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プロテイン賢者が征くっ!  作者: 鹿角フェフ
第一章:伝説の幕開け
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第一話:賢者、困惑す

 目の前に絶世の美少女がいる。

 まさか俺の人生において"絶世の美少女"と言う言葉を使う日が来るなんて思いもよらなかった。

 相手はキョトンとした表情でこちらを見つめている。

 俺もキョトンとした表情で相手を見つめている。

 あまりの美少女っぷりに相手の造形設定技術に惚れ惚れしてしまった為だ。


 そう、相手はあくまでゲームの中に存在するキャラクターだ。

 実在する存在ではない。

 『ウルスラグナ』はその自由度の高さから、各キャラクターの作成時に無限とも言えるパーツを用いて自由に顔や体型を作り出す事ができる。

 だがその行動の幅が逆に造形の難しさを引き起こしており、美男美女を作る事は愚か普通の顔を作る事すら難しいのだ。


 よって美しい顔を作る事ができる人物は神と讃えられる。

 中にはその造形をゲーム内通貨でやりとりするものもいて……かくいう俺も今の容姿はゲーム内通貨を大量に積んで、造形職人と呼ばれる専門の人に作成を依頼した物だったりする。

 それほどまでに、美しい造形を作る事は難しいのだ。


 ……それにしても、今まで様々な造形を見た。

 神と絶賛される美しい表情も山の様に見てきた。

 その時はそれらを羨望と感動の眼差しで見ていたが、今となってはそれはもはや遠い記憶の彼方でくすんでしまっている。

 大海を知ってしまったカワズに井戸の世界は狭すぎた。


 だからこそ貢ぎたくなる。

 こんな可愛らしいプレイヤーに「欲しいレア装備があるんだ、お兄ちゃん♪」等と言われれば、喜んで財布の中身をぶち撒けて彼女に捧げるだろう。


 しかし恐ろしい。ここまで完全な美少女なのだ。一体何時間、いや何十日かけたのだろうか? 相手は相当な実力者だ……彼女はもしかしたら中身は男性かもしれない……。

 否、男だろう。ここまで造形に気合いを入れるなんて男ぐらいしかやらない。

 俺は気持ちを切り替える。世の中に期待してはいけない。ネットに夢を見てはいけない。

 この世界に女性と言う存在は居ないし、居てはいけない。

 美しい少女は全て中身おっさんであるしおっさんでなければいけない。

 普段「ふみゅう」だの「はにゃっ!」だの言っている少女であっても現実世界に戻れば汚い汗を流しながらスーツで頭をヘコヘコとさせる加齢臭漂うおっさんなのだ。

 絶望する前に諦めなければいけない。


「こんにちは……」


 悲しみを込めて挨拶をする。

 いい夢を……本当にいい夢を見させていただきました。

 万感の思いを込める。それは相手への賛歌だ。

 その美しい表情。一炊の夢。諸行無常の仮想現実。

 ありとあらゆる可能性を、もしかしたら本当に女性かも? 等と言う恐ろしくも愚かしい希望をかなぐり捨て、叩き潰し、踏みつけながら別れ(あいさつ)の言葉を放つ。


「あっ! どうも、こんにちはっ!」


 ペコリとお辞儀をする少女。

 その言葉は、その愛らしい表情に負けずとも劣らず美しい物だった。

 やばい、かなりあざといぞ……くそっ! 見誤っていた!!

 俺は驚愕と共に後ずさる。間違いない、相手は上級ネカマだ!

 その仕草からこれでもかとにじみ出る愛らしさから容易にうかがい知る事が出来る。

 気をつけなければいけない、だとすればおそらく相手はかなり練度の高い姫だろう。

 気を抜いて仲良くなろうなどとするとケツの毛まで毟り取られる事になる。


 先程から俺が警戒している姫とは、MMORPGにおけるプレスタイルの一種だ。

 可愛らしい格好と言動、そして男を誑かす思わせぶりな行動で女性慣れしていないピュアボーイ達を手球に取り金品を貢がせるのだ。

 恐ろしい。

 かつての記憶――猫耳ロリっ娘アーチャーの"猫姫"ちゃん(自称リアル14歳中学生)にケツの毛まで毟り取られた記憶がふつふつと蘇ってくる。

 あの日俺は誓ったんだ。もう恋なんてしないって。

 もう、仮想現実のキャラと現実を混同して訳の分からない妄想で夜な夜なニヤケ笑いしながら眠りにつく事など絶対しないって……。


「えっと、どうかしましたか?」

「ああ、ごめんなさい。どうもしていませんよ」

「それは良かったです。いきなり動かなくなってしまったので私びっくりしちゃいました!」


 心底安堵した表情で胸をなでおろし、眩しい笑顔を向けてくる少女。

 良い子だ、だが俺は知っている。その全てが虚構だということを。

 猫姫ちゃんがそれを教えてくれた。

 ありがとう猫姫ちゃん。ケツの毛までむしり取られたけど、君がいたお陰で今の俺がいるよ。

 けど出来たら貢いだお金返してくれると嬉しい。


「えっと、一応自己紹介をしておきます。俺の名前はフェイル。……フェイル=プロテインと言います。ちょっとお尋ねしたいのですが、ここはどういう場所でしょうか?」

「え? ここの場所でしょうか?」

「はい、すいません。どうやら運営のお遊びに巻き込まれたらしく、強制転移させられてしまったのです」

「運営、ですか……?」


 このまま彼女に見惚れている訳にもいかないので当初の目的であるこの場所について尋ねる。

 だが少女は首を傾げて不思議そうにしている。

 ……おや?

 どういう事だろうか? このゲームをプレイする者なら全員が全員と言っていい程に運営会社の横暴は良く知っている。

 しかし目の前の少女はその事もまったく理解できないと言った様子で、不思議そうに俺の言葉を反芻している。


 なるほど、そういう事か。

 俺の脳みそがフル回転し、この不可思議な状況から答えを導き出す。

 ふふふ、なぁんだ。簡単な事だったんじゃないか。

 不可思議なこの状況に思わず笑い出しそうになる。

 目の前の少女を驚かせまいと込み上がるそれを必死で抑えながら彼女に確認する。


「もしかして――貴方は……」

「あっ! すいません! 私ったら」


 ババっとその小さな体ごとこちらへと向き直り、改めて行儀よくお辞儀をする少女。

 その洗練された作法の如き動作と男心をくすぐる態度に感動を覚えながら、彼女が顔を上げる所作を眺める。

 それはこちらまで思わず釣られて微笑んでしまいそうになる美しくも愛らしい微笑みだった。


「ピュセラと申しますフェイル様。 ピュセラ=エルネスティ。この地域一帯を治めるエルネスティ家の者です」

「……それはご丁寧にどうも」


 相手のネカマ力に心底尊敬の念を送りながら、こっそり相手を"観察"する。

 瞬間、俺の網膜内にウィンドウが描写され相手の情報が表示される。


―――――――――――――――――――

ピュセラ・エルネスティ

【職業】 見習い魔法使い

【称号】 なし

HP 150/150

MP 30/30

筋力  10

強靭力 10

魔力  20

知能  50

素早さ 15

技量  20

―――――――――――――――――――


 それは相手のステータス。

"観察"は近接系の基本スキルで、自分より数段下のレベルであれば対象の基本情報を看破する事ができるものだ。

 誰もが持つ初期取得のスキルで、スキルポイントを振って強化していないために通常では役に立たないの物ではあるが、俺の予想を裏付ける足しにはなってくれた。

 視線に違和感を覚えたのか、コテンと首を傾げる少女。

 そんな彼女に説明する様にあえて事実を告げる。


「なるほど、やはり初心者(ルーキー)さんでしたか」

「えっと、初心者……ですか?」

「ああ、この世界で強くなることを目指して歩き始めたばかりの人をそういうのですよ」


 あえてゲームであると言わずにそれらしい言い回しを用いる。

 そう、先程までのやり取りで俺は彼女に関する重要な事実に気がついた。

 どうやら目の前の少女は驚いた事に非常に貴重な人種らしい。

 彼女は、ネカマで、姫で、初心者で、そしてロールプレイヤーなのだ。

 ロールプレイヤーとはゲーム内のキャラになりきる人の事を言う。

 つまり、この世界がゲームであるとせずにあたかもゲーム内に存在する一人物かの様に振る舞うのだ。

 先ほど彼女が言った家名についてもそうだろう。

 エルネスティと言ったかな……。

 ウルスラグナにはファミリーネームはあっても家格などはない。

 故にこの地域一帯を治めるエルネスティ家と言うのも彼女が独自に用意した設定なのだ。

 ならばそれに乗ってあげるのもウルスラグナを楽しむ先達としての義務だろう。


 ――世界は冒険と夢に満ち溢れていて、君には無限の可能性が存在する――


 ウルスラグナの有名なキャッチコピーだが俺はその言葉が嫌いじゃない。

 事実ウルスラグナはその文言の通り無限の可能性が存在するのだ。

 新しい旅路を歩む目の前の少女のロールプレイ。それをダサいなんて空気の読めない言葉で潰すのは相手の意見を尊重できない愚か者だけだろう。

 だからこそ、俺は彼女のプレイスタイルを尊重して合わせてやる。

 今の俺は魔法の練習を始めた一人の少女の前に現れた偉大なる賢者だ。

 その役割、彼女が満足するまで十全に果たしてみせよう。

 姿勢を正し、上手く出来ているか分からぬ賢者としての威風を放つ。

 彼女が満足してくれれば嬉しい。そして彼女にも思う存分自らが決めた役割をこなし、この『ウルスラグナ』を好きになって欲しかった。

 あ、でも姫プレイだけはノーサンキューな。

 今でも初心者のお世話にかこつけて貢ぎたくて貢ぎたくて仕方ないんだから。


「分かるのですか?」


 俺の言葉に驚いたのか、口に手を当てて目を少しばかり見開くピュセラさん。

 その言葉の意味は二つ。

 自分が初心者である事、そしてネカマであるということだ。

 事実を見ぬかれた事についてまるで信じられないと言った様子であるが、何をそんなに驚く事があるのだろうか?

 初心者である事は見たらわかるし、そもそもさっきだって一生懸命魔法の練習をしていた。

 ネカマである事は確かに見破るのが難しいかもしれないがそこは俺だ。

 猫姫ちゃんに貢ぎまくった経験が彼女の本性を暴きだしている。

 彼女がネカマである事は間違いない。

 その仕草、表情、言動、全てが人を魅了してやまない天上の物だ。

 本当に彼女が女性であるとしたらソレはまさに奇跡のなせる技だろう。

 故にネカマ。そう、彼女はネカマなのだ。

 期待してはいけない。もしもを考えるな俺。

 猫姫ちゃん。俺に力を。ネカマを退ける力を授けてくれ。


「ああ、分かりますよ。そして貴方がとても才能に溢れた人と言うことが。先ほどはそのせいかビックリしてしまいました。貴方にも困惑させてしまう事になってしまいましたね」


 そう、彼女は姫。隙あらば俺の尻毛を毟ろうとする恐ろしい魔女。

 無限にも等しい葛藤の中、ようやく冷静さを取り戻した俺はいたって平坦な声色で彼女に語りかける。

 もはやこの場は森にあらず、命のやり取りを行う武人の戦場。

 気を抜いたものから……死んでいく!


「才能……ですか」

「何か?」


 才能に何か思う所があるのだろうか? 彼女のネカマの才能は俺が保証してもよい。まるで女の子になる為に生まれてきたかのような男の子だ。

 ちょっと自分でも何を言っているのかわからないが、ネカマの才能とはそう言うものだ。


「私、才能無いと思います」


 鼓動が高鳴るのが自分でも分かった。

 伏し目がちな瞳は直ぐにでも彼女を励ましたくなる魅力を秘めており、蠱惑的なまでに俺の庇護力を誘ってくる。

 諦めるな俺。

 ここで諦めたらドツボだ。

 忘れたのか。アレほどまであった貯金がみるみるうちに減っていくあの日々を。

 心を鬼にし、彼女の言葉を振りほどく。

 彼女が上級のネカマである事は間違いない。

 だが俺だって上級のカモなのだ。過去に見舞われた悲劇がここで沼に落ちる事を止めている。

 葛藤を内に封じ込める、相手に悟られないため平静を装って彼女の言葉をただ聞き届ける。

 だが――。


「だって、こんなに頑張ってるのに魔法使えないんです……」


 そう、呟いた言葉は、やけに寂しそうに感じられ……。


 俺は自然な所作でアイテムボックスから経験値ブーストチケット(課金アイテム:15日間三千円)を取り出そうとする右手を、必死に左手で抑えるのだった。

―――――――――――――――――――

ピュセラ・エルネスティ

【職業】 見習い魔法使い

【称号】 なし

HP 150/150

MP 30/30

筋力  10

強靭力 10

魔力  20

知能  50

素早さ 15

技量  20

―――――――――――――――――――

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