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生きる為に。  作者: 井吹 雫
五章
26/175

~決断~


「いや~、実にお見事でした!」


 傷の手当をしてもらっている蓮花たちの前に、そう言ってある長身の男が拍手をしながら現れた。


「素晴らしい返り討ちでしたね!」


 先程いた闘技場の中から出て、すぐ近くの建物の中にいる蓮花たち。

 長身の男は真っ直ぐ蓮花の前まで来ると、華麗なお辞儀を披露する。


「ワタクシはこの闘技場を運営しております、支配人のクラクと申します」


 自己紹介を済ませると、当たり前のように握手を求める、クラク(くらく)ラスティ(らすてぃ)

 戸惑いながらもこの聞き覚えがある声に、違和感を持った蓮花。

 不思議な顔をしていると、それを悟ったかのようにクラクは言った。


「ああ! 先程の闘いで、実況をしていたのはワタクシです」


 その言葉に納得していると、待ちきれないとでも言うように蓮花の手を取ったクラク。


「しかし、ただ返り討ちにするだけでも大変ですのに、まさかあそこで覚醒して、ウェキナ―になってしまうとは!」


 いやはや、本当にあなたは素晴らしい!

 蓮花の手を取ってぶんぶんと振りながら、そう褒め称えるクラク。


――……ウェキナ―って、なに……。


 褒められている理由は分かりたくはないが、なんとなく察知した蓮花。

 聞き覚えのない単語に戸惑っていると、反応が鈍い蓮花に気が付いたクラクが、仕切り直すかのように手を離して説明を始めた。


「失礼致しました。いやー、ウェキナ―に覚醒するところを見るのは、ワタクシも初めてでしたもので」


 そう前置きをしてから、話し始めたクラク。


「まずウェキナ―というのは、この星に連れて来られた地球人が、何らかの形で魔術を使えるようになった人の事です」


 あなたも先程、覚醒して魔術を使いましたでしょう?

 蓮花の疑問に答えるかのように、説明したクラク。


「あっ因みに、元々この星の住人で魔術を操れる方々の事は、リヴァナーと呼ばれておりますので、覚えておくと良いですよ」


 なんて付け加えたクラクは本題に入る為、笑顔を張り付けたまま顔を引き締めた。


「連れて来られた地球人は、この闘技場で雇っているファイター達と闘い、無事に勝利すると、この星で生きていける権利を与えられるのです」


 言わばこの闘技場は、地球人たちが生きていけるかどうかの、通り門ですね。

 まるで世間話でもしているかのように淡々と話すクラク。

 その様子は、自分の話している事がなんでもないとでも言っているかのよう。


「まあそうは言っても、ただ闘技場を盛り上げる為に我々がある装置を使って、特定の地球人を連れてきて、催しているだけなんですけどね」


 やはり殺し合いというのは、盛り上がりますからね。

 そう、当たり前のように話すクラク。


 もはやそこに人情など微塵も感じられない蓮花は、言葉を無くしてしまったかのように口をぽかんとしてしまったが、代わりに敦が問いただしてくれた。


「つまり俺たちは、その闘技場を盛り上げる為だけに連れて来られ、こんな思いをさせられたと?」


 口を開いた敦に視線を向けたクラクは、笑顔のまま答える。


「ええ、そうですが?」


 それが何か?

 そう言いたげなクラクに、抑えていたのだろう今までの怒りを、怒鳴ってぶつけた敦。


「ふざけてんじゃねーぞ! お蔭でどんな思いをしたと思っているんだ!」


 クラクの胸倉を掴んで怒る敦。

 すぐさま近くに控えていた男が敦を抑え込んだ為、大事にはならなかった。

 しかしその怒鳴り声で、これまでの事がフラッシュバックしたかのように蘇った蓮花。

 皆も同じなようで、宵歌なんかは涙を流している。

 この、質素だが落ち着きのある空間が、今までの事をお遊びだとでも言っているかのようで、より一層蓮花たちの思いは熱くなる。

 しかし状況を理解していないかのように、クラクは掴まれた胸倉を直しながら答えた。


「何を言っているんです? 貴方達地球人は、ワタクシたちこの星の住人にとって、ただの家畜と変わらないんですよ」


 そう言って、蔑ました目を取り押さえられている敦に向けたクラク。


「自分たちとは違う生き物で、大して強くもないのに変に粋がっているお前たちなんか、我々と同等な価値などないでしょう」


 敦から視線を逸らしたクラクは、部屋全体に向き直ると、両手を広げてその場にいる皆を脅す。


「文明の発達に生かされていただけで、自身がすごい訳でもないくせに、この星で真っ当に生きていけるなんて、思わないで下さいね」


 そう言ってのけたクラクは、気が付いたように蓮花に向き直る。


「ああ! 貴方様は別ですよ! なんせ我が闘技場内で覚醒し、ウェキナ―となって頂きましたからね! お蔭で今回の催しは大盛況! 実に嬉しい限りです」


 今後は堂々と、この星を渡り歩いていけますよ!

 まるで全身で表すかのように、大げさに蓮花を持ち上げたクラク。

 ひとしきり盛り上がると、クラクは落ち着いて再び話し出した。


「この星の住人は皆、自身を誇りに思っております」


 貴方達、地球人と違ってね。

 そう言うと、一呼吸置いてからクラクは語り掛ける。


「ですからワタクシ達は、貴方達地球人が大っ嫌いなのです。大して頭も良くないくせに、こちらの文明が遅れているというだけで、まるで自分が勝っているかのような振る舞い」


 蓮花たち全員に語り掛けながら、部屋をゆっくりと歩き回っているクラク。

 するとピタリと足を止め、クラクは全体に向き直った。


「だから、この闘技場が生まれたのです! 憎き地球人を見世物にする為の、この闘技場が!」


 素晴らしいでしょう!

 そう言いたいのか、クラクは満面の笑みを見せた。


「まあ、見世物をする為とはいえ、貴方達を何の承諾も無しにこの星へ連れてきたのは我々ですので、多少の責任はあります」


 クラクは一歩前へと踏み出す。


「ですので、やる気があるなら雇いましょう! この闘技場で、地球人を迎え撃つ『ファイター』として!」


 再び室内を歩き出したクラクは言う。


「この星で生きていく限り、貴方達は地球人として生きていくのならば、どこへ行っても一生『廃人』と呼ばれ、蔑まされていくでしょう」


 あっ、因みに『廃人』とは地球人を蔑ました言い方ですので。

 なんて付け加えたクラク。


「最も、地球人である事を隠してこの星を生きてゆく、という道もありますが、それはそれは険しい道だと思いますよ」


 知識はあるのに、身分は不明……そんな怪しい奴に優しくするほど、この星の住人は甘くはありません。

 そう言って、クラクは首を横に振る。


「ですので『ファイター』として此処に雇われた方が、賢い選択と言えるでしょう」


 多少怖がられはしますけど、きちんと雇われているので、蔑まされる事はございませんのでね。

 なんて言って、諦めたように笑ったクラク。

 ひとしきり説明を終えたのか、クラクは蓮花たち全員に向けて、決断をするように声色を上げる。


「さあ、どうしますか? 『ファイター』として雇われ生きていくのか。はたまた『廃人』と呼ばれて、一生蔑まされるか」


 選択するのは貴方です、どうぞお選び下さい!

 そう高らかに話すクラクを前にし、黙りこくってしまう皆。


――そんな事を急に言われても、決められる訳ないじゃん……。


 なんて思いながら蓮花は一人、ある感触が残っている自分の掌を、ぼうっと見つめた。




 いよいよ明日更新する分で、あらすじに書いてある部分まで追い付きます!

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