必要って言っていたので、ね」
ついでですよ。
そう言って再び張り付いた顔で笑ったクラク。
「教育係がいないのに、一人で訓練しても、きっと上達しないでしょう」
クラクのその言葉に、納得した蓮花。
――そう言えばセルフィーナさん、昨日そんな事を言っていたな。
まさかの返答に驚きつつも、蓮花はセルフィーナがいない所で訓練しても、確かに上達はしないと考えた。
「じゃあ……お言葉に甘えて、七日間のお休みを頂いても、良いですか?」
そう、恐る恐る聞いた蓮花へ、クラクは大きく「はい。」と返事をした。
「ああ、そう言えば」
話す事も終わったので、部屋を出ていこうとしていた蓮花。
そんな蓮花を引き止めるように、クラクは言葉を続ける。
「蓮花さんは、ユノシタ村への行き方は知っているのですか?」
そう言って蓮花の反応を見るクラク。
「ああ、なんとなくは……分かります」
扉へ向かおうとしていた身体を戻して、そう答えた蓮花。
――一応、夏木さんからの手紙に、行き方は書いてあったし。
今も無くさないよう、大事に鞄の中へ入れている夏木からの手紙。
それの上からなぞるように、蓮花は肩から掛けているバッグへ手を置いた。
「おや、そうなのですね」
蓮花の反応を見ていたクラクは、そう言うとこんな事を口にした。
「では、途中まで出ている馬車の事も、知っていますか?」
笑顔を崩さないまま、クラクは再び蓮花の反応を見る。
――……んっ、馬車?
「いえ……、それは知らない、です」
そう答えた蓮花。
――夏木さんの手紙には、馬車の事なんて書いていなかったけど……。
不思議に思った蓮花は、クラクを見る。
やはり知らなかった蓮花の反応を見たクラク。
「おや! そうですか」
と、大げさに言いながら、説明をしてくれた。
「この街は、いくつかの街へ続いている馬車を、毎日出しているんですよ」
まあ、いわゆる定期便みたいなものですね。
なんて付け加えたクラクは言葉を続ける。
「初めは主に、荷物を運ぶ為の馬車だったのですが、最近では闘技場へ来る人が、乗ってくるようになりましてね」
いやー、遠くからわざわざ観に来ていただけるなんて、本当有名になりましたよ。
そう言って、さり気なく自身が経営している闘技場の凄さも、アピールするクラク。
「その、いくつかある定期便の馬車の中に、王都へ続いている馬車もあるんですよ」
蓮花へ伝える為、分かりやすく説明するクラクは言う。
「その馬車へ乗れば、森へ入る直前までは、乗せていってくれると思いますよ?」
その王都へ行く馬車は、森の前までは同じ道ですのでね。
なんて教えてくれたクラク。
「まあ、だから行きは確実に乗って行けますけど、帰りは上手く、その馬車を捕まえられなかったら、あの距離を歩いていく事になりますけどね」
そう言って、口角だけをやや上げて、クラクは説明を終えた。
「そう、なんですね」
クラクの説明を聞いていた蓮花。
――そっか。だから夏木さんは、馬車の事を知らなくて、一日かけて歩いてきたのか。
手紙に記してあった、この街から夏木たちが住んでいるユノシタ村までの行き方とは、違う行き方を知った蓮花。
「その馬車は、いつ頃出るんですか?」
そう聞いた蓮花へ、クラクは答える。
「そうですね、きっと朝食を早めに済ませば、朝の便には間に合うと思いますよ?」
街の西口から、出発しますのでね。
そう教えてくれたクラクは、忘れていたかのように蓮花へ聞いた。
「そう言えば、資金はまだ残っていますか?」
クラクのその問いに、一瞬何を聞かれたのかが分からなかった蓮花。
「……えっ?」
そう聞き返した蓮花に、クラクは言葉を続ける。
「いえ、その馬車に乗るのも、賃金が発生致しますので」
最初に渡した資金、まだ残っていますか?
きちんと説明をして、改めて聞いてきたクラク。
「あー……そう、なんですね」
意味を理解した蓮花は、言葉を濁した。
――そっか、タダで乗せてくれる訳は……ないか。
目を泳がした蓮花を見逃さなかったクラクは、喰い付くように言葉を発する。
「でしたら! もう少し資金を、お貸し致しますよ!」
折角遠出なさるのに、準備資金がなかったら大変ですからね!
なんて嬉しそうにお金を出したクラク。
「行った先へ、お土産なども買いたいでしょう?」
蓮花の返事も聞かずに、そう言うと無理矢理お金を握らせたクラクは、満足そうに笑った。
「あ……りがとう、ござい……ます」
あまりクラクに借りは作りたくなかったが、正直資金が底を付きそうだった蓮花。
苦笑いを浮かべながら、その握らされたお金を受け取った。
明日から主人公は、旅に出ます!




