鑑定能力でほにゃららららら
通学路に少年と少女が各ひとりずついて、かつ並んで歩いていた。
「聞いてくれ幼馴染の夏子くん」
「なんだい幼馴染の竜雄くん」
「鑑定能力が生えた」
「なんだって、それは本当かい? あの女の子の弱みを握ってエロティックなことをするのに使う、ウェッブ小説で大人気のメチャクチャ便利な能力が?」
「その用途はおかしい」
竜雄は困惑した表情で夏子を見た。竜雄は夏子と仲が良いので、これまでの人生の8割を困惑しながら過ごしている。
「すると、なんだい。竜雄くんはテンプレ通り鑑定能力で魔王を倒したりするわけかい」
「そんなわけがあるか。魔王は去年謎の超巨大宇宙生命体に押しつぶされて封印されただろう」
「そうだった」
「俺はこんな能力に惑わされずに平穏に生きていく」
「テンプレだ」
夏子以外といるときの最近の竜雄の口癖は『やれやれ』『仕方ない』『俺は目立ちたくないんだがな……』の3種類であるので、ごく当然の帰結と言えた。夏子といるときの口癖は『望むところだ』『だまされた』『たすけて』の3種類である。
「しかしだね、竜雄くん」
「なんだね夏子くん」
「能ある鷹は爪隠すと言えば聞こえはいいがね、手入れを怠ればいざというとき錆びついて使えなくなってしまうかもしれないよ」
「鷹の爪は非金属だから錆びないと思うが」
「鷹がサイボーグだったら錆びるだろう」
「サイボーグ」
「君がサイボーグだって可能性もあるんだからちゃんと能力の手入れをしなくてはならないよ」
「俺はサイボーグではない」
「どうかな。試してごらんよ、ご自慢の鑑定能力でさ」
「望むところだ」
口車にたやすく乗せられた竜雄は、突然の逆まつげ対策にいつも懐に忍ばせている携帯手鏡を取り出し、ものすごい小声で『ステータスオープン』と呟いた。
ブオン、と音がして、なんかすごいSFっぽい感じの光のボードとかそんな感じのやつが目の前に現れた。
『竜宮竜雄 17歳 サイボーグ』
「やっぱりサイボーグじゃないか」
「だまされた」
竜雄はこれまでの人生に思いを馳せた。共働きの両親。ひとり寂しく家族の帰りを待ち続けた放課後。3年ぶりの家族旅行。突如現れた黒服の集団。緑色のカプセル。浮かぶ裸の子供たち。4億光年の彼方から送られた進化の秘法を意味する究極のコード。天使は僕らに微笑まない。
「なるほど」
記憶が戻った竜雄は納得して頷いた。
「これでわかっただろう。竜雄くんはその身を錆びつかせないためにもこの鑑定能力を磨かなくてはならないのさ」
「なるほど」
「じゃあそのへんの可愛い女の子の弱みを握ってエロティックなことしようぜ」
「やめろ」
*
「骨董屋に来たよ!」
夏子はごく自然な流れで現在位置を叫んだ。
「さあ、竜雄くん。鑑定能力を駆使して適正価格よりも安く売られている壺を発見して、上手いこと転売してこの世の富という富を独占しようじゃないか」
「望むところだ」
竜雄は骨董屋の棚に向かって、小声かつ尋常ならざる高速で『ステータスオープン』と呟き続けた。骨董屋の店番はモスキート音が聞こえたような気がしてカウンターのテレビを確認した。
『売れない壺 3,000,000円』
『ただの壺 1,000円』
『ふつうの壺 2,000円』
『ウルトラハイパースーパーパンドラ 3兆円』
『高い壺 200,000円』
『店主が陶芸教室でつくった壺 5,000円』
『弱い壺 500円』
「上から4番目のヤバそう」
「ヤバイ」
竜雄と夏子は上から4番目の壺に釘づけになった。上から4番目というのは、だるま落とし状に7つの壺が重ねられていて、そのなかで上から4番目に位置しているということである。それは異常な陳列だった。
「店員さん、すみませーん」
夏子が呼ぶと店番がやってきた。
「この上から4番目のやついくらですか?」
「100円です」
「マジか」
「ということは竜雄くんこれで僕たちは転売によって2兆9999億9999万9900円の利益を手にすることができるよキっぃいぃぃぃャッフー!!!!! 国が!!! アメリカが買えるよ!!!!!!」
「アメリカの国家予算は3兆ドルくらいだから無理」
「マジか」
「マジ」
「じゃあいいや」
「よくはない」
竜雄はポケットから財布を取り出してバリバリ開き、店員に100円を渡した。店員は100円を受け取り、竜雄にピコピコハンマーを渡した。
「? これはなんですか」
「これはピコピコハンマーです」
「何に使うものですか」
「だるま落としです」
竜雄は店の棚を見た。だるま落とし状の異常な陳列をされた7つの壺がそこにはあった。
「落とせと」
「はい。割ったらその場で適正価格現金一括弁償で」
「この店、頭おかしいんじゃないかな」
「その可能性は限りなく高いな」
せっかくだから、と竜雄は店員に向かって『ステータスオープン』と呟いた。
『名無し、あるいはジョン・ドゥ 29歳 物心ついたときから秘密警察の一員として』竜雄は鑑定を中止した。
「やるしかないよ、竜雄くん」
「しかし夏子くん。見たまえこの並びを。一番上の落ちやすいところに300万円の壺。そして一番下は壊れやすそうな弱い壺。明らかに破壊させて金を絞り取ろうとしている。仮にウルトラハイパースーパーパンドラを叩いて飛ばした瞬間空中でキャッチしたとしても」
チラッ、と竜雄は店員に目線を送った。
「あ、そのやり方でもオーケーです」
「キャッチしたとしてもこの場で300万円以上の支払いを余儀なくされて金欠でゲームオーバー間違いなしだ」
「竜雄くんが身体で払えばいいんじゃないかな」
「ふざけるなよ」
「あ、それでもオーケーですよ」
「オーケーなのかよ」
「秘密警察はサイボーグ人員を広く募集しています」
「バレてる」
「やるしかないよ、竜雄くん」
「たすけて」
涙目の竜雄は、制服の袖をまくって、人生を決めかねない重要な一勝負に軽率に挑んだ。
サイボーグ特有の精密性を発揮して危うげなく勝利した。
*
通学路に少女となんだかよくわからないそびえたつ塔みたいなのがあって、かつ並んで歩いていた。たぶん。
「竜雄くん、知っているかい」
少女の方は夏子で、彼女は隣のなんだかよくわからないそびえたつ塔みたいなのに語り掛けた。
「1万円札は1枚約1グラム……だから3兆円にもなると30万キログラム、あるいは300トンもの重さになるんだ……」
「たすけて」
そびえたつ塔の中から竜雄のくぐもった声がした。
「1万円札の高さは1枚約0.1ミリメートル……だから3兆円にもなると3万メートル、あるいは30キロメートルもの高さになるんだ……。100分割したとしてもそれぞれが東京タワー並の高さになるね……。ヤバイよね、アメリカって毎年国家予算全ぶっぱで東京紙幣タワーを100かけ100で1万も建てられるんだ……」
「たすけて」
「君がサイボーグじゃなかったら絶対持って帰れなかったよ、ありがとう」
「たすけて」
紙幣の塔の奥底では、300トンを支えるために竜雄のサイボーグボディがフル駆動しており、関節部には緑色の蛍光が走っていた。泣き言を口にしながらも身体は正直だった。
スーパーなんちゃらとかいうあのメチャクチャ高い壺は売れた。よくわからない闇っぽいルートで。竜雄の進路選択候補が増えた。ちなみにあの壺は詳細に鑑定したら『滅亡のトリガー』とかものすごく不穏な空気を醸し出す文字列が発見されたが、ふたりは金に目が眩んでいたのでよだれを垂らしながらノータイムで売り払った。
そうこうしているうちに夏子の家に着いた。夏子の家は更地なので、3兆円弱を置くのにピッタリだった。
竜雄が3兆円弱を地面に置くと、ドォン!!とものすごい音がして、地面が揺れて、「なんでえ、”敵”か!?」との叫びを上げて近所に住む40名程度の中年男性が半裸で様子を見に来たが、関節部からサイエンティフィックなエメラルドグリーンライトを放ちながらキュイイイーンとパソコンにCDを入れたときみたいな音を出している竜雄を確認するや皆解散していった。
そびえたつ3兆円の塔を見ながら、夏子は満足げに言った。
「これで……一生安泰だ!」
「…………?」
それとは対照的に怪訝な顔でグリーンサイボーグ竜雄は考えていた。
そしてしばらく考え込んで、あ、と声を上げた。
「お前何もしてなくないか?」
核心的な気付きだった。
「そんなことはないよ」
「そんなことあるだろ」
「ちゃんと竜雄くんを導いたじゃないか」
「良い壺転売して稼ぐなんて猿でも思いつくだろ!」
「猿は思いつかないだろ!」
「猿がサイボーグだったら思いつくだろ!」
「何言ってんの……? 猿がサイボーグなわけないじゃん……」
「梯子を外すな!」
ぐぬぬ、と竜雄と夏子は額を突き合わせて睨み合った。先に妥協したのは夏子だった。
「しょうがないなあ、竜雄くんは」
上から目線の妥協だった。
夏子はぴっ、と人差し指を突き立てて、竜雄に提案した。
「身体で払おうじゃないか」
「いらない」
「いやそういう意味じゃなくて」
やれやれこれだから思春期ボーイは、と夏子が肩をすくめると、竜雄は苛立ったのか駆動音が激しくなった。
「一連の行動は竜雄くんの鑑定能力を鍛えるって趣旨だったろう?」
「そういえばそんな話だったな」
竜雄は金に目が眩んで完全に忘れていた。
「だから僕が竜雄くんの実験台になってあげようじゃないか。僕の全身くまなくいやらしく鑑定能力を試し使えばいいさ」
「いらない」
両腕で自分の身体を抱いて身をくねらせる夏子を、竜雄は気味悪げな目で見た。緑光の色が心なし澱んだ。
その反応を受けた夏子は、へっ、と意地わるげに口の端を釣り上げて、挑発的な目線を送る。
「まっ、竜雄くんにそんな度胸はなかったか」
「望むところだ」
キュイイイイイイーンとこれまでで一番ハチャメチャカッコイイ駆動音が鳴り出した。竜雄の全身は煌々と緑色に輝く。瞳がきらめくと、体内のどこからか【Operate―― Green eyes】【Full Drive】【Dive into the mind】と電子音声が響いた。
そして刹那――、夏子の深層に隠された情報が映し出される――!
『夏原夏子 17歳 4億光年の彼方より来る謎の超巨大宇宙生命体 全宇宙の支配者 竜宮竜雄のことが大好き』
「だまされた」
「ふふ……」
硬直する竜雄。両手をわきわきと動かしながら迫る夏子。
「計算通りだ」
「たすけて」
「パンドラの箱を開けたのが運の尽きだったのさ!!」
「ひええー」
この日この瞬間、夏子のものすごく迂遠な告白によって、竜雄はこれから先の人生もその8割を困惑しながら過ごすことが決定した。
ついでに言うと、このあと夏子が真の姿を解放したことによって約3兆円タワーは盛大に倒壊し、ご近所は盛大に破壊された。なんだか異様に景気の良い光景だったので、街の名物行事として定着した。