ご近所防衛隊05 お月様は青いよ
●謎は解けた
土管下の秘密基地。
「……これがそのCDですか?」
ペルソナであるケイは、パネルの中から訝しげな顔。
「うん。菜都美ちゃんから貸して貰ったの。でも、みんな普通の写真だよ」
菜都美のパパが焼いたCD。その中に、ファイル名が菜都美のものとは明らかに違うJPGが323枚。皆、一見なんの変哲もない街角の写真。これはTV塔、こちらは名古屋市役所の写真、藤の乳母車を杖に散歩するおばあさん。みんな綺麗に撮れている。
「それにしても、良く手に入れましたね」
「うん。同じ学校と言ってもかなりいるでしょ。地区がちょっと違って、学年違ったら知らない子も結構いるのよねふつう。全然知らなかったけど、こないだ相互リンクした『なっちのアトリエ』が菜都美ちゃんとこだったのよね」
ブログはリンクされることで参照が増える。
「それはそうと。本当に出回って無いよね」
「幸い変な写真は一つも発見されません。しかし、ソフトクリームをほおばっている写真が、勝手に画像掲示板に貼られて、投票多数で殿堂入りしていました」
「殿堂入り?」
「写真にコメントが1000近くありましたよ。えーと……。萌え~・可愛すぎる・俺の嫁・いい女・将来が楽しみ・実は20年くらい前のチャイドル。現在32歳・まだ写真集手に入る?・確かアニメの声優やってた筈、役名まんま芸名にしてるよ・後のみさえ女王様である……」
「うわぁぁ! 読み上げなくていいよ」
総じて好意的だが、みんなかなり勝手でいい加減な事を書いている。
「って、急に黙らなくても……」
「いや。ちょっと待って下さい。……ああ、なるほど……」
写真を解析していたケイは。
「偽装写真です。画像データに分割して別のファイルを隠してあります。今、キーを解析中」
ずいぶんと時間が掛かる。
「ケルベロス計画……平たく言うと怪物を創る計画ですね。霊長類の脳・ワニの赤血球・猛禽類の眼・齧歯類の歯・アルマジロの皮膚。そしてそれらを併せ持つ強化された犬。ウィルスを使用した遺伝子改造です。既に1号と2号が誕生していて、それぞれ『ケル』『ベル』と言う名前のようです」
データはその能力の実際であった。普段は普通の犬に擬態しているが、ボスに忠実な恐るべき活兵器であり。遺伝子レベルで別の生物にされているので、化学的な中和剤は不可能のようである。
「おいおい物騒な話だな」
高校生のため、遅れて基地にやってきた少年が覗き込む。
「スタミナも戦闘能力も下手なサイボーグ以上か……。噛む力が4tってティラノサウルス並みだよな。で、ライフル弾をはじき返し、無呼吸で30分も戦えるのか。こんなの量産されたらやばいと思うぜ」
「あ、そうだ。ついでで悪いんだけど。今度の土曜日、学年混成の総合学習で社会見学あるんだ。情報貰えない? うちの班は環境がテーマなんだけどEM農法について調べとく宿題なの」
「EM農法って、一色町の農場のか?」
高校生の男の子がぼそり。
「え? なんで知ってるの?」
「実は俺の時もそうだった」
なにげに先輩後輩らしく、昔話も交えて盛り上がった。
「……その一色町ですが、最近、とても賢い野良犬が出没するそうです」
「それ、ひょっとして……」
「用心するに越したことは無いな。土曜日だから、俺も影ながらつきあえるし」
その頃。同じご町内にあるジョーカーのアジト。
「逃げたのか……面倒だな。一色」
特殊戦闘服を装着した男の声。
「ケルもベルも、普段は普通の犬です。それが感情が高ぶりテンションが上がると変身します。そうなったら戦車を持ってきてもやられるでしょう」
「それでハム博士。対処方法は? 暴れ出したとして制御する方法はありませんの?」
女性の声。
「訓練に使った犬笛があります。それで『-・ -・ -・』を繰り返せば使用者の元に呼び寄せ待機。『--- --- ---』で使用者に近寄る者を攻撃し、『・・--・・ ・・--・・ ・・--・・』で前方に突撃します」
これを聞いて特殊戦闘服の男は首をひねった。
「タタタで待機 トトトで突撃は判るが。レレレはどういう意味だ?」
「お掃除です」
「聞くんじゃ無かった……」
一同、がくりと力が抜ける。
「何れにしても、予定外の事件にならぬ内に、始末を着ける必要があります」
「最悪、処分しても構わないんだな?」
「構いません。暴走した兵器は有害ですから」
ハムは何時にない冷たい口調で断言した。
「で? そいつの居場所の見当は」
「一色町の郊外です」
●数楽塾
夏休みも終わり子供達の日焼けも冷め始めた。
「まんま言って下さい。『3分の2かける2分の3は、2と2を約分して1、3と3を約分して1。1分の1で、答えは1』」
鈴生蘭は少し眠そうな子供達を見て、授業の後こう釘を刺した。
「みなさん早く生活を戻しましょうね。加藤さん、藤堂さん。配って下さい。みなさんこれをお家の人に渡して下さいね」
パンフには、規則正しい生活習慣が成績をUPさせると言う説明がされていた。
「あのー。お砂糖の入ったジュースも駄目なんですか?」
「清涼飲料水は、脳内のカルシウムを減らします。ちょっとした事でいらいらしたり、集中力が無くなるから、頭が悪くなるのよ。そうすると、毎日ほんの10分くらいで済むところを、何倍もお勉強しないと身に着かないの。その分TVもゲームも出来なくなっちゃうわよ」
「はい」
と素直に答える藤堂緋色。下見に行けば帰りは8時近く。緋色は現地調査を諦めた。
●ベロリンガル
ショーカーのアジト。紅茶とケーキとサンドウィッチの並ぶ卓を囲み。一同が会している。烏鳩の活けた一輪の花が、殺風景な会議室に楽しげな雰囲気を醸し出す。
「こうして改造犬と関わるのは二度目、ですわね。前回は自爆させてしまい助けられませんでしたけれど、今回は必ず生きて連れ帰りますわ!!」
烏鳩の言葉に頷く一同。
「それでは、回収第一と言うことで。元々、動物や子供を痛めつける趣味は無い。動物や小さな子供は人を裏切る事は無いからな」
工藤修平は、ブランデーの方が多い紅茶を啜る。手段は考えてある。
「ハム博士。いや、ノアでもいい。動物の保護センターの職員の身分証明書他の手配を頼む」
「ハム博士。発明をお願いしたいんですけど。微かな鳴声でもキャッチ出来て、彼らの方向と現状の感情を端的に表示出来る機械を。名前は『ベロリンガル』なんていかがですか?それとノアちゃん、大型犬二匹乗せても大丈夫な車をお願い」
修平と蘭の頼みにノアは
「お安いご用よ。車と証明書は手配しておくわね。機械の方はハムちゃん。できるでしょ?」
「ん? ああ『ケルベロス』の翻訳ですね」
なにやらぼうっと考え事をしていたハムが答えた。
「それで、犬笛の事ですが」
蘭は取り決めを提案する。
「レレレがくせ者です。敵味方関係ない命令は拙いでしょう」
「ケルとベルを混乱させないよう、一時に一人しか吹かないようにするのが懸命かしら」
烏鳩は慎重を唱える。
「確かに、犬を無事に連れて帰るのが、今回のそれがしらの仕事でござる」
「そうだがや。事を無用に荒立てるのも塩梅悪いだよ」
当真重樹もブドウ・サイモンも異存はない。蘭は大きく頷き
「それでは二匹とも回収したいと思います。ノア、二匹の逃げた時の状況を詳しく聞く。飼育係に怪我は?」
「うん。夜中に檻を食い破って脱走したから、飼育係に怪我はないよ」
これで方針は固まった。
「笛の例外として、誰かに危害を加えそうになってる時に限りタタタの笛を。同時に吹いて混乱すれば一時的にでも動きは止まるでしょう」
「そして、決め手は私だな。賢い野良犬という事だから、町の中では割りと有名になりつつあるだろう。保護センターの職員ならば快く情報も提供されるはずだ。保護後の飼い主候補が名乗りを上げている事にしたいが。問題無いか?」
処分されることはない前提ならば、情報提供を拒む人は居ないはずだ。
●俺が護ってやる
「ジャーンジャン」
そろそろキーワード変えようかな? と思いながら、秘密基地に入る藤堂緋色。
「おそいおそい。そっちはアフター3だろ」
漆原祐の声。
「こめんなさい。ちょっと調べ物してて」
社会見学の前準備。小学生も結構忙しいのだ。
「祐。そんなんじゃ女の子にモテないよ。こういうときは熱心だねっと言うの」
鞄をテーブルに乗せてる鬼崎美希は、あからさまに学校帰り。緋色はじーっと見て、祐に向かって小声で言った。
「……タスクもすみにおけないね」
ぺし。
「いたぁい」
祐が読んでた中綴じ雑誌が緋色の頭に張り付いた。
「そんなんじゃねーよ」
笑いを堪えるルクス・ムンディと犬飼八彦。
「それにしても情報が足りない。さしあたっての対応策としては無闇に刺激しない、これに尽きるが……」
凶暴化させ被害を出すのは本末転倒。
緋色から受け取った見学のしおりを回し読みしながら作戦会議。
「一色町は絵本太閤記で有名な矢作川の近くだ。俺の時は名鉄で行けたけど、今は町内を通る鉄道は無い」
祐がざっと説明し、みんな日程や付近の地理を頭に叩き込む。
「ここにいる半分以上が学生だ。どうでも事前調査は俺達でやるしかないな」
幸い、八彦は本職の刑事。聞き込みはお手の物。
「ヒロね。先生とか班の人に野犬の話はしておいた。だからむやみに刺激する子は居ないと思うよ」
こればかりは現役の強み。
「いいか。万一の時は俺を呼べ。直ぐに助けに行くからな」
祐が恋人みたいな事を言った。
●情報提供
八彦は時間を掛け足で情報をかき集める。流石本職。直ぐに状況が判ってきた。犬は一定の地域を巡回している。とても大人しく、いたずら小僧が石をぶつけても吼えもしない。町の人間から全く危険視されて居なかった。しかし、同時に別の犬種で凶暴な野犬の情報もゲット。
「ジャスティスの旦那」
八彦は公園で筋肉質でスキンヘッドな男に声を掛けられた。思わず身構えると、
「いや。事を構える気は無いだす。実はあっしらの実験体の犬が逃げて内々に始末したいんだす。始末はあっしらで着けるんで、市民に被害ないようお願いするだよ。どうでがしょ?」
警官と言う立場が八彦を縛る。
「それで?」
その時、男の持っている機械に、『敵意』の文字が記された。
「おい」
文字は『何だこれは』に変わる。どうやらこの機械。八彦の考えを読みとって表示するらしい。男は苦笑しながら、
「安心するだ。今回はなんにもしないだがや」
「断ると言ったら?」
表示文字は『本当か?』。こんなマシンを用意されて八彦は当惑。駆け引きも出来ない。
「下手打つと一色町が『旦那の所為で』地獄と化すだよ」
敵は一方的に八彦に情報提供した。
「実験なら犬達に攻撃させないか?」
大佐の問いに八彦は感想を述べる。
「無害にしたんじゃないか?」
「いや、放置して監視してるかも。だってそいつキャプテンBだよ」
美希はかなり心配していた。
●交渉
「捕まえちゃうの?」
「飼い主を名乗り出ている人がいるから大丈夫だよ」
「あのね。はずみやこ幼稚園にも何度か来てたよ。ほんとにお利口さんなの」
作戦勝ちで、修平の聞き込みは瞬く間に目撃情報を集めた。重樹の聞き込みと合わせた連日の調査で、居場所を絞り込む。
「こちら工藤。行動範囲を特定した」
飼い主もしくは飼い主候補という設定で合流する蘭と烏鳩。
やがて、4人は1匹のアフガンハウントを視界に捕らえた。
「ワンワン!(頂戴頂戴)」
ベロリンガルが機能している。大きめの身体に似合わず、愛らしさ一杯の芸を披露。
写真を見ながら、烏鳩が頭を撫でた。
「本当に良い子ね。あなたがケル?」
液晶の小さな窓がYesの反応を見せる。ベルは別の場所を巡回しているとの事だ。
可愛いとはいえ人間年齢にしたら立派な成犬。機械を片手に真剣な説得を繰り返す蘭と烏鳩。丁寧な口調に少々違和感があるが、話は順調に進んでいるらしい。が。
「……まぁ……そうなんですか……」
交渉は上手く進まないのか? 蘭が驚きの声をあげた。周囲を警戒していた重樹が思わず首を突っ込む。
「大丈夫でござるか?」
「えっと、話は理解してもらえてるわ。ただ、事情があって……帰れない、ですって」
少しの困惑と微笑みと。意味の解読の難しい表情を浮かべる烏鳩。頬に手を当て考えていた蘭は、ケルの背を撫でながら新しい提案を出していく。
「ワン!」
元気いっぱいの鳴き声ひとつ。ベロリンガルには『ありがとう』の文字が表記された。
●遭遇戦
がさり、と草を分ける音がした。誰か来る。一人だ。凶暴な野犬の話も出回っている中、複数名での探索はありえても単身行動は考えにくい。
となると、結論は二つ。ジャスティスか、もしくは仲間か。
変身の際に隙の出来ない烏鳩はまだいいが、変身すれば敵味方の区別の無くなる重樹、一度変身を解けば三時間は姿を変えられない修平。下手な変身はこちらの危機を招くが、タイミングを逃す事もまた命取りだ。ケルとベルを背に隠すように構えた蘭の唾液を飲み込む音すら、場に響いた気がした。
現れたのは、白人の男。その場にいた何人かの脳裏に名前が浮かんだ。「大佐」と呼ばれ、ジャスティスの中でも有数の司令官として名を馳せた男。
「……ジョーカー……だな?」
ビームガンを構え、有無を言わせず「敵」と認識した集団に打ち込んでいくルクス。しかしビームを直接食らった筈のスキンヘッドの男は、にやりと不適な笑みを浮かべてルクスに向かって吼えた。
「無理するでねぇ、この年寄りがッ!!」
その叫びを合図に、重樹が、修平が。己の本能を剥き出しにする姿へと変形していく。
三人の敵の居並ぶ隙間から犬と女達が逃げていく姿を眼の端に入れた瞬間、ルクスの身体が宙に舞った。
提示連絡の取れない事を不審に思った犬飼の捜索により、自身の力では立ち上がれぬほどに傷を負った大佐を発見した。味方と銃がなければ単なる人間、と手加減したのだろうか。そこには既にジョーカー達の姿はなく、弾切れのビームガンすらそのまま打ち捨ててあった。
「……い、イヌ……」
「喋らないで。口の中も切れてます」
介抱する犬飼に、ルクスは懸命に情報を伝えようとする。
「……まだ……にげて……」
その先の情報は、秘密基地での手当の後に仲間達に伝えられる事となる。
●見学
心に太陽を持ての像前に集合し出発する子供達。ちょっとした遠足気分だ。
出発を見届けて大佐が連絡。先回りしている祐や八彦達が行動を開始した。
祐はショルダーバックに生肉を入れ待機。美希も茂みに身を潜める。軽茅の中を駈けて行く風の匂い。空は高くて、青すぎるほど澄んでいる。
緋色も万一のためにカプセル星獣を準備したが、あくまでも最終手段。
「このように、EMぼかしを作る時に細かい紙ゴミをはさんで行くと、余計な水分を吸うのでいやな匂いは発生しません」
「ほんとだ」
除草も種蒔き以前にEM処理と聞いて、子供達は感心する。
農場見学は恙無く修了すると思われた。
●鬼と影
美希は身を潜めていた。いざという時の、出来れば今回は使いたくない変身用のアイテムがじっとりと汗ばんでくる。九月になったというのに残暑は厳しい。半分程度に薄めたスポーツドリンクをペットボトルから口に含みつつ、集中力を尖らせる。
「隠れん坊かい? お嬢ちゃん」
突然後ろからかけられた声に、美希は慌てて振り向いた。そこに立つのは「黒尽くめ」という言葉の良く似合いそうな男。
「『鬼』が捕まったら……どうなるんだ?」
誰かは知らないが、自分の正体を知っている。
敵だ。直感した美希はアイテムを握り締め、自分が監視していた方向から遠ざかるように走り出した。
「捕まりゃしないよ……ジョーカーなんかにね!」
二つの影が、姿を変えた。
「私もだいぶ有名になったもんだね。あんたの顔は知らないけど」
シャドウライトニングと名乗った男を挑発する。少し組んでみて分かる相手の強さ。普通に立ち向かえば、敗色はこちらの方が濃い。
「ああ。こちらも顔は初めて見たが、前線でストリップした女だと聞いている」
故意に歪められた情報に、見る間に強化スーツと同じような色になっていく美希の顔色。勝ちとは言えぬ戦いの記憶が頭をよぎる。
「なるほど、身体ばかり発育して頭はそれほど良くなさそうだ。中身は今時の色欲まみれのジョシコーセー、といった感じか?」
煽るつもりが煽られて。フレイム・オーガー、美希は力任せに拳を握りこの怒りをぶつけんとばかりに飛び込んでいく。
シャドウライトニングは、この隙を待っていた。
紅き鬼に飛ぶ黒い影。破壊音はフレイム・オーガーの肩から鳴り響いた。
「何っ?!」
瞬時に冷静さを取り戻そうとする美希。しかし、二発目、三発目の影はすぐさま彼女を襲う。ダークフォーススラッガーは敵の身を切り刻むと男の手に舞い戻った。
四発目がくる様子はない。シャドウライトニングは手招きまでして見せる始末。その強気を打ち砕かんと電磁ヌンチャクを構え飛び込めば、口から吐き出された火炎の餌食となる。
「こ……こうなったら……」
力の入らぬ腕を振るい、美希は強引にブーメランを投げつけた。
飛んでくるブーメランを火炎放射で射抜くシャドウライトニング。その炎の中を掻い潜るように、紅き鬼が飛び込んでくる!
「スクリューファングブロウ!!」
だが。
「……それを待っていた!」
黒き爪が、赤鬼に喰らいついた。雷獣殺、獣を仕留める一撃に、フレイム・オーガーの身体が地面に落ちた。
「ヌルいな。弱すぎる。貴様では私の礎にもならん」
薄い笑みを浮かべヒトの形に戻った男は、地に伏す少女に見向きもせずにその場を去った。
美希の目からこぼれ落ちた涙は敗北の悔しさか、無力の悲しみか。
されど、動けぬほど打ちのめされた美希の目に、炎の如き強い意志が宿っていた。名の知られたヒーローがマークされるのは当然。
「もっと強く為らなくちゃ」。
美希は心の伽藍に誓うのだった。
●狂犬
見学が終わり帰途に就いた時であった。異変は起こった。一匹のシベリアンハスキーが、涎を垂らしながら、建物の影から出現。
緋色は気丈にも低学年の子の前に出る。
「助けて祐!」
忽ちナイトの御登場。用意の生肉を放り気を逸らそうとするが反応無し。
「ヤバイ狂犬だ。逃げろ!」
祐は上着を脱いで左腕に、雑誌の上からぐるぐる巻いた。子供の目もあり、既に変身のタイミングを失している。
「みんなこっちよ」
緋色が避難誘導。
喉笛に飛びかかってくる牙を往なし、祐は獅子奮迅。何度かの攻防の後、凌いだは良いが転倒して仕舞った。そのまま狂犬は手強い祐を避け、避難中の子供達に向かって行く。
「ヒロ!」
殿の女の子に向かって祐は叫んだ。
●男は女次第
一色町の喫茶店。烏鳩と蘭は優雅にティータイム。
「やっぱり男は女次第なんでしょうか?」
蘭がぼそり。結論から言えば説得は、失敗した。
「脱走の原因が恋愛だったとはね」
烏鳩はおまけのミニどら焼きをちぎり口に入れる。
好きになったメスを追いかけて、それが理由の全てだった。
「どうします?」
「約束はしてくれましたからね」
予想外の展開に、その場で思いついた穏便にすませる条件を提示し、交渉した二人。
二匹は、変身しない・ケルベロスの力を他に向けない事を誓った。知能の高さから言えば、本能による衝動は抑えられるであろう。また、頭の良い二匹を引き取りたいと言う現地の人間も多数居り、そちらのほうも穏便に済みそうある。
報告する現地スタッフに礼を言う二人。
「それにしても……なんで、ベロリンガルが」
「実は改造された犬だったりして」
キャプテンBからの話を肴に、二人の優雅な一時は続く。
●耳打ち
襲いかかる狂犬。なんと言っても緋色はか弱い女の子。修羅場慣れしてはいない。咄嗟のことに一瞬硬直。そこへ
「大丈夫だがや。お嬢ちゃん」
逞しい筋肉質のスキンヘッドの男が、犬をガチっと押さえ込んだ。顎と首の関節を固めている。
「……あ、ありが……とう」
その場にへたり込む緋色。その彼女に男は何事か囁いてぐいと腕に力を込めた。ボキ。と、いやな音がして犬はぐったりとなった。
青ざめた緋色を助け起こしながら、祐は相手を仲間だと思い
「ありがとう。後で基地に挨拶に行くよ」
礼を言う。
「それには及ばないだす。事件に為らなくて何よりだよ」
男は名乗らず立ち去った。
「ち、違うの……」
「え! 何だって! 奴が……」
小声で続く言葉に緋色はこくり。祐は男が囁いた言葉を聞かされた。
『嬢ちゃん。今後もあっしらの邪魔をするようならこうなるだよ』