~感情~
昨日、予約投稿した『~握手~』ですが、蓮花の心の中の描写で『貸しを作りたくないし~』みたいな一文があったかと思いますが、正確には『借りを作りたくない~』ですよね。汗
訂正をしてありますので、ご確認をしていただければと思います。
よろしくお願い致します。
「失礼、します」
閉じられている扉を開けて、中へと入った蓮花。
「あっ、蓮花ちゃん」
来てくれたんだ、いらっしゃい。
そう言って、ゆっくりと起き上がる水野大樹。
「調子は、どうですか?」
同じく室内にいた宵歌が、起き上がろうとしている水野大樹の背中を支えている。
それを横目に、蓮花は持ってきたパンを水野大樹に渡して、そう聞いた。
「ああ、順調に回復しているよ」
蓮花ちゃんが、頑張ってくれているおかげだ。
なんて、相変わらずの優しい水野大樹。
久しぶりの優しさに触れた蓮花は、自然と顔が綻ぶ。
「私は、関係ないですよ」
水野さんが頑張っているからです。
そう言って蓮花と水野大樹は、互いに笑いあった。
「そのパン、すっごーく美味しいんですよ」
渡したパンを喜んでもらいたかった蓮花。
実はあそこのパン屋は、セルフィーナがいつも買ってきてくれるやつだった。
ほのかにバターが香る程よい甘みが、蓮花のお気に入りだった。
「そうなんだ! じゃあさっそく、食べてもいいかな?」
そう言うと、蓮花の返事を待たずに食べ始める水野大樹。
そんな水野大樹の背に、枕を置いた宵歌は「蓮花ちゃん。」と呼ぶと、蓮花用の椅子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
宵歌にお礼を言った蓮花。
すると、やはり可憐に微笑んでいる宵歌は「じゃあ私、今日はそろそろ帰りますね。」と水野大樹に言うと、部屋を出ていこうとする。
「んっありがと」
そう短く、宵歌に返事をした水野大樹。
その中には、蓮花へ向ける優しさとは違った優しさが、含まれていた。
「あれから……もう二週間も経ったんです、よね」
宵歌が出ていった扉をじっと見つめながら、蓮花はぽつりと呟いた。
やや夕日が差し込み始めた窓。
その窓から見える景色に、蓮花たちは慣れ始めている。
――あんな最悪な試練を受けさせられて、この見慣れない景色の中で生活して……。
まるで、地球で生活していた頃が嘘とでも言っているような現実。
蓮花はその、新しい生活に慣れ始めている自分へ、気が付いていた。
「そう、だね」
蓮花の変化を受け入れるように、短く返事をした水野大樹。
その声へ引き寄せられたように、蓮花はゆっくりと水野大樹を見る。
暫く静寂に包まれる二人。
するとその空間を包むかのように、水野大樹が優しく笑って蓮花の頭を撫でた。
――あっ。
久しぶりの感覚を覚えた蓮花。
嬉しい反面、目の前で死んでしまった本当の兄の事も、それと同時に思い出し複雑な気持ちになる。
蓮花の微妙な反応の意味を感じ取ったのか、水野大樹は「あっ、……ごめん。」と言って、撫でていた手を引っ込めた。
「それにしても、あれだよね?」
場の空気を変えるかのような、水野大樹の変に明るい声。
「えっ? なんですか?」
蓮花も、わざとらしく声色を変える。
「蓮花ちゃんが今住んでいるところって、あの闘技場のすぐ近くのホテルなんだよね?」
結構ここまで、遠いよね?
いたずらっ子みたいな顔で、窓の外を指差した水野大樹。
蓮花たちが試練を受けたあの闘技場は、この窓から良く見える。
と言っても、すぐ近くにある訳ではない。
蓮花たちが住んでいるこの街は、確かに大きく、割と広めな街である。
しかし、蓮花たちが良く目にしていた大きな建物が、この街には殆どない。
その為水野大樹が今療養させてもらっている、とあるお屋敷の四階から、あの闘技場は良く見えていた。
「そうですねー。まあ、歩いたらざっと一時間近く……掛かりますかね?」
水野大樹へ対抗するかのように、顔を傾けておどけた蓮花。
「ええー! そんなに!」
予想以上の時間を言われたのか、大げさに驚いた水野大樹。
「あはははは! 嘘です違いますよ~!」
本当は三十分も、掛からないくらいです。
なんて笑いながら、蓮花は水野大樹の反応を楽しんだ。
「なんだよー、びっくりしちゃったじゃんか!」
まるで蓮花の予想通りに反応してくれる水野大樹。
その居心地の良さに、蓮花はやはり嬉しくなる。
「もう、水野さんは本当に面白いですよねー」
予想通りの反応をしてくれて。
そう言って笑った蓮花。
「なんか、昔を思い出します」
笑顔で接してくれている水野大樹をみて、蓮花は言った。
「小さい頃は良く、こうやってお兄ちゃんと話していたんですよー」
水野大樹が「んっ?」と聞き返してくれたので、蓮花は楽しそうに話を続ける。
「私のお兄ちゃんも、本当に素直な人で! こうやっておちょくると、予想通りの反応をしてくれて」
そう、懐かしみながら語る蓮花。
「最近は全然、話せていなかったんですけど、小さい頃はそうやってずっと仲良しで……」
自然と言葉が止まった蓮花。
気付くと蓮花は涙を流していた。
「あれ、何でっ……可笑しいな」
別に泣くつもりなんて、なかったのに。
そう呟いて、涙を手で拭く蓮花。
しかし涙は止まってくれない。
すると、静かに蓮花を見ていた水野大樹がそっと蓮花の頬へ触れ、その涙を拭い取る。
「我慢……しなくても、良いんだよ」
優しく頬に触れながら、そう囁く水野大樹。
「目の前でお兄ちゃんを亡くしたんだから、泣いていいんだよ」
止まらない涙を流し続けている、蓮花の心の鍵を溶かすかのように、水野大樹は語り掛ける。
「大事な家族を亡くしたんだから、きちんと泣いて、悲しんでいいんだよ」
だって、蓮花ちゃんは生きているんだから。
そう言った水野大樹の言葉で、今まで騙して蓋をしていた感情が溢れ出した蓮花。
「だってっ、でも私っ……」
言葉が詰まってしまった蓮花を包み込むように、優しく抱きしめた水野大樹。
――だって、お兄ちゃんがあんな事を家族に思っていたなんて、知らなかったっ……。
水野大樹の温もりで、一気に泣きじゃくる蓮花。
蓮花はずっと悔やんでいた。
この星へ無理やり連れて来られるまで、実の兄が会社の事であんなにも苦しんでいたなんて。
そしてなにより、蓮花は助けてあげる事が出来なかった。
最後に目が合い『助けてっ!』と呟いた兄の事を。
カクーが、戦う相手が妹だった事に気が付いていたとは思えない。
最後に目が合った時にも、気が付いたとは思えない。
でも確かにカクーは蓮花と目が合い、そう呟いた。
実の兄の悩みも、目の前で殺される瞬間も、蓮花は何一つ助けてあげる事が出来なかった。
――なのに私は、今ものうのうと生きている。しかも見ず知らずの人を二人も殺して……。
抑え込んでいた思いが、水野大樹の優しさによって溢れてしまった蓮花。
本来なら彼氏の腕の中で泣きたかったのだが、それが今は出来ない。
変わらぬ優しさをくれる水野大樹の腕を借り、蓮花は泣き続けながら開けてしまった思いへ、再び重石をゆっくりと乗せていった。
今日もこの更新は、この一ページのみです。
明日か明後日からは、また二ページ更新出来る日もあるか……と、思います!
頑張ります!




