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ご近所防衛隊17 初めてのぼくデス

●採用試験

 先生? そう見えるほど背が高い。そしておしゃれな子。

 綺麗に掃除されている黒板に書き出された「ロウ・シノオ」の一文。その横に「篠尾 狼」と追加された。

「今度引っ越してきた、シノオ・ロウです」

 自分の周囲の友人とは少し違う顔立ち。くりっとした目、染めたり脱色したりしたわけではない天然の金髪……。

「ロウ君はお祖父さんが日本人の日系三世で、アメリカ国籍です。なので普段の名前の読み方が『名前・苗字』になります。日本とは逆ですね」

 先生がアルファベットで彼の名前と自分の名前を書き記した。なるほど、先生の名前も名前が先、苗字が後になっている。

「お父様のお仕事の都合で、短い期間の同級生になります。また、英語の授業の時には本場の英語を教えてくれる先生になって頂きます。ロウ先生、ですね」

 今度は生徒達の方が先に笑い出した。同級生を先生と呼ぶ、そのギャップが素直に可笑しかったのだろう。きょとんとした表情のロウに先生が解説を入れると、その表情は皆と同じように笑顔になった。

「ヨロシクお願いします!」

 今の笑いは笑いとして、男の子達はあいつは調子付いてると言う感じ。それと対照的に、高い背と物静かな雰囲気に女の子達は好意的な眼差し。

「えーと。一番後ろでいいかしら?」

 担任の戸島先生は席を指定した。

「あっ!」

 掬われた足に派手に転倒。しかし、そのままトンボを切る。

「わぁー」

 仕掛けた男子は仏頂面。却って女子の注目を浴びさせてしまった。


 さて、放課後。比較的平穏な日々が続いていた土管下の秘密基地。

「はろはろはろはろ~」

 合言葉と共に現われたのはさっきの転校生。

「ここが噂の基地ですか。これからよろしくお願いしますデス」

 お掃除している小型ロボットに、熊のぬいぐるみ。談話室にはコタツとみかんが置かれている。

 フューと口笛を吹き、

「やっぱり日本デスか」

 忍者はいるはサムライはいるわ、驚きの連続。

「ねえロウ。連絡によると何か特別なことのために来たみたいだけど」

 と、彼と同じクラスになった司令が聞くと

「ハーイ。どうやらこの辺りにジョーカーどもが浸透しつつあると言うことで、調べに遣ってきました。この近所に数楽塾と言うのは無いデスか?」

 この付近に住んでいる子が通っている塾だ。

「ぼくも通うデス」

 茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。


 数楽塾。講師の山本が算数を教えている。

「P82、少数の掛け算。小数点以下に丸を付けなさい。丸は全部で幾つですか? 丸の数を書きなさい……」

 掛ける数を分解して、各位の一桁を掛ける掛け算の補助算。掛ける数の位にあわせて0を着け、桁をあわせて足し算する。

「……丸の数だけ、右から丸をつけなさい。丸の無い最初の場所を指しなさい。隣の人と比べなさい。同じですか? 小数点を付けなさい」

 徹底した手順分割と補助計算、そして試し算。それがここの流儀である。

「どうもここが怪しいらしいデス」

 見学に来たロウは緊張した眼差しを教室に向けた。


 深夜。モニターに浮かぶノアの顔。

「でね。どうやらここがあやしーってジャスティスが新しいのを送り込んで来たみたいなの。ハムちゃん要注意よ。ここ、講師募集の広告出したばかりでしょ」

 ここのところ平穏に過ぎて来た数楽塾に波乱の種。

「ただのジャスティスなら、講師試験に受かる人は稀ですからね。でも注意しましょう」

 ハム博士はモノクルを直しながら呟いた。

―――――――――――――――――――――――――

 講師採用課題


 一年生の最初の算数の試験問題をつくりなさい。

―――――――――――――――――――――――――


●最初の授業

 愛知県。知立市にある土管下の秘密基地。

 忙しいスケジュールの合間を縫ってメンバーが集まっていた。

 少人数なので暖かいコタツを囲んでの膝詰め会議。

 卓の上にはみかんの籠とお茶とおせんべい。そして一枚の応募問題。

「そ、そういえば元々数楽塾の調査のために入ってたんだよね。あは、あははは」

 藤堂緋色は引きつった笑い。当初はその積りだったが、いつの間にか馴染んでいた。

「それだけ巧妙にあちらが動き、こちらも犯罪行為を未然に防いできたと言う事だな」

 ジャンことジャグルス・ディセンバー。

 首尾良く『謀を伐』って来れたのか、『悪事部分を隠蔽』されて来たのかは判らない。

 しかしこれだけははっきりしている。少しばかり奇妙な話もドキっとする話もあったが、知立の街は平和であった。

「多分、その両方デス。数楽塾がジョーカー組織なら、地域に当たり前に存在すること自体とっとも危険な事デス」

 篠尾狼は言う。

「そうなのかなぁ?」

 緋色には実感が無い。生徒として活動を見る限りは、やっていることはお勉強だ。そこそこ流行っても居るのは教え方が解り易いから。学校の授業で今ひとつ合点が行かずこう言う物なんだと型を暗記してやっている事も、いつの間にか自分の物と成っているのだ。

 採用問題を眺め、対策を考えながらああでも無いこうでもないと頭を捻る。

「よし! とりあえずシンプルに考えてみよー!」

 メンバーも揃い、緋色が纏めに入る。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 今回の課題で作るテストの対象は、ピッカピッカの一年生。

 一年生の最初のテスト。

 テストの前には授業をやってるはず。

 発問者が何を求めているのか、塾の方針から割り出せないか。

――――――――――――――――――――――――――――――――

「どんな教え方をする塾なのデス?」

 狼の問いに

「まあ学校とは大分違うよな?」

 ジャンが緋色を見遣る。

 プリントなしで学校と教科書共通でシャーペンやボールペン禁止で……ノートの取り方からきっちり指導して……。

「入って最初の授業なんて2問目で4m+2は? って来たし。シュリーマティー先生ってインド人の先生なんだけど。『どんなに間違えても赤でやり直してる内に出来るようになるんです』だってさ」

 ラッセルが目を通すと、指導が徹底されたノートは、何れもうっとりするほど見やすい。消しゴムで間違いを消さないから、その子がやった間違いも全て記録されている。途中計算を暗算ではなく、細かく手順化された補助算で行うため、どこでどう間違えたのか誰にでも一目で判る。

「つまりは、これを指導できる先生を求めているってことだよね」

 緋色はざっと中りをつけた。

「これを小学校一年生の最初の算数の試験問題に当てはめてみるどうなるのかなーって考えると……」

 結論にはたどり着けないものの、方向性は見えてきた。

「うーん。一番の問題は、まだ先生として入り込む人が来てない事だよね」

 伸びをしながら緋色が呟くと。

「はろはろはろはろ~」

 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン。

「こんばんわ。事情はジャ……ジャンから聞いた。怪しい塾の講師募集に応募して合格・潜入を試みる……で良い?」

 塾他でうっかり正体をばらしてしまわぬよう、今のうちから偽名に慣れようとするラッセル・ソール。どことなくぎこちない。

 ともあれこうしてメンバーは揃った。


「ねえねえ。ロウは一年の算数の最初時に何習ったかなんて覚えてる?」

 緋色の問いに狼は言った。

「花壇のイラストでした。チューリップ・スイセン、いろんな花があって、チョウチョとミツバチが飛んでましたね。花はどれ。虫はどれ。……確かそんな記憶がありマス」

「あ、あれ? そんなところから始まったっけ?」

 流石に覚えていない。狼は特に印象的に覚えていた最初の授業を皆に語る。

―――――――――――――――――――――――――――――

 最初の一言は印象的です。

「神様が世界を創りました。最後に人を創ってこう仰いました。

『全てのものに名前を付けよ』なので人間は名前をつけます」

 先生は、数を数えながら生徒の一人一人と握手して言いました。

「今、私は皆に名前をつけて行きました。数えるという事は、

一つ一つに名前をつけてゆく事です」

―――――――――――――――――――――――――――――

 算数の授業に神様が出て来るあたり、日本とは違う。

「へー」

 感心するジャン。

「名前を付けることが、神様から人間が貰った特権ダッテ。だから、算数は人間が人間で有るためにトッテモ大事なんだってネ」

 そんな風に動機付けられた子供は、どんな大人になるんだろう。そんなことをジャンは思った。


●スキップ

 転校生・篠尾狼。クラスの男子には、調子付いてると言う声も残っていたが、いつの間にか狼の周りに新しいグループが形成されていた。

「俺はジャン・ノエル。フランスから来たんだ。同じ外国人同士宜しくな、狼!」

 学校で、最初に狼に右手を預けた男子はジャンである。転校生同士と言うのもあるが、付和雷同しない欧州人の習慣も大であった。

「このクラスには黒バラと白バラって呼ばれてる女子が居てさ、どっちもお嬢様だし美人だしで男子共に大人気でさ……俺が転入してきたばっかの時には黒バラ派と白バラ派の派閥争いで危うく死人が出かけたんだぜ? いやマジで。だからその2人に近付く時は気をつけろよ?」

 と。実に細々情報を与える。

「嘘じゃない。心臓震盪でマジ危なかったんだから」

 それに同級生ながら病気のため一つ年上の宇佐美・冬慈が電子辞書片手にバスケに誘ったりして、女子とは少し間を置いた形になったので、次第に当初の仲間外れムードが薄れてきている。


「なんとか落ち着いてきたね」

 緋色がそっと口を聞いた。

「そりゃ、この三人とケンカしたら痛い目に遭うのはあっちだからな」

 狼一人でもタイマン張るのは度胸が居る。ただ、恐らく何人かは隙あらばと狙っている奴も居る筈だ。

「皆仲良くなんて幻想デス。良く有ることですネ」

 狼は済まして言う。

「そう言えば、ロウってスキップしてたんだよね」

「ハイ。ロスではハイスクール通ってます」

 大人びてて当然だ。


●次の一手

 知立の分譲マンション一室にある数楽塾。教室の隣に有る職員の準備室。隣近所への迷惑を考えてと言う名目で、中でバンド練習しても外に漏れない程の徹底した防音工事を施していた。窓も空港周辺で使われるような防音効果の高いものである。

「ここ知立への浸透は、予定通り上手く進行して参りました。いまや、ジャスティスが決定的な証拠も無しに何を言っても、我々の方が地域の皆様の信用がある状態です。活動の第一基盤は出来たと思いますので、そろそろ次の段階に行きたいと思いますが、皆様のお考えをお聞きしたいと存じます」

 ハム博士の切り出しに烏鳩は頷く。

「次の段階……ね。確かに、何時かは駒を進めなければなりませんし、十分に気は熟していると思いますわ。で、新しいジャスティスが送り込まれてきているから注意でしたっけ。いっそ受け入れてしまえばと思わなくも無いけど」

「逆に取り込んで懐柔できれば何てことないがね」

 如月達哉が半ばぼやく様に言うと、

「懐柔って、積極的にではなく、塾の通常活動が地域の為になっていることを体感させるってことよね? 『越後や、お主も悪よの~』ではなくて」

「まぁ、ジャスティスのことだし『今は悪さをしていなくともいつかは悪さをするに違いない。何かあってからじゃ遅いんだ』などと言い出しても不思議は無いけれど、それはそれとして」

 烏鳩はティーカップを啜る。


 しかし、如何なる悪の組織もそれが形成される初期において人々の役に立つものでなければ大きくなれない。と言うのが歴史が証明する真理である。

 例えば現存するヤクザ組織は、戦後の混乱期における闇市の治安維持など一般市民の安全に寄与し、後には芸能人を搾取する悪徳興行師から護り、正当な報酬を約束した。ナチスとて、その初期には人々を人類史上稀に見る経済混乱から救済したのだから。


「成績上がったぜーって大喜びしてる同級生の姿を見ても疑いを持つなんて、ある種可哀想な話なんですけどねー」

 今到着した冬慈の一言。

「それはジャスティスとして当然です。私達はジョーカーなんですよ。カモフラージュを続け、既に私たち自身も気が着かないほどに馴染んではおりますが、塾もフードバンクも手段に過ぎません」

 ハムはボソリ。

「ま、経営者は先生なんだし排除したいと思えば誰も採用しないってのも手だし」

 達哉は言う。

「採用試験の難易度は高いですよ。現役の小学校教諭でも、1年生を担当した事が無ければ戸惑うレベルです。これで採用しなければ成らないジャスティスが居たとしたら、そろそろ潮でしょうね」

 ハムはモノクルを外しセム皮で磨く。


 さてそのうち、具体的な行動の話になった。

「ヒロちゃんの部屋には何度かお邪魔してるんだよね。……柿かミカンかなんかおすそ分け、とか名目つけて遊びに行こうかな」

 そんな会話の中、冬慈の口から転校生は実はスキップで高校生と告げられた。

「ハム先生。何でわざわざ小学校に来る必要が?」

「宇佐美さん。まだ推理の域を出ませんが、こちらのマークがきつくなったのかもしれません」

 表向きは、学業は進んだけれど人間関係は年相応なので同年代の子供の友達を作る為。と言うことらしい。

 最近ジャスティスも忙しいため、あるいは手の空いているところから見繕っただけなのかもしれない。しかし、数楽塾にも来るそうだから、以後要注意である。

「もしもここで、ジャスティスらしき講師を採用しなければ不自然だ。と言う展開になれば、そろそろ潮と見ねべきでしょうね」

 ハムは塾を利用してのジョーカー活動からの撤収を口にする。もしもジャスティスらしき講師を入れる事になるならば。


●試験結果

「むー。不合格が多すぎですわねー」

 烏鳩は余りの内容に頭を痛める。


 基準と成る問題配列のオーダーは以下の通り。

―――――――――――――――

1.共通するものを認識する

2.具体物での一対一対応

3.具体物から半具体物への対応

4.半具体物から数字への対応

5.足し算

―――――――――――――――

 学校での試験はあくまで教材の一部でなくてはならないのだ。入試と違い篩に掛けるものではない。


 だから、数ある問題の中で一番まともに見えるのがこれであった。

――――――――――――――――――――――――

1:絵の中のみかんに丸をつける

2:丸の数を書く

3:丸の数を数字の中から選ぶ

4:同じ問題を今度はりんごでやる

5:みかんとりんごを合わせていくつになるかの計算

6:同じ問題でみかんとりんごを足していくつか計算

7:同じ問題で数字の足し算

――――――――――――――――――――――――


 採点と同じ頃。山本は面接質問を行っていた。

――――――――――――――――――――――

Q1

 漢字の読みと書きを教える順番は?

 読み先行・読み書き同時指導。

 またその理由を述べてください。

Q2

 一年生の国語に関する質問。

 教科書で漢字の学習を始める単元に進む前に、

 例えば日付を4月20日などと書く事についての

 賛否と理由を述べて下さい。

――――――――――――――――――――――

 ラッセルは算数の塾じゃなかったかと首を傾げながらも答えた。

――――――――――――――――――――――――――――

A1

 書き先行

 読みは同じ字でも音読み・訓読み・使い方などで変わる。

 まず書き方、それから一文字での音読み、訓読み、

 二字熟語の読みと進めるのが分かりやすいと思う。

A2

 賛成。

 読めなくても目や耳で形や読みを知っておけば実際に学ぶ時

 分かりやすい。

――――――――――――――――――――――――――――

 後日、採用通知を貰った彼が挨拶に出向くと。

「課題は辛うじて及第点です。面接設問の答えは『読み先行・正しい』です。字を読めさえすれば自力で知識を取り入れることが出来ます。だから中国は読み先行ですよ。また、ひらがなは一字一音なので、例えば『金んよう日』などと書く子を作ってしまいます」

 相当ぎりぎりの及第点だったらしい。だが、ラッセルは講師として数楽塾に加わったのである。

 これにより数楽塾は裏の存在を制され、私塾としては存続しつつもジョーカー活動を別の所に移す事に成ったのである。


   ご近所防衛隊~数楽塾編 完


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