第十七話:ザ・コメンテーター
やる気は無い。
今の俺からは完全にやる気というものが消失している。
それもそのはずだ。先の茶番の様なやり取りを見せられてテンションを維持しろと言われるのが無理というものだ。
「じゃあさっさと始めるか」
軽く手をふり、今回の決闘相手であるなんとかなんとかのポニーテルへと合図する。
半ば茶番じみた行いだが、コイツだけは注意しないといけない。
相手が生半可な相手では無いことは俺のマッスルセンサーが教えてくれる。
気を抜いて怪我でもしたら笑えないからな。
「おや、いいのかい? そんなあっさりと進めてしまって。別れの挨拶が必要ならばいくらでも待とうじゃないか」
「いやだって皆お菓子食べてるし」
「へぇ? お菓子を……それは何かの隠語かい?」
「普通に食ってんだよ!! いいからさっさと来い!」
「ふふふ。お菓子だけに早くしたいって訳だね」
意味が分からんが絶対に突っ込まないぞ。
突っ込みには労力が必要なのだ、それも多大なる。
誰も聞いてないこんな流れでいちいち突っ込んでいたら戦う前に体力がゼロになってしまう。
俺は芸人ではなく賢者なのだからな。
「はーい、と言うことで適当に開始の合図をするのでそれで初めるか」
「締まらないが……まぁいい。この蒼き赤薔薇の目的は君を打ち倒すことだからね。さぁ! 戦いの舞踏を共に踊ろうじゃないか賢者フェイル!」
現在俺たちがいるのは簡易に敷設された闘技場の中央だ。
最も適当にロープが張ってあり見物客が間違って入れないようにしているだけだが、それでも戦いの場としては最低限のものが作られている。
……さて非常に不本意な経緯で決闘することになったが……相手の実力はどの程度のものか。
軽く深呼吸をして身体の筋肉中に酸素を行き渡らせる。
相手も腰から麗美な装飾の施されたレイピアを仰々しい所作で抜き放っている。
鼓動が早まりアドレナリンが吹き出す感覚を覚えながら拳を握りこみ――。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「「っ!?」」
突如乱入してきた叫び声にビクリとしてしまった。
「あ、あの男は!? まさか、蒼き赤薔薇――間違いない! 奴は魔術師殺しのポニーテルですじゃ!」
な、なんだよいきなり……。
少々引き気味になりながら声のした方へ視線をそろりと向ける。
声の主はヨレヨレの老人。ひょろひょろで杖がなければ倒れてしまいそうな枯れ木を思わせる男性だったが、いつの間にやってきたのか鋭い眼光でポニーテルを睨みつけている。
……関係者以外進入禁止の決闘場所のど真ん中、俺の隣で。
「奴は魔術師殺しのポニーテルじゃフェイル殿!」
「え? あの、すいません。知ってるんですけど」
「ちょっとこれから決闘するから割り込まないでくれるかな、ご老体」
「おのれポニーテル! ……フェイル殿お気をつけてくだされ! あの男は対魔法使いのエキスパート。幾ら貴方が賢者といえど、相手にするのは困難ですぞ!」
なんだか知らないがじいさんがつばを吐き散らしながら大声でまくしたてる。
しかも全て知っている情報だから別に今さら凄そうに言われても困るんですけど……。
ってかお前は誰だ。
「まぁそうなんだけど。その……どちら様で」
「わしのことなどどうでもよいのですじゃ! 今は御身を! 御身を案じくださいませフェイル殿!」
「ええと、なんだか気分が削がれるね。一旦ストップ……した方がいいよね。絶対に」
「ああ、悪い」
ポニーテルの好意が温かい。
こういう常識的な対応をしてもらえる人が存在してるということがこの世界に来て知ることが出来た幸運だ。
反対に目の前のじいさんの様に頭のネジの外れた人間が沢山いるという事実が、俺がこの世界で出会った不幸でもある。
「おのれぇぇぇぇ!! ポニーテル! 金さえ積めば理由問わずどのような者にも付く極悪人め! 今度はその鋭い刃の矛先をフェイル殿に定めおったか!!」
「……あの、もしかして知り合い?」
「いや、ごめん。僕も知らないんだけど……」
「だよね、俺も知らない人だし……」
万が一の可能性にかけてポニーテルに助けを求めるが残念ながら彼も初対面だ。
じいさんは興奮の坩堝に居るのか、先程から同じセリフをまくし立てながら手に持つ杖を振り回している。
もう、誰だよこの人を連れてきたのは……ってかどうしろって言うんだよ。
「あ、もしやあの方は! 実況一筋、ポコガ=モリモリ村長ではないですか!?」
「うぉぉぉ! ぴゅ、ピュセラか! ぬるっと来たね君」
困惑が胸中を支配する俺に答えをもたらしたのは、以外なことに我が弟子ピュセラだった。
口の周りにお菓子をたんまりとつけ、更には両手にこれでもかとお菓子を持ちながらキリリと真面目な表情で教えてくれる。
いやぁ、さっきまでお楽しみだったんですねピュセラさん。
師匠にお菓子を差し入れしようって気持ちは無いですか? そうですか……。
「ポコガ=モリモリ村長? お嬢様。君は知っているのかい!?」
俺はわりとどうでも良かったのだが、目の前のじいさんがどの様な人物かポニーテルは興味があったらしい。この場で唯一答えを持つピュセラへと質問をする。
彼女は右手に持った食べかけのカップケーキをパクリと口に放り込むと、もぐもぐと幸せいっぱいの笑顔で堪能した後に酷く真剣な表情で大きく頷いて説明してくれる。
「はい。モリモリ村長はモリモリ村の第五代村長を務めている方で、モリモリ村のモリモリ家は代々戦いの実況や能力の説明をすることに長けた一族なのです!」
「へー……」
めっちゃどーでもいいです。
ほぉ! と感嘆の声を漏らすポニーテル。
これは大変なことになりました! と握りこぶしを作るピュセラ。
誰も居ない方向を向きながら、おのれポニーテル! と息巻く爺さん。
さぁアホらしい雰囲気になってきましたよ! 帰りたい!
「おそらくお師様が戦う噂をどこからか聞きつけてやって来たのでしょう。流石ポコガ=モリモリ村長! 解説者の名は伊達ではありません!!」
「そうなんだ、凄いね!」
キリッと真面目な表情で必死に俺に説明してくれる我が弟子ピュセラ。
師匠である俺はその話を超適当に聞き流している。
いや、だってどうでもいいでしょこれ。かなりどうでもいい情報でしょ?
しかも無駄に厨二臭い二つ名が微妙に腹立つし……。
「なるほどね。彼が僕の戦いに華を添えてくれるというわけだね。確かに達人とも言える僕の動きは凡人にはなかなか分かりにくい。解説のプロが付くとなると人々もより一層僕の偉業に感動することができるだろう。この蒼き赤薔薇のポニーテールにね」
「ねぇ、いちいち蒼き赤薔薇を言う必要あるの?」
「かぁぁぁぁぁぁぁ!!! ダメですじゃああ!! 蒼き赤薔薇とはポニーテルを表す最も有名な通名。そしてポニーテルとは蒼き赤薔薇! その名を外すことは出来ませんぞ! フェイル殿もしっかりしてくだされ!」
「近い近い、つば飛んでる」
俺の方向に向かってびちゃびちゃと液体を飛ばしてくる爺さん。
とっさに距離を取りながら、彼の攻撃を躱す。
と言うかあんまり二つ名を言われると思いだすんだよね……。
『ウルスラグナ』をやっていた時に僕が考えた最強の二つ名を言いまくって掲示板で晒された記憶が。
ちなみにじいさんの言葉は俺の質問の答えになっていない。
ってかほんとグイグイ来るなこのじじぃ。早くここから出て行けよ。しかもなんで知り合いっぽい感じなんだよ、完全初対面じゃねぇか。
あっ、服についた……。もうやだこの人。
「分かった分かった。蒼き赤薔薇ね。はいはい、知ってる知ってる。だからつば飛ばさないでほんとお願い」
「ぬっ!? なんと腑抜けた答え! しからばフェイル殿……ご覧下さいませ。あのポニーテルの表情を……あれはまさしく、蒼き赤薔薇!! あれがポニーテルですじゃ!!」
「……うん、そうだね」
「おのれぇぇぇぇ!! ポニーテル! 蒼き赤薔薇ポニーテル! おのれぇぇぇ!!」
「…………」
もうお前ポニーテル言いたいだけやん。
膠着しきったこの状況に流石の俺もキャパオーバーし始めてくる。
件のポニーテルは満足気にうんうんと頷いているし、ピュセラに至ってはノリノリで「おのれポニーテルー!」とテンションを上げている。
はぁ……。
仕方ない、あまり手荒な真似はしたくなかったがこの際仕方ないか。
そう判断した俺は素早く爺さんの襟首を掴んで持ち上げる。
「分かった! 分かった! もういいから、ポリポリさん、分かったからちょっとどいていて! ピュセラ! この人パス!! 何処か離れた場所に連れて行って!!」
鍛えられ上げた筋肉にかかれば枯れ木の様な爺さんを放り投げるなど造作も無い。
そのままピュセラへと爺さんを任せる。
放物線を描く爺さん。その着地点へと頼もしき少女が駈けてゆく。
我が弟子よ、この小うるさい爺さんを頼んだぞ。
「承りましたお師様! ハイキャッチ……あっ! ああっ!! ……お、落としてしましましたお師様!!」
不安を覚えさせる返事とともにゴキリ……と鈍い音がする。
我が弟子よ……お前はなんてことをしてくれたんだ。
「「…………」」
「…………え、えっと。どうしましょうお師様!!」
沈黙が痛い。
あれほど騒がしく盛り上がっていた決闘場の周りも、いつの間にかシン……と静まり返っており、各々楽しんでいた観客たちの視線は爺さんへと集まっている。
「あ、あの。お師様……その、鼓動が聞こえないのですが……」
いやぁ、うちのピュセラちゃんったら大変な事件に巻き込まれたなぁ!!
……だが安心して欲しい。
今回の件に関して本当に俺やピュセラちゃんが村長の身に起きた悲劇に直接的関係があるかどうかは、法廷で判決がくだされない限り未確定だ。
つまりは俺達はまだ犯罪者ではなく、容疑がかかっているだけである。
すなわちそれは無罪であり、俺達は悪く無いという証明だ。
ニヒルに笑い、ちょっぴり震える身体に力を入れる。
爺さんの周りに人が集まり、どんどん騒がしくなって来るがおそらく気のせいだ。俺達は悪く無い。
それに……いま重要なのは、目の前の戦いじゃないか!
「さて、邪魔者も退散してくれたな。始めようぜ!!」
「首が変な方向に曲がっているけど、あのご老人は大丈夫なのかい?」
「…………」
「…………」
ポニーテルめ、せっかく有耶無耶にしようとしていたのに空気の読めないやつだ。
俺は大きく息を吸い込み、この場所に来ている全ての人々に聴こえる様に声を張り上げる。
「おのれぇぇぇ! 卑怯なりポニーテル! なんとか村長の敵! いざ覚悟!」
「い、いや僕は関係ないだろう! ま、まぁいい! さぁ! いくよ!」
こうして戦いの火蓋はようやく切って落とされた。