悪役幼女
悪役幼女
かつん、かつん、かつん……。
ヒールの音が廊下に響く。
「にゃっ!」
ずしゃあっ!
音の持ち主は、盛大にずっこけた。
ずしゃ、と倒れ込んだまま起き上がらない。
「だ、大丈夫かしら……」
誰かがそう呟いたのを聞いたのか、ずっこけた彼女はぷるぷるしながら立ち上がった。
その少女は身長が130ほどと低く、その身長に比例するように、顔立ちも幼い。
痛みに耐え、ぷるぷるしながらも、必死に制服と髪を整えていた。
どうみても幼いその少女が身にまとっているのは、フォルリアス魔法学院の高等部の制服。赤いタイが示す学年は、三学年。
「(どうみても幼稚舎の年齢だろ)」
と周りはいつも彼女をハラハラしながら見守っている。
「いたくないですわっ」
自分に言い聞かせるように、少女……いや、幼女は呟いて、走り出した。
彼女には用事があった。愛しい人に呼び出されているのだ。
「はぁっ、はあ、」
幼女が一生懸命走る姿を、みんなはこっそり応援する。堂々と応援すると、幼女はひどく怒るのだった。
「つきましたわ……!」
彼女のついた教室は、3-S。彼女の愛しい人と、放課後に約束した場所である。
すー、はー、と幼女が息を整える。
「たのもー!ですわ!」
何か色々と間違えながら、幼女がとびらをガラッと開ける。
そこには、幼女の愛しい人と……そして、幼女の一番嫌いな人がいた。
「……っ」
幼女はその愛らしい顔をぎり、と歪める。しかし、どれほど凄んでも幼女。相手を怖がらせることなど出来るはずがなかった。
「ちゃんと来れたのか、リル。お前は偉いな」
「えへへ……」
幼女ことリルは、愛しい人――彼女の婚約者である、第一王子になでなでされて、気持ちよさそうにしている。
「うふふ、リルちゃんは本当に王子様が好きね」
「!!がるる!」
リルはしゅばっ!と王子様のとなりにいる少女から距離を取る。昨日読んだライオンの絵本が怖かったリルは、ライオンさんの真似をすれば彼女を怖がらせられると思ったらしい。
「よしよーし」
「さわらないでください!」
ばしっ!と、リルにしては全力で叩いたつもりなのだが、花よ蝶よと育てられた温室育ちの幼女の力では、彼女に全くダメージを与えられなかった。可愛いわ〜と微笑まれた。リルはなんだかとても悔しくなる。
「わたくしは!おうじさま の こんやくしゃ!
りる・とりあるて ですわよ!」
「ああ、リル、その件だが―――」
がうー!と彼女を威嚇していたところを王子に遮られ、リルは目をまん丸にして王子を見上げる。その様子は非常に愛らしい。地上最強の生き物、幼女。愛らしさで勝てるものはなかった。
「リル。お前はまだ小さい上に、恋も知らないまま、家のためだけに俺と婚約者になったな。だが、お前の家はもう十分安定した。お前は自由に恋愛をして、普通の幼稚舎に通って、勉強も今みたいに必死にならなくていい。普通にしていいんだよ」
王子様がとても優しく声をかけてくれているのがリルは嬉しかったが、なぜ王子がそんなことを言うのかは分かってないなかった。
「リル、婚約は破棄にしよう」
「なっ…………なぜですか!?わたくし、だめなところがありましたか!?」
「いや違う、だから―――」
リルの目からぽろぽろ涙が落ちる。王子は、妹のような存在として、そして娘のような存在として、リルが大好きだ。次から次へと落ちるリルの涙に、手を空中に彷徨わせる。
「ねぇ、リルちゃん。リルちゃんは、王子のことを『愛してる』のかしら?」
王子の横にいつも並ぶ彼女。リルよりも王子との距離の近い彼女を、彼女のせいなのだとリルは恨めしそうに見上げる。
「あいしていますわ!」
「それは、家族に対する気持ちとどう違うの?」
「……ええと……」
リルは困ってしまった。王子様は大好きだ。どれくらい好きかというと、お母様くらい。きゅってしてもらったり、なでなでしてもらったら、とても嬉しくなる。
「リルちゃん。あなたの気持ちは、おそらく恋ではないわ。あなたがどうしても納得がいかないなら、私、あなたが成長するまで婚約しないでいてあげるから」
「……」
リルはお勉強はできるが、まだ高校生の考えに追いつける思考回路は持っていなかったので、言い聞かせられるそれらの言葉がいまいち腑に落ちなくて、むすっとしていた。
「リルか成長するまで、婚約はなしか……」
王子は何気に凹んでいた。
「わたくし………」
リルは何か言わなければいけないような気がしたが、こんな時になんて言えば良いのかわからなかった。
きゅ、と制服のスカートをにぎって、俯く。
その時、ガチャン――――とガラスが割れる音がした。
バサ、と、大きな翼を広げる音が聞こえる。
「婚約者はいなくなったのだろう?その令嬢は俺が頂く」
悪役令嬢の婚約破棄(?)に現れる定番のヒーロー
この場合は魔王であった。
彼の背中に広がる羽は黒く美しく、頭に生えるツノは魔力量に比例するものだが、かなり大きくぐるぐると丸まっていた。
その顔は美しく整っていた―――――のだが
ショタだった。
身長は140ほどで、おそらく10歳かそこらの、黒髪に赤い目をしたショタだった。
「それじゃ、リル嬢は頂いていくぜ」
ショタがぱちんと指を鳴らすと、あっという間にリルとショタ魔王の姿がかき消えてしまった。
「……!!リルちゃんを助けにいくわよ!!!」
「あぁ!!」
彼女と王子は完璧な連携で捜索隊を組み、そして指示を飛ばした。
学園の生徒たちは言った。私たちは未来の王と、妃の勇姿をみた―――と。
一方その頃、魔王城ではお説教タイムがはじまっていた。
「魔王様!!!!我々魔族と人間は、数百年に渡り、条約の上で平和に過ごしてきました!!!」
「うるせーな、知ってるっつーの」
「これは人間にケンカを売る行為ですよ、魔王!」
魔王のお付きの四天王の一人で、眼鏡をした美青年が、魔王に正座をさせて、叱り付けていた。
魔王の世話係たちが運んできた座り心地の良い椅子に座りながら、リルはぼんやりしている。未だ王子との婚約破棄を引きずっているようだった。
「ふん!もうお説教は充分だろ!いくぞ、リル。城を紹介してやる」
「わ、」
ぼうっとしていたところを急に腕を掴まれて、リルは思わず声をあげた。
「魔王様!女性の腕を急に掴むなど―――と」
「ほら、早く行くぞ!」
「お待ちください魔王さ……マァッフ!?!」
変な奇声を上げながら、眼鏡が倒れこむ。魔王が魔法で何かをしたらしい。
「あっはっは!見ろよリル!あの顔!」
「……ふふっ」
眼鏡のこけ方があまりに面白かったので、リルまで釣られて笑ってしまう。
「……まーおーうーさーまー?」
ゴゴゴ、と眼鏡から漫画によくあるような効果音が聞こえてくる。
魔王はきゅっとリルの手を握る。王子とは違う、自分と近い手のサイズに、おたがい握りあえるサイズ感に、なんだかリルの胸がときめいた。
「やべえ!逃げるぞ!!」
「……!?」
ぐんっ!と急に手を引っ張られて、リルのときめきはどこか遠くまでぶっ飛んでしまった。
「まお、うわぁっ!待ちな、がっ、待て!!!!!」
もはや後ろの眼鏡は般若のような顔になっていたが、魔王は慣れているのか大爆笑している。引っ張られるリルは、まだ20mほどなのに息が切れていた。手をつないで逃げる二人を、メイドたちが微笑ましそうに見守る。
「はぁっ、まお、さま、しにます、しにますわ!」
「いくら人間でも、こんなんで死なねーよ!けどま、リルが無理なら、隠れるか」
にやり、と魔王が笑う。後ろでどしゃあっ!と眼鏡が盛大にこける音がする。「いまのうちに!」と魔王がいって、リルの手を引っ張った。リルと魔王は近くの部屋に転がり込む。
「よーし、隠れんぼだ!リル!この部屋に隠れて、先に見つかったほうが負けな!」
「えっ、わたくし、そんなことやったことないですわ!」
「早くしねーと来るぞ!ほらほら」
そう言われて、わたわたとリルは隠れ場所を探しだす。魔王はリルがわたわたしている間に、いつの間にか隠れてしまった。
「ええと―――」
今まで子供らしい遊びなどしたことのなかったリルは、隠れ場所に悩む。なんとか必死に隠れたのは、ベッドの布団の中だった。こんもり膨れて、完全にバレバレである。
二人がちょうど隠れ終わった時、がちゃ、と部屋の扉の開く音が聞こえた。
「(しんぞうが、うるさいですわ!)」
初めてのかくれんぼに、リルは思ったよりわくわくしていた。そして、なんとなく、王子の言っていた『普通』とは、こういうことなのだろう、と思った。
「……さて、二人はどこに隠れたんでしょうかねえ」
眼鏡は、こんもりと膨らんだ布団はあえて見なかったことにした。普段から散々人をからかって隠れる魔王なら、もっと上手く隠れるはずである。あれはリル嬢だな、と眼鏡は頭の中で考える。
「……ここでもない、ここでもないか」
眼鏡は普段散々魔王と遊んでるだけあり、大人として子どもの遊びに入ってやるのがうまかった。わざと布団に近づいてみたりして、リルをドキドキさせる。
「(わわ、ちかいですわ。ばれちゃうかしら)」
リルがドキドキしている間に、眼鏡は移動して、リルから離れたところを探し始める。
布団の隙間からそっとリルがのぞくと、小さな飲み物を入れるための魔道式冷蔵庫の入っている棚の、魔道式冷蔵庫の隙間に入り、棚の戸を閉めていたらしかった。
「魔王様、見つけましたよ」
「ちぇー」
「リル様、出てきてください。リル様の勝ちですよ」
眼鏡のその言葉に、ばっ!と布団からリルが飛びだす。目がキラキラとして、勝てたのが嬉しい!というのが顔に現れている。
「わたくしのかちですわね!」
「……あんなとこ……」
魔王は一瞬、バレバレじゃん、と言いそうになったが、口を閉じた。リルがあまりに嬉しそうにしていて、ここでそんなことを言ってはいけない気がしたのだ。
「……次は負けねーからな!」
「はいっ」
「……魔王様も、少しは人を思いやる心が分かるようになったようで、よかったです。さて、思いやりが生まれたついでに―――――」
がしっ、と魔王の肩を眼鏡が掴む。
「人間の国に、とっとと謝りに行きますよ」
「嫌だ!俺は謝らないぞ!」
「ほう?思いやりのない魔王様は?一目惚れの女の子を拉致して?家族にも国の人にも申し訳ないだなんて思わないと?」
眼鏡の入った言葉に、いまいち何のことかわからなかったのか、リルが首をかしげる。
「ひとめぼれ……?」
「……っ!馬鹿!何を言うんだ!」
一目惚れだとバラされたのが恥ずかしいのか、魔王が真っ赤になる。
「リル様の隠し撮りやらなんやらばれたくないならとっとと行きますよ。だいたい、今回も潜んでた魔王様が勝手に王子に手酷く振られたと勘違いして無茶したんですから……」
「かくしどり?」
「わーー!!わーーー!!!わーーーー!!!!分かった!!!!!謝りに行く!!!!」
この後すでに魔王城を特定し足を進めていた捜索隊にすぐに発見され、大問題になりかけるが、眼鏡の謝りスキルによって、戦争は免れた。
それから時たま学園に現れるようになった魔王とリルの仲睦まじい様子に、兄や父のような気持ちで、リルは嫁に出さん!と妨害する大人気ない王子が見られるようになったとか。
悪役令嬢って言葉を使いすぎてもはやよくわかんなくなって昨日Twitterで悪役幼女って打ちミスしてしまったので、せっかくだから息抜きに書いてみました。
ロリショタ万歳!