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生きる為に。  作者: 井吹 雫
プロローグ
2/175

(2)


「ありがとうございましたー」


 お店のお姉さんが、やたらと明るい声で蓮花の背中に投げ付ける。


「……嫌味かっつーの」


 お姉さんに悪意がないのは分かっているが、思わずそう受け取ってしまう蓮花。

 このまま真っ直ぐ家に行ったところで、肝心の大樹がいつ帰ってくるのかも分からない。

 そこで蓮花は、家とは反対方向に向かって歩き出した。

 というよりは素直に一人で家に行くのがむかつく為、無駄な反抗心を見せたかったのかもしれない。


――どうせだから、洋服でも買ってから大樹君の家に行こうっと。


 一人だけで盛り上がっていたかもしれない事が悔しくて、大樹に対抗心を燃やし始めていた蓮花。

 しかしそこでやっと、ある事に気が付いた。


――あれ、なんだろう。今日はなんか……静か、だな。というより、人が全くいない。どうしてだろう……?


 どちらかといえば普段は人通りが多い場所である。

 しかし何故か、今日は殆ど人がいない。

 まるで何者かが、人だけを飲み込んでしまったかのような……。

 いつもと違う街の静けさに不安になった蓮花は、思わず恋人である大樹に連絡を取ろうとしたのだが、その途端、不快な音が蓮花を襲い始めた。


――……っ! なにっ、この音……っ!


 耳の中を抉られるような甲高い音に、思わず手に持っていたケーキの箱を落として耳を塞ぐ蓮花。

 あまりにも深く脳の内側へと侵入してくるその音に視界が歪み、まともに立っていることが出来ない。


「……ぁぁぁぁああああああああーーーーっ!」


 いくら塞いでも治まってはくれないこの音に、蓮花は耐える事が出来なくなり叫び声を上げる。


――怖いっ! 痛い何なの、怖い痛いコワイ怖い痛いっっ!!!!


 どちらが上か下かも分からない。

 むしろ、自分が立てているのかすらも判らない。

 訳が分からなくなった蓮花を、更に支配と恐怖が襲う。

 ついに蓮花は膝を付け、そのまま倒れ込むと共に意識を失った。




・・・・・・




「丁重に、扱って下さいね」


 どれ程そうしていたのだろう。

 いつの間にか蓮花を襲っていた不快な音は消え去り、街にはいつも通りのネオンだけが光っていた。

 僅かに意識が戻った蓮花。

 微かに遠くで、誰かが叫んでいるような声が聞こえる。


――あの声は……大樹、君? ……なんて言っているの? 分からないよ。それにしても、身体がだるい……。私、何をしているんだろう……。


 うっすらとした意識の中、蓮花はぼやけた頭で考える。


「離せっ! 離せって言ってんだろっ!」



――ああ、大樹君……何でそんなに、怒っているの?


 すると、まだはっきりしていない蓮花の身体が、誰かに抱き抱えられた。


「構わなくて結構です。それより早く、連れて行きなさい」


 見つかる方が大変なのでね。

 なんて吐き捨てて、抱き抱えている人とは違う誰かが命令する。


「……、了解」


 抱き抱えている人が返事をすると、蓮花はそのまま誰かに運ばれていく。


「蓮花に触るんじゃねぇ! くそっ、離せよっ! っっっっ!! 蓮花ぁぁぁぁーーーー!!」


 怒りと悲しみが入り混じった恋人の声が、段々と遠くなっていく。


――そんなに叫んで、どう、したの……?


 再び消えゆく意識の中、蓮花は連れて行かれていく方向と逆側に目をやると、大樹が男達に取り押さえられている姿が見えた。


「……大丈夫だ。奴も連れていく」


 蓮花を抱き抱え歩いている誰かが蓮花の視線に気付き、小さい、しかしはっきりとした声で教えてくれる。


――そうか、それなら……また絶対、会える……よね。


 何故かそんな事を思う蓮花。

 きっと瞬時に、今後は今までのような……当たり前に大樹と会う事は出来ないと悟ったのであろう。


――でも、その前に……記念日はお祝い……したかった、な……。


 最後にそんな事を考えた蓮花は、今度こそそこで完全に意識を失った。






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