(2)
「ありがとうございましたー」
お店のお姉さんが、やたらと明るい声で蓮花の背中に投げ付ける。
「……嫌味かっつーの」
お姉さんに悪意がないのは分かっているが、思わずそう受け取ってしまう蓮花。
このまま真っ直ぐ家に行ったところで、肝心の大樹がいつ帰ってくるのかも分からない。
そこで蓮花は、家とは反対方向に向かって歩き出した。
というよりは素直に一人で家に行くのがむかつく為、無駄な反抗心を見せたかったのかもしれない。
――どうせだから、洋服でも買ってから大樹君の家に行こうっと。
一人だけで盛り上がっていたかもしれない事が悔しくて、大樹に対抗心を燃やし始めていた蓮花。
しかしそこでやっと、ある事に気が付いた。
――あれ、なんだろう。今日はなんか……静か、だな。というより、人が全くいない。どうしてだろう……?
どちらかといえば普段は人通りが多い場所である。
しかし何故か、今日は殆ど人がいない。
まるで何者かが、人だけを飲み込んでしまったかのような……。
いつもと違う街の静けさに不安になった蓮花は、思わず恋人である大樹に連絡を取ろうとしたのだが、その途端、不快な音が蓮花を襲い始めた。
――……っ! なにっ、この音……っ!
耳の中を抉られるような甲高い音に、思わず手に持っていたケーキの箱を落として耳を塞ぐ蓮花。
あまりにも深く脳の内側へと侵入してくるその音に視界が歪み、まともに立っていることが出来ない。
「……ぁぁぁぁああああああああーーーーっ!」
いくら塞いでも治まってはくれないこの音に、蓮花は耐える事が出来なくなり叫び声を上げる。
――怖いっ! 痛い何なの、怖い痛いコワイ怖い痛いっっ!!!!
どちらが上か下かも分からない。
むしろ、自分が立てているのかすらも判らない。
訳が分からなくなった蓮花を、更に支配と恐怖が襲う。
ついに蓮花は膝を付け、そのまま倒れ込むと共に意識を失った。
・・・・・・
「丁重に、扱って下さいね」
どれ程そうしていたのだろう。
いつの間にか蓮花を襲っていた不快な音は消え去り、街にはいつも通りのネオンだけが光っていた。
僅かに意識が戻った蓮花。
微かに遠くで、誰かが叫んでいるような声が聞こえる。
――あの声は……大樹、君? ……なんて言っているの? 分からないよ。それにしても、身体がだるい……。私、何をしているんだろう……。
うっすらとした意識の中、蓮花はぼやけた頭で考える。
「離せっ! 離せって言ってんだろっ!」
――ああ、大樹君……何でそんなに、怒っているの?
すると、まだはっきりしていない蓮花の身体が、誰かに抱き抱えられた。
「構わなくて結構です。それより早く、連れて行きなさい」
見つかる方が大変なのでね。
なんて吐き捨てて、抱き抱えている人とは違う誰かが命令する。
「……、了解」
抱き抱えている人が返事をすると、蓮花はそのまま誰かに運ばれていく。
「蓮花に触るんじゃねぇ! くそっ、離せよっ! っっっっ!! 蓮花ぁぁぁぁーーーー!!」
怒りと悲しみが入り混じった恋人の声が、段々と遠くなっていく。
――そんなに叫んで、どう、したの……?
再び消えゆく意識の中、蓮花は連れて行かれていく方向と逆側に目をやると、大樹が男達に取り押さえられている姿が見えた。
「……大丈夫だ。奴も連れていく」
蓮花を抱き抱え歩いている誰かが蓮花の視線に気付き、小さい、しかしはっきりとした声で教えてくれる。
――そうか、それなら……また絶対、会える……よね。
何故かそんな事を思う蓮花。
きっと瞬時に、今後は今までのような……当たり前に大樹と会う事は出来ないと悟ったのであろう。
――でも、その前に……記念日はお祝い……したかった、な……。
最後にそんな事を考えた蓮花は、今度こそそこで完全に意識を失った。




