ご近所防衛隊15 みつばちぶんぶん
小学校に蜜蜂が来た。総合学習の一つとして、日本蜜蜂の巣箱を屋上に置くのだ。
西洋蜜蜂は一つの花に集中して蜜を集める習性があるが、日本蜜蜂は沢山の種類の花から蜜を集める習性を持つ。市議へ働き掛け、郷土の自然を学ぶ教材・環境問題の教材として強力に推し進めた者が居ると言う話だが、詳しい事は良くわからない。しかし、日本蜜蜂用に工夫された専用巣箱その他は、子供でも養蜂を実行できる優れものであった。収穫された蜂蜜は子供達の給食に利用されるとの話である。
知立のマンションの一室にある、ジョーカーの浸透拠点・数学塾。
塾に姿をやつして、若いジョーカーの女性がやって来た。
「あなたの企みだそうですね。また、何を考えてます? ハム博士」
遺伝子操作やナノマシンは彼の十八番である。
「いや。別に……」
そ知らぬ顔でハムは、夏休みの塾の授業計画に筆を走らせる。
「そうですか。最近は生徒募集も熱心でないようですし、合唱団の動きもそれほどではないようですから、何かを企んでいると思いましたが」
ハムは少し間を置いて、
「ま、それはそうとして。うちの合唱団、今度コンクールにエントリしましたから。そろそろ親御さんからの希望も出てきましたからね」
ハムが主催する合唱団は数学塾を母体とした地域クラブである。下は幼稚園から上は中高生まで、今まではコンクールなど考えず、遊びのクラブと間違えられるような、かなりフリーな活動をしている。
「でも、それじゃ入賞なんて無理でしょう」
「さぁ、どうでしょうか? 多くの子供達は自分の本当の力に気づいてないだけですよ。それを引き出す手段が、私は人と違うだけです」
ハムは意味ありげに言った。
数日後。土管下のジャスティスの秘密基地。
元の主が長らく留守にするため、今は代行が基地内を仕切っている。
そこへ、ジャスティスネットワークからの情報が流れてきた。
「例の基地外博士が、何か企んでいるようです。年少者や子供に姿をやつせる人を中心に、探っていただける有志は居ないでしょうか?」
ペルソナのケイは一般公募されているチラシを映す。
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合唱団 メンバー募集
この度、知立少年少女合唱団もコンクールを目指すことになりました。
これに伴い、6歳から15歳までのメンバーを募集します。
コンクールなんて出なくてもいいよと考える子も、
遊び感覚で楽しみたい子も、みんな来てください。
きっと、知らないうちに歌が大好きになっています。
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「夏休みなので、レクレーションとして参加する子供達も居るでしょうね。あの連中は、今のところ特に何かをやらかしている訳ではありませんが、着実に地域に溶け込んでいます。今のところ子供達に良い影響しか与えてないようですが、なんと言っても相手はジョーカーですからね」
ケイは、敵が非常に遠大な布石を打ちつつあるのではないかと説明した。
但し、見た目悪行には見えない活動なだけに、ジャスティスの活動で子供達が傷つくことだけは避けなければならないと念を押した。
同じ頃、ジョーカーネットワークでもこのチラシに関わる有志が募られていた。
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合唱団に所属していることが、子供の誇りとなるような存在に仕立て上げるために。
15歳以下の者。および15歳以下の姿に偽装できる者に協力を要請する。
なお、今回合唱団で使用する遺伝子操作蜜蜂による百花蜜は、種々の薬効成分により
声帯と肺の働きを強化する作用を持っており、特に子供の声の発達に寄与し、
少しの訓練で人並みの歌唱能力を得ることが出来る。筈である。
このテストをスムーズに行えるよう考えてほしい。
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●屋上の巣箱
知立小学校屋上。蜜蜂の巣箱を置くために、少しだけ様変わりしている。
濡れた床に蜂が張り付かぬよう人工芝を敷き、巣箱の上を雨囲い。
「……どうやら定着したようですね。蜜がかなり溜まってます。衛生面の検査にサンプルを採りますよ」
ハムは日本蜜蜂用に作られた専用巣箱を取り出し遠心分離機に掛ける。
一番最初の蜜を検査用に一瓶一確保し、
「衛生面でOKが出たら、試食ですね。近日中に結果報告いたします」
と告げて学校を後にした。
●準備
土管下の秘密基地。指令代行の房陰・嘉和がジャグルス・ディセンバーと打ち合わせをしている。ジャグルスがコスチューム[蕾]で小学生のジャンに、嘉和が変装して『カルト情報誌:阿蘇談編集部 煤群・真一』として関わる。ここまでは調子良く事は運んだ。
「カメラマンかよ」
「されど、これで堂々と密着取材でき申す。幸いアトラン編集部・涼村シンジ殿の指南で、取材は何とかなり申す」
「……問題は言葉遣いだな」
「左様で」
この日より、現代言葉の特訓が続けられた。
その甲斐あって、何とか現代語か様になって来た嘉和。
その頃。数楽塾では
「カルト雑誌って……」
得体の知れない人物にカメラマンとして同行を認めたハムに、烏鳩が確認していた。
「地域限定誌の意味だそうですよ」
「それにしても一般的な意味じゃありません。そこの出版社、報道に携わる者として何かおかしいです。合宿へ何十人の子供を引率するには人手が足りないし、ミント姫が参加するという話もあるから不審者への警戒もしなくちゃ為らないんですが」
道理である。
「小規模なものですが、確かに登記されていました。一応、書類上は市の広報誌にも関わっているところです。しかし、動き出したのはつい最近ですね」
事実を述べるハムに
「何それ。あからさまに怪しいよ」
織部・真白は声を荒げた。
ハムは眼鏡を拭きながらこう言った。
「だからこそ目の届く範囲に入れておく必要があります」
ハムは自分の計画に絶対の自信が有るのだろう。
「判りました。草稿を確認するのは当然、子供達に悪影響を与えられないよう目を離さないようにしますわ。インタビューにはできる限り協力するけど、子供達の努力を蔑ろにするような発言でもしたら叩き出しますわ」
烏鳩はポキポキと指を鳴らしたが
「敵がその程度の馬鹿であるなら僥倖です。でも、先ずそんな話にはならないでしょう。仮にも正義の味方なのですから」
ハムは杞憂と笑うだけだった。
合宿の準備は続く。
ハムはカメラマンとして『雑誌記者・煤群真一』を保護者に引き合わせ、保険を掛けた。万一彼が妙な真似をした場合、手伝いの保護者に彼を排除させるために。その意を知ってか知らずか、真一に不審な動きは無い。ただ、不慣れなせいか言葉が直ぐに出てこない程度だ。
「楽しく歌って、良い思い出を作ろうね」
数楽塾の生徒ブランカとして参加する真白は、参加者有志の中心となり「合宿のしおり」を製作。
「もう3時だよー」
手伝う犬神たまがおなかすいたと口にした。
「はい。これ」
ブランカが手渡したのは黄金色の飴。
「これおいしいよ。なんなの?」
目をぱちくりさせるたま。
「蜂蜜をそのまま固めたものだよ」
「ぼくもー」
「ちょうだい。ちょうだい」
たちまちの人集り。最初にしんちゃんをはじめとする男の子が無心し、それに女の子が加わった。
「あ゛……」
斜に構えていたジャンは出遅れ、
「ごめーんもう無い」
ブランカはポケットをひっくり返して謝った。
●アイドル
人は意外と気がつかないもの。タクシーで校門前に乗り着けた武曲罠兎は、意外に閑散とした雰囲気に少しだけがっかりした。
だが中に入ってゆくと、
「ミントちゃんだ!」
声を上げたのは可愛らしい女の子。子供達の視線が一斉に
「ほんとだ。ほんとに来たんだ」
あっと言う間に退路無し。これが戦闘だったらどんなにヤバイだろう、と言う態勢に。
サイン帳やら色紙やら、
「アイドルの宿命ね」
罠兎は覚悟を決めた。アイドルのスケジュールは過密。年齢的に深夜枠は無いものの、学業も合わせると睡眠時間4時間はザラ。あっちへこっちへ頭下げ、常に笑顔。恋愛禁止にカロリー制限、兎に角溜まるばかりのストレスを、ぬいぐみと戯れマネージャーさんに甘えて当り散らして、やっとこ解消している始末。
(「これで月給10万円なんだよね」)
好きじゃなきゃやってられない。
「あのねミントちゃん」
加藤のあと名乗るちびっ子がサイン帳を差し出しながら言った。
「どうしたら上手く歌えるようになるの?」
踏み潰しそうな感じの女の子に、罠兎はにっこりと笑い。
「この後、合宿で教えてあげる」
「ほんと?」
抱きつきそうな勢いで駆け寄ってきたのは犬神たま。男の子達よりも女の子達のほうが積極的だ。
「ほら。ちゃんと言わなきゃだめでしょ」
たまがもじもじしている男の子を前に押しやる。
「あのう。サイン……」
「ミントちゃんはサインじゃないよ」
のあが意地悪くからかった。
「だめよからかっちゃ」
罠兎は窘めるも、まるで「先生おしっこ」と言う感じの言い方に思わずクスリ。それを見て
「ガキだな」
彼女らしい女の子を伴うイケメンの男の子が笑う。
「駄目よシンゴ。シンゴが特別なんだから」
「判ったよミンメイ」
姉さん女房と言った感だろうか。そんなこんなで段々と騒がしくなって、迎えのマイクロバスが到着した。
「出発前の記念写真を撮ります」
カメラマンの真一が校歌碑の前でパチリ。罠兎を真ん中に3枚映した。
●合宿
バスは一路山キャンプ場へ。
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♪あなたに 好きだと 言われた夏の午後
瞳パチリ 胸はドキリ 素敵なドラマのワンシーン
私の心に 恥じらいが湧く
駄目よだめだめ でもね違うの
泣き出して しまいそうよ
ねぇ! ねぇ! ねぇ!
ちょっと待って ちょっと待って 慌てん坊さん
ちょっと待って ちょっと待って 慌てん坊さん♪
♪突然 あなたに くちづけされた午後
暑い夏の 光る風に しおれたバラもぱっと咲く
悲しい心に 喜びが湧く
駄目よだめだめ でもね違うの
泣き出して しまいそうよ
ねぇ! ねぇ! ねぇ!
ちょっと待って ちょっと待って 慌てん坊さん
ちょっと待って ちょっと待って 慌てん坊さん♪
♪私を 好きなら お願い聞けるでしょ
そっとしてね ぎゅっとしてね 私を捕まえていてよね
あなたの瞳に 私だけいる
駄目よだめだめ でもね違うの
泣き出して しまいそうよ
ねぇ! ねぇ! ねぇ!
ちょっと待って ちょっと待って 慌てん坊さん
ちょっと待って ちょっと待って 慌てん坊さん♪
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罠兎の好意によるライヴショーを堪能するうちに、早くも到着。釣堀や貸し農園が見えて来た。
「マキ風呂やジャクジーパスもあるんだよね」
たまはわくわく。
「洞窟探検とかも有るんだよね」
数楽塾に通う隼人は、合宿のしおりを見てどきどきしていた。
「さぁ。着いたら直ぐに探検ですよ」
点呼を取り、烏鳩先生が旗を持ち先導。キャンプ地を横切って流れる厳頭洞川に沿って下流に進む探検隊。
数分で到着する渓流で釣りタイム。
「これ、なんですか?」
隼人が小さな巻貝を採って来た。
「カワニナだね」
ハンドブックを片手にハムが答える。
「ふーん。釣りねぇ」
少し不機嫌にも見えるジャンの竿に魚信!
「おわわぁ! 来た」
焦ると同時にちょっと嬉しい。
「慌てず引くで……」
古風な地の言葉が出掛かる真一。
「すげー」
意外とでかい。長16cmはある。
「おや。カワムツが釣れましたか」
食べれる魚だが、キャッチアンドリリースがここのセオリーである。
「煤群さん。早く写真を」
リリースの前に一枚パチリ。
川遊びを終え、さらに進む探検隊。歌うは合唱団レパートリーのわんぱくマーチ。歌そのままに秘境を目指す。
目印の岩から約3分、右手に洞窟の入口が現れる。
「ここが厳頭洞だよ」
大人が手を上げて届くくらいの三角形の岩の裂け目。探検を終えてさらに進む。
この日子供達は昼過ぎまで、森と水とが織り成す自然の中で、冒険心を満喫させた。
●いい女と呼ばれたい
探検を終えて宿舎に戻った子供達、
「さぁ。体も心もほぐれたところで、練習の時間です」
ハムが宣言する。
仰向けになって、足を伸ばして上に持ち上げる。そこからゆっくりと輪を描くように時計回りにぐるりと回す。
「はい。そこから小刻みに息を吐きます。3分1セット。1分の休憩を入れて3セットやります」
意外ときつい。
「普段運動していない子なら、1週間続けると低学年でも1センチ以上ウエストが細くなりますよ。6年生以上なら3~5cmウエストが細くなります」
1セットで半分へたれていた女の子が、俄然張り切り出した。
終わった後も厳しいと口にしていたのは男の子だけだったのである。
●サンプル
休憩時間。氷の触れ合う音も涼やかに冷たい蜂蜜レモンが配られる。
「どうぞ」
山本が真一にも注いで勧め、同じヤカンから注いだそれを美味そうに飲み干した。
「忝い」
つい地が出る嘉和であったが飲んだ振りをして回収。
(「山本殿らも子供達と同じものを食して居る。ふむ。はてさて」)
サラダのドレッシングや焼肉のタレ、その他諸々。嘉和はジャグルスから廻ってきたサンプルと共に、合宿全ての飲食物を密かに解析に回して行った。結果が出るのに時間は掛かりそうだ。
●波紋のお稽古
夕食後。休憩を挟んでDVDを上映。自主制作映画らしい。
「こ、これは……」
主役は真一が指南を頼んだ当人。だが人類は死滅していなかった。荒廃した未来都市の地下で怪物と戦うヒーロー。わらわらと迫り来るゾンビを掻き分け、石舞台に縛り付けられた女の子を助けに向かう。
ボスキャラの登場で
「あはははは」
子供達は大笑い。敵は棘付グロープを着けたカンガルーだった。
「カンガルーじゃキョンシーだって判らせないよ」
画面の中の出来事だから、ギャグとして楽しんでいる。
「ひえぇぇー」
ゴキブリの大群やお化けミミズと格闘する、主人公のいまいち格好良くない部分も大ウケ。
「……」
真一は苦笑いをしつつ画面を眺めていた。
そして、最後の一騎打ち。
「今だ!『黄金色の波紋疾走』」
光り輝く黄金の雫。大した特撮だ。金色に輝くオーラをまとい、カンガルーに叩き込む。
ガッツポーズを決めるヒーローの後ろで、崩壊してゆくカンガルー。
「わぁー」
本物と見間違える高度な撮影に、子供達、特に4年生以下の子達が
「すげー」
の大合唱。
「あははは」
烏鳩は、美化500%で編集のシーンに苦笑を禁じえなかった。確かにこれだけ見ればカッコイイ。彼が放つ光の礫にラスボスの動きが封じられ、そこへ必殺の一撃を見舞ったのである。
「さて、これからこのお兄さんが使った『波紋の技』を修行します」
ハムはボイストレーニングをこのように導入した。女の子達や上級生達は笑っていたが、一番乗りにくい低学年の男の子が、これですんなりと練習に移ったのである。
●あなたの声
合宿では、主に発声と呼吸に関するトレーニング。腹筋を鍛え、肺活量を増やし、それを制御する。
夜は課題曲や自由曲の歌詞を、見て書き写したり、歌詞を基にしたイメージの絵を描いてみたり。
そして、ゆっくりとしたペースでの歌詞の朗読。
課題曲・少年少女合唱組曲“山四章”から“だいだらぼっちの春”は、小牧山をイメージしさせ指導。
確かに平野の真ん中にぽつんとある小牧山は、誰かが運んできたような感じだ。
自由曲・怪獣のバラードは、幅広いメンバーの年齢層を生かす。一番は低学年主体に二部合唱に編曲された古代晴徳バージョン。二番は上級生主体に混声三部の橋本祥路バージョンを使用。変則的な楽譜だが、これも幅広い層に歌い継がれる名曲故可能な業である。
烏鳩の怪獣のマペットを使った指導もあって、低学年の子達の伸びは凄かった。
歌が上手くなって驚いている子供達に、ハムはこう説明した。
「昔、カストラートと呼ばれる歌手達が居ました。彼らは特別な医学的処置のために喉の成長を止められました。しかし息をするための能力は普通の大人のものを持って居たのです。子供の喉に大人の呼吸能力。これが美しい声の秘密です。皆さんはもちろん子供ですよね? 今回、息をする能力を伸ばす訓練を重点的にしました。ですから皆さんは、ほんの少しだけ、カストラートの美しい声に近づいています」
「へー。そうなんだ」
と言う声が上級生達から起こった。
「でも、いいですか? いい声も、悪い声も、全部合わせてあなたの声です。
それをどう効果的に使うかが合唱の面白いところなんですよ。
いい声だけで歌っても、必ずしもいい演奏にはなりません。 美男美女だけを集めたドラマが、大抵の場合大ヒットすることが無いようにです。
一つ一つのシラブルを丁寧に歌うことも、勿論大切です。でも、わざと思い切った歌い方の方が良い場合も有るんですよ。
これからも私たちの歌声を創り上げてゆきましょう」
合宿の最後の練習の時、ハムはそう言い切った。
こうしてコンクールに臨んだ合唱団の初陣は……。実は賞を取れなかった。
ただ、伝統ある合唱団と比べて遜色の無い歌声であることを保護者達が自分の耳で確認した。
「次こそ、入賞ね」
罠兎は子供達にエールを送るのであった。




