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生きる為に。  作者: 井吹 雫
第二部 六章
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~承諾~

 先程『活動報告』にも書いたのですが、蓮花のファイターとしての通り名、どうしましょう。苦笑

 割と真剣に、悩んでいます。


「ああ! 全然良いですよ!」


 蓮花の前に立っている支配人クラクは、笑顔を向けてこう続けた。


「むしろデビューしてしまったら、暫くは長期休暇をあげられないと思いますので、行きたい所があるのでしたら、先に行っといてもらえると、こちらもありがたいですね」


 何せ、蓮花さんの初戦を心待ちにしている方は、大勢いますので。

 相変わらずの張り付けた笑顔を見せる、支配人クラク。


「ありがとうございます」


 蓮花はお礼を言いながら、その笑顔をあまり見ないように、視線をわずかに泳がせた。


「休み期間は三日でよろしいですか?」


 蓮花の態度は特に気が付かなかったのか、クラクはそう言いながら蓮花に背を向ける。


「そう、ですね。三日程、頂く事が出来れば……」


――本当は、五日位欲しいけど……ね。


 なんて本音は敢えて言わず、そうクラクに告げた蓮花。


「三日程ですか、なるほど」


 そう言って、自身の書類が積み重なっている机へと向かっていくクラク。


「しかし、この星に来てそんなに日も経っていない蓮花さんが、行きたい場所だなんて、一体どちらです?」


 蓮花が部屋に入ってきた事で、中断していたのだろう仕事を再開させようとしたのか、クラクは椅子に座り直しながら蓮花へ聞いた。


「あー、……ユノシタ村です」


 あの、西の森の中にある……。

 そう答えた蓮花。

 すると、その名前を聞いたクラクは一瞬にして表情を無くした。

 暫く静寂が続いたクラクの支配人室。

 蓮花がこの部屋へ入るのは、登録書類へサインしたあの時振りだ。

 あまり居心地の良くないこの部屋。

 黙っているクラクから早く逃れたくて、蓮花は恐る恐る口にした。


「あの……、支配人……」


 蓮花の声にようやく我に返ったクラクは「ああ、失礼。」と言うと、無表情のまま返事をした。


「それでしたら七日もあれば、十分に帰って来られますね。良いでしょう、長期休暇を許可しますよ」


 デビュー前の最後、存分に羽根を伸ばして来て下さい。

 そう言ってクラクは、蓮花に休暇を許可した。


「えっ、七日も……良いんですか?」


 思わぬ返答にびっくりして、聞き返してしまった蓮花。


――だって、ユノシタ村までは一日あれば、たどり着ける距離なのに……。


 クラクも、この街からユノシタ村までの距離は、十分に知っている筈。

 あまりに長い長期休暇の許可で蓮花がたじろいでいると、クラクは思い出したかのように付け加えた。


「ああ、あれなんですよ。セルフィーナも昨日ファイター戦で使う衣装を、故郷まで買いに行きたいと申請しに来ましてね。あれが確か七日必要って言っていたので、ね」


 ついでですよ。

 そう言って再び張り付いた顔で笑ったクラク。


「教育係がいないのに、一人で訓練しても、きっと上達しないでしょう」


 クラクのその言葉に、納得した蓮花。


――そう言えばセルフィーナさん、昨日そんな事を言っていたな。


 まさかの返答に驚きつつも、蓮花はセルフィーナがいない所で訓練しても、確かに上達はしないと考えた。


「じゃあ……お言葉に甘えて、七日間のお休みを頂いても、良いですか?」


 そう、恐る恐る聞いた蓮花へ、クラクは大きく「はい。」と返事をした。


「ああ、そう言えば」


 話す事も終わったので、部屋を出ていこうとしていた蓮花。

 そんな蓮花を引き止めるように、クラクは言葉を続ける。


「蓮花さんは、ユノシタ村への行き方は知っているのですか?」


 そう言って蓮花の反応を見るクラク。


「ああ、なんとなくは……分かります」


 扉へ向かおうとしていた身体を戻して、そう答えた蓮花。


――一応、夏木さんからの手紙に、行き方は書いてあったし。


 今も無くさないよう、大事に鞄の中へ入れている夏木からの手紙。

 それの上からなぞるように、蓮花は肩から掛けているバッグへ手を置いた。


「おや、そうなのですね」


 蓮花の反応を見ていたクラクは、そう言うとこんな事を口にした。


「では、途中まで出ている馬車の事も、知っていますか?」


 笑顔を崩さないまま、クラクは再び蓮花の反応を見る。


――……んっ、馬車?



「いえ……、それは知らない、です」


 そう答えた蓮花。


――夏木さんの手紙には、馬車の事なんて書いていなかったけど……。


 不思議に思った蓮花は、クラクを見る。

 やはり知らなかった蓮花の反応を見たクラク。


「おや! そうですか」


 と、大げさに言いながら、説明をしてくれた。


「この街は、いくつかの街へ続いている馬車を、毎日出しているんですよ」


 まあ、いわゆる定期便みたいなものですね。

 なんて付け加えたクラクは言葉を続ける。


「初めは主に、荷物を運ぶ為の馬車だったのですが、最近では闘技場へ来る人が、乗ってくるようになりましてね」


 いやー、遠くからわざわざ観に来ていただけるなんて、本当有名になりましたよ。

 そう言って、さり気なく自身が経営している闘技場の凄さも、アピールするクラク。


「その、いくつかある定期便の馬車の中に、王都へ続いている馬車もあるんですよ」


 蓮花へ伝える為、分かりやすく説明するクラクは言う。


「その馬車へ乗れば、森へ入る直前までは、乗せていってくれると思いますよ?」


 その王都へ行く馬車は、森の前までは同じ道ですのでね。

 なんて教えてくれたクラク。


「まあ、だから行きは確実に乗って行けますけど、帰りは上手く、その馬車を捕まえられなかったら、あの距離を歩いていく事になりますけどね」


 そう言って、口角だけをやや上げて、クラクは説明を終えた。


「そう、なんですね」


 クラクの説明を聞いていた蓮花。


――そっか。だから夏木さんは、馬車の事を知らなくて、一日かけて歩いてきたのか。


 手紙に記してあった、この街から夏木たちが住んでいるユノシタ村までの行き方とは、違う行き方を知った蓮花。


「その馬車は、いつ頃出るんですか?」


 そう聞いた蓮花へ、クラクは答える。


「そうですね、きっと朝食を早めに済ませば、朝の便には間に合うと思いますよ?」


 街の西口から、出発しますのでね。

 そう教えてくれたクラクは、忘れていたかのように蓮花へ聞いた。


「そう言えば、資金はまだ残っていますか?」


 クラクのその問いに、一瞬何を聞かれたのかが分からなかった蓮花。


「……えっ?」


 そう聞き返した蓮花に、クラクは言葉を続ける。


「いえ、その馬車に乗るのも、賃金が発生致しますので」


 最初に渡した資金、まだ残っていますか?

 きちんと説明をして、改めて聞いてきたクラク。


「あー……そう、なんですね」


 意味を理解した蓮花は、言葉を濁した。


――そっか、タダで乗せてくれる訳は……ないか。


 目を泳がした蓮花を見逃さなかったクラクは、喰い付くように言葉を発する。


「でしたら! もう少し資金を、お貸し致しますよ!」


 折角遠出なさるのに、準備資金がなかったら大変ですからね!

 なんて嬉しそうにお金を出したクラク。


「行った先へ、お土産なども買いたいでしょう?」


 蓮花の返事も聞かずに、そう言うと無理矢理お金を握らせたクラクは、満足そうに笑った。


「あ……りがとう、ござい……ます」


 あまりクラクに借りは作りたくなかったが、正直資金が底を付きそうだった蓮花。

 苦笑いを浮かべながら、その握らされたお金を受け取った。




 明日から主人公は、旅に出ます!

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