第三章 召喚士の事情
正直なところ、私は召喚士として修行を行い、そして平々凡々に人生を終えていくのだと思っていた。
実際、私よりも立派な師匠は神子を召喚することはなく、召喚士として修行を重ねながら、王族に仕えながら、人生を終えた。
あとのことは、私に託すと珍しく優しい笑顔で言われたのが最後の言葉だった。
「アイヴァン。私は神子を召喚することはないだろう。しかし、お前は神子を召喚する可能性が高い。だから、修行を怠ってはいけないぞ」
師匠が口癖のように、私に言い聞かせていた言葉だ。
神子を召喚できる召喚士は、この国では一人だけ。
だからこそ、王族の庇護の元、幼い頃から訓練が必要となる。
まだ幼い私の召喚士としての才能を見抜いた師匠によって、七歳になった頃から、宮殿近くの塔で修行を行っていた。
師匠の口癖を毎日聞きながら、素直にうなずき、修行は行っていたが、内心はそんなことにはならないと子供の頃から思っていた。
師匠のような力もなく、美貌もなかった私は極々平凡な子供であったからだ。
むしろ、名前負けをしているのではと気にするような子供であった。
アイヴァン・ソリューション。
それが私の名前だった。
しかし、金髪に紫色の瞳で整った容姿をしていた師匠とは違い、茶髪に茶色の瞳でよくいる顔の私には、少々名前が厳つかった。
ひょろひょろとした長身も相まって、アイヴァンという名前は合わなかったのだ。
父と母はこの名前を気に入っているようで、ニコニコと私の見た目のわりに厳つい名前を呼んでいた。
師匠も気にしてないようで、むしろ面白がってよく名前を呼んでいた。
ただし、学校ではよく名前負けしているとからかわれた。
王宮に閉じ籠っていては、少なからず世間知らずになってしまう。
もし、神子を召喚した際、世界を案内できなくては困るという、師匠の考えの元、普通の学校に通っていたためだ。
学校でからかわれたことを悩んでいると師匠は私を世界のあちこちに連れて行った。
「世界は広い。アイヴァン、そんなくだらないことは気にするな」
そう言ってよく慰めてくれたが、連れて行かれた先で変な人間に絡まれてもすぐには助けてくれない変わった人だった。
「これも修行だ。もし、神子を召喚し、均衡を保つため世界のあちこちに向かった際、お前が神子を守れなくてはな。これぐらい自分であしらえるようになれ」
まだまだ子供であった私に、そんなことを言う厳しい人だった。
最終的には助けてくれるが、決定的に悪い状況になるまで不敵な笑みを浮かべてほったらかしにされることもよくあった。
おかげで、ある意味学校でからかわれたことなどすぐ忘れることができた。
その私の様子を見るとすぐ、召喚士の修行を私に仕込んできた。
私の修行は熱で寝込んだ日以外は毎日欠かさず行われた。
そんな変わり者であった師匠だったが、国王陛下には可愛がられていた。
現在の国王がまだ皇太子だった頃から、師匠は召喚士として国王陛下に何かと用事を申し付けられていた。
面倒だとか、弟子の私をだしにしてよくよく断っていたが、それでも師匠は神子を召喚する唯一の召喚士として国王陛下に庇護されていた。
いつ、神子を召喚することになるかは召喚士さえ分からない。
ある日、急にこの世界の守り神から啓示があるらしい。
だからこそ、王族はいつでも神子を召喚できるように、召喚士の人生を保障している。
死ぬまで神子を召喚しない召喚士だろうと王族は庇護をやめる訳にはいかない。
しかし、師匠の不遜な態度はいつ召喚士としての庇護から外されてもおかしくないと、子供心に恐れていた。
師匠が王族の庇護から外れるということは弟子の自分も庇護から外れるということだ。
家が貧しかったので、王族の庇護がなければ飢え死にしてしまうのではといつもビクビクしていた。
私がいくら控えめに注意しても師匠は聞く耳を持たなかった。
国王陛下はそんな臆病な私を含めて、召喚士を可愛がってくれた。
私がようやく師匠の力を借りずに召喚できるようになった時、自分のことのように喜んでくれた。
恐れ多くて、恐縮するばかりだった私と違って、師匠は、自分の弟子だから当たり前だ、と胸を張っていたが。
先代の国王陛下と違って、現在の国王陛下は私達のことを神子を召喚する唯一の召喚士としてしか見ていないようだった。
よほどのことがなければ王宮に呼ばれたことはなかったし、先代の国王陛下とは違い、名前を呼ばれることはなかったのだ。
比較的大人しくなった師匠が亡くなり、あとを託された後も、国王が私に干渉してくることはなかった。
だからこそ、私は波乱万丈さは子供の頃に十分に経験を終え、召喚士の修行をしながら、人生を淡々と終えていくのだと思っていた。
三十五歳になり、私もそろそろ弟子を決める必要があるのでないかと、考えていた時だった。
ある朝、唐突に守り神から啓示を受けた。
あまりにも唐突だったので、国王に進言することが遅れてしまった。
バタバタと神子を召喚する準備を、前に神子を喚んだ召喚士の日記を読みながら必死に整えた。
そんなことをしている内に次の日になってしまい、守り神は国王にも啓示を与えたようで、珍しく国王直々の召還状を頂いた。
神子の召還準備とともに王の間に向かうと、早速、神子召還を命じられた。
どうやら、現在の国王は幾分せっかちらしい。
こう思った私も師匠に似てきたかもしれない。
内心を言葉にすることはなく、王に従って淡々と準備を進めていく。
床に代々受け継がれている神子召喚用の魔方陣を引き、両手をその魔方陣の端に置き、召喚のための文言を口にした。
魔方陣が光を放ち、王の間をまぶしい光が覆った。
光が収まった時、一つの人影が見えた。
どうやら、召喚は成功したらしい。
とうとう召喚した神子はまだ若い少女のようだった。
何故か彼女は頭を庇うようにかばんらしき物を頭に乗せ、それを手で押さえて、身を固くしてうずくまっていた。
黒色の上着と中に白色の服、茶色を基調としたヒラヒラとした服という見たこともない服装を着ていた。
それを見て、流石異世界から召喚された少女だと、自分で召喚しておきながら感心してしまった。
見慣れない服装とは違い、彼女の頭はこの世界の女性と変わらなかった。
長い黒髪がひとつにくくられていて、無造作に背中に流れていた。少し髪がばさばさになっているようにも見える。
少しも動く様子がないので、私は心配になってそろそろと声をかけた。
「あのー、大丈夫ですか?」
私の声が聞こえたらしく、彼女はかばんらしき物を下ろし、顔を上げた。
まだあどけない顔の少女は、十六、七歳だろうか。
ぼんやりと私を見つめるだけで言葉を発しない彼女に、また声をかけた。
「あ、起きました? もしかして、寝ている最中でしたか? それだったら申し訳なかったです」
寝ていたにしては不思議な格好だが、世界が違えば文化も違う。寝方だって違うかもしれない。
ぼんやりとしている少女を見て、私が思わずそう言った時にハッとした。
唐突の啓示にバタバタして、急いで召喚したが、彼女にも彼女の生活があったはずだ。
この世界を救うためとはいえ、私は彼女の事情を無視して、問答無用で召喚してしまったのだ。
しかもだ、元の世界に戻すことができるならまだいいが、戻す方法など私は知らない。
召喚された神子が元の世界に帰った先例などないのだ。
私は彼女を両親や友人達、もしくはいたかもしれない恋人から引き離して、彼女のことを誰も知らない世界に連れてきてしまったのだ。
「あれ?」
少女は私の顔を見たあと、不思議そうに私の服装やら床やらを眺めた。
焦ったように立ち上がって、かばんらしき物を床に落としても、気にした様子もなく、辺りを見渡した。
彼女の反応も分かる。
彼女は突然見たこともない、何も分からない世界に放り込まれてしまったから、困惑しているのだろう。
師匠に世界のあちこちに連れて来られ、変な人に絡まれても放置された記憶がよみがえる。
最終的には助けてくれたとはいえ、放置されたあの時は恐怖しかなかった。
私は彼女に同じこと、いや、それより悪いことをしているのだ。
よし。もう、元の世界に戻すことはできないので、自分は彼女の味方でいてあげよう。
罵倒されようが、泣かれようが、覚悟しよう。
「えっと、これは何? どういうこと?」
とにかく、彼女に事情を説明することから始めようか。
私は彼女にも分かりやすく、丁寧に説明したつもりだが、彼女の反応はあっさりしたものだった。
唐突な出来事に理解できていないかと思ったが、神子の具体的な内容を聞いたり、受け答えはしっかりしていたため、可能性は低い。
「あなたが私を召喚してくれたおかげで、私も助かったんです。それが終わったら帰してくれるんじゃないですか?」
「……大変申し訳ないのですが……もう元の世界へは戻ることはできません。私は元の世界に戻す術を持っていないのです」
召喚してくれたおかげで助かったという彼女の言葉は気になったが、私は好奇心より重要なことを優先した。
少女はしばらく考えた後、あっさりと了承した。
「帰れないなら別にそれでもいいです。帰っても大変なことばっかりだし」
あんまりにもあっさりした答えに、逆にこっちが驚いてしまった。
罵倒される覚悟が吹き飛んだ。
「良いんですか? 少しぐらい文句を言っても良いんですよ」
「文句を言っても仕方ないので。帰れる訳でもありませんし」
周りは、流石神子だ、とささやき合っていたが、私は違和感しかなかった。
召喚してくれたおかげで助かった、とか、帰っても大変、とか。
彼女の言葉の端々に気になることがたくさんあるし、何よりあどけない少女に浮かんでいる表情が諦めや悟りに近いものだったことが気になった。
――神子というのはこういうものなのだろうか。
いや、前の召喚士の日記には最初は怒られたと書いてあった。
まだ神子の力も目覚めていない彼女が使命感や義務感に駆られている可能性は低い。
普通なら、彼女も了承しているのだし、このまま神子の契約に進むべきだ。
ただし、私はどうしても気になった。
「でも、もう二度と親にも友達にも会えなくなるんですから。罵倒されても仕方ないと思ってます」
それを聞いた彼女は、ハッとした表情で何かを考え出したあと、我慢できなくなったかのように、ほろりと涙を流した。
「ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったんです」
私は少女の涙を見て驚きつつも、正直安堵していた。
やはり、彼女も普通の少女なのだと。
色々何かあったらしく、感情が出にくくなっただけで、人間らしい感情はあるだと。
泣き出してしまった少女を慰めようと彼女の頭を優しく撫でた。
たまに師匠がしてくれたそれは、とても嬉しかったことを覚えている。
彼女も落ち着いてくれれば、と思ったが逆効果になったようだった。
見慣れない服の袖で涙をぬぐっていた少女は、とうとう私に抱きついて泣きじゃくってしまった。
「えっ!! ちょっ、うえ!? うわ、ええ!?」
いきなり抱きつかれて、大人げなくうろたえてしまった。
今まで、女性と話すことも少なく、女性に抱きつかれたことなど皆無なので、うろたえてしまうのも仕方ない。
自分で自分に言い訳したことで落ち着いたので、私は少女が落ち着くまで頭や背中を優しく撫で続けることにした。