第三話:プロテイン師匠爆誕
目の前のピュセラさんはキラキラとした瞳で俺を見つめてくる。
どうやら興奮のあまり、俺の言葉もあまり上手く伝わって無い様だ。
「あの、話を聞いてくれませんかピュセラさん。これってガチなの? あの、狼ちゃんが凄い焦げ臭いんですけど。普通消えるよね? ってかよくよく考えたらこれなんかいつもよりハッキリクッキリしていない? VR技術ってこんなにリアリティあったっけ?」
あかん。えらいこっちゃ。
俺、これ知ってる。転移って言うんだよね。
猫姫ちゃん言ってた。
かつての知り合い――貢ぎに貢いだ俺の姫が興奮気味に話していた記憶が不意に蘇ってくる。
ひょんな事からVRMMOへと転移した主人公。彼はゲームの中で培った能力を駆使して巨万の富とハーレムを築きあげる。
涙あり、笑いあり、そして冒険あり。
それこそが、所謂『VRMMO転移』と呼ばれる奴だ。
と、言うことは、この世界こそがもう一つの現実と言うことになる。
ここでようやく全ての謎が解けた。
知らない土地の名前、やけにリアルな感触、消失したログアウト、そしてグロ指定上等魔物の死体。
全てが、俺が転移してしまった事を証明していた……。
って事はもしかしてこのピュセラって子も現実なのか!?
先程までネカマだと思っていた少女が真実少女であった事に愕然とする。
なんて事だ。ちょっとドキドキしてきたぞ。
目の前に現れた絶世の美少女。その存在がリアルだった事に思わず舞い上がる。
なんだ、転移した早々に美少女と遭遇ですか。テンプレですね、ありがとうございます。
ウキウキとした気分でチラリとピュセラの様子を窺う。
尊敬の眼差しを向ける彼女は、天使とも呼べるほどに愛らしい、本物の"女性"だった。
だがちょっとまてよ、なんか忘れてるぞ俺……。
――私はその代わり誰よりも負けないと断言できる物を持っていたのです。
――諦めなければ、きっとマッスルの神も貴方に微笑みを。
――なれますよ。どれだけ魔法が苦手でも、諦めなければ……。
――こんな風にね。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
フェイルさんそんな事言っちゃダメぇぇ!!!!
不意に先ほどのやり取りがフラッシュバックする。
思わず布団に顔を押し付けてじたばたしたく衝動をなんとか抑えながら、必死の思いで平静を装う。
やばい、心が折れた。
今俺、完全に心折れたよ。
黒歴史を作り上げた瞬間、その事実を知らされるという極大級の拷問。
さしもの俺も音を上げざるを得ない。
こんな事なら、知らないままにして欲しかった。
そしてお父さん、お母さん、アンド猫姫ちゃん。
先立つ不幸をお許し下さい。フェイルは神様のもとに行きます。
流れるような手つきでウィンドウの自殺コマンドを探す。
だが、世界って奴はどうにも俺に辛辣で、楽にさせてくれるつもりはさらさらないらしい。
当然の様に、メニューウィンドウに記されているはずの自殺コマンドも綺麗さっぱり消失していた。ですよねー。
「あの魔法……何という魔法でしょうか? 私も初めて見る魔法です! しかも無詠唱でした! 高名な魔術師でも数えるほどでしか実戦で使えないと言われる無詠唱魔法をこうもいとも簡単に! さ、流石賢者……もはやその深遠なる叡智は私ごときが及ぶところではないのですね!」
絶望に打ちひしがれる俺に、世界は、そしてピュセラさんは優しくなかった。
彼女は神妙な面持ちで俺の行使した魔法についてあれやこれやと持論を述べている。
だがちょっと待って欲しい。
その言葉を聞く度に、俺は死にたくなるんだよピュセラさん。
「えっとね、ピュセラさん。一旦落ち着いて欲しいんだけど。あのね、ちょっとね俺勘違いしていたかもしれないの。これね、そういうアレだと思ってノリノリだったの。そもそもね、俺は魔法とか使えないんだよね。分かる? ノットマジック。ノー魔法。OK?」
身振り手振りを使っての説明タイム。
目の前の少女がリアル女性だと思うと途端に上手な言い回しが出てこなくなる。
いや、上手な言い回しをする必要はない。
これ以上それっぽい事を言ってこの純粋無垢な勘違いさんを誤解させないようにする事だけが今の俺に課せられた使命だ。
だが、俺の予想を超えて、
彼女の思考ははるか斜め向こうにぶっ飛んでいた。
「何を仰るんでしょうかお師様。あれ程の魔法を行使しておきながら魔法が使えないなど、いくらなんでもご冗談が過ぎます。魔法を全く使えない身とはいえ、知識に関してはそれなりに有していると自負しているんですよ!」
「え? ちょっとまってピュセラさん。さっきから言っている、そのお師様ってなんです?」
「え? 私のお師匠様ですからお師様ですよ? 何かおかしい点でも有りましたでしょうか?」
「うん、分かるよピュセラさん。おかしい点しかないよね」
目の前の超絶美少女。
ピュセラ=エルネスティさんは、どうやらこう、思い込みの激しさも超絶だったらしい。
いつの間にか俺を師匠と呼び、尊敬の眼差しを向けてくる彼女。
普通であればその瞳に鼻の下を伸ばすところだろう。
だがそれどころではない。
やばい、これはやばいぞ。
何とか誤解を解かなければ完全に面倒な事になるフラグだ。
「ところで、先程言った『魔法が使えない』とはどういう事でしょうか? 爆炎……の魔法をお使いになられていたでしょう?」
「え! いきなりそこに飛ぶの? 自由すぎない!?」
ピュセラさんは自由だった。
俺が想像した以上に自由だった。
彼女の興味はどうやら俺が使った魔法に移ったらしく、変わらぬ尊敬の瞳を向けながら少々その眉を顰めて何やら考えこむ素振りを見せている。
とりあえず、とりあえず話をしなくては。
そうしなければ俺が彼女の"魔法使い"の師匠になってしまう。
完全に誰もが幸せになれない未来。
必死の思いでその不幸を矯正しようと企む。
「えっと、あのね――っ!?」
だが、一瞬の間に事態は急変し、考えるよりも早く体が動く。
「お師様!?」
俺はピュセラを庇うように両手を広げ、彼女の前に立ちふさがっていた。
「ガァァァッ!!!!」
森を揺るがす咆哮が轟く。目の前には先程の狼よりも二回り程巨大な狼。
漆黒の毛と輝く瞳、その体躯から先程の狼達のリーダーだと思われる。
ピュセラが息を呑むのがわかった。
狼は立ち止まる俺に覆いかぶさり、そのアギトは俺の首に食らいついている。
だが、ピュセラが息を呑んだ理由がその状況だけでは無いことを俺は知っている。
彼女が驚いた理由。
――マッスル神に賜った肉体は、この程度の暴力などそよ風に等しい事をその無垢なる少女に見せつけていた。
ガリガリと爪を立て、必死に俺の首を食いちぎらんとする狼の長――フォレストウルフリーダー。
もちろん、この鋼の肉体に傷がつく事等あり得ない。バグって防御力がカンストの向こう側にララバイしているから当然だ。
俺は目の前の魔物の全力をあざ笑うかのようにその頭を掴み上げると、抵抗を感じさせぬ所作で目の前まで引き離す。
圧倒的な力の前に、目の前の魔物は為す術もない。
竜種すら一撃で屠る握力に苦悶の声を上げる魔物。
俺は今までの鬱憤と自ら作り上げた黒歴史の雪辱を果たすかの様に――。
全力を込めて森の奥へと投擲した。
「ア! アガァァァァ!!」
ベキベキと、木々と骨が折れる音を連奏しながら狼は森の奥へと消えてゆく。
確かな手応えは相手の完全に絶命せしめた事を伝えてくる。
と、同時に……。
彼女へ俺の正体を明かしてしまった事も伝えていた。
「ほらね……この通り、俺は魔法はからっきしダメなんだよ。パワーいず、力なんだよ。」
「だ、大丈夫だったのでしょうか!?」
「まぁね。体だけは丈夫だから。ほら、賢者じゃ考えられないでしょ?」
自虐気味に笑う。
別に自分の力に不満を持っているわけではない。
この力は自らが望んで手に入れたものだし、その為に犠牲となったものを今更悔いるような愚も犯さない。
ただ、彼女の期待を裏切ってしまった事が少しだけ悲しかった。
「ふふふ……」
「えっ?」
「お師様はご冗談がお上手ですね」
「えええ…………」
しかしピュセラさんは相変わらずピュセラさんだった。
だがおかしい。俺は魔法が使えない事を見せつけたはず。どう考えてもあれは魔法使い、そして賢者の行いではない。
普通ならひと目で違うと分かるはずなのだが……。
「幾ら私が魔法が使えないからと言ってからかってもらっては困りますよ。先ほどの強力な攻撃――魔法ですね?」
「まったくもって違います」
ひと目で違うと分かるはずなんだけどなぁ……。
「私には見えました。一瞬ですが打撃の瞬間にお師様から漏れ出る魔力を……。私の記憶のどれにも当てはまらない魔法体系ではありましたが、間違いなく魔法です」
「それ、勘違いだと思うんだけど……MP全然減ってないし」
俺のMPは一切減っていない。
先ほどの攻撃は完全に肉体の力のみで行使したものだし、そもそも俺はMPが消費されるスキルを有していない。
……ピュセラさんの言葉は、完全に的はずれだ。
や、やばいぞ。
この子すんごい感動した様子で俺を見ている。
先ほどの狼退治で更にその思いを強くしたようだ。
ど、どうやって誤解を解いたらいいだろう? だが諦める訳にはいかない。
頑張れ俺、上手にやんわりと伝えろ。彼女が一番傷つかない方法で真実を伝えるんだ。
さぁ、口を開け! 否定の言葉を告げろ!
賢者としての、なによりマッスル神の下僕としての矜持を見せるんだフェイル=プロテイン!
「世界――広すぎですお師様」
「えっ!?」
いきなり何言ってるの、この子!?
「図書館で勉強した程度ではまるで話にならない、私の知らない魔法がこんな普通にあるなんて……。流石世界、いえ――」
ビシリ! ……指差され。
「――流石お師様と言った所でしょうか!?!?」
まるで太陽の様に眩しいドヤ顔を見せやがった。
「あっ、ダメだこの子、話聞かないタイプだ」
「ふふふん。どうです、どうです? 私も捨てたものではないでしょう?」
ふふり、と微笑むピュセラ。
どやどや? とばかりに俺の顔を覗きこんでくる。
……神よ、どうして俺に試練を与えるのでしょうか?
これ以上はもう、いっぱいいっぱいです。
ドヤ顔ピュセラさんがうりうりと俺の表情を窺う中、無言の時が訪れる。
完全に思考停止してしまった俺は、もはやどうしていいかわからない。
何を言っても彼女に曲解されると思われ、ただただ沈黙を守る事しか出来なかった。
「…………」
「………えっと、その、間違ってました?」
表情は一瞬で曇り、くしゃりと顔を歪めた彼女はうるうると瞳に涙を溜め始める。
や、やばい。沈黙のあまり不安に思ってしまったようだ。
考えろ! 考えるんだ!
彼女を悲しませる訳にはいかない! なにか、何か方法があるはずだ!
そう、何かが!
きっと何かが!!
「見事であるピュセラ君。よくぞ俺の与えた試験を問いてみせた!」
「わぁ!」
何もありませんでした。
そしてこの笑顔、プライスレス。
泣いたカラスがもう笑ったとはこの事だろうか?
くるくると表情が変わる彼女は、ぱぁっと笑みを深めると、先ほどと同じように元気いっぱいにまた絡んでくる。
よかったね。
「もう、意地悪ですよお師様! てっきり私は自分が頓珍漢な事を言ったあまり、お師様がどうやってやんわりと間違いを指摘するか葛藤していると思っちゃったんですから!」
「それな」
大正解やで。
「さぁ、行きましょうお師様! 偉大なる賢者であるフェイル=プロテインの弟子、このピュセラ=エルネスティがモードリアの街までご案内致します!!」
ぐいっと手を引っ張り森の外であろう方向へとずんずんと歩んでいくピュセラさん。
もうこうなれば野となれ山となれ。
きっと未来の俺がうまい具合に話をまとめてくれるだろう。
「っべぇなぁ……」
完全に宜しくない未来しか見えない中。
自然に漏れでた俺の呟きは、深い森に溶けてゆくのだった。
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ピュセラ・エルネスティ
【職業】 見習い魔法使い
【称号】 脳筋賢者の弟子 *new!
HP 150/150
MP 30/30
筋力 10
強靭力 10
魔力 10
知能 50
素早さ 15
技量 20
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