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神子と召喚士  作者: 鈴音
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第二章 神子召喚

 急に明るくなった気がしたが、殴られた衝撃で視覚がおかしくなっただけかと気にしなかった。

 しかし、そのあと、全く何もなかった。

 罵倒の声も聞こえなければ、殴られた衝撃も、痛みも、感じなかった。

 もしかして、もう彼女達の気が済んだのだろうか。

 いや、早すぎる。

 油断させておいて、私が目をあけ、固くしていた体を起こそうとした時を狙って、殴るつもりなのかもしれない。

 彼女達があきらめていなくなる足音が聞こえるまで、このままじっとしておこう。

 しばらく待ったが、彼女達が去る足音は一向に聞こえなかった。

 執念深い人達だ。その執念深いさは巧を恋人にすることに向けたらいいのに。

 私は反対しない。

 応援もしないが。


「あのー、大丈夫ですか?」

 突然気の弱そうな男性の声が聞こえた。

 声からして結構良い年したおじさんだと思われる。

 もしかして、この人が助けてくれたんだろうか。

 おそるおそる目を開けて、通学鞄を頭から下ろし、一応すぐに身を守れるように顔だけ上げた。

「あ、起きました? もしかして、寝ている最中でしたか? それだったら申し訳なかったです」

 道路で寝る訳ないだろ。

 そう突っ込みたくなることを言ったのは、私の予想より少し若い三十代後半ぐらいの優しそうな男性だった。

「……って、あれ?」

 彼の顔は日本人ではなかったし、茶髪だった。

 しかも、その男性はまるで物語に出てくるような魔法使いが着る紺色のローブのようなものを着用していたのだ。

 その彼の両腕には、何やら紋様が複雑に描かれている金色の腕輪が着けられていた。

 何故か彼はひざまずいて床に手をつけていた。

 だから、私と目が合った。

 彼は優しげな鳶色の瞳で私を心配そうに見つめていた。

 やはり日本人ではない。

 床には複雑な紋様が描かれていて、男性はその端に手を触れていた。

 私はその紋様の真ん中にうずくまっていて、私の場所には丸く円の線で仕切られていて何も描かれていなかった。

 そこでようやく体を起こし、周りを見渡すと見たこともない風景がそこには広がっていた。

 持っていた通学鞄が音を立てて、床に落ちたけど気にしてる余裕はなかった。

 まず目についたのは、男性の奥に大きな玉座に座った高そうな派手な服を着た男性だった。

 優しげな男性より年上らしいその人は白髪混じりのあごひげを撫でながら、私を見定めるように上から下までじろじろと眺めた。

 その横には装飾を抑えた同じような大きさの椅子に座り、同じように派手な服を着た女性が同じようにじろじろと私を眺めた。

 その横に男女と親子らしい金髪碧眼の美形が同じような椅子に座って、同じようにじろじろと私を眺めた。

 この偉そうな三人を囲むように、比較的質素な服を着た人達が立っていて、私をじろじろと眺めた。

 そう、まるで王様、王妃様、王子様にその家臣といった人々が私を興味深そうに眺めていたのだ。


「えっと、これは何? どういうこと?」

 私は日本の道路でうずくまっていたはずだ。

 周りには巧の取り巻きギャル達がいて、彼女達にいじめられるところだった。

 こんな中世ヨーロッパ風な、いかにも王宮なところにはいなかった。

「ご説明いたしますね。申し訳ないのですが、この世界はあなたのいた世界ではありません。私があなたをこの世界に召喚したのです」

 私の疑問に答えたのは、床にひざまずいていたローブを着たおじさんだった。

 おじさんと言うには若いだろうか?

 でも、三十代も後半になったら女子高生にとってはおじさんでもいいと思う。

 それにしても、この人、とんでもないこと言ったね。

「はあ」

 何と言っていいか分からず、反応が薄い私に、おじさんは困ったように笑みを浮かべながら説明を続けた。

「ただいま、この世界は神子みこを必要としております。神の子、世界の均衡を保ち、平和をもたらす者、それが神子です。残念ながらこの世界には神子はいませんでした。そこで神子にふさわしい者を召喚することになり、あなたが選ばれたのです」

 丁寧に説明してくれるおじさんの話を聞きながら、私はようやく状況を理解した。

 つまりは、小説によくある異世界トリップだ。

 私は世界を救うため召喚された勇者のようなものだろう。

「そうですか。具体的に私は何すればいいんですか?」

「え、と、私に付いてきていただいて、悪くなっている結界のようなところを直してもらうことになります。詳しいやり方はその時に説明します。勝手に召喚しておいてこんなことを聞くのはおかしいのは分かってますが、良いんですか?」

あっさりと了承した私に、戸惑いを隠せないようにおじさんはそう尋ねた。

「もちろん。あなたが私を召喚してくれたおかげで、私も助かったんです。それが終わったら帰してくれるんじゃないですか?」

 勇者の任務完了したら元の世界に戻してくれる、とか、任務完了しないと元の世界に戻れないとか、よくある話だとそうなってるから、私はそう言った。

「……大変申し訳ないのですが……もう元の世界へは戻ることはできません。私は元の世界に戻す術を持っていないのです」

 言いにくそうに、言葉通り申し訳なさそうにおじさんは答えた。

 たぶん、彼は見た目通り優しい人なのかもしれない。

「……そうなんですか」

 突然のことに私はそれだけしか言えなかった。

 でも帰れなくてもいいかも。

 転校するまで巧の取り巻きギャルにいじめられることは間違いないし、転校しても安心できるかどうか分からないし。

 少なくとも世界の違う此処なら、巧のことを知ってる人は一人もいないから私は安全だ。

「帰れないなら別にそれでもいいです。帰っても大変なことばっかりだし」

 私がそう答えると、おじさんは驚いたように目を見開いた。

「良いんですか? 少しぐらい文句を言っても良いんですよ」

「文句を言っても仕方ないので。帰れる訳でもありませんし」

 あっさりさっぱりした私の答えに、おじさんは戸惑ったように、私に言い聞かせるように更にこう言った。

「でも、もう二度と親にも友達にも会えなくなるんですから。罵倒されても仕方ないと思ってます」

 そっか。

 この世界に来る直前まで巧の取り巻きギャルに災難ばかり受けていたから、それにばかり気をとられていた。

 両親は幼馴染みの巧のことを気に入っているみたいで、彼氏にしたら、とうるさかったから、うんざりしていた。

 でも、もう二度と会えないんだ。

 お母さんもお父さんも、なんだかんだと優しかったし、私を育ててくれたことに感謝してる。

 二人とも心配してるかな。

 今までわがままばかりでごめんなさい。

 ごめんなさい。ありがとう。

 もう会えないけど、私は元気だから気にしないで。

 由衣、麻季、歩美。

 今まで助けてくれてありがとう。

 嬉しかったよ。三人のおかげで楽しかったよ。

 心配しないで。三人にも会えないけど、私は元気だから。

 でも、もう一度お礼を言いたかったな。

 思い返すと、両親と親友の三人に会いたくなってきて、なんだか涙が止まらなくなってきた。

「ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったんです」

 おじさんは慌てたように私に近づいてきて、慰めるように優しく私の頭を撫でてくれた。

 その優しさがお父さんみたいで、驚いて一旦は止まりかけた涙がまた溢れてきた。

 制服の袖で涙を拭いたが、なかなか泣き止まなかった。

 私は込み上げてくる感情を押さえられず、近くにいたおじさんに抱きついて子供のように泣きじゃくってしまった。

「えっ!! ちょっ、うえ!? うわ、ええ!?」

 私にいきなり抱きつかれて、おじさんはうろたえたように言葉にならない声を出していた。

 しばらくして落ち着いたのか、私が泣き止むまで優しく頭を撫でたり、なだめるように背中を撫でたりしてくれた。


この調子で毎日一章ずつ更新したいと思ってます。


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