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プロテイン賢者が征くっ!  作者: 鹿角フェフ
第一章:伝説の幕開け
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第十五話:ロードオブコネクション

 闘技場は混乱に包まれている。

 その中で、恐らく誰よりも動揺し、恐慌状態となっているであろう俺達。

 体中から止めどなく溢れる嫌な汗を気にする余裕もなく、顔面を蒼白とさせていた。


「お、おお、おおおおお」

「ど、どうしたのかな、ダンチ伯爵」

「お金集めなきゃ!」

「……えっ?」

「賠償金集めなきゃ! 人一人の命を償うだけのお金集めなきゃ!」

「旦那様! 落ち着いて下さい!」

「大丈夫、多分大丈夫! まだ決まってない、まだ死んだとは決まっていないぞ伯爵!」

「パパがピュセラちゃんを守ってあげなきゃ。パパがピュセラちゃんを守ってあげなきゃ……」

「あっ、これダメだ」


 娘の殺人(未確定)に心をやられてしまったダンチ伯爵はうつろな瞳でぶつぶつと何かを呟き続けている。

 くそっ、伯爵が責任を取らなかったら誰が責任を取るっていうんだよ。

 ガヤガヤと、いまだに混乱収まらぬ雑多な音をBGMに苛立ちを募らせる。

 すると少し離れた場所より凄い勢いでこちらへと駆けてくる気配に気がつく。


「お師様ーーー!!」

「ぴゅ、……ピュセラさん。お勤めご苦労様です」


 ピュセラさんご帰還である。

 その瞳は大粒の涙で溢れ、拳は何やら赤っぽく染まっている。

 まず拳を拭いて欲しい。

 だがその事を指摘すると例のマッコイ君の惨状が皆の頭によぎるだろうから、あえて知らぬふりを押し通す。


「大変な事を、大変な事をしてしまいました!」

「えっと、うん! 嫌な事件だったね!」

「お、お師様。私知らなかったんです。人ってあんなに簡単に壊れるんだって、ちょっと力を入れただけで、簡単に摘み取れるんだって!」


「――人の命って……あんなに簡単に消えるんだって!!」


 ハラハラと涙をこぼすピュセラ。

 俺だってあんなに簡単に消えるとは思っていもいなかった。

 なんだかんだ言ってライバル的雰囲気出てたじゃん!

 優勝狙うって言ってたじゃん!

 いい勝負すると思うじゃん!

 なんでワンパンなんだよ!

 お願いだから生きていてくれよ!


「お、落ち着けピュセラ。まだ大丈夫。まだ殺ったとは決まっていない。祈ろう、神に祈ろう」

「そ、そうよ! それに万が一があったって旦那様が事故で上手い具合にあれしてくれるわ! 大丈夫! なんとか、なんとかなるわよ!」

「ああ、その通りだよ! それにピュセラだってわざと殺ったわけじゃないんだ。情状酌量の余地ありって形になるさ!」

「うふふふふ、ピュセラちゃん……ピュセラちゃん……はうあっ!!」

「大変! フェイル、旦那様が現実に耐えられなくて発作を起こしたわ!」

「くそっ! こんな時に!」

「お父様ーー!!」


 白目をむいてビクンビクンと痙攣を始めたダンチ伯爵を必死で介抱する。

 何やら口から泡まで噴き出してきて、その態度から事態が逼迫している事を否応なしに理解させられる。

 希望は一つだ。

 マッコイ君。彼の生命力にかけるしかない。

 大丈夫、あいつなら戻ってくるはずだ。

 だってさ、あいつの帰りを待っている人達が……こんなにもいるんだから!


『えっ? はい、はい……。えー、先ほどの。マッコイ選手についてです…………』


 ビクリ、と全員が反応する。

 司会の娘が何やら伝言を受け取ったらしく、マイクを通じてスピーカーで闘技場内へとアナウンスする……。

 鼓動が早くなる。

 アウトか? セーフか?

 俺達全員の今後が彼の命にかかっている。

 俺はここで始めて気付かされる。

 マッコイ君が、俺達の中でこんなにも大きい存在となっていた事を……。



『マッコイ選手。非常に危険だったものの、無事峠を抜けたとの事です!!』



「「「うぉぉぉおおおお!!!」」」


 セーーーーーフぅぅぅぅ!!

 闘技場が歓喜の声で満たされる。

 それはマッコイ君に起きた奇跡を祝福するものだ。

 皆心配していたのだろう、そして彼の帰りを待っていたのだろう。

 観客達はお互いに抱き合い、涙し、感動の声を上げている。

 瞳に熱いものがこみ上げる。

 これでなんとか誤魔化せる。

 瞳に溢れる涙は、責任から逃れられる事への喜びそのものだった。


「よかった、本当によかった」

「ひ、一安心ね……」

「ふぇぇ……。良かったです。生きていてくれて良かったです……」


「ピュセラ……」

「は、はい! お師様!」


 大泣きするピュセラに優しく語りかけ、こちらへと注意を向けさせる。

 今回の不幸な事故――あくまで事故である……そう、事故を通じて俺達は学んだ。

 それを彼女にもう一度しっかりと覚えていて欲しかった。

 マッコイ君が僕らに教えてくれた事。

 人の命の重みを……。


「命って……尊いね」

「はい、尊いです。私は今日、戦いを通じて命の尊さを学びました。そう――」



「――人は殴ると死んでしまうのです」



「ああ、よくわかったね。その通りだ。人は殴ると死ぬんだよピュセラ」

「本当に、あっけなく摘み取る所でした。私は今日の過ちを糧に今後も精進を続けていきたいと思います。もう……うっかり人を殺りそうになるのは嫌ですから……」


 自らの血に濡れた拳を眺めながら、いつになく真剣な表情で己の心の内を吐露するピュセラ。

 ああ、もう大丈夫。もう彼女が間違って人の命を殺るような過ちはおかさないだろう。

 マッコイ君には本当に頭があがらない。

 後で、示談交渉の際には誠心誠意の謝意を述べよう。

 彼のお陰で、今の俺達が居るんだから……。


「成長したわね……ピュセラ」

「俺も勉強になったよ。人は殴ると死ぬんだ。そんな簡単な事を忘れていたなんて……俺は、もしかしたら師匠失格かもしれないな。ははっ、だってさ、人を殴ると死ぬだなんて簡単な事を忘れていたんだから」

「おやめ下さいお師匠様! 私が、私が愚かだったのです。お師様のお言葉にうかれ、全力を出して相手を殴ってしまったのですから。人は殴ると死ぬと言うのに!! 私はきっとこの日の事を忘れないでしょう。この拳が、危うく血に染まりそうになった、今日の事を……」


 真っ赤な拳をハンカチで拭き取るピュセラは悲しげに呟く。

 既に血に染まっている気がするが、本人が納得しているので指摘はしない。

 重要なのは最終的にセーフだったと言うことだ。

 ならばこそ、後にすべき事は自ずと明らかになった。


「パパ、お家……帰る」

「フェイル。旦那様がさっさと撤退する様にご提案よ。このまま残って下手に事情聴取されたら厄介だわ。素早く、かつ静かに帰りましょう」

「そうだな! よし、帰ろっか!」

「はい。もう人は殴りません……。死んでしまいますので!」


 マッコイ君も無事だったし、ピュセラも納得してくれた。

 もはやここに用はない。後は逃げるだけだ。

 幸いにも闘技場の運営はまだマッコイ君の件で混乱しているらしく、こちらに何かアクションを取ってくる様子はない。

 善は急げ。

 俺達は、アサシンばりの無音歩行術を用いて、誰にも気づかれることなく静かに闘技場を後にした。


 ◇   ◇   ◇


 闘技場から無事抜け出した俺達は安堵の溜め息と共に街中をぶらぶらと歩く。

 今向かっているのは近くの乗合馬車の停留所だ。

 もちろん、行きに使用した貴族専用の馬車など使用しない。

 張り込みされている可能性を危惧しての事だ。


「パパ、ご飯食べる。お家帰ったら、ご飯食べるの……」

「おい、こいつ治らないな。どうする?」

「家に帰って温かい紅茶でも飲めば復活するでしょう。放って置いて大丈夫よ」

「私も疲れました……お家でプロテイン飲みたいです……」

「今日はお疲れ様プロテインパーティーだなぁ……」


「お待ちなさいザマス!!」


 安堵の時は唐突に破られる。

 完全に気を抜いていた俺達の前に、突如人が立ちはだかった。

 それは、全身を派手派手しい装飾品に身を包んだ、ケバい色合いの衣装が特徴的な何処かでみた貴族の夫人――マッコイ君の母親、マーザス婦人だった。


「……ん? あれは」

「マズイわね」

「よくも、よくも、よくもうちの可愛いマッコイちゃんを病院送りにしてくれたザマスね! 許せませんわ! ここでマッコイちゃんの敵を取ってやる!」


 彼女の言葉に呼応するように、ガシャガシャと金属音が俺達を囲い込む。

 チラリと見ると、ご大層な金属製のライトアーマーに身を包んだ集団だ。

 なるほど、息子の敵を取るために私兵を伴って襲撃と言った所か……。


 しかしまぁ、少々情けなくもある。

 幾らマッコイ君の命を殺りかけたとはいえ、あれはこの国の伝統における大会の、正当な勝負だったはずだ。

 にも関わらずこの様な手段に出るとは、おおよそ貴族らしからぬ品の無さだ。

 一歩前に出ようと足を伸ばす。文句の一つでも言ってやるためだ。

 だが、俺の前を遮るように手が伸ばされる。

 それは意外にも、先程まで完全に使い物にならなくなっていたダンチ伯爵だった。


「ほう、婦人。ご子息の件は真に残念でありました。我が娘が手加減を間違った事も謝罪いたします。ですが、それは些か軽挙ではございませんかな?」

「なんで伯爵復活してるの?」

「しっ! ピュセラにいいところ見せようと張り切ってらっしゃるのよ、静かにして!」

「ふん! ピーチクぱーちくと煩いザマスわ! 憎きエルネスティ伯爵家め! 下品な家柄だと見逃してやっていれば調子にのってからに! 貴方達、適度に傷めつけてやりなさい!」


 ガシャリと、私兵が包囲を狭めてくる。

 だが彼らの表情にも若干の困惑が見える。どうやら流石に貴族と面倒を起こすのは勘弁願いたいらしい。

 なるほど、やりようによっては上手くおさめる事も可能か……。

 それよりも俺が危惧するのは、先程からピュセラが拳を眺めながらぶつぶつとつぶやいている事だった。

 ここで彼女をストレス下において下手に殺意の波動に目覚められても困る。

 故に……このまま時間を無駄にすると言うわけにもいかない。


「ふぅ、仕方ないな……困った方だ、こんな街中で」

「俺がやろうか? 伯爵」

「馬鹿を言うな、お主が出たら余計ややこしくなるではないか」

「じゃあどうするんだよ?」

「まぁ、見てろ。これでも私は"ロード"なのだよ」


 彼の言った言葉、"ロード"に思わず目を細める。

 それは統率や統治を得意とする統率者(リーダー)系統に属する職業の上級職だ。

 軍団統治、領地経営に強力なボーナスを有しており、自身も非常に高い戦闘能力を持つ。

 まさかあのピュセラを甘やかすだけのマシーンであるダンチ伯爵がその様な強力な職業についているとは思いも寄らなかったが……。

 だが、この場合個人の武勇で解決する事はむしろ悪手だ。

 どの様に対応しようとしているのだろうか?

 俺の困惑をよそに、ダンチ伯爵はマーザス婦人を眼前に見据え、静かに語りだす。


「マーザス伯爵夫人。一つよろしいかな?」

「なんザマス!? 幾ら言った所で聞く耳持たぬザマスよ!!」

「私がどの様な人物かご存知ですかな?」

「はぁ? 何を仰ってるのザマスか! そんな事言われずとも――」


「モルデール財務卿!!」

「なっ!?」


 その瞬間、ダンチ伯爵の放った言葉でマーザス婦人が硬直する。

 それどころか周りの私兵までもが驚愕に目を見開いている。

 どういう事だ? その言葉にどれだけの意味があるんだ?


「ガイデス弁務官!」

「……ぐっ!!」


 ダンチ伯爵はまたしても何らかの人物の名前を出す。

 マーザス婦人の表情はすぐれない。

 まるで自分が強力な攻撃でも加えられたかのように渋い表情をしており、歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど歯を食いしばっている。

 だが、ダンチ伯爵の目に見えない攻撃はそれでは終わらなかった。


「ウェインテル商会ギルド特別顧問!

 デミストリ辺境伯!

 エンティース財務統括官!

 宮廷魔術師ファフニル!

 ポエヘル王宮執事長!

 グーテンモルゲン第一将軍!」


「くっ、そ、そんな位で……っ! この……私がっ!」


 虚勢を張るものの、マーザス婦人は既に膝を付いている。

 私兵達は怯え、身体を震わせながら小さく縮こまっている。

 ……意味が分からん。

 分からないのでクシネに聞こう。


「なぁ、クシネ。なにあれ?」

「旦那様の必殺技よ」

「必殺技?」

「ええ、旦那様の必殺技。無限なる人脈の王ロードオブコネクション

「えっ? なにそれ?」


 響きはちょっとかっこいいかも。


「お付き合いのある人達の名前を出すことによって相手に政治的圧力をかける恐ろしい技よ。聞いたものは報復と社会的地位の失墜を恐れて手も足も出なくなるわ」

「え、凄いカッコ悪い……」


 中身は凄くダサかった……。


「――ヘンリエッタ第三王女」

「ぐっ!! まさか、かのクオメンタ四貴婦人の名前まで出されるとは!」


 ついにマーザス婦人は権力の前に屈する。

 もはやこれ以上戦う意志は無く、私兵も逃げ出す者さえ出る始末。

 どうやら第三王女の名前は相当に効果的だった様だ。

 コネの力って凄い!


「ふぅ……。分かりましたかな? 私に手を出したら黙っていませんぞ?」



「――先程リストアップした人達がな!!!!」



 ドン! とダンチ伯爵が決め台詞を放つ。

 なんてダサい男なんだダンチ伯爵。そんなんじゃ流石のピュセラも愛想をつか――


「お父様、かっこいいです……」


 つかさなかった。凄いね、あれがかっこいいんだ!

 流石の俺もついていけないよピュセラ!


「憎き! 憎きかなダンチ伯爵! この恨み、決して忘れないザマスよ! 貴方達、行きますわよ!!」


 結局、ダンチ伯爵がコネのある人の名前を羅列するだけで事態は収まった。

 まぁ、非常に格好悪くはあるが、暴力沙汰にならなかっただけでもよしとしよう。

 人は殴ったら死ぬし、貴族同士が争うと良くない事しか起きないからな。


「お父様! ご無事でしたか!?」

「大丈夫だよピュセちゃん。それより、格好わるい所見せちゃったかな……パパ失格だね」

「いえ、とても立派でした! そして何より、とっても格好よかったですお父様!!」

「えっ? マジで言ってるのピュセラちゃん?」

「はい! もちろんです!」

「マジか」


「なぁ伯爵、凄くアレな対処法だったけど、いつもあんな事してるの?」

「そんな訳ないだろう……」


 はぁ、とため息を吐く伯爵。

 懐から何かのメモを取り出し、こちらへと差し出してくる。

 そこには、先ほどのダンチ伯爵が羅列した名前と、何故か金額が記されていた。


「これな、名前を出す度に使用料取られるんだよ」

「どういうシステムなんだよ……」


 この後、ダンチ伯爵が関係各所に金をばらまくことによってこの件はもみ消される。

 ああ、素晴らしきかな権力とコネ、そして金。

 俺は世の中を支配するのは、圧倒的な暴力と地位であることを再確認する。

 と同時に一瞬でマッコイ君とマーザス婦人の事を忘れ、パーティー用のプロテインを購入する算段を始める。


 権力と暴力で解決出来ない事が世の中にあると言うことを忘れたまま……。

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