第四話:お優しすぎすぎる
転移直後に飛ばされ、そしてピュセラ=エルネスティと言う名の自称弟子と出会った森林。
その外は見渡すかぎりの平野だった。
軽く草木が生える程度であろうか?
一面の草原で、遠くに街道らしく石畳の道が見える。
遠くには雲にかかるほどの山々が連なり、太陽が眩しく二人を照りつけている。
明らかに今まで見てきた世界とは密度が違うその景色に、やはりここが異世界である事を再認識させられつつ、俺はピュセラに引き連れられ街への道を進んでいた。
彼女が修行をしていたあの森から街までは歩いて一時間程の所にあるらしい。
意外と近くに街がある事に安堵しながら、同時に道中彼女から聞ける限りの情報を収集する。
「へぇ、ピュセラって十六歳だったんだー」
「私にはお師様の年齢の方が驚きですよ! 十九だなんて、それほどお若いのに大賢者と呼ばれるとは、一体どの様な修行をなされたんでしょうか?」
「んー? まぁ、あの頃は毎日ずっと引きこもってたからなぁ」
「引き篭もり……ですか?」
「うん。なんかドラゴンとかいっぱい出てくる所」
「……っ!? ど、ドラゴンですか!」
「ん? どしたの?」
「いえ、ただ……」
「お師様は凄い方だなと改めて認識させて頂きました!」
会話は取り留めの無いものだったが、十分楽しい物だ。
猫姫ちゃんみたいに不幸な未来が訪れる事が無いのも素晴らしい。
若干饒舌になっている事を自覚しながらも、俺はこの純粋無垢で好奇心に溢れる少女の質問に丁寧に答えていた。
「そう言えば、そのお師様……って話だけど。正直あんまりしっかりと教えられる気がしないんだよね。弟子を取るとか今まで経験ないし」
と、同時に不安が押し寄せてくる。
俺がもし少しでも魔法を使えたのなら問題は無かったのだが、ご覧の通り俺は頭から先まで"筋力"ステに愛された男だ。
知っている知識といえば『ウルスラグナ』wikiに記載されている基本的な魔法システムしかないし、そもそもそのシステムすらもこの世界で通用するかは不明である。
彼女には悪いが、できれば早々に彼女の誤解を解いて師匠の任から外れたかった。
「っ!? は、初めての弟子なのですか! 私が初めての弟子……一番弟子! 光栄です!!」
もちろんそうは問屋がおろさない。
人の話を一切聞かない――否、都合の悪いことは一切スルーしているピュセラはどうやら今回は一番弟子という単語に琴線が触れたらしかった。
当然俺が弟子の教育に不安を持ってることはスルーである。
「はぁ、それにピュセラのご両親も了承してくれるか分からないでしょ? ただでさえこんなどこの誰かも分からない様な奴に」
重ねて不安を吐露する。続いてのソレは彼女の両親に関する物だ。
完全に良い所のお嬢さんであるピュセラはきっとご家族から大切にされているだろう。
むしろこの天真爛漫さを見るに相当甘やかされているに違いない。
であれば変な虫がつかないようにその周りにいる人間は厳しく素性が問われるのは当然であり、俺が師匠として彼女を教える事は些か難しく感じられた。
しかしピュセラさんはご覧の通りの通常運転だ。
「な、何を仰っているのですかお師様!」
「え、だって、ほら。どう考えてもご両親が許さないでしょ」
「何を仰っているのですかお師様!」
「なんで二回言ったの?」
重要な事だったの?
「お師様は謙虚過ぎます! お師様程偉大な方であれば、どの様な方であってもすぐにその威光に平伏し賞賛の言葉を述べるでしょう! 分からないとすれば愚か者かそこら辺に落ちている石ころ位ですよ!」
「うーん。うーん……」
彼女の言葉はあてにならない。
俺に対する尊敬値がゲージを突っ切ってはるか彼方へと伸びている彼女の言い分を聞く程俺も愚かではない。
問題を先送りにしていたが、街に着くまで方向性をハッキリと決めないとダメだろう。
そう考え、頭を悩ませていたのだが……。
「ふっ、分かりましたお師様。私分かっちゃいました」
「え? 何を?」
「証拠、見せます。今から証拠見せちゃいます。――ほら、丁度モードリアの街が見えてきました。あそこに門番がいますよね?」
「ああ、本当だ。なんだかチェックしてるね」
いきなり何やら納得した様子を見せるピュセラ。
彼女はどうだと言わんばかりに遠くを指差し、俺にその先を見るように促す。
確かに彼女のいう通り、モードリアと呼ばれているであろうその街の入り口には巨大な門とその門番が存在していた。
「彼らの仕事は不審者や危険な人物を街の中に通さない事にあります。全員がある程度の"看破"スキルを有していて、相手の本性を見抜く力に優れているのです」
「"看破"スキルかー。そう言えば、こっちの世界にもスキルがあったんだっけな」
彼女とのやり取りの中で幾つか分かった事実がある。
この世界は『ウルスラグナ』に非常に似た世界だ。魔物がいて、魔法があり、スキルが存在し、冒険者がいる。
どうやら細部は違う所もあるらしいが概ね差がないようで、その事が俺を安堵させる結果にもなっている。
"看破"スキルもその中の一つ。
俺が所持している初期スキルの"観察"の亜種スキルで、一定レベルまでの相手の持ち物や犯罪歴を調べる能力だった。
つまり、彼女はこう言いたいのだ。
"看破"のスキルを持つ彼らなら、俺の偉大さを一瞬にして見ぬくことなど造作も無い……と。
「お師様。ご覧に入れましょう。彼らお師様が如何に偉大なお方であるか、今からご覧に入れてみせましょう。後でごめんなさいしてくださいよ? 私の言ったこと信じなくてごめんなさいって、ちゃんとごめんなさいしてくださいよ? こーんにーちわーー!!」
………
……
…
「この不審人物は何者だ!?」
結果ご覧の通りである。
「えっと、いや、なんというか実は……」
門番に槍をつきつけられ、当然の様に誰何される偉大なる賢者。
あまりにも華麗な流れで一瞬戸惑ったが、俺は悪くない。
弁明すべきはピュセラだ。
門番も不審者と断定した俺がやってきた原因がピュセラにあると理解したのだろう。
はぁ、と大きな溜め息をつくと、まるで聞き分けのないいたずらっ子を叱るようにピュセラへ向かって苦言を呈する。
「ピュセラお嬢様! まーた変なのを拾って帰ってきたのですか! あれほど面倒みれないなら動物を拾って来てはダメだと言われたでしょう!」
俺のカテゴリが動物に属しているのが些か納得がいかないが、門番の彼が言っている事は至極まっとうな事だ。
つまり、目の前にいるような不審人物をホイホイ連れてくるな……と。
同時に、俺の勝利が確定されて彼女の間違いが証明された。
「だってさピュセラ。ほら、ごめんなさいの時間だ。俺にごめんなさいしなさいよ」
ここぞとばかりに反抗する偉大なる賢者俺。
先程からさんざんこの小さな暴君に振り回されたのだ。この程度の仕返しなど可愛いものだろう。
件のピュセラお嬢様は驚愕に瞳を見開き、まるで信じられないとばかりに唖然としている。
俺の言葉も耳に入っているのかどうか、暫く驚きに打ちひしがれていた彼女だったが突如ぷるぷると震え始めると……。
「ぶ、ぶ、ぶ…………」
「「ぶ?」」
「無礼者ーっ!!」
爆発なさった。
「い、いきなりどうなさったのですピュセラお嬢様? 大声出されるなんてはしたないですよ」
門番の彼は常に正論しか言わない。
だが目の前で激昂するピュセラさんはその言葉を無視するようにずんずんと彼の目の前へと歩いてゆくと、バッと俺の方向へと手を広げる。
「この方をどなたと心得るのです! その魔導は天を貫き、その名は海の向こうまで轟く。かの偉大なる大賢者! フェイル=プロテイン様ですよ!」
胡乱げな視線が俺を容赦なく射抜く。
門番は完全に疑ってかかっている。
それも当然、いくら『ウルスラグナ』で名を馳せたとしてもこの世界では無名だ。
名も知られぬ賢者など、胡散臭いにも程があった。
「フェイル…………プロテイン?」
「あっ、どもっす」
「知らないなー……」
「ですよねー……」
両者の意見は一致する。
門番と不審者、正反対の立場でありながらウンウンとお互い頷いた二人。
俺と彼だけなら話はもっと早く、もっと簡単に済むだろう。
だが非常に遺憾な事に、この場には一人の問題児が存在している。
「貴方、死んでましたよ?」
「「えっ!?」」
唐突にとんでも無い発言を始めるピュセラ。
その表情は真剣で、むしろ門番に対する心配の思いすらかいま見える。
「貴方、本当ならば死んでいました!」
どどーんと高らかに宣言するピュセラさん。
何が何やら分からずに門番から視線を移し彼女を見つめる。
俺の視線に気がついたのか、ピュセラは緊張と真剣さが入り混じった表情で「大丈夫、任せろ」とばかりに大きく頷いた。
ちょっとやめて、俺は何も分かってないの。
「お師様はお優しい人です。本来だったら栄光なるその名を知らぬなど万死に値するどころか、周辺一帯の土地が消滅する程の罪悪です」
まさか! と言わんばかりに俺を見つめる門番。
まさか! と言わんばかりに門番を見つめる俺。
『……マジで?』
声を出さず、口の動きだけで問うてくる。
『ないないない!』
同じく声を出さず、口の動きだけで必死に答える。
明らかに盛りに盛った話が展開される中、ピュセラの演説は続く。
「ですが、ですが! お優しいお師様は侮辱を耐え、必死の思いでその力を行使する事を抑えているのです! 人々の、そしていまだ未熟な私の為に!」
"私の為に"の点をやたら強調しながら、ピュセラさんの論説は最高潮に達する。
この場所はモードリアの街、その入場門だ。
当然沢山の人が行き交っており、ヒソヒソと交わされる声が何より俺の胃に直撃する。
「お師様! お優しすぎます! お優しすぎすぎます!!」
ピュセラの瞳から涙が溢れる。
感極まった彼女はその涙を拭こうともせずに、同時に話についていけずに取り残される俺達を省みることもせずに、己の言いたいことだけを一方的にまくし立てる。
「ピュセラは……ピュセラはその優しさがいつかお師様自身を傷つけてしまわないか心配です!!」
ドン! と高らかに効果音が鳴る幻聴が聞こえた。
どうやらバトンは俺達に渡ったらしい。
じぃっと咎めるような視線が門番に向けられ、やがて困惑気味の彼は首を何度も傾げながら俺に向き直る。
「あ、えっと、それは大変失礼をした。謝罪の言葉を、その、のべさせて貰おう」
「いえ、気にする程の事もありません。ですが、謝罪は受け取りましょう」
とりあえず、そうなった。
首を傾げながら彼の話に乗る。
大切な事はピュセラさんを満足させる事だ。とりあえず話に乗ってあげないと何を言い出すかわからない。
だからこその小芝居。その後しかるべき手続きをするものだと思っていたのだが……。
「さっ! いきましょうか、お師様!」
「「えっ!?」」
「行きましょう、お師匠様!」
俺の袖口を掴みながらグイグイと引っ張るピュセラさんは、もう門番による入門チェックを通過した気になっているらしい。
慌てて門番に向き直りジェスチャーする。口に出さないのは当然、この傍若無人な暴君を刺激しない為だ。
『マジで? いいの?』
『もう面倒だから行けよ!』
『なんかもう、ごめんなさい……』
これ以上は無理と匙を投げたのか、門番は一気に老け込んだ表情で溜め息をすると形ばかりのジェスチャーで追い払うように通過の許可を出す。
ああ、きっと街中の人が苦労しているんだろうなぁ。
さも当然の様に、ご機嫌に進むピュセラを眺めながら俺は漠然とそう思った。
◇ ◇ ◇
モードリアの街を歩き、その街並みを興味深く眺める。
ファンタジー地味た中世風の街並みかと思ったが、どうやらこの世界は意外に進歩しているらしい。
街道がそうであった様に、街中にも石畳の道が敷かれており、魔法を利用したものらしい街灯が見える。
両端にある各種店舗はガラス張りで、陳列されている商品などを眺める限り産業革命期ヨーロッパの雰囲気を感じさせる物があった。
「そういえばさ、さっきも説明したと思うけど俺は少し遠い場所から来たんだ」
「魔法の事故……でしたっけ?」
「うん。正確には違うんだけど、まぁそんな物だと思ってくれていていいよ。だからこの国の文化やこの街についても全然知らなかったりするんだよね。だから申し訳ないんだが教えて欲しいんだ」
この世界は『ウルスラグナ』と世界観がかなり違う。
その為、あらかじめピュセラの協力を得ておくことにする。彼女との関係がこの後どの様な形になるかは不明だが、縁が完全に切れるという事はどう考えてもあり得なさそうだった。
「お、お任せ下さいお師様! この、このピュセラ=エルネスティにどうぞお任せください!」
事実、彼女は助けを求められた事に感激したかのように大声で俺の願いに答える。
そう、大声だ。
街中の視線が、俺達に集まっていた……。
「うんうん、ありがとう。じゃあまずは皆の視線が痛いからちょっと声のトーンを抑えようか?」
「分かりました偉大なるお師様!!!!」
この子一切話を聞いてねぇ。
もはや彼女に対して自重や配慮というものを要求する事を諦めた頃、俺達はピュセラの家へとようやく到着する。
目の前に聳え立つ邸宅は、家と呼ぶには余りにも大きく、屋敷と称しても尚あまりあるほどだった。
宮殿と言われても遜色ないその巨大な邸宅を見上げながら、俺は今までの会話の中で、彼女が伯爵令嬢だった事を思い出す。
「あー、最初会った時からピュセラって良い所の子だと思っていたけど、そう言えば伯爵令嬢だったね……」
「そうですよ。伯爵令嬢です! えっへん!」
「でっかい家だなぁ……」
「さぁ、行きましょうお師様! たっだいまー!!」
屋敷に続く巨大な門を警備の物に開いてもらいながら、ご機嫌にスキップするピュセラ。
やがて屋敷の入り口、豪華な彫刻が施された木製の扉が開き、一人のメイドが顔を見せる。
「お帰りなさいませ、お嬢さ……」
「ででーん!」
「ど、どうも……」
時が止まった。
つまりは、ドヤ顔で俺を自慢するピュセラ、とりあえず挨拶の言葉を述べる俺、そして俺を見つめながら固まるメイドさんだ。
たっぷり三十秒は経ったろうか?
「わくわく!」と声に出しながら何かを期待するピュセラに向かって、メイドさんは大きく息を吸い込み……。
「またどこからか拾って来たのね、このお馬鹿!!」
「ふぇーーーー!!!」
ああ、やっぱり。当然だよねぇ。
なんで怒られるのか心底理解できないと言った様子で驚きの声を上げるピュセラ。
相変わらずコロコロと変わる彼女の表情を横目で眺めながら。
この傍若無人な少女をコントロールしてくれそうな女性に出会えたことを、人知れずマッスル神に感謝した。