第十二話:あくまで魔法
俺とクシネが街中の人々から説教を受けた記念すべき日より数日後。
俺達は相変わらず同じ場所で狩りを続けていた。
「んー、そろそろここら辺の魔物も狩り尽くしたなー」
しゃがみ込みながら地面に生えている草をむしり取る。
隣で同じようにしゃがんでいるクシネはじーっと何かを見つめている。
……蟻だ。
この通り、どう考えても見守る必要がなくなったピュセラを好きにさせ、俺達はひたすら暇つぶしをしていた。
「ねぇ、フェイル。そろそろその事について真剣に話を聞いておきたいんだけど……」
「ん? 魔法について……か?」
「そうよ。確かに今のピュセラはすごく充実しているようで、その点に関しては貴方に感謝しているわ」
「どういたしましてー」
「けど、いつかは終わりは来るわよ? あの子だって馬鹿じゃないんだからいつ気がついても可笑しくないし。魔法を使えないとなると不信感も募るわ」
葉っぱの先で蟻を突きながら考えこむ。
確かに彼女の言う通りだ。
このままというわけにはいかないだろう。これで騙せるのはピュセラ位だ。
しかし、ここで窮す様な愚は犯さない。
何故なら、俺はこの日の為に考えぬいた言い訳があるからだ!
「実はその充実感とパワーアップが重要なんだよ、クシネ」
「……どういう事?」
「ピュセラが魔法を使えない理由をいろいろと考えたんだが。俺が思うにそれは『彼女自身が魔法を使う事を拒否してる』んじゃないかと思うんだ」
「そんな訳ないじゃない! あの子がどれだけ魔法を使いたがってるのか分かってるの!?」
「待て待て、最後まで聞け。それが一番の問題なんだ。ピュセラは今まで一度も魔法を使えなかった、どれだけ頑張っても、どんな家庭教師がついても魔法が使えなかった」
「――思うに、その状態に慣れてしまっているんじゃないか?」
「…………」
クシネがまさか! と言った表情でその端正な顔を歪める。
どうやら食らいついてくれたようだ。
さぁ、聞くがいい! 俺が考えに考え抜いた言い訳を!
「魔法を使えない事に安心してしまう。自分が魔法を使う姿が想像できない。どうせ出来ないとはじめから諦めている――」
「…………」
「言葉では使いたい、頑張ると言っても心の奥底ではじめから諦めてる。自分には無理だと魂が拒否してる。だから魔法が発動しない。魔法が精神と密接に影響しあってるのはクシネも知ってるだろ?」
「だからこそあの子に自信を付けさせようと筋トレをさせたのね……」
「まぁ、俺にはそれしか教えられなかったし、予想以上に成果が上がったってのもあるけどな」
自虐的に笑う。
ちなみに、この笑みは深夜に誰にも気づかれない様にこっそりと練習した物だ。
凄いアンニュイな感じが出ているはずなので、きっと今のクシネには魔法が使えないが故に思い悩む良い男が演出されているだろう。
「少なくとも、今のピュセラは自信に満ち溢れているはずだ。ここで俺が太鼓判を押せば、何らかの変化が起こると確信している」
ふっ、っと笑いかけ「本当は俺が魔法を使えれば良かったんだけどな」と呟く。
……決まった。
クシネの表情には感動しか無い。
これで完全に俺の株があがっただろう。
よかった、深夜に渡って練習をしたかいがあった。
不意に訪れる「俺、なにしてるんだろう?」と言う自己嫌悪の嵐と戦って良かった。
俺、カッコイイよ! 最高に賢者してるよ! ねぇ、そうでしょ、クシネさん!?
惚れちゃっても――ええんやで!?
「そう、そこまで考えてくれていたのね。ごめんねフェイル。私、昨日旦那様に貴方が全く何も考えずにピュセラをムキムキマッチョに仕立てあげようとしてるってチクっちゃったの。旦那様言ってた。罰を与えるって」
「おい待て、何やってるのお前?」
「安心して、罰と言っても今月の給料90%カットだから。私も何度か経験したけど意外となんとかなるものよ?」
「そういう問題じゃねぇよ!!」
クシネさんはクシネさんだった。
くそぅ、コイツだけは本当にいつか復讐してやる!
でも、当面の時間が稼げて良かったね俺!
「お師様! クシネさん! 何を話しているんですか?」
草むしりに勤しむ俺達に割り込んでくるのは先ほどまで自由気ままに魔物を殲滅していたピュセラだった。
辺りを見回すと魔物の死骸が大量に放置されている。
どうやら倒すべき魔物が居なくなった為戻ってきたらしい。
クイクイ――とローブが引っ張られる。
視線を向けて先に居るのはクシネだ。真剣な表情を見せ、無言で尋ねてくる。
その問いに頷く事で肯定する。
ああ、そろそろ良いだろう。
言い訳として考えた内容だったが、間違いではない。
ピュセラも次の段階――魔法の修行を始めるべきだ。
「ええ、実はね。そろそろピュセラも魔法が使えるようになるんじゃないかって話してたのよ」
「ああ、その通り。今まで本当に頑張ったな。次は魔法の授業に移ろうかなとクシネと相談していた所だったんだ」
立ち上がり、膝の汚れをパンパンと叩きながら伝える。
次のステージ。魔法の修行。
それは未知の世界だ。はたしてちゃんと出来るかどうか、全く分からない。
だが、それでも、俺は彼女の可能性を信じていた。
「ピュセラ。君はちゃんと魔法使いになれるよ」
ハッキリと、彼女にちゃんと伝わるように――。
ピュセラ。きっと君は魔法使いになれる。
だってあれだけ頑張ったんだ。
マッスル神様は頑張る娘を決して見捨てたりはしない。
そう、諦めなければ。
「す、す、す――」
「「………?」」
「既にご存知だったのですね!?!?」
「「えっ!?」」
この瞬間の俺はどんな顔をしていただろうか?
顔を見合わせたクシネの表情はとても滑稽な物だった。俺の表情もきっとそれに勝るとも劣らないものだろう。
その言葉は、数秒をもってようやく俺の理解する所となる。
つまり、もう、彼女は魔法使いになっていたんだ!
「流石ですお師様! クシネさん! 私が既に魔法を使えるようになっていると見抜くとは! 不肖ピュセラ、感服致しました!」
「ま、まじで! まじで使えるようになったの!?」
「はい!」
「本当に!? なによ、水くさいじゃないピュセラ! 早く教えてよ!」
「えへへ! 驚かせようと思って黙っていたんです!」
わぁっと二人でピュセラを囲む。
クシネなんか涙目でピュセラを抱きしめている。
ああ、本当に良かった。本当に嬉しい。
思わず瞳に熱いものがこみ上げてくる。
だが、それを拭うこともなく、俺は彼女の夢、その達成を祝福する。
「さ、早速見せてくれ! いやぁ嬉しいなぁ! ピュセラ頑張ってたもんなぁ!」
「そうね、そうね! 本当に良かったわね! 念願……ぐすっ、叶ったわね!」
コクリと頷くピュセラ。
その表情は眩しい笑みと、そして何よりも自信にあふれている。
ふと、彼女と出会った日のピュセラの悲しげな表情を思い出す。
俺の瞳に溢れる涙は、もう隠し立てできない程に大きなものとなっていた。
やがて彼女の魔法を唱えようと構えを取る。
対面するのはスライムだ。魔法を放つのに打ってつけの相手だろう。
ピュセラは真剣な表情で腰を落とす、スライムはすぐそこだ。
次いで右手を手刀の形で構え、いよいよ彼女の魔法が放たれる!
ピュセラはバネを思わせる柔軟さで身体を捻ると――――ってあれ?
「シッ!!」
バチュン! と小気味良い音が鳴り、スライムが粉々に砕け散る。
「「えっ?」」
放たれた手刀は、スラムの粘性の体液で守られたその核を正確に打ちぬく形で突き出されていた……
スッと構えを解いた彼女は、くるりと向き直り、見たことのないような笑顔で……。
「ご覧頂けましたか?」
「――私の初めての魔法を!」
(無理やり力で解決しちゃってるぅぅぅ!!!!)
ダラダラと冷や汗が流れる中、必死に対策を考える。
あかん、あかんでこれ。ピュセラさんのあかん癖が出てしまってるでぇ!
どこでどう曲解したのだろうか?
ピュセラはどうやらアレが魔法だと勘違いしているようだ。
ドヤ顔からもソレが分かる。凄いドヤってる。やばい、これ迂闊な事を言うと泣かれるパターンだ!
「あ、あのねピュセラ。えっとね、言いにくいんだけど、それ魔法じゃないかなーって思うの!」
「そ、そうだなピュセラ! 魔法ってさ、もっとこうバヒューンとした感じのそれだろ? 今のは明らかに手刀を用いた見事な突きじゃないか!!」
慎重に慎重を持って言葉を選ぶ。
この時ばかりはクシネも冗談を言うような事はしない。
そんな事をしてしまうとピュセラに嫌われる可能性があるからだ。奇しくもお互いの利害は一致する。
今後の俺達の為にも、この場はなんとしてもピュセラの誤解を解かねばならなかった。
「まぁ! お二人とも何を仰っているのですか? どう見ても魔法ですよ!!」
「え? ど、どういう事?」
「どう見ても突きよピュセラ!」
「ふふふ、本当に意地悪なお二人です! それに、これはお師様が私に教えて下さったのではないですか!」
口元に手を当て、上品に笑うピュセラ。
彼女が何を言っているのか全く理解できない。
何故彼女はあれを魔法だと思ったのだろうか? 記憶の奥底に眠る今までの行動を思い返してみる。
「えっと…………あっ!!」
「ど、どういう事? …………あっ!!」
『『あの時だ!!』』
クシネと顔を合わせ、小声で叫ぶ。
どうやら彼女も同じ結論に至ったらしい。
そう、俺がクシネに対してスライムをぶちまけたあの日の出来事だ。
あの時ピュセラは確かに魔法を見せてほしいと言っていた。
誤魔化し気味に放ったパンチだったが、それを魔法と勘違いするには十分すぎるインパクトがあった。
初めて出会った時と同じく、彼女は俺の魔法が普通とは違う特別な何かだと思ってしまったのだ!
『おいおいおいおい、どうするんだよこれ! 完全に勘違いしているぞ!』
『アンタのせいでしょ! 魔法をちゃんと使わないから! どう責任とってくれるつもりよ! 本人既にノリノリよ!』
『知らねぇよ! 全ての責任を俺になすりつけるんじゃねぇよ!』
小声で言い合うが埒があかない。
当然だろう、お互いがお互いに責任をなすりつけ合っているのだ。
チラリと見たピュセラはなんだかカッコイイポーズをとっている。
……あかん、本人ノリノリやでぇ!
「ぴゅ、ピュセラ。そう言えば、俺流の魔法じゃなくて、普通の魔法はどうかな? 変化がないか試して欲しいんだ」
「お任せしましたお師様!」
一縷の望みをかける。
それは彼女が本当に魔法を使える様になったのではないだろうか? と言う奇跡だ。
……お願いだマッスル神様!
ピュセラはあんなに頑張っていたんだ! 祝福を! 彼女に祝福を!
そして俺を助けて下さい! こんなことがバレたらダンチ伯爵に給料減らされちゃう!!
「――やっぱり出来ませんね!」
結果は無残で、マッスル神は無情だった。
よくよく考えればマッスル神はマッスルを司っているし、そもそも俺が適当に考えた神様だ。
そんな奴に期待した俺がバカだった。
今日から俺は無神論者になるわ。今決めた。
「そっか、使えないか。あはは……」
「でもやけに嬉しそうねピュセラ」
「ふふふ、だって当然じゃないですか。普通の魔法は使えず、お師様の魔法だけが使える。 ――これはまさしく、私がお師様の弟子である事を証明していませんか!?」
「う……うん!!」
「お師様。本当にありがとうございます。ピュセラは念願の魔法使いになりました。この授業が終わったら、早速街中の人達に伝えて来たいと思います!」
「よし、ちょっとそれは待とうか」
もう後戻りは出来ない。
今更何を言った所でこの猪突猛進なお嬢さんを言いくるめる事は不可能だろう。
後はどうやって責任を他人になすりつけるかだ。
大切なのはこの場を切り抜ける事。
その為なら、なんだってするつもりだった。
「ふふ、よかった。皆喜んでくれます! これで桜花英雄祭への出場も出来ますね! お父様も喜んでくれます!」
聞きなれない単語に不意に加熱した意識が少しばかり落ち着く。
ん? そのなんとか祭ってなんだ?
初めて聞く単語、隣でブツブツと呟くクシネに肘で合図を送ると、そのなんとか祭について説明させる。
「桜花英雄祭よ……。毎年行われる魔法と武術の大会ね。貴族の子供が出る部門もあるのよ。ほら、うちの国って強いと凄い! みたいな所あるから、こういう行事が好まれるの」
「ああ、なるほど。だからピュセラに実戦を経験させようとしていたのか……」
「予選は魔物との戦いだからね。低レベルとは言え、流石にその程度で落選しているようでは家格に響くわ」
なるほど、ここに来てようやくパズルのピースがはまった。
何故クシネが頑なにピュセラに実戦を経験させようとしていたか。
そして何故ピュセラがあれほどまで魔法使いに固執していたか。
その謎が……全部解けた。
けど、そんな事は本当にどうでも良かった。
今大切な事はそんな事ではない。
このまま行くと、ピュセラが本当に武道家になってしまうということだ。
完全にステータス構成が明後日の方向に突っ走り始めたピュセラ。
街中の人々から愛される彼女をそんな風に指導したとなると。
考える事すら恐ろしい。
「でもなぁ、これなぁ、やばいなぁ……」
「そうね、真剣にヤバイわね。ちょっと、これ、もうなんかうまく誤魔化せないかしら?」
「……怒られる?」
「……怒られるわね」
怒られたくない。もう怒らるのは沢山だ。
あの日、ピュセラに怒られた日の事を思い出す。
いい年して街中の人達から怒られたあの日、俺とクシネは二人で密かに誓ったんだ。
もう――余計な事はしないでおこうっと。
だから、だからこそ、この場をごまかす方法が欲しかった。
頭を極限まで回転させる。
素晴らしき解決策を、なんとか俺が怒られない方法を。
なんでもいい、なんでもいいんだ!
――やがて奇跡は起き、一筋の煌きが迷路に迷い込む思考を照らす。
「あれ? でもちょっとまってクシネ。魔法って何?」
「えっ? そりゃあ、人が体内に有しているマナを利用して奇跡を起こす技の総称――」
「いやさ、そう言うんじゃなくてさ。ほら――」
「――ここで僕らが出会った事、そしてピュセラの笑顔。それこそが奇跡という名の魔法じゃね?」
「…………よし、それで行きましょう!」
ビシッとサムズアップするクシネの表情は晴れやかだ。
……よし! 彼女の太鼓判も得た! これならいけるぞ!
暗闇に射した一条の光。
どうやら、俺達にはまだ希望が残されていたらしい。
「あくまで認識の違いなんだ。人から見てどうあるか、じゃなくて本人がそうならソレでいいんだ!」
「そうね、そうね! これでもう減給は無しよね! やったわフェイル! 貴方天才よ!」
「まぁ、言うても賢者ですから!」
手と取り合い、互いの無事を喜び合う。
良かった。これでもう怒られない。減給もない。
思わず抱きしめあってしまいそうな程の興奮の中、俺とクシネはこの場にもう一人居た人物の事を思い出す。
「お師様、クシネさん。話は聞かせて頂きました……」
「「あっ……」」
感極まった表情で涙を浮かべるのは件の問題児、ピュセラ=エルネスティだ。
ギリギリと首を動かし、クシネとお互い見つめ合う。
その表情はまさしく絶望。
今までの話をすべて聞かれていたとしたら……。
事態が更にとんでも無い方向に進むであろう事は確実だった。
「いまだ未熟な私にそこまで気をかけて頂いて本当にありがとうございます」
「「…………」」
「私、山ごもりします!!!!!!!」
「「えっ!?」」
俺達は何も言えない。
否、言う事を許されない。
何故なら、その言葉一つ一つが、これからの自分達の立場を悪くするであろうことが確実だったからだ。
「山ごもりして、大地と一体になります!!」
ピュセラの宣言は静かな門前のやけに響く。
冒険者の一人が楽しそうに街へと駆け戻っていくのが見えた。
終わった……全て終わった。
恐らく、俺達のヤバイという発言を「未熟」と言う意味であると曲解したピュセラ。
きっと彼女は止まらない。誰にも止めることができない。
純粋無垢で猪突猛進な彼女は、一度決めたら後は突っ走るだけなのだ。
絶望に視界が真っ暗になるのを感じる。
俺はどうやってダンチ伯爵を説得するのか必死に頭を回転させる。
残念ながら……良い案は何も浮かんでこなかった。
ピュセラ=エルネスティ
スキルゲット!
貫通:LV1 *new!
【スキル詳細:貫通】
レアリティ:R+
敵の物理防御力を一定値無効化する能力。
スキルが上がるほど無効化する値は上昇し、スキルLv.MAXで岩すら豆腐の様に砕けるようになる。
※お知らせ
次回からトーナメント編が始まります。