プロローグ
科学が魔法の如き奇跡を齎すようになった現代。
その副産物として生まれた娯楽の一つ『VRMMO』。
無限とも言える自由度のこのゲームを遊ぶ人は、様々な目的を持っている。
強大な敵との戦い。
人々との交流。
まだ見ぬ土地への憧れ。
世界の真理の解明。
そう――『VRMMO』は無限の冒険をもたらしてくれる。
けど……。
俺は冒険なんてめんどうなことは大っ嫌いだった。
道無き道を歩く。辺りは鬱蒼と生い茂った木々に遮られている。
光り輝くローブは最上級の賢者専用装備"神の衣"。
身に付ける装飾品はどれも一級の魔力を秘めた高レアリティアイテム。
知る人ぞ知る上級職。
全ての魔と叡智を兼ね備えた知の存在。
ただ今はローブの裾に足を取られ放送禁止用語を連発する只のチンピラでしか無い。
訂正、イケメンのチンピラでしか無い。
「くそっ、なんで俺がこんな目に……運営死ねよ」
重ねて言おう。俺は冒険なんて大っ嫌いだ。
安全マージンを十分にとった上で、数段レベルの劣る相手をフルボッコするのが大好きな俺は、今やっているこのゲームでも同様のプレイスタイルを貫いている。
そう、ここはゲーム空間。
『VRMMO』と呼ばれる高速通信ネットを利用して構築される大規模ゲーム世界。
「あーあ、なんか弱っちい敵が大量に現れてくれないかなぁ……」
そして俺は……ゲームで俺TUEEEするのが大好きっ子なのだ!
………
……
…
VRMMO『ウルスラグナ』
科学技術の発展によってまるで自分がその世界にいるかの様に体験できるVR技術。
革新的な技術を利用して作られた数多くのゲームの中でナウなヤングにバカ受けなのがこのゲームだ。
簡単に説明すれば中世ファンタジーっぽい世界で敵と戦って強くなる。
シンプルが故に魅力的な世界は実際に多くの人々を魅了し、多くの人気を博すこととなる。常時接続ユーザーは驚きのなんとか万人。
詳しくは知らないが多いことは確か。
俺もその一人だったのだが……、
「ほんとマジでクソゲーだわ……」
現在俺は未探索領域でひたすら愚痴と運営に対する文句を零す作業の真っ最中だ。
『ウルスラグナ』はその膨大な資金に強引に物を言わせて広大すぎるフィールドを有している。
そのためプレイヤーがまだ発見していない未発見領域というものがあるのだが。
恐らくここもその一つだろう。
一人で楽しくゲームをしていたら良くわからない出来事に巻き込まれて見知らぬフィールドに飛ばされていた。
何を言っているのか分からないが、それがウルスラグナクオリティだ。
その出来事は突然だった。
なんかいきなり白い空間に出たと思ったら、なんかよく分からない自称女神の金髪姉ちゃんに一方的に話しかけられた上でのフェードアウト。
気がつけばなんだか知らない森の中に強制的に転移されられていたのだ。
なにこれ? ついにクレームが入ったか?
それとも運営側が用意したイベントか? 報酬は何があるんだ?
俺が困惑するのも無理はない話だった。
しばし悩み込んで下した判断。考えられるのは運営による突発イベントだった。
似たような事例は噂で何度か聞いたことがある。
もっともウルスラグナのイベントは運営側がその場で適当に思いついた物を適当に目についたユーザーに適応するという至極いい加減なものだ。
報酬も雀だったりする。基本的にユーザーに優しくないのだ運営は。
あの女神とやらもそうだろう。
女神ってなんだよ、ウルスラグナの世界に女神の設定とかないんだから最低でもそこはちゃんと抑えろよ。
しかも世界を救ってくれってなんだよ。むしろ今月ピンチな俺の財布を救ってほしいわ。
「マッスル神よ……。どうして私に試練を与えるのでしょうか?」
勝手に作った俺設定の神様に祈りを捧げる。
俺の操るこのフェイル=プロテインというキャラはマッスル神に愛された真なる強者だ。
賢者という魔法職ながら、その能力を大好きな筋肉--すなわち筋力ステータスに振ったことによって想定外の処理が発生し生まれたバグキャラ。
ありえないステータス配分らしく、なんか知らないが数値がオーバーフローしたらしくラスダンのボスですらワンパンKOだ。
更にはバグで防御力やHP等もおかしいレベルになっている。いわゆるバランスブレイカーだ。
もちろん俺は善良で不正を決して許さぬ模範的なプレイヤー。
運営にこっそり隠れて初心者広場とかで俺TUEEEEしていたのだが……。
どうやら年貢の納め時が来たかもしれない。
けどアカウントBANされてないところを見るとまだ大丈夫な気もするけどなぁ。
とにかく運営は糞だな。俺の俺TUEEE時間を邪魔しやがって!
悪態をつきながら道無き道を歩く。
反省という言葉は何よりも嫌いだった。
「あ、やべ。飽きた」
終わりは唐突だ。一人つぶやきその場に座り込む。
森だった。まごうことなき森だった。
行けども行けども森、森、森。森以外何にもない。
もうかれこれ一時間は歩いただろうか? 流石にモンスターすら出て来ないと言うのは不満以外の何物でもない。
俺の望みはただ一つ。偶然と幸運、そしてたゆまぬ努力とマッスル神への信仰のはてに生み出された奇跡のキャラ。
この『フェイル=プロテイン』を使って思う存分俺TUEEEEしたいだけだ。
こんな訳の分からない所でぶらぶらしているなんて俺の望む所では無い。
急に冷静になった。
最初は見知らぬ土地ということで少しはテンションもあがっていたのだが、もはやその熱も冷め切ってしまってコールドスリープしている。
もう俺は一歩も動けない。心が折れた。
となれば、死に戻り、もしくはログアウトで帰還だ。
「メニュー」と呟き見慣れたウィンドウを表示させる。
カスタマイズされたそれを指揮者のように指を滑らせ操作すると、ホームポイントへの死に戻りをしてやろうと自殺コマンドを探し出す。
ゲームでの自殺コマンドは簡単に押せるけど、リアルじゃ押しちゃダメだぜ!
…………………えーと。
……あれ? 自殺コマンドってどこにあったっけ? たしかここだったような……。
ウィンドウに羅列される様々な設定項目、その一つ一つを確かめていると何やら表し様ようの無い違和感が俺を襲う。
何かが違う気がする……。
眉を顰め、脳をフル回転させてその答えを導き出す。
もう少しでその疑問が晴れ用途した時、ふと俺の耳に何らかの声が聞こえてきた。
「……イヤッ! ファ……ヤー! ファイヤー!」
おや? と思い声のする方へと歩いて行く。
疑問は一旦保留だ。今はその声の方が気になる。
歩みを進める度にハッキリと聞こえてくるソレは少女のものだ。
何やら声を荒らげているところを見ると魔法の発動練習でもしているのだろうか?
俄然興味が湧いてくる。
もしかしたら何か面白い事があるかもしれない。
面白い事がなくても何かしらこの地域について情報がわかればいい。
ウィンドウに表示される地名……マーレーン地方と記載されたこの場所は見た事も聞いた事もない。
おそらく俺の知らない、まだあまり情報が出回っていない地域であろうその表示をチラリと見ながら生い茂る草木を掻き分けてゆく。
「おりゃあああ!! ファイヤアアアアア!!!」
鬱陶しげな草木をなぎ倒して出た場所は、森の中にあって少しだけ開かれた場所だった。
広場の様なそこに出た途端、一層大きな声が響きその声の主がハッキリと視界に収まる。
木々の間より差し込む陽の光を受け輝く、肩まである美しい橙色の髪。
くりくりとした硝子の様な瞳は、幼さを残しつつも意志の強さと慈愛の両方をたたえている。
身に付ける服装は彼女の髪と同じ明るい色合いを基調とした、魔法使いが身に付けるローブ。
だが随所に施された刺繍が美しく映えており、彼女の可愛らしさをより引き立たせている。
年齢は自分より数才は下に思われる。
発達途中ながら、だが控えめに主張を止めない膨らみ。
微かに紅潮する白磁を思わせる肌は、触れただけでも傷つけてしまいそうな繊細さを感じさせる。
それが、目の前に現れた少女の全てだった。
彼女を視界に入れた瞬間、思わずハッと息を呑む。
その気配に気がついたのか、先程まで何やら仰々しいポーズを取りながら必死に魔法の練習をしていたであろう少女がこちらへと振り向く。
呑んだ息を吐き出す暇もない。
一瞬の驚きは、無限にも感じられた。
ドキドキと鼓動が早くなり、気付かず一歩後ろへ引いてしまう。
それは、今までに見たこともない。
この世のありとあらゆる言葉を持ってしても表現出来ぬほどの美しさを持つ。
目を見張るほどの美少女。
それは……。
「ひ、姫だ……。上級の姫が現れやがった!!」
いたいけな男性プレイヤーからお金を絞り取るだけ絞り取る悪魔だったのだ!!
◆ ◆ ◆
そう……この時の俺はまだ気づきもしなかった。
俺がいつの間にかゲームのキャラになって異世界に連れてこられたなんて……、目の前の少女が本当に女の子だなんて……。
そして彼女こそが……異世界における俺の第二の人生を大きく変える事となる史上最大の問題児。
後の人々称して曰く、暴虐無人、アホの子、破壊神、脳まで筋肉、この師にしてこの弟子あり、この人いつ魔法使うの? ……。
プロテイン賢者の一番弟子――自称魔法使い、ピュセラ=エルネスティとの最初の出会いになるとは。
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フェイル=プロテイン
【職業】 賢者
【称号】 プロテイン賢者
HP 58000/58000
MP 34000/34000
筋力 ウ現rファ丸フジコ(1080)
強靭力 10
魔力 10
知能 10
素早さ 10
技量 10
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