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プロテイン賢者が征くっ!  作者: 鹿角フェフ
第一章:伝説の幕開け

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20/23

第十九話:真実の愛

 戦いはいつだって無情だ。

 うちのピュセラちゃんのやんちゃに端を発した今回の事件も、蓋を開けてみればくだらない誰もが幸せになれない結果と成り果てた。


 俺の目の前には肉離れを起こして痛そうに転がるポニーテル。

 誰か助けてやれよと思うが、衆目の視線は俺に集まるばかりで彼への慈悲は一切ない。


「おおっと! これは決まったかぁ!? 勝者はぁ、フェイル=プロテインだぁぁぁ!!」


 どこからともなく現れた蝶ネクタイにマイクっぽい魔道具を持った司会者が高らかに宣言する。

 遅すぎるだろ、何処にいたんだよ?

 今更やってきたガバガバ感に困惑を隠せない俺。だが司会者?らしき彼は馴れ馴れしく俺にマイクを向けて……マイクが近い!


「では今回のMVPであるフェイル=プロテインさんにインタビューをしてみます。フェイルさん、どのタイミングが一番やばいと思いましたか?」


「良くわからない奴が平然とインタビューしてきた時が一番やばいと思いました」


 現在進行形です。

 そして俺のやる気も現在進行形で低下中です。


「おのれー! またしても、またしても私の邪魔をするザマスか!」


「げっ、マーザス夫人か……」


 ザワっと先程までの朗らかとしたアホらしい空気が変じる。

 目の前で怒りをあらわにする彼女は貴族だ。

 あほらしい雰囲気が蔓延しているが、一応の貴族社会であるこの世界において貴族の不評を買うのは最も忌避される事柄でもある。

 しかも今回の相手は伯爵夫人。

 なんかファンタジー世界では簡単に公爵とか伯爵とか出てくるけど、本当ならもっとビビらないといけない立場の人でもある。

 もっとも、俺もバックにダンチ伯爵がいるので彼の権力の傘に全力で入っていればある程度は大丈夫だが。


 ……今後はもうちょっとダンチ伯爵の名前を使っていろいろ楽しい人生を送ることにしよう。


 固く己に誓う俺。

 さしあたっての問題はマーザス婦人をどうするかだ。流石に俺でもこの場でも迂闊なことはできない。

 別にぶん殴ってもいいんだけど、それではいろいろ巡り巡ってピュセラに迷惑がかかってしまう。

 他は別にどれだけ迷惑をかけてもいいが、流石にピュセラに面倒事を押し付けるのは心が痛む。

 なんてったって、俺は魔法のお師匠様だからな!!


「許さん! 決して許さないザマスよ! こうなれば何がなんでもお前に復讐してやるザマス!」


「いやぁ、マッコイくんのことは残念だったと思いますよ、うん。でも命があったんだし、そこら辺なぁなぁで許してくれると嬉しいなって」


「きぃぃぃぃぃぃ!!」


 彼女の怒りは限界だ。

 今にも何らかの行動に移しそうな気がする。

 もちろん夫人程度では俺を傷つけることはかなわない。

 だが彼女が俺に対して直接何かをしたということが問題になることは十分にありえる。

 この場は近しい地位にあるダンチ伯爵にぜひとも仲裁をお願いしたいが……。

 さっと軽く辺りを見回してダンチ伯爵を探す……がどこにもいない! マジでどこにもいない!

 あのおっさん、ここに一緒に来たはずなのにどこに行ったんだよ!


 焦りが加速していく。

 今まで拳一本で解決してきただけあって、どうにもこういったトラブルは苦手だ。

 しかしこのまま何もせずにいては事態は悪化するばかり。

 何か、何か方法はないか?

 思考がぐるぐると同じ場所を回り続ける。

 その時だった。


「いい加減にせんかぁ!!」


「「「!?!?」」」


 張り上げた怒声は緊迫した空気に雷鳴の如く轟いた。


「さっきから聞いておったら、なんちゅーことじゃ!」


 村長だった。

 いや爺さん。ほんと勘弁して下さい。

 ほら貴方程度の身分でマーザス夫人が止まるはずもないでしょう?

 見てみろよ、きっとアンタの言葉で更に怒りを……あれ?


「あ、貴方は!?」


「マーザス。ワシの事を忘れたとは言わせんぞ!」


「そ、そんな。貴方を忘れるなんて……ポコガさん」


 ふむ。何やらおかしな雰囲気だ。

 てっきり卑しい平民が何を言っているのかと、歯牙にもかけないと思っていたのだが……。

 とうの本人――マーザス夫人は何やら爺さんと因縁があるらしく途端に狼狽を始めた。


 これは……何かあるな!


 キョロキョロと見回してピュセラを発見……てまねき、てまねき。

 飼い主に呼ばれた子犬を思わせる態度で嬉しそうにこっちへ全力疾走してきたピュセラにこっそりと耳打ち。

 あの二人って何かあるの?

 うちのピュセラちゃんはこの謎の現象に関して何か情報を持っていないだろうか?


「なぁピュセラ。村長って伯爵夫人の知り合いなの? 昔世話になって頭が上がらないとか?」


「さぁ、そんな話は聞いたことありませんお師様。けどモリモリ村長は有名な方なのできっとご事情があるのではないでしょうか?」


「ふ~ん……」


 ピュセラも特には知らない……か。

 しかし有名とは言え、たかだか村の長に伯爵夫人が狼狽するなんて本当にどういった関係なんだろうか?

 今だってマーザス夫人はその顔を羞恥で真っ赤にし、あれやこれやと村長に言い訳をしている。

 実際の立場はマーザス夫人の方が圧倒的に高いのに、今は尊敬する教師に怒られて慌てる生徒の様だ。


「あ、あの! ポコガさん! これは……違うんです。聞いてください!」


「もういい! もういいんじゃマーザス! それ以上醜い姿を私に見せないでくれ……」


「あっ……」


 スッと、ごく自然に村長の手が差し出される。

 その様子にビクリと目を瞑るマーザス夫人、だが予想とは裏腹に……。



「お前はそんな女じゃないだろ?」


 ――ポコガ村長はマーザス夫人の頭を優しく撫で上げ、同時にニッコリと微笑んだ。



「…………んんんん!?」


 思わず眉を顰めて呻きを漏らす。

 なんだこれ? えっ、なんだこれ?


「ポ、ポコガさん……でも、私は……」


「わしは、怒っている君より、笑っている君のほうが……好きじゃな」


 頬を撫でながら優しく語りかける。

 なんかキラキラとした星やハートでも出てきそうな雰囲気だ。


「…………はい」


 潤んだ瞳でポコガ村長を見つめるマーザス夫人。

 それはまるで一途に恋する乙女の様だった……。


「えっ、ちょっと待って。どういうこと?」


 恋する乙女じゃねぇよ。ちょっと待てよ。

 状況を整理しようと深呼吸する俺。目の前ではポコガ村長がマーザス夫人を抱きしめている。

 衆目が集まる中で堂々とだ。おい、カメラ止めろ。


「驚いたわねフェイル。あの伯爵夫人の顔見てみなさい。完全に堕ちてるわ。あの二人、デキているのね……」


「えっ? 何この空気。あの二人、そういうことなの?」


 どこからともなくインしてきたクシネが神妙な面持ちで説明してくれる。

 その言葉で俺はようやく自分の中にある「もしかして」が真実であることを理解する。

 理解したくなかったが……。


「さぁ、行こうかマーザス……」

「えっ? でも、まだお昼だし……」


「君の可愛い顔が見たいのさ、構わないだろう?」


「も、もう! ポコガさんったら!」

「あはは! 許してくれよ!」


 真っ昼間から明らか宿屋に直行しようとする二人。

 街中の人々が集まる中で平然と行われる卑猥な会話に俺もドン引きだ。

 ちなみにポコガ村長の手はすでにマーザス夫人の腰に回されており、その歩みは街の中へと向かっている。

 もちろん俺たちは置いてけぼりで取り残される。


 ……え? もしかしてこの空気俺がどうにかしないといけないの?


「なぁクシネ。決闘どころじゃないスキャンダルなんだけど、どうするのあれ?」


「二人の幸せを壊すことなんて、できる訳ないじゃない。たとえその先に……破滅が待ち受けていようとも」


「お前なんかいい感じのセリフ言って、本当はどうなるか面白いから見てみたいだけだろ?」


 悲しそうに顔を伏せるクシネだったが。先程から口元がひくひくしていることから必死に爆笑を抑えていることは容易に分かる。

 短い付き合いだが、コイツがこういう人間であることはよぉく知っている。


 けどなクシネ。一言だけ、言わせてくれ。じぃっと彼女の瞳を見つめる。


「…………なによ、悪い?」

「いいや、最高だぜクシネ!」

「「いえーい!!」」


 ハイタッチをした。俺たちは他人の破滅に楽しみを見いだせる人種なのだ。

 ほっこりとした気持ちが胸いっぱいに広がる。

 ああ、今日のご飯は美味しそうだ。

 あの二人はどうなるのかな? ご家族が知ったらなんと仰るかな?

 考えるだけでわくわくしてきた。

 俺は今日一番の笑顔を浮かべる。

 眩しく照らす太陽が、不思議と俺たちに微笑んでくれている気がした。


「お、お師様! お二人はどこに行こうとしているのでしょうか!?」


 あ、ピュセラのこと忘れてた。

 横であわあわと混乱している我が弟子に意識が向く。

 高ぶった気持ちが落ち着いてくる。

 もちろん、クシネと違って下手なことは言えない。


「二人が行く場所? う、うーん。それはちょっと分からないなぁ。……クシネ。パス」


「クシネもわかんない♪ ねぇフェイル。二人はどの宿……じゃなかった、何処に行くのかしら?」


「うぜぇ……」


 しかしどうしたものか。ピュセラはこの穢れきった世界に生まれ落ちた一滴の奇跡、つまるところピュア担当なので下手なことは言えない。

 皆に怒られるし、俺も出来れば彼女には純粋なままで居て欲しいからな。


「ど、どうしましょう! もしかして……! そうです、これは浮気です。浮気の現場を目撃してしまいましたっ!」


「まぁ、あれだけラブオーラ出しておいて浮気じゃないって言いはる方が無理だよな」


「というかマッコイ君って伯爵夫妻の子供なのに伯爵の方には似てないわよね。どう思うフェイル?」

「やめてやれ。本当にやめてやれ」


 世の中には知らないことの方が沢山あるんだ。

 マッコイ君がこれからも健やかな人生を送るためにも、その件についてこれ以上考えるのはやめてやれ。

 そして余計な事を言うな。ピュセラが変な方向にスイッチオンしたらどうするつもりだ?


「お、お師様! こういう時はどうすればいいと思いますか?」


「いや、別にどうする必要もないと思うけど」


「でもマッコイくんのお母様はポコガ村長とお付き合いしているのですよね? でもあの方は伯爵夫人ですよ? 浮気はダメです!!」


「うん。浮気はダメだ。でもねピュセラ、よぉく考えてごらん。愛というのは理屈や道理ではどうにも出来ないものなんだ。たとえダメだと分かっていても、我慢できない時がある」


 はわわとぷるぷるしているピュセラに向かって膝を折り、彼女と視線を合わせるように説明する。

 ぶっちゃけ超偽善的な言葉だが、一理無いとも言えない。

 俺も猫姫ちゃんがネカマで姫だったけど貢ぐのを辞められなかった。

 愛とは……そういうものなんだ。


「それに、俺達は何も出来ない。あれだけ仲睦まじい二人だ。幾ら俺たちが言ったところで所詮は他人、決して止まることはないだろう。それどころかむしろ悪化させてしまう結果になる」


「悪化……ですか。私たちは他人、だから二人を説得出来ない……」


 真剣に話す。

 痴情のもつれは楽しいが、同時に厄介でもある。

 他人のそういった問題に首を突っ込むのは自らにも不利益を及ぼしてまう可能性が高い。

 そもそもだ、あの二人は俺たちとあんまり関係ないじゃん。


 じゃあ放置でいいじゃん。

 そういう意味を込めて、ピュセラに優しく言い聞かせる。

 我が弟子よ、ここは傍観が最善手なんだぞ!


「分かったねピュセラ。じゃあどうすればいいか、俺に答えてご覧?」


「――はい、分かりましたお師様! マッコイくんに報告して相談すれば良いのですね! 家族である彼ならきっとよい知恵を貸してくれるはずです!」


 え?


「こうしちゃいられません! 今日のお師様の武勇もお話して上げないといけませんし、早速マッコイくんのお見舞いに行ってきます! では!」


 おおっと! フェイルの説得は失敗してしまった!

 ぴゅせら は にげだした!


「へい、ストップ我が弟子よ。これ以上問題を起こさないで! 戻ってピュセラ! ピュセラちゃん! カムバァァァァック!!!」


 見たこと無いほどのスピードで駈けてゆくピュセラ。

 その姿は米粒ほどになっており、すでに俺の言葉は届かない。

 ……大変なことになってしまった。

 このあとピュセラが起こすであろう面倒事、そしてマッコイくんに訪れる悲劇を考えると自然と胃が痛くなってくる。


「行ったわね……」


「ど、どうしようクシネ。うちのピュセラちゃんが何かとんでもない事をしでかしそうなんですけど。俺たちの管理責任が問われそうなんですけど……」


「ふふふ、でも皆の笑顔が帰ってきて良かった。やっぱり私たちはこうでなくちゃ! うふふ!」


 その言葉で理解した。この女は全てを知らぬ存ぜぬで通すつもりだ。

 ……いいぜクシネ。お前がそういうんなら、俺もその話に全力で乗っかってやろうじゃないか!!


「ああっ! そうだな! へへへ、とんだトラブルだったぜ!」


「さっ、帰るわよ。誰かに何か言われる前にさっさと準備して」

「おーけー、俺たちは何も知らない。その線で行くぞ」


 阿吽の呼吸で準備をする。

 すでに俺たちは善良なる一市民と化している。

 今回の件は何も知らない。ただ、ここに来てお菓子を食べて帰っただけだ。

 そう、それだけなのだ……。


「あ、終わった?」


 逃走の準備をする俺たちに声がかかる。

 覚えのあるその声に顔を振り向かせると今までどこに居たのやら、ダンチ伯爵だった。


「……今更出てきたの?」


「最初からおったよ。けど突き指の辺りからアホらしくなって茶を飲んでたわ」


「ほんと大正解だよそれ」


 一言だけ答える。

 なんだかんだでコイツが一番世渡りが上手なんだなぁと理解した一件だった。

ちなみにマッコイくんは胃に大穴が空いた。

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