第十三話:お休めない
ピュセラが山ごもりを行うと言い出した翌日。
ダンチ伯爵に強引に許可を貰った俺達は、モードリアの街から徒歩で2時間程歩いた山へと来ていた。
目的は桜花英雄祭に向けた実戦特訓。
三日後に始まる予選に向け、ピュセラを出来る限り鍛えあげる事が俺に課せられた使命だ。
「ピュセラ、二つの道を君に提示しよう。一つは楽に強くなれる道、デメリットは無いし誰も君を責める事はない。もうひとつは苦難の道。ここには何もメリットはない、ただ苦しいだけで結果は一緒だ。本当ならもっと時間をかけて強くなるべきなんだろうが、時間が無いからね」
今回ばかりは俺も手段を選んでいられない。
俺の給料がかかっているのだ。
今の彼女ならある程度の敵は倒せるだろう。だがそれまでだ。
大会に出る貴族の子息は皆が皆強力な力を持っている。貴族の血筋とは元来そういう物らしく、位が高くなれば高くなるほど凄い才能を秘めていると言う寸法らしい。
だが残念がらピュセラはまだ鍛えはじめたばかり。
あの突き(魔法)は素晴らしい物だったが、あれだけで数多くの敵を打ち倒せるほど甘くはないだろう。
「私なら楽な道を選ぶわ」
「クシネさんは空気読んで下さい」
「でもまぁ、俺も今回ばかりはクシネの意見に賛成かな。とりあえずこんな物があるんだ。これを使うと一回の戦いで何倍もの経験を得られる事ができる」
懐から一枚のチケットを取り出す。
いつしか彼女に貢ごうとしていた経験値ブーストチケットだ。
これを利用すればお手軽に彼女を強くする事ができる。
この山に出現する魔物は丁度彼女が戦うに適した強さを持っている。
適正魔物に経験値ブースト。
これにより彼女の強さを徹底的に底上げし、大会に挑ませるつもりだ。
「いえ、お気遣いありがとうございますお師様。ですが私は物に頼る様な愚を犯しません! 私は、その様なアイテムに頼らずに自らの意志で強くなってみます!!」
「えっ? 使わないの?」
「はい! 使いません!」
「えー? 本当に? 使った方がいいよ? 楽に強くなれるよ、副作用もないよ? 皆やってるよ?」
「いいえ! 使いません!」
挙手し、ニコニコと晴れやかな笑顔で答えるピュセラ。
どうやら経験値チケットを使うつもりは全くないらしい。頑固ちゃんだ。
えー、せっかく用意したのに。
……仕方ない。
これ以上言っても話がややこしくなるだけなのでプランをBに変更し、早速俺達は狩りに向かう。
なぁに、最悪予選を突破出来るだけの力を手に入れたらいいんだ。
今回の山籠りでもそれ位なら可能だろう。
そう楽観的に考えた。それが間違いだとは気づかずに……。
◇ ◇ ◇
魔物の退治は順調だ。
敵は巨大な蛇や猿と言った大型の魔獣から、ゴブリンと言った敵対性の亜人まで数多く出現する。
ランクとしては初心者から中級の間らしく、ピュセラの実戦訓練にも大いに役立ってくれている。
途中何度か危ない所を手助けし、日もくれた頃。
数多くの魔物の死骸を前に俺達は一時の休息を取っていた。
「でも懐かしいわねぇ。昔はメイドのお仕事の合間に冒険とかもしていたのよ。ダンジョンとかにも沢山潜ったわー」
うず高く積み上げられた魔物の山を目の前に、クシネが誰も聞いていない自分語りを始める。
確かにクシネの強さはメイドにあるまじき物だった。
前々からそれなりに強いと豪語していた彼女だったが、オークの集団を一瞬でボコった時は流石に職業選択間違ってるんじゃないかと思ったほどだ。
「へぇ、お前そんな事してたんだな。役割は何なの?」
「私? 私は結構なんでも出来たから各所のサポート的な感じかしら? あっ、でもシーフ系等だけは弱くてね。マッピングだけはするなって良くパーティーでは言われたわ」
「一度大変な事になったって聞きました!」
「そうなのよね。ちょうどその時はシーフの子が結婚でパーティーから外れちゃってね。皆なんとかなるだろうって思ってたらこれが大間違い! 罠にかかるわ、道に迷うわでもう散々だったのよ。本当、シーフって大切ね!」
「へぇ、そうなんだ…………」
「あの時は予定の日になっても帰ってこなかったから心配しましたよ、クシネさん!」
「戻ってこられたのは予定の2日後だったわね。本当、大変だったわねー」
うんざりと言った表情を見るからに本当に大変だったらしい。
……なるほどー。クシネは地図を読めない子なのか。
一つ勉強になった。
……あれ? と、言うことは誰が帰りの道を把握してるわけ?
あ、やばい。
キョロキョロと辺りを見回す。
山篭もりとは言え、辺りは原生する巨木に囲まれている。
また起伏にとんだ傾斜にゴツゴツとした岩が無数に点在し、まっすぐ進む事も不可能だ。
なるほど、これは駄目っぽいですね。
「ここで皆さんに大切なお知らせがあります」
「はい、何でしょうかお師様!?」
「なぁに、改まっちゃって」
「僕らは、道に、迷いました!!!!」
「はぁ!?」
「ええっ!?」
驚愕に目を見開く二人をまぁまぁと宥める。
そもそもだ。
今回の山ごもりは結構行き当たりばったりだった。
計画も立ててないし、ピュセラのテンションに任せて付いてきたみたいな所があったからどういう方向性で進めるかも全く考えてない。
ダンチ伯爵にもちゃんと準備しろと口うるさく言われた。もちろん何も準備はしていない。
よくよく考えたら、迷うのは当然だよね!
「あのですね、フェイルさんは思っていたのです。クシネさんがいたら道に迷わないだろうって! クシネさんがなんか上手い具合にアレがソレで、アレだろうって!」
「ちょっと待って! 貴方が師匠なんだから貴方がちゃんと現在地点の管理はしているはずでしょう!?」
「……と、普通なら思うでしょ?」
「どうするのよ! もう結構な距離を歩いているわよ!」
「人は生まれながらに、人生と言う名の道に迷っているのかもね!」
「そういう誤魔化しを聞いてるんじゃないのよ!」
クシネの大声に驚いたのか、ギャーギャーとなんか鳥っぽい魔物が叫びながら飛んで行く。
日が落ちてきているせいか辺りはなんだか薄暗く、寒さが肌を刺すようになってきた。
やー、途端に不安感が増してきますね。
だがこの辺りの魔物は狩り尽くしたし、そもそも俺が本気を出せばワンパンで倒せる様な物ばっかり。
敵にやられるという危険は特にないだろう。
それより食料が心配だ。日帰りを予定していたのでプロテインしか持ってきていないし、防寒具とかも乏しい。
夜の山は予想以上に冷える。気を抜けば命取りだ。
まぁ最悪山に火を放てば問題ないんだけどね。
しかしこんな所で遭難とは、面倒な事になったなぁ……。
「クシネさん、動揺しすぎですよ。お師様はクシネさんをからかっているだけなのですから」
「えっ? そうなの?」
「えっ? そうなの?」
思い悩んでいた所に虚を突かれ、思わず言葉がハモる。
どうやら我らがピュセラさんは何やら面白い事を思いついたらしい。
やめてくれピュセラ君。
君が何か言い出すと大抵ろくでもない事になるんだ……。
「お師様は百の魔導を極め、万の魔法を操るお方。この程度の事、私達を一瞬で街に移動させるどころか、街を一瞬でここに移動させる事すら造作も無いです!!」
「そうだったのね。安心したわ。じゃあ後よろしくね、フェイル」
「いやぁ、無理じゃね……?」
「全ての責任は貴方にあるんだから、当然その位しなさいよ」
期待の眼差しを一身に受ける。
純粋無垢な瞳に俺もたじたじだ……。
だが待って欲しい。
ぶっちゃけ、山から帰る方法なんて強引に木々を破壊しながら場所を確認する位しか思いつかないのだ。
そんな姿を見せたらピュセラが余計勘違いしてしまうのでその方法だけは取れない。
しかしこのまま森で彷徨うのも愚策だ。
桜花英雄祭の申し込みもあるし、なにより身の危険がある。
参った、どうしようか……。
「お師様! 早速魔法を見せて下さい! どんな魔法でしょうか! 今から楽しみです!」
「私も楽しみだわフェイル。頑張ってね、心から応援してる」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ!」
唸りながら内心で祈りを捧げる。
神よ、助けてくださいマッスル神よ。
敬虔なる貴方の信徒が今まさに困っております!
真摯な祈りははたして神へと届いたのだろうか?
だが神のお陰かどうか分からぬが、ふいに思いついた妙案に俺は頬を緩ませた。
「ふぅ。……ピュセラ。君は本当にそれでいいのかい?」
「えっ! えっ!? どういうことでしょうか?」
「確かに俺の魔法を使えば一瞬だ。瞬時にお家に帰って暖かいお布団でスヤァってお休めるだろう。――だが、それで君は納得するのか?」
俺、師匠モードだ。
シリアスぶった表情にクシネが気持ち悪い物でも見るような視線を向けてくるがここは無視する。
ふふふ、今に見ているがよいクシネよ。
俺を馬鹿にした責任、取ってもらうぞ!
「……はっ! わ、私が間違っていましたお師様!!!」
そうら食いついた! やはり我が弟子だピュセラ=エルネスティ!
「違うのですね、そうではないのですね! 自分の力でお家に帰ってお布団でスヤァってお休む。それこそが大事だったのですね!」
「ああ、修行とはそういう事だ。ここで甘えてはなんにもならない。真の強さとは、逆境を乗り切る意志と経験からしか生まれないのだから……」
「――そう、楽をして強くなれるなんて思わないことだ!!」
「でも貴方最初に簡単に強くなれる方法をこれでもかって薦めてたじゃない」
「クシネは黙っていてくれ。中途半端な言葉は彼女の為にならない」
「クシネさん、すみません。これは師弟の問題なのです!!」
「え? なんで私が空気読めないみたいな感じになってるの?」
ここまで来てしまったらクシネの言葉などもはや意味を持たない。
魂の炉に火が入ったピュセラはそれはもう目をキラキラと輝かせながら息巻いている。
ふふふ、第一段階は完了。
続いて第二段階に移行するぞ!
「ここで、ここでお家に帰ってお休む訳には行かないのです! お休むのは、自らの力で! 自分の力のみでお布団を得てお休まなければならないのです!!」
「まったく、優秀すぎて困るよ。その通りだピュセラ。だからわかったね、俺はこれから一切手を貸さない。帰る方法は自分で考えるんだ」
軽く微笑み、出来の良い弟子に満足するかの様に頷きピュセラに会話のボールを投げる。
とりあえずこれで俺が責任から逃れる事は出来た。
だが、流石に彼女に責任を押し付ける訳にはいかない。
それは師匠としての矜持もあったし、ちょっぴり可哀想だからだ。
「じ、自分で……。ですが、私にはどうして良いのか。うう、どうしよう」
「ちょっとフェイル! 流石に無茶ぶりしすぎよ! ピュセラはサバイバルの経験がないんだから、分かるわけ無いでしょ!」
「まったくもってその通りだ。だがな、俺は言ったぞ。『俺は手を貸さない』ってな」
「えっ、どういうことでしょう――あっ!」
「なにか分かったの、ピュセラ?」
「ここで一人理解できないのはクシネだけだったみたいだな」
そう、ピュセラには責任を押し付けない。
だが俺は責任を取りたくない。
――ならば、押し付ける相手は自ずと見えていた。
「そうなのですね、そうだったのですねお師様! 自分の力で無理なら、他人の助けを借りる。その事を私に教えて下さろうとしていたのですね!」
「えっ? えっ?」
「ああ、その通りだピュセラ=エルネスティ。どうやら君は俺を盲信するあまり、何でもかんでも俺が解決できると思っているらしいな。まぁ、それは間違いではないが、俺がいなかったらどうするんだ? それに、俺にだって出来ないこともある。もちろん、君にもね……」
「えっ! ちょ、まって! 待って!」
俺の袖を勢い良く引っ張るクシネをぐいぐいと引き離す。
チラリと横目で見た彼女は涙目だった。楽しい。
しかし、いまさら焦っても遅い、もうお前は俎上の鯉なのだ!!
「よく見れば分かるだろう? ピュセラ、君には沢山の仲間、そして沢山の助けてくれる人がいる。さぁ、もう答えは見えたね? 山で迷った君は、どうすればいいんだい?」
「冒険者の経験があるクシネさんに助けを求めることです!!」
「ねぇ、ピュセラ。貴方フェイルと私の話をちゃんと聞いていたの!?」
「おいおい、水くさいぞクシネ。いいじゃないか、妹分がここまで頼ってきたんだから」
「いや、そういう事じゃなくて――」
「――見せてやれよ。お前が今まで培ってきた技術をよ……」
視線が集中する。
放つは俺とピュセラ、向かう先は涙目のクシネだ。
特にピュセラからの向けられるそれは一切の悪意がなく、尊敬と敬愛のみで構成されているかと思われるほどに純粋無垢だ。
すっごいたちが悪い。
「…………」
「…………」
「クシネさん! お願いします、力を、力を貸してください!」
ばっと勢い良くピュセラが頭を下げる。
クシネの瞳が動揺に揺れる。
やがて、勝敗の時は訪れる。
否、はじめからそれは決まっていた。ピュセラの獲物となった時点で、俺達に逃れるすべは無かった……。
その事実を証明するかの様に、クシネは何かを振り払うように首を数度振ると、やけに良い笑みを浮かべた。
「ふっ、もう、仕方ない子ね。いつも甘えてばっかりで……。さぁ、ピュセラ。私からの授業よ。サバイバルの基礎、『フィールドで道に迷ったらどうすれば良いか?』を教えてあげるわ! 付いてきなさい!」
「はい! よろしくお願いします! クシネさん!!」
お家に帰れたのは予定日の五日後だった。
【第二十四回桜花英雄祭】
エルネスティ伯爵家令嬢
ピュセラ=エルネスティ
*参加申し込みに間に合わず敗退*