弓使いリアン
何分ほど経ったろう。近くの民家の母親の、少しばかり張り上げた声とおいしそうなシチューの匂いで目が覚めた。
何やら言い訳をしながら泣きじゃくる子供の声も聞こえる。辺りはすっかり夜になっていた。
腹が減っていた。無理も無い、丸一日水しか口にしていない。
早く飯を喰わなきゃー。そう思った時、リアンの腹は立ってもいた。
夏の日差しが弱まってきた昨日の午前、リアンはいつものようにユーミ村近くの森に出かけ、湖のほとりにある一本の木を背に座って居た。
その木には、リアンが座って居る湖側の裏に矢が沢山刺さっていた。
矢が刺さった場所には子供の字で「りあん」「はばや」「きりの」などと書かれているのが辛うじて確認できる。
「おいリアン、これからどうするんだ」
不特定多数に何回言われたかわからないセリフを、久しぶりに仮村に帰ってきた親友のハバヤが発した。
ハバヤが立っている後ろには、見たことが無い顔の奴らが数人居た。恐らくハバヤの班の下位狩人の連中だ。
「どうもこうもねえよ、俺は俺の好きにする」
こちらも同様。言い飽きたセリフだ。
ふー、と大きくため息を付くハバヤ。新人ながら背中にある使い込んだ弓、狩人の制服に、既に政府公認狩人の貫禄があった。
「もう一度よく考えてくれ。エルルア新卒の肩書は1年有効だ。いや、逆に言えば一年だけだ。
狩人になりたくて狩人専門の学校に入ったんだろ?もうこんなチャンス無いぞ、リアン」
うるさいー。俺は遅くとも荒く、右手にある草を毟った。
「下位成績の人も狩人になれてるんだぞ。リアンなら政府公認上位になれ…」
その瞬間、俺はハバヤを凄い形相で睨みつけていたのだろう。後ろの連中はザワつき、ハバヤは黙り、俺は叫んだ。
「ハバヤは狩人を何もわかっちゃいない!狩人なんか・・・!学校に行って教わったことは一つだ!
お前は何も学ばなかったのか?狩るっていうことがどんなに非情で、残酷なものだってことを!」
「森や人に危害を加える、そんな動物を狩るのが狩人の仕事なのに、今は金稼ぎのために殺す必要が無い動物にまで手を出しやがる。
それもあの政府公認でだ!そんな仕事、絶対にやらねえ!」
そして俺はおもむろに木に刺さってある矢を一本取りハバヤに向けてからへし折った。
ハバヤの後ろの連中が何やらヒソヒソ嘲笑するのとは対照的に、ハバヤは初めてしたような厳しい表情で俺を睨んでいた。
「帰るぞ!」 威勢が良いハバヤの命令と共に、ハバヤ班は村を後にしていった。
リアンに家族は居ない。父親はリアンが生まれた次の年にとある紛争で戦死、母親はリアンが5歳の頃に病死。
母親が病死してからは母方の祖母と共に暮らしたが、数年前に他界。
祖母が死んでからは、特例で村の扶助によって生活してきた。学費もそれだった。
リアンは特例を認めてくれたユーミ村の長、アマノ村長の家に来ていた。
「リアン、なんてことをしてくれたんだね・・・」
矢をハバヤに向けてへし折った様子は、政府によりその日中に村中に広まっていた。
「申し訳ありません」
頭を下げ言う。リアンはただそうするしかなかった。
「よりにもよって、政府と絶縁するとは・・・君はもう・・・」
昨晩を思い返すうち、そこから来る不安がリアンを現実に引き戻した。
近くの民家から、今度は幸せそうな笑い声が聞こえた。