第十四話:不慮の事故
クオメンタ王国、首都マリステン、大闘技場。
何故か存在している桜が咲き乱れ、他国を含め多くの観光客で賑わう中、俺達は桜花英雄祭に"観客"として参加していた。
「はぁ、参加したかったです……」
「まぁ仕方ないよなー。ってかちゃんと帰れただけでも良しとしよう!」
「プロテインなかったら完全に餓死してたわよね。少し見なおしたわ」
「……だろ?」
「ってか貴様ら二人本当に反省ないのだな!」
ぽりぽりとポップコーンを食べているとダンチ伯爵よりお叱りの言葉を頂く。
まったく、気が滅入る。
例の遭難時にさんざん説教を食らったのだ。お祭りの日くらいはもっと伸び伸びとさせて欲しい。
そもそもだ、アレは不幸な事故だった。
皆が皆、全力だったんだ。その結果起きた出来事にいちいち文句を付けられたら自由な教育が行えないではないか。
「反省してたって前には進めねぇ。俺は常に前だけを向いて走り続けたいんだ!」
「そうよね、そうよね! 私もあの時は全力を尽くしたんだし、結果不本意な物に終わったとしても、その点だけは評価して欲しいです旦那様!」
「こいつら……」
観客席の中ほど、比較的高級層向けに用意された広々とした椅子に座り闘技場を眺める。
闘技場はいくつかのフロアに分かれている。
それぞれが円形の形をしており、いくつかの円が固まる形で大闘技場として機能しているのだ。
現在ここで行われているのは主に貴族の子息向けの部門だ。
王族、貴族、大商人などの社会的に高い地位を持つ家柄の子供が参加するブルジョワジーで刺激的な催しとなっている。
闘技場の舞台は剣戟が舞い、鮮やかに魔法が入り乱れる。
流石貴族と言った所か、トーナメントも終盤に差し迫っている為に全員が全員一角の人物で、その強さはそんじょそこらの冒険者や魔物では手がでないほどの物となっている。
……だからだろう。
その様な中で自らの力を試すことが出来なかったピュセラは酷く無念そうであった。
「皆さん強そうです。うう、せっかくお師様に教えていただいた魔法を使うチャンスだったのに……」
「俺もピュセラが出たら全力でお金賭けたんだけどな!」
「残念ながら、流石にピュセラでも優勝は無理だと思うわよ」
「……なんで?」
「今回は王族が出てるからねー。王族は貴族以上に才能に溢れているの。特に今回出ているリリィ第七王女は天才と称される程の人物だわ。流石にピュセラでも厳しいわよ」
「王族は皆一曲も二癖もある人物だからのう。今までで一番有名なのは四大会連続優勝のヘンリエッタ第三王女とかか? いろんな意味で有名なお方だ」
「そう言えば旦那様はヘンリエッタ王女ともご面識がお有りでしたね」
「まぁ、会ったら多少話す位だけだがな」
「ふーん」
ピュセラは才能に溢れている。
それは今までの訓練、そしてあのプロテインだけで飢えを凌いだ遭難の日々で嫌と言う程理解している。
だが、世の中には上がいるらしい。
王族とやらがどれほどか分からないが、ピュセラの成長を身近で見ているクシネにそこまで言わせるのだから相当だろう。
少しだけ、王族とやらに興味が湧いた。
「ううう、悔しいです! お師様に教えていただいた魔術がありながら、こんな所で観戦に回るしか無いとは……」
「ふーむ。もしかしたらチャンスがあるかもしれないよ、ピュセラちゃん」
「どういう事でしょうかお父様!?」
「それはね、飛び入り参加制度だよ」
「あっ! そう言えば!」
聞き流していた二人の会話に少しだけ興味をそそられる。
ダンチ伯爵が言う飛び入り参加制度とはどういう事だろうか?
「何? その飛び入り参加制度って」
「うむ。今回の大会がお祭り目的で行われているのは知っておるだろう? だからな、時々参加者が飛び入りの挑戦相手を求めるんだ。どんな相手が来るか分からない中、それでも相手を打ち倒すことはそれだけ武勇を示す事になるからな」
「へぇ、だったらピュセラもチャンスあるじゃん!」
クシネも交えて詳しく聞いてみたところ、十分にピュセラにも機会がありそうな話だった。
飛び入り参加は原則一回だけの戦い。
正式にトーナメントに参加する事は叶わないが、それでも多くの観客の前で自らの力を試すことができる。
しかも相手はここまでのし上がってきた猛者だ。
ピュセラの不満を解消するには絶好の制度と思われた。
あとは、参加者が挑戦者を求めるだけだが……。
幸運な事に、その時はあっけない程に速く訪れた。
『おーっとぉ! マッコイ選手のフレイムスワローが決まったぁ! 二回戦も一瞬で決着! 強い、強いぞマッコイ選手ぅぅ!!』
「きゃー! マッコイちゃーん! かっこいいザマスよー!!」
「ははははは! 見ててよマッマ! ボクが必ず優勝をマッマに捧げるよ!」
「きゃー! 流石我がデルモンテ伯爵家の子、100年に一度の逸材と領内でも噂の火炎魔法使いマッコイちゃんだけの事はあるわー!」
司会の女性が興奮気味に彼の勝利を伝え、観客席の歓声が一層強いものとなる。
少し離れた場所にて金切り声で応援の声を上げるのは、全身にキラキラとした装飾品を身につける下品な色合いの服装が特徴的な女性だ。
どうやら現在試合をしている選手の母親らしく、自らの息子の勝利に狂喜乱舞している。
「あの説明口調のおばさんは誰?」
「デルモンテ伯爵家のマーザス伯爵夫人だな。息子のマッコイ君を溺愛しておる。……まったく、貴族ともあろうものが子供にデレデレしおって!」
「おい、お前人の事言えねぇぞ」
「お父様はデレデレしているのですか?」
「そんな事はないよピュセラちゃん。パパはいつだって威厳に満ちているよ!」
「流石お父様です!」
「そうだろう、そうだろう! はっはっは!」
この駄目な親父は無視するとして……、だが確かにマッコイ君とやらはなかなかにやるらしい。
先ほどの魔法、フレイムスワローは中級魔法使い以上のクラスでないと取得できないスキルだったはずだ。
『ウルスラグナ』とは違って才能があれば無制限に魔法を取得できるこちらの世界ではあるが、それでもあのクラスの魔法を実戦で使用できるレベルとはなかなかの物だ。
優勝を目指すと言う宣言もあながち虚勢と言えないかもしれない。
「しかし、チャンスかもしれません旦那様。例のマッコイ君はなまじ才能があるだけに相当調子に乗っておられると聞き及びます。長子だけに。……であれば、飛び入りの対戦相手を求める可能性もあるのではないでしょうか?」
「なるほど! その可能性があったか! これはチャンスが回ってきたかもしれんな!」
「そういう訳よフェイル。マッコイ君は長子だから調子に乗っているのよ」
「ちゃんと聞いた上で無視したんだからわざわざ二回言わなくていいぞ」
「と言うことは。私にもチャンスが来るかもしれないのですか!」
「そういうことだよピュセラちゃん。参加できるといいね」
ふむ。マッコイ君はどうやら少しばかり天狗になっているらしい。
確かにあの歳……ピュセラと同い年位の年齢で中位の魔法を実戦行使できるのならそれも当然だろう。
……と、なればチャンスは自ずと訪れる。
ああ、もう自分を偽る事をよそう。
俺は誰よりも見たいのだ、ピュセラがどれほど強くなったのか。
彼女の力が、どこまでこの国で通用するのかを……。
「はっはっは! もうボクに勝てる奴なんていないね! 飛び入り参加でもなんでも掛かって来たまえ! さぁ、いないのかい? ボクと戦おうと言う勇気ある者は!?」
『おおっと! ここでマッコイ選手、高らかに挑発ですぅ! 誰か挑戦者はいないかぁ!? 尚、参加条件は本リーグの参加資格年齢、及び一定の家名が必要となりますのでご注意下さい!』
ニヤリとほくそ笑む。
それは俺……そしてピュセラ達が待ちに待った言葉だ。
この戦いはきっと彼女の糧になる。
あれほどの強敵だ。きっとピュセラは相手との死闘を通じてより強くなってくれるだろう。
さぁ、ピュセラ。舞台は整った! 君の意志はどうだ!?
「お師様、お父様! 宜しいでしょうか!?」
「ああ、もちろんだよピュセラちゃん。行って来なさい」
「頑張れピュセラ! 今まで修行の成果を見せてやるんだ! なぁに、マッスル神のご加護があるさ!! 全力でいけ!!」
「はいっ!! では行ってまいります!!」
ピュセラの表情は晴れやかな物だった。
戦いに赴く気負いも、負ける事の不安も無い。
……強く、強く育ってくれた。
あとはその成果をここで魅せるだけだ!
タッ! と軽やかに少女が舞う。
まるで曲芸師の様な重さを感じさせぬ所作で観客席を飛び跳ね移動した彼女は、三回転錐揉みジャンプの後に無音で闘技場に降り立った。
シン……と闘技場が奇妙な静寂に包まれる。
興奮の坩堝にその身を投じた挑戦者は、誰よりも美しく、そして少し力を入れれば折れてしまう花の様に可憐であった。
「……ほぅ、君が挑戦者かい? なんというか、ぷぷっ、ははは! まぁ無謀なお嬢さんもいたものだね! 怪我をしても助けてくれる騎士様はいないんだよ?」
「真なる強さとは、幾万の経験の果てに宿る強き魂であり、あらゆる嘲笑をねじ伏せる無限の力です。――故に、力なき者の言葉はなんら価値がありません」
とうとうと語る言葉は清純で、何より強き意志が込められている。
ピュセラさん本気モード。完全に自分のキャラに入りきっている。ちょっとかっこいい。
…………だが完全に口上が悪役のそれだ。
どこで覚えたんだピュセラ。ちょっといろいろこじらせ過ぎじゃないかい?
「先ほどの武勇溢れる口上。誠に見事です。そして同時にこの舞台に上がる誉れの機会を頂けた事に感謝を。では、ささやかながらの返礼として真なる魔法のあり方をお見せしましょう」
一切の構えの無い構え。
矛盾した、だがそれで先鋭されたその形こそ彼女が行き着いた答えだ。
見た目に一切の変化なくただ佇み、意識だけが戦いに切り替わる。
ベランダの縁から庭に咲き誇る花々を愛でる様が最も似合うと思われた少女は……。
この瞬間、戦士となった。
「――賢者フェイル=プロテインが弟子、エルネスティ伯爵家が娘、魔法使いピュセラ=エルネスティ。デルモンテ伯爵家の長子、マッコイ=デルモンテの挑戦をここに受けて立ちましょう!」
『おおっとぉぉ!! なんとなんとなんと! 挑戦者は可愛らしい魔法使いのお嬢さんだぁぁぁ!』
「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」
突如降り立った可憐な挑戦者に会場も大いに盛り上がりを見せる。
立ち振る舞いは絶対者のそれ、纏う覇気は強者のもの。
自らの力に溺れ、相手を女性だと軽んじたマッコイ君ですらもはやピュセラを注意すべき挑戦者として見据えている。
闘技場に張り詰めた空気が満ちる。
後は審判によって開演の狼煙が上がるだけだ。
演目の名は武。
彼女が今まで培ってきた、その全てで観客を出しきる戦の舞だ。
「ねぇ、フェイル……私、ちょっと嫌な事に気がついたんだけど」
「ん? どしたのクシネ?」
すっごい盛り上がっていた気持ちがクシネによって一気に冷める。
と言うのも、彼女の言葉に何処か不安な気配があったからだ。
……何が問題なのだろうか?
あれだけピュセラが修行したのは彼女も知っているはず。
場合によってはこの俺にすら少ないながらもダメージを通す彼女であれば後れを取る事など万が一にもないと思うのだが……。
「ピュセラが本気出しても……その、大丈夫なの?」
「…………あっ!!」
ドンッ! ……と大地を揺るがす鈍い音がなった。
慌てて振り返った先に見えたのは、自らの拳を呆然と眺めるピュセラ。
ただ一点だけをぼんやりと眺める審判と司会の娘。
そして視線の先、ただのワンパンで闘技場の端まで吹き飛ばされ壁にのめり込んだマッコイ君だった。
『……………えっ?』
レポーターがよろよろと壁際に向かう。
その足取りはおぼつかなく、まるで目の前の出来事がいまだに信じられないようだ。
審判などは腰を抜かしており、まるで役に立たない。
観客は、恐ろしい程に静まり返っている。
司会の娘がマッコイ君をゆさぶる。
遠目に見えたが必死に何かを語りかけているようだ。
やがて、彼の胸元に耳を当て、その心音を図る仕草を見せ……。
『急いで担架持って来てぇぇぇぇ!!!!』
「きゃあああ!! マッコイちゃああああん!!!」
闘技場に時が戻る。
ワラワラと回復魔術師らしき人々一生懸命に心臓マッサージや回復魔法を施しながらマッコイ君を担架で何処かへ連れて行く。
うっすらと「死ぬんじゃない!」とか、「こんな所で諦めるな!」みたいな言葉が聞こえてくるのが凄く辛かった。
やがて、闘技場のスピーカーから大会の一時中断が伝えられ、マッコイ君を心配する声が漏れだす。
ふと、隣に座るクシネやダンチ伯爵と目が合う。
二人の表情は恐ろしいほどに蒼白で、事態の深刻さを否応なしに突きつけてくれた。
――逮捕される!
俺、クシネ、ダンチ伯爵、……そしてピュセラ。
後に分かるのだが、奇しくも俺達はこの時まったく同じ感想を抱いていたと言う……。
デルモンテ伯爵家長子
マッコイ=デルモンテ
※再起不能!※