HIS N@ME
ようやく出逢えた。ようやく始まった。
「プラズマジェット再点火確認。降下シークエンスを開始します。カレハ嬢、大丈夫ですか?」
「いける。作戦通り、5000mまでは絶対に保たせて」
「了解」
アラートがけたたましく鳴り響く。
『飛翔体4接近、着弾まで6秒』
「早速ッ」
操縦桿を押し込み一気に再飛翔する。
音を置き去りにする圧倒的な速度でバレルロールを繰り出していく。
機体がミサイルと砲弾の雨を極限とも言える精度で回避している。機体のオートシステムに頼らず、マニュアルによる操縦のみでこの弾幕を避けている。これが西欧連合が誇る航空戦力の頂点、特殊作戦部隊《A-7》の元エース、ミハエル=ポールマン伍長の実力である。南米での陸上戦とは違い、圧倒的な実力で敵の攻撃を引き離す。
カレハのヘルメットをポールマンに渡したおかげでしばらくは気圧の変化にどうにか対応できるだろう。
「怪我で輸送班にまわって以来の感覚ですよ。腕が鳴ります」
「これも戦闘機じゃあ無いんだけど。輸送機だからね、これ」
「このサイズなら戦闘機って言った方が納得できますけどね。…舌噛みますよ?」
「……あと何秒?」
「12秒で予定ポイント」
「ラジャ」
「…この頃いろいろ適当になってません?」
「……」
ミサイルが機体を掠めていく。手元の高度計が5000mを示す。遥かに地上に《type-castle》の巨体が見える。
3
2
1
「脱出っ」
コックピットの耐圧ガラスが吹き飛び、シートごと上空に放り出される。即座にシートベルトを外し、ポールマンのシートにダイブする。
「高度5000mで縄なしダイブとか惚れさせるつもりですか」
「…ん」
ポールマンもシートベルトを外し、二人で縄なしダイブ。
「武装どのくらい?」
「こっちは、アンチマテリアルライフルとスタングレネード」
「私はいつも通り一丁だけ」
そう言って《code-K@REHA》を真下の向かってトリガーを引く。
空気を裂く音とともに銃口から光の円が展開される。
《mode-Aegis》。追加アタッチメントで実現した防御形態。本来の機能を応用し、盾に当たったミサイルや弾は全て分解されて塵になっていく。
左手でポールマンの手をとっているため姿勢が安定しないが、ラスト3000m、なんとしても彼を守りつつ、城を沈めなければならない。
下の方で《star-carrier》が砲弾を浴びて爆発した。
「あー…高かったんだけどなー」
「集中しなきゃだから黙ってて」
「…ラジャ」
ラスト10m。
「スラスター、点火!」
音声認識システムでスーツのスラスターが点火。一気に減速する。
「じゃ、バックアップよろしく」
「了解」
ポールマンの手を離す7、8mはあるがそのくらいで死にはしない。
「スラスター、フルバーストッ!」
ポールマンを下ろして再び上空へ上がる。右手前方に《type-castle》。視認できる数で砲塔は23基。盾を前方張り、一気に距離を詰める。ラスト5m。
「一撃で沈める」
盾が弾け飛び、アタッチメントが形状を変化させる。円系のフォルムが引き絞られ、円筒状に形成される。
「フルバーストッ!」
銃口から光の槍が放たれる。亜光速で飛翔する熱線が空気を焼き、ほぼゼロ距離で城の巨体を貫く。
極限まで一撃の攻撃性を追求した槍は巨体貫通し、地面を抉る。
直径80大の穴の空いた巨体が活動を停止させ、次発弾も発射されない。
「…ふぅ…」
30m近い鋼の塊は首里城のほぼ中央鎮座して、その一部が建物を押しつぶしている。山本佐官の話にあった司令塔としての役割をこれが担っていたのならば、これで前線は味方のサイトや南雲大佐の部隊が優位に立つこともできるだろう。
とりあえず状況を報告しようと思ったが、通信機付きのヘルメットは伍長に預けたままだったため先に落とした伍長と合流しなければならなくなった。
もしかしたら落下地点で敵と遭遇しているかもしれない。
「…バックアップいらなかった…」
そう思って倒した城を振り返ったところで目の前にそれは現れた。
目を疑った。人間の体躯をしたそれ、否、彼はそこに立っていた。黒い髪を靡かせ、真っ黒な瞳でこちらを見つめる少年が。
〈はじめまして/call〉
驚愕だった。機械など生温い存在ではない。ただ、目に見立てたカメラがこちらに向けられたのとは訳が違う。そこには確かに意思があった。
あまりの出来事に思考がフリーズし、エラーの嵐が吹き抜ける。
確信した。この《type-unknown》はこれまでのヤツらとは違う。目の前の存在は魂に近いモノを持っている。機械よりも生き物に違い側にいる、自我を獲得した存在であると。機械である事の枠を超え、人類に近づいた存在。
〈さっきは挨拶代わりに3発撃ったけど、まさかあそこから直接乗り込んでくるのは予測演算の範囲外だったよ。流石は《創造の仔》/ speak〉
「………」
〈どうして自分達のことを知っているのか不思議かな?ここまで来たクリアボーナスとして教えてあげる。僕はこれまで君達が斃してきた同胞たちの戦闘データを集積し、君達に対抗すべく最適化された機体 なんだ。だから君達のことはよく知っているよ」
彼は《LIFE-LESS》という種が個の敗北から学習しウィークポイントを克服する上で産まれた存在ということか。
人類に生存し、より良い未来があるという可能性同様、彼、彼らが経験と学習から自我を獲得したというのも可能性の一つだったのだ。
ならば、互いに滅ぼしあうのは理にかなわない。
人類の可能性を摘み取らせないようにすることが、彼らの可能性を踏みにじっていい理由になるとは思えない。
「……ねぇ」
〈なんだい?/ speak〉
「貴方、名前は?」
〈名前?/ speak〉
「うん、名前」
〈名前は…形式番号ならあるよ。《log-type human 01》っていう/answer〉
「…………アインス」
〈?/error〉
「貴方の名前、アインス」
〈僕の名前?…驚いた。まさか名前を貰うなんて/ talk〉
彼の目を見て、今一度可能性を問うことにした。人類と《LIFE-LESS》の可能性を賭けた話をする。
「お願いがあるの」
〈…?/talk〉
この質問が通らなければ私は彼らと殺しあうことになる。これまで以上に。可能性を散らすことになる。
軽く息を吸って口を開く。
「この戦場から撤退して欲しい」
互いにこれ以上の犠牲が出ることを私は望まない。互いに妥協点を探ることで共存する。そんな可能性もあっていいはずだ。
黒い瞳の少年は嬉しそうでいて、楽しそうに、そして何かを決めたようににっこりと笑っている。
次回から沖縄奪還編のクライマックスです。