第二十一話:過去との決別(中編)
クシネの生まれた村への旅行は日帰りの予定だ。
徒歩で一週間ほどかかるのに何故日帰りが可能なのか?
その答えこそが俺の鍛えられたマッスル脚力から生み出される驚異的なスピードにあった。
クシネを肩に担ぐことによって、足手まといを生み出すこと無く理想的な時間で村まで到達する事ができた俺。
だが流石にあまりひと目につきすぎるのマズイと思い、村の近くでクシネをおろして現在はゆっくりと歩いている。
クシネの言葉が正しければ、もう少しで村が見えてくるころだろう。
代わり映えのない風景を眺めながらかろうじて道と分かる道を歩いていると、クシネが突然何やら思い立ったようにニヤニヤしながら俺の隣にやってきた。
「ねぇねぇ、もしかしてこれってデートじゃないの?」
「デート? ああ、そうかもなぁー」
肩に担いであれだけ走った直後にこんなセリフが出てくる辺りコイツも大抵だ。
適当に答えたが……しかしデート? うーん、デート? これってデートなのか?
どちらかというとミスをした取引先への謝罪周りの様な気分だ。
もっとも、俺は正社員として働いたことなんてないけどな!
「あらあら? 緊張してる? フェイルってば、こんな可愛い女の子とデートしてるって意識して、緊張してる~?」
うりうりしてくるクシネ。
ここはあれだろうか? 俺が顔を赤らめて「ばっ! ばか! そんなことあるわけ無いだろ!」とかいいながら謎の空気を醸し出す雰囲気だろうか?
だが思い出して欲しい、俺とコイツの関係はそんなピンク色なものではない。
それに俺はこんなものをデートとは決して認めるわけにはいかない。
「緊張なんてしてないぜ、と言うか俺に言わせればこれはデートじゃない」
「何よそれ。ちょっと不満だわ。じゃあ貴方が思うデートを言ってごらんなさいよ! さぞかしロマンチックな内容が出てくるんでしょうね」
どうやら冷静に反応されたのが大層ご不満だったらしい。
今から謝罪と村の状況を確認しに行かなければならないというのに、何故か平然と日常パートを演じようとしているクシネに辟易としながら俺はこの面倒な女の話に付き合ってやる。
それにだ、彼女には知ってもらわなければいけない。
「まず定義からして間違っている。いいか? デートとは――」
つまり俺の考えるデートとは……。
「男が女の子に金銭を支払った上で土下座して、初めて契約として成立するものなんだ」
この様なものだと言うことを!!
「俺はいままでずっとそうしてきた。だからこれはデートじゃない。分かったか?」
在りし日の事がありありと思い出される。
俺のデートは常にお金が付きまとうものだった。主に猫姫ちゃんと一緒にしてきたそれは常に契約という名のもとに金銭のやり取りが行われた。
契約は絶対だ。だからこそ俺も安心してデートを楽しむことができたのだ。
途中でどこかにフェードアウトされる心配もない。
え? 現実でのデート? なんですかそれ、そういう都市伝説をいきなり言い出すのやめてくださいよ怖いです。
あとこれは援助交際とかそういう類のものではありません、お金はあくまで気持ちです。明確に料金は設定していますが、あくまで気持ちとして渡すのです。
――とまぁ、こういう感じなのが俺のデート感だったのだが……。
「ねぇフェイル。私、これからは貴方に少し優しくしようと思うの。困った事があったら何でも言ってね。普通のデート位なら喜んで付き合ってあげるからね」
ものすごく優しい声で言われた。俺のプライドがガンガン傷つけられる。
傷つけられた上で、癒やされそうになる。
クシネっていいやつじゃん。今まで誤解してた!
「やめろ、俺に優しくするな。惚れてしまったらどうするんだ?」
「お金をせびるわ」
「俺にお金をせびれるのは猫姫ちゃんだけだ! 勘違いするんじゃねぇ!」
俺の財布は猫姫ちゃんのものなんだよ!
夢も希望も、あの世界に置いてきたんだ! もう女に期待はしねぇんだよ!
いいか! 期待するから絶望するんだ! デートとか彼女とか! そういうものを初めから無いものと扱え! あれらは神話だ! 伝説の存在なんだよ!
脳内で叫ぶ。口に出さなかったのはチンケなプライド故だ。
俺だって――男の子なんだぜ?
「ねぇ、その猫姫ちゃんって子、たまに聞くけどどんな子なの? お姫様?」
気持ち悪そうな表情で俺に侮蔑の視線を送りながら、クシネは猫姫ちゃんについて尋ねてくる。
確かに猫姫ちゃんに関しては何度か話をした事があるな。
ふと今まで話の折りに何度か猫姫ちゃんの名前をだしていた事を思いだす。
猫姫ちゃんは俺が『ウルスラグナ』でMMOをしていた時に散々貢いだネカマだ。
その圧倒的な姫力で俺はケツの毛までむしり取られたのだが……。
ふむ、いいだろう。ここらへんで猫姫ちゃんの偉業をクシネに説明するのも悪く無い。
「仕方ない説明してやろう。猫姫ちゃんはだな……ん? あれじゃねぇか! お前の村――」
だがいざ猫姫ちゃんの話をしようと思った時だ。
視界の端に何やら入り込む。
幾つかの建物と見張り台、そして魔物侵入防止用の柵が見える。
どうやらクシネの村に着いたらしい。
しかしどういうことだろうか? 確か全て焼け落ちたはずだが……。
「あら? そうみたいね、なんだ! ちゃんと復興してるじゃない!」
クシネも俺が感じたものと同じ感想を抱いているらしく、怪訝そうに首をかしげている。
歩みを進めるとどんどんと村の規模が明らかになってくる。
それはかつて焼け落ちた村とは思えないほどに豪華で、小さな街と言ったほうが正しいとさえ思えてしまう。
そして、入り口の看板が俺たちを歓迎する様に俺たちを迎え……。
『クシネが死んだ村へようこそ』
入り口の看板にはご覧の文言がでかでかと書かれたいた。
「「なんだこれ……」」
俺とクシネの言葉は綺麗なハーモニーを紡いだ。
なんだこれ。本当に、なんだこれ。
村の中からは華やかな音楽が聞こえ、人々が楽しく語り合う賑やかな生活音が響いてくる。
人々の表情はみな笑顔で、とても困窮している様子はない。
その上でこの文言である。
俺は何がなんだかわからなかった。
「ちょ、ちょっと、どういうことフェイル。私死んでないんだけど?」
「嫌な予感がしてたまらないが、一応行くぞ。村の中で手がかりが何か見つかるかもしれない」
「え、ええ、分かったわ……」
村で何が起こったのかはここからでは分からない。
どちらにしろ村に入り情報を収集する必要があるだろう。
いろんなフラグが林立している様がありありと見えるが、もはや俺たちに選択肢は残されていない。
あの文言がどのような意味を示しているのか終始頭に疑問符を浮かべながら、俺たちは困惑気味に村の中へと歩みを進めた。
………
……
…
「死んだクシネまんじゅう。死んだクシネキーホルダー。そして死んだクシネお守りか……」
村の中はまるで観光地の様な雰囲気だった。
そこらかしこで露天が開かれ、おみやげ用と思われる様々な物品が売られている。
しかもその全てがクシネが死んだとこれみよがしに主張している。
もちろんクシネは死んでいない。
同姓同名のクシネということもないだろう。
道中で本人に聞いたが、クシネ以外にこの村でその名前を持つ者はいないからだ。
困惑気味に露天のおみやげを眺めていると、くいくいっと袖口が引かれる。
視線を向けると死んだと噂のクシネさんだ。
何やら村の中央付近を指差している。
「ねぇ、フェイル。ちょっとこれ見て欲しいんだけど」
「ん? ああなんだ? えらく立派な石碑だな? 金かかってるなぁこれ」
彼女に引きずられるようにして向かった先は村の広間にある大きな石碑だった。
黒色で巨大な板状のそれは表面がまるでガラスのように美しく磨かれており、金箔で装飾されたと思わしき彫り込みで何やら文字が書かれている。
クシネは難しそうな表情でただそれを見ろと言わんばかりに指差すばかりだ。
さて、何が出るやら……。
俺は慣れない現地語で文字を読み始める。
――――――――――――――――――――――
【死んだクシネの伝説】
昔々、この平和な村には一人の少女が居ました。
名前をクシネ。
村長の一人娘だった彼女はとても優しく、誰からも愛される子でした。
ですがある日のことです。
我々の村に魔王軍がやってきたのです。
いち早くこのことに気がついたのは唯一クシネだけ。
今からでは村民の避難は間に合いません。
クシネは立ち上がりました。
絶望的な戦いへ、一人だけの戦いへ。
村民が逃げる時間を稼ぐためだけに死地へと……。
そうしてクシネは一人魔王軍の足止めをして村を救ったのです。
村は燃え尽き失いましたが村民に犠牲者は居ませんでした。
唯一の例外、クシネ以外には。
今の私達がこのようになに不自由なく生活できるのも、
偏にクシネの勇気と、彼女の死があったからこその賜物なのです。
村は復興しました。
皆様のご協力とご支援により以前にも立派に。
ただ我々の心には常にポッカリと大きな穴が空いているのもまた事実です。
ですが前に進みたいと思います。
それが天国で笑っているクシネの願いですから。
これが、クシネ嬢の伝説です。
クシネ嬢の、勇敢で優しい彼女の死を無駄にしないためにも、
我が村は彼女の勇気を後世に語り継ぎたいと思います。
※寄付金は下の箱へどうぞ。大口は村長宅まで。
――――――――――――――――――――――
「「…………」」
完全にビジネスとして確立してやがる……。
今まで見てきた数々のクシネグッズを思いだす。
なるほど、そういうからくりか。
この村はクシネの死を悲劇としてネタにし、それで一財産築いていたのだ。
外道生まれし場所には外道あり。
なるほど、理にかなっているな。
「良かったな、お前の死は無駄だじゃなかったぞ」
「私死んでないし! 生きてるし!」
いいやクシネ、諦めろ。お前は死んだことになってるんだ。
その方が稼げると村の人達は理解したんだよ。
「俺が勘違いしてたわ。なんかお前にひどい目にあった可哀想な人達と思ってたけど、お前の生まれ故郷だもんな、そんな軟な訳ないよな」
シリアスさんは死にました。クシネと一緒に死にました。
もういやだ。お家帰りたい。
だがそうは問屋がおろさないであろうことは目の前で怒りあらわなクシネが教えてくれる。
「酷い! 酷い! こんなのあんまりだわ! 客寄せのダシに使われたのね! 私かわいそう! 私悲劇のヒロイン!!」
「おい、被害者ぶってんじゃねぇぞ。誰が村を焼いたと思ってるんだ」
「…………魔王軍?」
「お前だろうが!!」
コイツに反省の色はない。
おそらく謝ったら負けとかそういうあれだろう。
その心意気には同意するところだが、今回は俺に迷惑がかかっているので許せない。
そして反省の無いコイツが次にする事といえば……。
「とにかく、この状況は見過ごせない。責任者の所に行くのよ!」
「案の定そう来たか。まぁとりあえず向こうの言い分も聞かないといけないしな。その前に『死んだクシネ定食』を食っていこうぜ、なんか人の形に焼いたハンバーグが盛られてるらしいんだ」
さっきぶらぶらしている時に定食屋で見つけた。
美味しそうだったんだ、死んだクシネ定食。
「そんな悠長なこと言ってる暇無いでしょ!」
「ったく、せっかちだなぁ。ってもっとゆっくり歩けよ、何処に向かってるんだ?」
「家よ! 私の実家に行くのよ!」
グイグイと俺を引っ張りながら何処かへと向かうクシネ。
実家に向かうと言ったがある程度昔の面影があるのだろうか? その歩みに迷いはない。
「ああ、実家か。でもまたなんで? この場合村長とかにクレーム入れるんじゃないの?」
「私の父さんが村長だって言ってるの!」
「ああ、なんか納得」
そういや石碑にも書いてあったな。村長の一人娘、クシネって。
しかしまぁクシネの父親、この村の責任者か……。
また一悶着起こるんだろうなぁ。
確信めいた予感を覚えながら、俺は一人鼻息を荒くするクシネに引っ張られて付いていくのだった。




