次の目的
自宅の玄関先が見えるころ、見慣れた人影に歩幅は大きくなった。
「やっと帰ってきたか」
親友を超え、家族同然の付き合いをしている友人、笹倉直が待ちくたびれた様子でそんな事を言ってくる。
「いやいやいや、自分ちに行けよ!」
安堵した気持ちとは裏腹に十数メートル離れただけの直の家を指さし言い返す。
「え、どっちでも大差ないから」
「……まぁな」
緊張感のない普段通りの会話にようやく良太も本来の形を取り戻した。
「それで?」
「ん?」
「どういう状況? これ?」
「知らんよ」
「ですよねぇ~。一応待っている間に色々歩いてみたけど、誰もいないんだよな。俺んちも良太の家も、ついでにこの辺の家も。ちなみに俺が起きた時、いたの良太の部屋だから」
「マジかよ……。そこは俺でいいんじゃないのか?」
「確かに」
そういってお互いに笑う。
「しかし、さすがの行動力だな。調べたって中に入った感じ?」
「自分ちと良太の家はな。他はチャイム押しただけ」
「おかしいな、車あるならいるはずなんだけど」
そういいながら見慣れた住宅街の一角に建つ我が家の駐車場を見ると、母親と父親の車が二台駐車されていた。あたりにも普段と何気ないようで、平日の昼間ならあるはずのない車がちらほらと見受けられる。
「他には?」
「いや、特にはないな。そういや携帯使えた?」
「ダメ」
「だよな」
会話を続けながらベランダのほうを回り込む良太の後ろを直がついてくる。
「犬もいないよ」
普段なら玄関に人が来ると人懐っこい良太のペットは無駄に吠えるのだが、それもなく直の言葉を受け入れながらも一応確認をしてみた。言われた通りそこには生き物の影はない。
「家のなかって変化は?」
「さすがにあさったりはしないから、覗いた程度だけど変わりはないと思う」
家族同然の付き合いとはいえ、直も勝手に人の家の部屋やら冷蔵庫を物色するような常識知らずではない。その距離感もあって良太と直は長い関係性を保っている。
「一応自分で見た方がいいか」
「俺はここで待ってるわ」
「なんでよ? 一緒に見たらいいじゃん」
「さすがにいいって」
適当に笑いで返した良太は普段鍵の掛かっている玄関にも違和感を感じつつ、自宅へと入っていった。
時間にして数分一通り一階から二階まで調べ終わる。自分の部屋の前で立ちつくし変化がないことに余計疑問だけが残された。
すると、チャイムが鳴った。何かあったのかと急いで一階まで降りると玄関に直が立っていた。
そして、
「ほれっ」
そういって放物線を描くように四角い何かを突然投げ渡してきた。
「おおっ、とぃっ」
カチっ。
「あぶねっぇ、な。なんだよこれ、スイッチ? って押しちゃったじゃんかよ」
「あれ、マジで、悪い悪い、いま見つけたんだけど、ほら」
そう言いながらもう一つ見つけたスイッチを掲げてみせる。正方形の箱の上に赤いボタンが付けられたクイズ番組などでよく見るものだった。
「押したんだよな? 変化はなしか、こっちも押してみるか」
「大丈夫なのかよ」
カチッ。
「躊躇とかないわけ?」
回答を待たずに直はすでにスイッチのボタンを押していた。だが、少しの間待っていても良太が押してしまったスイッチ同様変化は起きない。
「意味なしか」
手詰まり感にお互いがスイッチをその辺に放り出し、適当な場所に座り込む。
「あ、かくれんぼ」
ふと、これまでのことを考えていた良太が思い出した。
「そういえば」
二人で本来の機能を果たさないスマフォを取り出す。
【裏かくれんぼ 23:24:00】
また表示が変化しており、カウントダウンが進んでいる。
「今度は裏か……」
「かくれんぼに裏と表なんかあるのかよ」
「さてどうするよ?」
意味がないスマフォをしまい、直に問いかけられる。
良太は直の姿を見ると、ため息を吐く。
「結局行くのね」
実のところ、一人で行動しているからこそ帰省本能にも似た感覚で自宅に戻る流れに乗っていた良太だったが、行動を返しする前もう一つ選択肢は思いついていた。
「どこに?」
問いに直の姿を指で流す。その間お手上げといった感じのポーズをとっていた直はそれでも気づいてはくれない。
「制服で行く場所は一つしかないだろ」
「あーなるほどな。つか、言い方がまわりくどっ」
「うるせぇ」
次の行動に立ち上がり二人で住宅街を後にする間、良太はスマフォに表示された【裏かくれんぼ】の意味が頭から離れなくなっていた。