ご近所防衛隊04 ちっちゃなフォトグラファー
●恋じゃなくて事件の始まり
カチャリ。シャッターの音。足下のサンダルに仔犬の尻尾。思い出を切り取るカメラ。
予備を含め2枚の64MB。ファインで500枚近いメモリーが瞬く間に消費されて行く。
「……デジタルカメラにしといて良かった」
気が気じゃないのはお父さん。それでもこの夏。焼いたCDは何枚に成るだろう。
「菜都美~。時間よ。皆勤賞取るんでしょ。早くご飯食べて」
時計の針は午前6時。
「いっけな~い」
知立の駅から遠ない某24時間サウナ。朝風呂に入りながら呟く男。
「クレーム処理なら安いとこに泊まれと言われたが、ちょっとやりすぎたかな」
一泊2000円。朝食は近くのミスタードーナッツで朝粥、昼はサンドウィチがおまけに付く喫茶店とういろうで済ます。流石にネットカフェ宿泊では嫌みに思われるから、この辺りが限度だろう。
ベッドはある物の、仮眠室は大部屋だ。貴重品はロッカーで保管する。
「そろそろ行くか」
男は身支度を整えサウナを出る。夕べのつまみのソーセージと缶ビールは男の自腹であった。駅へと続く狭い路地。
「おじちゃんおはよう!」
言いながら、走って脇をすり抜けようとする女の子。
「え?」
だが少しばかり狭かった。鞄に引っかける形で宙に舞う。留め具が外れて鞄の中が道に落ちる。
「おっと危ない」
間一髪。男は女の子を支える。
「ありがとう。あ! 始まっちゃう」
首からカメラとはんこが一杯押されたカードを翻し一目散。女の子は駆けて行った。
「やれやれ」
散らばった中身を拾い集め。男は歩き出した。
古い家電製品が山積みになっているガレージ。
「ご無礼しました(これでよかったっけ?)ハム博士。これが再試験結果です」
男は丁重に頭を下げ、持参のケースを開く。そして、若い白衣の男に小さなカードケースを手渡した。
「困りますね……」
パソコンの画面に映るのは、期待していたデータでは無く夥しい画像ファイル。ぱっと見、でたらめにシャッターを切った写真に思える。鼻から上が切れた人物。子犬の尻尾に浮き輪越しの空。ひょっとしたら芸術性は有るかも知れない。
「至急取り返して下さい」
心当たりはある。あの時の女の子だ。
数日後。知立界隈に小さな女の子を物色するへんな男の噂が流れた。胸とか腰とかお尻とかを触られた子も居り、学校では注意を呼びかけている。
噂を受けてジャスティス有志が動き出したその頃。ジョーカーのアジトでは。
「ハムちゃんの実験データが行方不明なの。でも、取り違えたおバカさんが、またおバカやっちゃって。騒ぎが大きくなってるみたいなの。これだから脳味噌筋肉な人はキライ」
ノアは肩をすくめて説明し、アジトの面々にお馬鹿な工作員と、取り違えたのと同型のカードケースを映していた。
●いたずらっ子いじめっ子
2枚のメモリーカードに収められた、500枚を超える画像の海。1人でこの荒波を乗り越えるにはどれだけの時間と目薬を消費しなければならないだろう。
「戦闘員達にやらせればいいじゃない?」
モニターの前でふにゃあと困り果てた顔をする近衛・栞――アップルパイに、ノアと呼ばれる少女型AIは名案とばかりに言う。しかし、久住匠――D・ストームはもっと早く探し当てる方法を思いついていた。無作法にカードの一枚を取り上げると、コンソール近くのスロットに乱暴に突っ込む。
「お前が探せ」
「あ、その手があったね☆」
二枚目のカードをスロットに挿入すると、数秒でモニター上に数枚の写真が広げられた。子犬の小屋には「たぁくん」の表札が。ご近所だろうか、駄菓子屋のおばあちゃんは鼻から上もきちんと写っており、このカメラマンの友達と思われる同年代の少年少女たちも結構な人数が顔を見せている。
「……ちょっと待った」
子供達の無邪気な集合写真の中に、匠の指が止まった。曰く、この中にジャスティスがいると。
「藤堂緋色……ですね。この間のイベントにも来てたみたいですけど。ネットアイドルもやってるし、あたしも顔と名前は知ってます」
栞の言葉にいたずらな微笑を浮かべたノア。ぱちん、と指を鳴らすと、上からどさりとアルバムが降ってきた。見事なキャッチ、すぐさま開いてモニターの外に披露する。
「こんなのどうかな~☆」
ノア特製、ジャスティス・ヒロのブロマイド。メモリーカードの中のヒント写真とともにプリントアウトされたそれを見て、匠はげんなりと溜息をついたとかつかなかったとか。
●秘密基地にて
鳩首会議。
「それにしても、子供に痴漢するとは、けしからんな全く。捕まえて100円傘でスカイダイブさせてやる」
と、ご立腹なのは塩澤白兎44歳。
「しかし。迂闊に動いて痴漢と間違われるのもなんだ。子供向けのレクレーションを催して、おびき寄せるというのはどうだ?」
「すでに開催されている子供が集まりそうなイベントを押さえた方が手間がいいんじゃないかな? ケイ。何かあるか?」
「残念ながら有りません。……すこしお待ち下さい」
数秒の画面フリーズ。
「子供のための理科教室。講師が都合で中止になっています」
「おお、それが使えるな」
白兎は身を乗り出した。
「場所は知立の児童会館の体育館。教材とネタは用意しておきます」
それとは別に、調査と囮捜査も実行することになった。
「空玉藻に乗って上空を巡回……小さな女の子を狙う不審人物を探すわ……」
空玉藻とは、命の理力で操縦できる特殊な自動車である。ジャスティス仕様のため飛行能力もある。しかし、
「下を監視できる高さでは、街が大騒ぎになりますよ」
ケイが苦言を呈した。さりとて高々度ではパトロールの意味がない。緊急時以外の飛行は止めた方が良いと突っ込みが入る。
「一般人やジョーカーに警戒されずに。って条件を入れると、ちょっと無茶だよな」
ゆっくりと地上を観察出来る低速で浮かんでいる自動車。情景を思い浮かべた漆原祐が苦笑する。
「それじゃ……地上を……」
「あなたでは目立ちすぎます」
ケイからは、命の外見がお子さまなので、運転席に人形を置くことを勧められる。
「ヒロさんが囮作戦をしてる時の……警戒は……」
「ヒロは一人で大丈夫だよ!」
えへっと緋色は胸を張った。
●数楽塾
数楽塾は土曜日にだけ開かれる塾。毎日じゃない分、負担も軽い。もうすぐ幼児と一年生の部が終わる。少し早く来た緋色は、教室の前で命とおしゃべり。黄色いワンピースが年より幼げな緋色の雰囲気をさらに可愛く光らせている。教室の声がドアを潜ると漏れて来た。
「7と5どっちを分けるんですか?」
「ちいさいほう」
「どう書くんですか?」
「5の下にサクランボを二つかきまぁす」
「7と足して10になる数は?」
「3!」
「どこに書きますか?」
「左のサクランボ」
「5は3といくつです?」
「2でーす」
「どこに書きますか?」
「右でーす」
「きちんとサクランボ計算をすれば間違えません」
覗き込むと、繰り上がりのある足し算をやっている最中だった。まもなく授業は終わり、休憩時間。
「先生!」
緋色が講師を呼び止める。
「最近、へんな人がうろついてる見たいたけど、塾の帰りとか大丈夫だよね」
さりげなく話を聞く。
「ただ今大人達が捜索中です。子供達に心配かけるわけにはいきませんからね」
その時命は緋色のほうを向いたハムの目が一瞬おや? と言う風に為ったのを認めた。
「藤堂さん」
「はい」
ハムは幼稚園の子供でも、必ず名字をさん付けで呼ぶ。同じ名字が有る場合は、フルネームで呼ぶことが多い。
「今で被害にあった子は、みんなワンピースの子でした。必ずお友達やお家の人と一緒に帰りましょうね」
●確保
放課後間近の通学路をこそこそと歩く男がいた。その後ろをそっとつける烏鳩。
「聞いた特徴だとあの男で間違いないようですわね」
前日にハム博士から工作員の特徴を聞き、探し始めた彼女はジャスティスに見つかる前にそれらしき人物を見つけたことに胸を撫で下ろした。
「塾の方から生徒の安全のために、危険な箇所をパトロールする旨、親御さんや警察に連絡しておきます」
と根回しは済んで居るため何とでも言えるが、万が一にでも面倒なことにはなりたくない。烏鳩は工作員とおぼしき男の背後に近づくと、腕をがっしりと捕まえてまるで知り合いかのように話しかけた。
「あ、会えてよかったですわね。あなたに届け物があるという子が来ておりまして。ちょっと戻っていただけませんか?」
「と、届け物?」
男はまだ状況が飲み込めず烏鳩の手を振り払って逃げようとする。
「逃げることはゆるしませんわ、私の仕事は貴方を確保する事。この失態は後でゆっくり償ってもらいます」
更に力を込めて腕を掴むと、有無を言わさず目が笑っていない笑顔で男を連れて行った。
その夜、人気の無いガレージで男の悲痛な叫びと女の笑い声が夜空にかすかに響いたと言う。
●不審尋問
「君。何をしてるのかね?」
香月駿を重点パトロール中の巡査2人が呼び止めた。ここは痴漢事件の発生場所である。生け垣や塀の影になって、回りの目が届かない。町中の死角と言うべき場所である。
「(参りましたね)」
彼は一見、どこにでも居る大学生。さてどうしようかと気を落ち着かせていると
「あた!」
警官に向かって投石する女の子。命だ。
「酷いよ」
世間的には、ちょっと人見知りの感じがある命、顔を真っ赤にして、巡査のお腹をぽこぽこ叩く。
「あ……お嬢ちゃん」
成り行きに当惑する巡査達。そこへ祐と緋色が、他の子供達と一緒に現れた。
「おにいちゃん」
緋色がぴとっと駿の腰に抱きついて、巡査をジト目で視る。
祐は機転を利かせ
「従兄弟の兄ちゃんなんだ。今立派な刑事になるべく大学で勉強中なんだよ! 女の子が襲われるって聞いたら、『危なくないように見回るよって』」
巡査の一人が苦笑しながら
「心配されるのは判りますが、痴漢と間違われる危険が有りますので、有志のパトロールはキチンと届け出て下さいね」
と、登録を勧める。
「名前と住所の控えですから。直ぐに防犯員の腕章を配布します」
●困っちゃうな
「でね。そんでね」
一生懸命報告するのはしんちゃん。土管の上にひょいと座り、祐はガキ大将。さして高くない彼の身長と相まって、ちょっと見には親戚のお兄さんが従兄弟の面倒を見てる風。
事件発生に前後して何か変わった事。とか、変なおじさんとか言う前提条件が災いしたのか、夏休みの間クラスのカエルを預かっている家のお父さんが、蠅の集ってる犬のウンチを見て
「持って帰って食わせてやりたい」
と、うっとり眺めるようになったとか報告されても困って仕舞う。祐も生き餌しか食べないカエル飼育の難しさに覚えがあり、預かり物を死なすわけには行かないお父さんの苦労が良く判る。
「そう言えば、おいら変な人にあったさ」
隼人に着いてきた詩音と言う女の子が、これはと思うような話をするのでよくよく訊いてみたら。
「かけっこが速くなる方法教えるって?」
「うん。いまから始めれば運動会に間に合うって。足の遅い子を誘ってたよ。男子も女子も誘われた人がいる」
今回の痴漢とは違うようだ。それでも、根気よく話を集めて行くと、共通点が出てきた。
1.身長125~133センチの女の子
2.服はワンピース。スパッツ着用
さらに調べて結論に達した。
「触られた場所の共通は、ポケットか……」
ここに来るまで二日掛かった。
●栄光と悲劇
町内を一人で歩くレモン色のワンピース。カメラを持つ女の子。
「えい!」
後ろに迫る殺気を感じたときには遅かった。強化戦闘服には緋色の痴漢撃退グッズ『すっぽんぽん』も役に立たない。ガシッと左手で受け止められた。
「相手が悪かったな、ジャスティスのお嬢ちゃん」
(「D・ストーム!」)
口を抑えられ引きずられた。腕利きのジョーカーのようだ。
「なんで、なんで」
「お前は目立ち過ぎるんだよ。俺達にとってはな」
既に緋色は敵方に顔を覚えられるほど有名であった。しかもネットチャイドルとしても目立っていた。
さっとDが写真を見せる。
「ええぇぇぇぇぇ!」
回りが驚くような大声が出た。大型同人誌イベントでの大きなソフトクリームをほおばっている盗撮写真とか、同人誌『それ受け短パンマン』を胸に抱いての営業スマイルとかはいざ知らず。生まれてこの方着たこともないようなマイクロビキニにTバック。
顔は羞恥心のために真っ赤。涙目で
「嘘だぁ!」
「ああ。だろうな。もうちょっと育った方が客のご希望らしいぞ」
どう見てもFカップはあるバストの水着写真を見せた。これらは恐らく、テキトーな同世代グラビア使ったアイコラであろう。
(「さすがノア。下手な武器より恐ろしい破壊力だ」)
ふっと笑うD。その時緋色のrPhoneが鳴った。
「あ、ヒロか。被害者の共通点が判ったよ」
「ガキは預かった。来い」
「その声は……D! 貴様ヒロに何を……」
「人を変質者のように言うな。か弱いガキを捻り潰す趣味はない」
切ったが、位置は伝わっているはずだ。Dは迎撃の準備に入る。
●エジソンに挑戦
「これなーんだ!」
白兎が並べるのはシャープペンシルの芯・単一のアルカリ電池が6本。ゼムクリップ2個にアルミホイル。それにサイダーの瓶とヨーグルトの瓶。そしてセロハンテープである。そして、発明王エジソンの話をする。電灯に日本の竹が使われたことを聞いて、
「へえー」
と反応する子が大半。
「さぁ。これからエジソンに挑戦だ!」
サイダー瓶にクリップを固定。シャープペンシルの芯を渡す。そして安全カバーにヨーグルト瓶。暗幕を閉め、電気を消す。そしてアルミホイルを導線に、クリップに電気を流した。
息を潜め見守る子供達の前で、芯は赤らみ、煙を上げる。そして遂には輝き始めた。
芯が切れるまでほんの僅か。灯りがつく。
「さあ。いろんな条件で試してみよう。これはオキシフルと言う薬だ。そしてこれは?」
「ニンジン!」
「そうニンジンだね。これをこうやって卸しで……」
説明していると。外で騒ぎが起こっていた。中を覗き込んでいた男が職質を受けている。お持ち帰りまで5分ほどであった。
「ご協力感謝します」
私服刑事が女性に礼を言っている。男のポケットから幼児物の下着が何枚か見つかったのだ。遠ざかる覆面パトカーを後目に、女性は周囲の質問を受けていた。
「あ、先生!」
理科教室の子供の一人が呼びかけた。
「もう大丈夫よ。痴漢は捕まったわ」
鈴生蘭は子供の頭を撫でながら静かに白兎らのほうに目をやった。
●儒子
獅子欺かざる。Dの攻撃は容赦なかった。ただでさえ力量が上回るDに、
「動くな! 抵抗すればこの小娘を縊り殺す」
人質を盾にされたら勝ち目はない。最初のレーザーダガーの一撃で、K=9の腕は傷ついた。実力を計ったDはこれで十分とばかり殴る蹴る。
「瞬閃、銀河刑事ファルシオン! 子供達の未来は我々が守る!」
横合いから現れたファルシオンが隙を突いて緋色を奪還。ここまでは良かったが。
「ふん。来たか宇宙刑事。腕前の程を見せてもらうぞ」
素早く運動し、マグナブレイクを放つ。
「何をこんなもの」
なぜかやけに間延びしたタイミングであったため。容易く躱せた筈であった。だが、ファルシオンは動けずまともに食らった。躱せば緋色に命中する。
「儒子。もう少し強くなれ。俺を楽しませるくらいにはな」
Dは高らかに笑うと、背を向け静かに立ち去って行った。
●おじゃまします
烏鳩が捕まえた工作員から聞きだした女の子の特徴を照らし合わせ、栞と蘭がセールスレディーを装ったり買い物客の主婦とまぎれて井戸端会議をしていると1つの情報が入ってきた。
「写真といえば近所の菜都美ちゃん、いっつもカメラ持ち歩いて写真とってるわよね」
「そうなんですか?知人が写真のメモリーカードを拾ったんですって……どこかで自分の物と入れ違ったみたいで……」
「そうなの?ならすぐそこだから聞いてみると良いわよ」
三人は早速教えられた家に向かう。確かに写真に写っていたらしき子犬もいる家だ。栞は二人を見た後にベルを鳴らした。
「すみませんこちらのお嬢さんのメモリーカードを拾ったのですが……」
事情を話すとすぐに母親が家に招きいれてくれた。
「まぁ、うちの菜都美がそちらのカードと入れ違って……」
「ええ、それでお伺いしたのですが」
「お手数かけてごめんなさいね、菜都美!早く持っていらっしゃい」
母親は三人を家に入れてお茶をすすめながら、子供を呼ぶ。
「はーい」
程無くして、可愛い女の子が三人の前に現れてペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい、なぜか入ってたみたいなの」
「いいのよ、わたくし達の方も気付かないで持って行ってしまってごめんなさいね」
菜都美と栞は笑顔で互いのカードを無事取り戻す事が出来たのであった。
●憂鬱な午後
「こめんね。ごめんね」
程なく駆けつけた白兎にファルシオンの傷は癒され、K=9の傷も見掛けほどでないことが判った。深刻なのはむしろ緋色。
散らばった写真を破って焼き捨てながらため息。
「最近、アクセス数が急上昇してるのは、ひょっとしてこのせい?」
緋色は、それがジョーカー側のAI。ノアのいたずらで、この写真限りであることを知らなかった。
その頃。ジョーカーのアジトでは。
「セールスの品や衣装は頼まれたけど、メモリーカードまでは知らないよー? 印刷代も聞いてないもん」
ノアは栞に冷たく宣告した。
なお理科教室の傍で掴まった男で痴漢事件は幕を閉じた。が、防犯員になった駿が研修のために本署に行ったとき。
「そんな報告は来てませんね」
と、言われた。しかし、幸いそれ以来襲われる子は居なくなったと言う。