ご近所防衛隊08 宝はどこだ(後編)
知立のマンション一室にある数楽塾。今日は塾の日では無い物の、何人かの生徒がやって来ている。実は、ここは知立に浸透を謀るジョーカー基地の分室でもあるのだ。
「行っちゃえば良かったのに」
女の子は、冷めた声でからかうようなイントネーション。
「だってよ。それって格好悪いじゃん」
校庭で、かなり名の通ったジャスティスの女の子に誘われたことを話した彼は決まり悪そう。いつも素顔を晒してばかり居るので彼女を知らない者は居ない。
「それがあなたの美学なら、何にも言わないわ。取りあえず私と組むことはOKね?」
僅か一級上のとは言え、この手の話に男の子が敵う訳もない。
「所で、指導の先生について教えてくれない? 一応、私も転校生って事になってるから、知って置いた方が何かと便利よね」
「姫岩先生の事か?」
「そう」
「去年、尾張旭の瑞鳳小から転勤して来た先生。うちの担任が病欠したとき、代わりに教えに来たけど、怖いけど授業はすげー面白いよ」
「例えば?」
「プール開きの時、プールに入る指導に一時間」
話を整理すると、プール入水を4ステップで進めて行くのだが、
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1で全員プールサイドに立つ。
2で全員プールにお尻を向ける。
3でその場に腰を下ろす。
4で後ろ向きにそーっと入る。
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「ここで、『きゃー冷たい』とか大騒ぎになったんだ。そしたら先生、ホイッスルを吹いて『やり直しです、上がりなさい』。そんなこんなでやり直しを7回やった。流石に6回目以後には、子供も先生も必死になって、誰とは無しに『静かにしろよ』と言う声が飛び交った。なんときちんと入れたときには、あと5分しか残ってなかったんだ」
「ほんとに1時間、プールの入水の練習になった訳?」
こくりと極楽丸は頷いた。本当に妥協しない先生である。
「じゃあ。劇の方も手強いかもね」
与えられた5分間をフルに使ってしかも詰め込みすぎても不可ない。
「ん? 先生。どうしたの?」
光の加減だろうか? 二人の会話を聞いている塾の先生の目が、泣いているように見えた。
「……いえ。何ともないですよ」
彼女は慌てて笑顔を作った。
「なら良いんだけど……」
何やら深い訳があるのかも知れない。
「後で、他の方にも助力をお願いしときますね」
塾の先生はそう言った。
その頃。
「ケイ。少し酷すぎませんか? いくらなんでも小学生は……」
半ば怒り、半ばため息。交換留学生の名目で外国人の女の子として押し込んだ手際は、嫌すぎるほどだった。
「ならば病欠しますか?」
「少し、考えさせてくれ」
今や半ば学童保育と化した基地内は、一応メンバーと成っている子供達で騒がしい。
「原始時代の少年・槍作りの師匠、それから……」
どんな役を作ろう。そしてどうやって5分に纏めよう。ネットアイドルでもある司令は、喧噪の中で身を細らせていた。
「ケイ! 応援頼める? 考える頭は沢山あった方がいいの」
「では、流しておきますね」
それぞれの思惑の物語を完成させ、自分達の主張を込めて発表する。この事に、ジャスティスもジョーカーも心を砕いていた。
●うとてとこ
「う」と、漆原祐はボードに書いた。
「しんちゃん。なんて読む?」
「う」
「うまい!」
突拍子もない褒め言葉に、子供達は怪訝な顔をした。何が始まるのか、全く判っていない。祐は4文字追記し「うとてとこ」と板書。女子全員に読ませ、男子全員に読ませ、最後に全員に読ませた。
子供達は声に出して読むのだが、ますます判らないと言う表情であるる
「『うとてとこ』って何ですか?」
判るはずがない。誰か判る子が居るのかと言う感じでキョロキョロ様子を伺う。
当然である。ここで判る子は皆無だ。
「みんな。ノートを持ってきたね。判った人はノートに○を判らない人は×を書きなさい。10秒です。1、2、3……」
駄目押しの指示に窮しているのが歴然だ。
「みんな。ノートを上げて」
○は一人も居ない。安堵と期待の空気が漂う中に、祐はこう続けた。
「『判らない』と言うことが『判る』と言うのは、賢いことなんだ。あと、20分くらいしたら、解るから楽しみにしておいて」
実はこれ。中二の時、教育実習に来た人がやった授業のコピーである。自分でも驚くほど物凄い手応えを感じる。やり終えた祐はこう結んだ。あの日の教生のように。
「科学は、失敗し失敗し失敗し抜いて、その中からやっと成功することによって発展してきた。それが学問の本質だぜ。間違いを恐れず思いっきり失敗しよう。それでこそ君たちは、確かな力を身につけて行けるんだ。間違いは恥ずかしい事じゃない。正しい事への接近なんだ」
上演時間の制約された脚本作りと役作り。子供には難易度高いこの課題を指して、祐は敢えて間違えることの意味を子供達に示した。
●ジャスティスハート
「こういうの初めてだから勝手がよくわからないよ~。うーん、挫折―友情―勇気の勝利、っていう感じ?」
議長役の藤堂緋色が、流れや演出を話しているとき。
「俺が黒曜石の槍だ!」
子供達は目をぱちくり。どう見ても大人にしか見えない人が言い出したからだ。いくら土管下の基地とは言え、変身した姿で現れたヴァルテ・シザー。
「あ、あのう……」
何か言いたそうな緋色。ヴァルテは指を立て、
「チッチッチッチッ。……だから、映像での参加だ。迫力や舞台の取り回しを考えると、着ぐるみや子供が扮する怪獣よりも、スクリーンに映し出される怪獣のほうが迫力あるだろう」
舞台でお芝居をするのは子供に限られる。しかし、舞台背景に映し出されるものならば、何とでもごまかしが利く。
「映像を取り込んで、わざと画質を落として子供が作ったCG風にすればいいかも知れませんね。お芝居の趣旨からすれば、台詞はアフレコにすべきですが」
AIのケイが助け船。
「うーん。じゃあ。こう言うのはどう? 槍には精霊が宿っていて、お祈りすると槍の精霊さんが現れるの」
緋色は可能そうな折衷案を出す。
「じゃあ。こんな感じか?」
ヴァルテは大仰にトンボを切って見得を切る。
意外と子供達には受けている。
「それいい。おいらも賛成」
詩音の拍手が呼び水となって、ヴァルテの映像参加が決まってしまった。
●マジなぴーちゃん
放課後の遊び時間を使う自主活動。
一応、主役の一人に決まっている南風極楽丸の所には、あちこちのエピソード情報が集まっている。台本を届けに6年の教室にやって来た緋色も居る。
「アラビアンナイトの世界・鎌倉時代の鉢の木みたいな話・インカ帝国の黄金・海賊の宝……。えーと、このブンロクって言う人はなんだ?」
「ぴーちゃん? マルコポーロって知ってる?」
暴行女の棘のある言い方。
「知らねーよ。どうせ俺、馬鹿だから……」
社会科の授業でも小学校では特に名前は出てこない。覚えなきゃ不可無い台詞の山もうんざりする。なにせ12のお芝居、全てに台詞があるのだ。
「じゃあ。演技だけで、台詞はアフレコする?」
いぢめっこ。
バーンと机を叩く極楽丸。
「いいよ。やってやるよ。そん代わり、上手く出来たらスカート履いて逆立ちで校内一周して貰うからな」
「いいわよ。やって上げるわ」
あっさりと言い切った。
「ちょ。ちょっと……」
緋色が袖を引いて話しかけると、彼女は小声で
「いいのよ。あの馬鹿、このくらい煽んないと本気に為らないんだから」
「でも……スカートで……逆立ちでしょ?」
他人事ながら恥ずかしい。
「どうって事無いわ。ズボンの上から履けば済む話よ」
確かにスカートを履いて逆立ちだ。ほっと胸をなで下ろす緋色であった。
そんな密かなやり取りを後目に、
「誰か、特訓につきあってくれ」
応じた何人かを連れて退出。恐らくこれから地獄のような特訓をやらかす積もりだろう。極楽丸は心の底からやる気になっていた。
●勝負下着
交換留学生の行事は多い。先日、主役を振られたジーンであったが、劇本番の日前後に丸菱重工の見学と言う予定が入ってきたのだ。
「じゃあ。ジーンさん出れないの?」
勿怪の幸いと思う緋色。
「藤堂さん。あなた、ジーンさんのお世話でずっと一緒に居ましたよね?」
「はい。本読みの相手もしてました」
「台詞。覚えてますか?」
(「え!」)
「あなたなら、出来ると思いますよ」
今更、他に代役は間に合わないかも。いざというときはアンチョコを用意してお芝居する許可を得て、緋色は帰途に就いた。
「ぴょーんぴょん」
土管下の秘密基地。シャングリラに入る緋色。
浮かない顔に、ぽむっと肩を叩くヴァルテに向かい。ありったけの弱音と泣き言をぶちまける。
「ヒロなんてって言わない方がいい。緋色君は自分が思ってるよりも有能だ。大変ってことは、物事が大きく変わる時に起こることだ。……いや、こんな励ましは、彼氏から聞きたかったか?」
「彼氏?」
「いや、なんでもない」
ヴァルテは意味深に話題を終了した。
その日を境に、緋色の日常は忙しくなった。それでもどこかに不安があるようで、今ひとつ精彩に欠ける。
「緋色姉ぇちゃん」
詩音が松坂屋デパートの包装紙に包まれた小箱を持って現れたのは、そんなある日。
「これ、あげる。お父さんに聞いたんだけど、大事な事をやる時には下着から新しい物に換えて気持ちを引き締めるんだって。おいら、貯金はたいて買ってきたよ」
詩音は男の子っぽいけど女の子。緋色お姉ちゃんが着ける言って、店員さんに見繕って貰ったそうだ。
「勝負を懸ける時の特別な下着を選んで貰った」
「ありがとう詩音」
緋色は有り難く受け取った。
その夜。家に帰って包みを開けると……。緋色が耳まで真っ赤になった事は特別に記しておく必要があるだろう。純白のその下着は、過剰なほどの装飾が成されており、かなりHな代物であった。
「確か……ヒロの年と、名前言ったって言ってたよね……」
あれ? なんだか頬に暖かい水が。
「暫く松坂屋に、お買い物に行けないかもー。しおんちゃーん!」
藤堂緋色10歳の初冬。勝負下着[白]をゲット。
●精霊の槍
ライトが回る。照明がチカチカと点滅する。パソコンで作った効果音が、タイムワープに臨場感を添える。
突然真っ暗になった。
「あぁぁぁぁ!」
悲鳴が響き渡り、ゆっくりと明るくなる。タイムマシンの子供達の上に、毛皮の服を着た子供がいる。
「君は誰?」
極楽丸演じる『ぴーちゃん』が問うと、隼人演じる原始人の少年は
「おれ、クンタ。ここは精霊の国か?」
「精霊の国?」
緋色演じるヒロイン『ヒロ』が訊く。
「俺は崖から落ちた。狩りに使う高い崖だ」
つまり、死んだと思っているようだ。
「違うよ。クンタ生きてるよ。ねぇ。何があったの?」
「おれ、駄目なんだ。向かってくるヤーンが怖くて逃げちまった……」
「それで崖から落ちた訳ね」
「でも、あいつはただの野牛じゃないんだ。荒ぶる神ヤーン。もう何人もやられてる」
「えーと。逃げたって事は……」
おそるおそるぴーが質すと
「もう俺は、仲間のとこに帰りれない」
「やっぱり……」
「ねぇ。ぴーちゃん。何とか出来ないの?」
「なんとかって、もう一度受け入れて貰えるような事しなきゃ駄目だろ」
「って、ヤーンって言うのを倒さなきゃいけないのよね」
ヒロはタイムマシンのコンピュータを操作し、
「あったわ。すっごく性能のいい槍の作り方。材料の黒曜石もこの辺りにあるんだって」
「あ、あの黒い模様の入った石だな」
「この石で作るの?」
「そうよ。何でも貫く魔法の槍が出来ちゃうんだから。動物に対して、鉄よりも貫通力があるのよ」
「テツ?」
「いや……気にするな。兎に角、精霊の力を秘めた魔法の槍なんだぜ」
暗転。
ライトに浮かぶ原始人達。舞台を横切りながら
「あーあ。全部逃げられちゃったよ」
「あいつ生きてるかな」
「生きてたってどうでもいい。あんな卑怯者」
「そうだ。弱虫クンタなんていらない」
カッカッチカッカッ。
「出来たぁ!」
ライトが主人公達を映す。
「凄い。なんて鋭い槍なんだ」
クンタは手に取り振り回す。と、バックのスクリーンに映し出される影。
「はははは! 君たちの勇気から生まれた黒曜石の槍の精霊、ジャスティスハートだ」
アフレコの声はしんちゃん。
「さあ。ヤーンをやっつけに行こう」
ライトは切り替わる。
「きゃあー!」
「や、ヤーンだ」
慌てふためく原始人達。
「よし、この俺様が」
スクリーンの映像に向かって行く。
「えい! うわぁぁぁ」
跳ね飛ばされて体育館の壇の上から下に飛び降りる。
「このままじゃ皆やられれちまうぞ」
「私たち、クンタに悪いことしたかも」
ヤーンの姿は大きく写し出される。
その時だった。
「待て! 俺が相手だ」
威勢の割にへっぴり腰。
「俺がついてる」
槍の精霊が励ます。
「うん」
クンタは勇気百倍。槍を構え力いっぱい投げつける。
「ああおぉぉぬ!」
うめき声。命中した映像が映し出され、
「クンタ。悪かった」
「あなたは私たちの英雄ね」
口々に感謝しながら出迎える原始人達。
「おれじゃない。この人達のおかげだ」
「俺達の仲間に入って欲しい」
「いや。俺は捜し物の途中で行かなきゃなんない」
クンタは、今ヤーンを討ち取った槍を差し出す。
「ありがとう。勇気を与えてくれて。いつまでも友達だ」
受け取りタイムマシンへ戻る主人公達。
「また来てくれよ」
「またな」
「今度はご馳走するからねー」
声に送られながら。タイムマシンは出発した。
●マザー
荒野を吹き抜ける風の音。スクリーンに映し出される巨大なタワー。パンアップで下から上に。頂上付近が壊れている。
上手。ライトに浮かぶタイムマシンご一行。
「まいったな。なんかにぶつかっちゃったよ」
ぴーちゃんが頭を掻く。
「バリアのおかげで大丈夫だったわ。でも、ぶつかったとき、飛び込んできたこの宝石みたいなのは何かしら」
舞台中央に未来人の子供達。
「いくらなんでも変だよ」
「そうね。理屈が判らない」
「家にいたら、逆立ちさせられるし、もう嫌」
「ひょっとして、マザーが故障したとか」
「でも、どうやって直すの?」
「それが問題だよね」
スクリーンに、未来都市の中で逆立ちで生活する人々の映像。
「変なとこだな」
「何んなのよここ」
「こら、立って歩いてはイカン。逮捕する!」
捕まえようと逆立ちで追いかけてくる。慌てて逃げ出すぴーとヒロ。
「こっちこっち」
声の方に逃れる。
「見かけない子ね。あなた達誰?」
「実は、タイムマシンで来たんだ」
「へー未来から?」
「うん。まあ」
「いったいどうしたって言うんだよ」
「マザーの命令でみんな逆立ちしきゃ駄目なんだ」
「マザー?」
「あそこ」
未来人の子供達は、タワーの天辺を指す。
暗転。スクリーンに映し出されるメカっぽい部屋。
「来れちゃったね」
「万能タイムマシンをなめるな」
「で、どうするんだ?」
「クリスタルが外れてるわ」
「ひょっとしてこれ?」
ヒロが取り出すと
「うんそれ。それが無いと回路が迷路になっちゃうの」
「これをセットして……どうするの?」
コンソールから何かが出力。
「何かの計算の最中だったんだわ。この答えを入力すると回復するんだけど……」
「こんなの無理だよ。一流の数学者でも無理」
「やってみようとは思わないの」
ヒロの問いに
「だって、全部コンピュータが教えてくれたもん!」
「コンピュータが言った事が全部正しいなら今の状況はどうするんだ!」
ぴーちゃんの堪忍袋の緒が切れる。
「どれ、見せて見ろ」
スクリーンに映し出される数式。
【288÷24】
「習った気はするけど覚えてねーや」
「ぴーちゃん。4年生の算数だよ」
ヒロは教科書を取り出して言う。
「ははは。冗談冗談。よし出来た」
「あなた達は天才ね」
未来の子供の言葉に
「正しい事正しくない事は上から言われるものじゃないぜ。成功して失敗して繰り返して、それの積み重ねが自分を創るんだぜ」
実は鈴生蘭の受け売りなのだが、極楽丸の台詞が期せずして祐と重なる。
こうして未来世界は救われた。
●終劇
12のお話が無事に繋がり、舞台の上に子供達が並ぶ。拍手の中、緋色と極楽丸は一番前に出て来て頭を下げた。
舞台は成功したのである。