FRAGMENT ; ANOTHER S@VIOR
ー憧れたのは血の繋がらない姉
「冷えてきたなぁ」
カレハ姉さんがエルサレムを立ち去って3時間後。アタシは地平線に沈んでゆく夕陽を眺めながらそう呟いた。
地上の砂埃で買ったばかりのパーカーを汚してしまうのも気分が悪いから《Code-V》で足場を作って空中に座っている。
《Code-V》は周囲の環境やアタシの操作に合わせて形状を変化させる浮遊型のキューブ状デバイス。墨を垂らしたみたいな黒い4つの箱がアタシの身体を浮かせている。
「カレハ姉さんはエジプトに行ったのか」
夕陽が地平線に沈んでゆき、だんだんと肌寒さが肌を刺す。
アタシがここに来たのは偶然のことだった。この4年間旅をしていろんなところを見てきた。《LIFE-LESS》との戦闘で核を使い、自国の領土を焦土に変えたアメリカ。貧困と格差によって荒廃し、ヤツらによって国土のほとんどを失ったインドと彼らの難民キャンプ。フェル先輩が守りきったオーストラリア。そして、漆黒の繭を張り、半径20kmに渡って削り取られた大地にヤツらが集まるシベリア。どの場所も救いなんて無い。そこにあったのはこれから死にゆく命とこれからこの地獄に生まれ出る命の2つだった。
耳に当てている《Code-Fragment》を使ってアメリカの人口衛星にハッキングを仕掛ける。アクセス成功。
コンタクトレンズ型の小型スクリーンに映し出されたのはこの星の北半球。ちょうど画面の上の方に巨大な黒い塊が見える。場所によっては高度10000mにもなる巨大なそれはいくつものワイヤーが集まって形を成していると言われている。それこそが《LIFE-LESS》の母体とされている繭だ。19年間誰も触れることができずにいるそれは日々無数の《LIFE-LESS》を産み落とし、地上を蹂躙してゆく。回線を切ってすっかり暗くなった空を見上げる。前はこの辺りにも少なからず電気が通っていて明かりもあったのだろうが、ここから見えるのは地平の彼方まで広がる闇だ。空には星々が散りばめられ風の音だけがこの地を支配する。
「これから沖縄で起こることは人類にとってもヤツらにとっても大きな岐路になる。だから人類はここで絶対に勝たないといけない。カレハ姉さんたちなら乗り越えられるそのためにもこれを届けなくちゃいけない」
アタシはショルダーバックから銃を取り出す。無骨なフォルムに黒曜石のような黒のそれは《Code-N》という。それは4年前までカレハ姉さんと一緒にいた少年のために用意されていたものだ。もう少年はこの世にはいない。これは研究者の間で最強と呼ばれた銃だった。
「姉さんにとってこれは必要になる。どんな形であれこれは姉さんを救える。脱走した時に持ってきておいてよかった。大統領に渡っていたら大変なことになってた」
いくら研究所が高いセキュリティと物理的防御力を持っていたところで訓練された兵士に勝てるわけではない。あの日、カナダにあった研究所を襲ったのはアメリカの依頼を受けたPMCだった。戦闘の結果、研究所職員及びPMCのメンバーは全滅。生き残ったのはカレハ姉さんだけだった。のちにアメリカ軍が極秘に潜入し、サンプルデータの一部が回収されたこともわかっている。
「《project-orders》ねぇ…《liberty》と同じく『インストール』を使って手札を増やそうっていうのか。残った兵装は3つ。それら全てをアメリカが持ってるっていうなら話は別だけどね。この19年間アメリカはいいところがなかった、だからここから倫理の壁を壊してでももう一度返り咲くことを狙ってる。そうでしょう?ファラベル大統領」
その場にいない名前を呼んでみる。当然返事なんて来ないけど、おおよそ正解だろう。
「まずは沖縄だね。あれは姉さんにしか倒せない。特別な姉さんにしか」
血が繋がっているわけではない。けれど、自分と同じでありながら全く別の方向性を示す存在にただただ憧れる。
「待っててね。カレハ姉さん」
アタシは《Code-V》をスカイボードの形態にアップデートして東の空に飛んだ。
目指すのは日本。憧れる姉の存在は近い。
休憩の間章です