ご近所防衛隊01 まぁだだよ
●秘密基地
愛知県。名古屋から名鉄で岡崎方面に小一時間。電車から間近に見える水田の波。夜ともなればカエルの合唱が響き渡る。知立に近いその街は、そっくりタイムカプセルから取り出したような街。ほら、この通り未だに土管のある空き地。
ここはジャスティス達が確保した場所で、既に地下の秘密基地が作られ、入口は土管にカモフラージュされていた。中には転送装置で入る。
この基地に所属する隊員はとても若い。実年齢はともかく見掛けは、小学生から高校生にしか見えない。それもその筈。彼らはこの街と周辺の防衛を担当する者達であるからだ。ここらへんは新興のベットタウンで小学校や幼稚園の数がやけに多い。外見が大人だと学校の敷地に入るのも一苦労だ。だから、隊員は子供だったり先生だったりする。
「ねえケイ。何か事件はないの?」
一見、小学生に見える女性がバネルモニターに向かって呼びかけた。
「加藤さんちのベル(猫)が行方不明になったのと、知立小の運動会の練習をビデオ撮影する謎の男。あとは丸八マートの駐車場の落書き事件くらいかな。今のところは」
笑う無かれ。ぱっと見でくだらない事件に見えても、有能と言われるAIが十分にチェックした事件である。裏にはジョーカー組織暗躍の可能性もあるのだ。まだ発見はしていないが、この街にジョーカーの秘密基地があることだけは確実なのだ。
「……誰かが近づいてきます」
ケイは映像を映し出す。
小さな子供達だ。せいぜい1年生くらいだろう。
両手を回し、両足開いて
「びゅーんびゅん!」
と、二回言って三回回る。
「ねぇ。ボク、かぜになれたかなぁ?」
「まぁだだよ」
子供はヒーローに憧れる。そして自分を同一視する。TVの特撮ヒーロー達の真似をして、高い所から飛び降りたり、ごっこ遊びで危険な技をやってみる子供達がでて、何人も怪我をする社会現象となった。だから最近は、
「あれは特別なヒーローだからできるので、よいこはけっして真似しないでね」
彼らの憧れのヒーローが番組の前後に注意を入れるほどだ。
「いま人気の特撮ヒーローの変身ポーズですね……あ!」
手頃な遊び場と見たのだろう。土管の中に入ってきた。
「こんどはノミになるの☆彡」
その子は両手両足を縮め
「ぴょーんぴょん」
と二回言って三回回った。
「うわぁ!」
それが転送のキーワードだったのだ。隊員達の前に出現した。
「ねぇ。ボクも仲間にいれてよ!」
どうするべきか? まさか悪の秘密結社じゃあるまいし、記憶を消すとか監禁するとか出来るわけがない。しかし、この子の事がジョーカー達に知れたら……。
「ぽくの名前は?」
「かとう しん」
「シンちゃ~ん。どこ言ったの?」
表ではお友達がいきなり姿を消したシンちゃんを探しています。
●君とぼく
現れたのは小さな男の子。きょろきょろと辺りを見渡し、ここがどこなのか本能的に理解した。
「ねぇ。ボクも仲間にいれてよ!」
「どうしたらいいかしら?」
漆原静流はK=9、すなわち漆原祐の顔を見ながら困った顔。
「秘密ってもんは、知らないことが身の安全ってこともある。何とかしないとこの子が危ない」
「祐くん。お願いできる?」
10歳くらいの少女に見えるこの基地の司令官が頭を下げる。この間、男の子の相手をするのは
「あらあら、坊やこんなところに何かようかしら?」
プロフェッサーラックこと光崎幸。
「ねぇ。ぽくの名前は?」
「かとう しん」
男の子はそう答えた。見るからにわくわく。あこがれの眼差しで彼女を見た。暫く話し相手をしていたが、興奮していることが良く判る。
「よう。シンちゃん」
祐は、腰を屈めて呼びかけた。
「なぁに。お兄ちゃん」
(「よかった。お兄ちゃんだ」)
ちっちゃい子からみると高校生でもおじさん呼ばわりは良くあること。祐は口元で笑いながら
「お前ヒーローに憧れてるのか。よし、それじゃ俺とお前は今から友達だ!」
「やったぁ!」
得意になるシン。
「ヒーローも楽じゃないんだぜ。敵は強いし、殴られれば痛い。それに自分がヒーローだって事をバラしたら、パパやママ、友達まで悪い奴に狙われちゃうからな」
咬んで含めるように話を進める祐。
「うん。わかるよ。せーぎのみかたはヒミツをまもらなくちゃ」
彼なりに理解したようだ。
「じゃ。男の約束だぞ」
「うん!」
●シンちゃんはどこ?
狭い道。家の間を抜ける道。林を抜ける近道は、曲がりくねって日向も日陰もいい感じ。木の柵の隙間、破れた金網。伐られて並べられた桜の木の束。大雨の時、河に水を流す道路下のトンネル。アスファルトが土に変わる鎮守の森を抜ける道。アケビや山ブドウやキノコが採れ、学校を見下ろすマムシの出る裏山。涼しい風の抜けるネギ畑。子供にとってこの町は、いつもスリルに溢れてる。
そんな中。不安げに辺りをうろつく子供達。
「君たち。どうしたの?」
親切な大人の出現に、子供達は
「シンちゃんがいなくなったの」
「どかんのほうにいったきり、みえなくなっちゃった」
「私も、探すの手伝ってあけるわ」
漆原静流は自然に溶け込んだ。
●おふろわいわい
ライラック公園。学校の体育館を2つ並べたくらいの敷地。雲悌一つにジャングルジム1つ。砂場と盛り土の小山に滑り台が一つ。ブランコは三つ。周囲にライラックの垣がある公園の目玉は、ボール遊びが出来るほどの広い草原だ。
規則で平日は3時から5時半まで、日曜はお昼から5時半まで、ボール遊びが解禁されている。
そこへ現れたのは若い女性。
「ねえ君たち。ヒーローって本当にいると思う?」
カメラさんと音声さん。この暑いのにコートを羽織り大きなマスクをしている。かわいそうにきっと風邪なんだろう。いや。ならば帽子とサングラスはなんだ? きっと日焼けを気にするお年頃? そういう部分を除けば、傍目にはTVの収録だ。子供達がイワンに気付き、壮んに前に出てVサイン。
「うん」
「絶対居るよ」
問われた子供が騒がしい。
「そうね……怪人がいるのですから、ヒーローもいるかもしれませんわね」
「きゃあ!」
綺麗なお姉さんは怪人ダウの姿に。
「この公園は乗っ取った!」
カメラを構えたロシェはそう叫んだ。但し、音声のイワンはまだそのままである。
「さぁ、僕の言うことを聞いて貰うよ」
そう言って、カメラを固定して変装用の帽子とコートを脱ぎ払った。下には勿論、強化戦闘服を着用している。
そして、
「おふろわいわい入りましょ☆彡」
笑いを堪える子供達。今時幼稚園児でも恥ずかしがるようなお遊技だ。
「……なんか冗談だと思ってるのかな?」
苦笑しながらロシュことセイバーブルーは、レーザーライフルを空に向けて放つ。一条の光がけたたましい音と共に描かれる。
「わぁ~!」
「かっこいい!」
思わず甲高い声が挙がる。
「もう一回やってぇ」
アンコールが掛かる。
「僕は本気だよ」
ちょっと怖い声でもう一発。
「すげー」
「ねぇ~かしてぇ~」
セイバーブルーにまとわりついてきた。そこで彼は作戦変更。
「僕の言うことを聞くならね。やってやらない事もない……。おふろわいわい入りましょ☆彡」
「おふろわいわい入りましょ☆彡」
「おふろわいわい上がりましょ☆彡」
「おふろわいわい上がりましょ☆彡」
今度は子供達も素直に従う。もっとレーザーライフルを撃って欲しい……いや撃たせて欲しいからだ。
ダウは人質の積もりだが、傍目にはどう見ても子供を遊ばせているようにしか見えない。
「さぁ! みんな。正義の味方を呼んで」
頃合いを見てダウが声を掛ける。もうすっかりなんかの番組の撮影と思いこんでる子供達は、言われるままに悲鳴を上げた。
●お約束
「さぁ。約束だよ」
「うん。おとことおとこのやくそくっ」
漆原祐はシンちゃんを肩車し、別の出口から地上に出た。
実は、万が一にもシンちゃんを危険な目に遭わせるわけには行かないからと、光崎幸ことプロフェッサーラックは心配し、
「遊び疲れて眠ったところを土管の中に返しましょうよ」
と耳打ちしたが。
「友達が心配するから」
と言う意見が大勢を占め、男と男の約束で口止めすることになったのだ。
「これなぁに?」
祐の頬にニキビが一つ。
「痛てっ、潰すなよ」
祐は思わず顔を顰める。シンちゃんは驚いたように祐に尋ねた。
「……いたいの? こんなんでいたいの?」
「ああ」
「ぶたれたらもっといたいのに……」
シンちゃんはさっきの言葉を思い出す。
「それでも、何故ヒーローが戦うかわかるか?」
「うーんと……」
首を傾げる。
「それは、『強い』からじゃない。大切なものを守りたいから『強くなる』んだぜ」
言って少し照れる。我ながら気障な言葉だ。と、その時。
「たすけてぇ~!」
子供の声。しかも大勢。
「あっちだ」
助けを求める声がする。祐の耳は確かに子供の悲鳴を聞いた。さっと路地の影に隠れるや、K=9に変身する。この間、僅か3秒。物凄いスピードで、風を巻き上げ走る・走る・走る!
砂が巻い立つ、洗濯物が飛ぶ、女の子のスカートが舞い上がる。脇目も振れずに飛ぶが如く。
「たすけてぇ~!」
とうとうK=9は公園に着いた。
「あら。遅かったですね。この子達を助けたければ抵抗は……わかりますわよね?」
漆黒の怪人が子供達を押さえている。辺りを見渡すと、怪人がもう二人。
「……遅すぎるぞ」
子供達を抱えて……。いやあれはまとわりつかれてる。
「さぁわぁらぁせぇてぇ!」
「ぼくも~ぼくも~」
「かっこいいお兄さぁん。触らせてぇ」
揉みくちゃにされる弾みで、レーザーライフルがまた一発。空にすっと線を引いた。
「ばか。危ないぞおまえら……。って、なんで僕だけ……」
おいおい。その格好良すぎる強化戦闘服のデザインが悪いんだよ。元ジャスティスだけあって、いかにもヒーローっぽいフォルムのせいだ。子供達は怖がるどころかまとわりついてくる始末。
「私が相手です」
イワンは、イタリアフィレンツェの彫像のような、俗にイワン立ちとでも言うべき独特のポーズを取りながら、吐く息吸う息、呼吸を整える。
「波紋使いかっ!」
ちがう違うと手を振りながら、ダウは苦笑する。鍛え抜かれた胸の筋肉がピクピク音を立てる。変身が終わるまで5秒ほど掛かるが、途中で襲わないのがお互いの仁義。子供達から拍手と歓声。
「お待たせしました」
イワンことE-1がその真の姿を現した。
「ぼくも~ぼくも~」
「かっこいいお兄さぁ~ん」
二人の戦いを後目に、子供にまとわりつかれるセイバーブルー。懐かれて悪い気はしないものの。レーザライフルの弾数が心細くなるくらい消費されていた。
K=9目掛けライフルを発射するも、まとわりつく子供に照準を逸らせれる。地面に上がるライフルの着弾。それを見てますます面白がるクソガキ共。
「ちょこまかと動きやがって! いい加減にしろ!」
らしくない言葉が飛び出るのもやむを得ない。ぱっと振り払うとそのままジャンプ。電柱の倍の高さを優に飛び、そこから重力を無視したようなウルトラD。ボードに載っかり空中サーフィン。
ライディングランスをシュシュシュと振って
「くたばっちゃえよ!」
突貫する。
「どけ! E-1」
K=9とのもつれ合うような戦いに、セイバーブルーはなかなかなかなか狙いを定められない。
●仮令この身が滅ぶとも
「シンちゃ~ん」
漆原静流とお友達が、シンちゃんを探して公園に差し掛かった。
「あ……」
公園を舞台に大立ち回りをする仲間と怪人。
「みんな! こっちよ」
連れてきた子供達を避難させようと動くが、
「邪魔だどけ!」
ちょうどボードで突撃を掛けるセイバーブルーの機動と交差する位置。猛スピードで突っ込む彼にもどうすることは出来ない。回避叶わずセイバーブルーのライディングランスが、幼子の身体に吸い込まれようとした。
その刹那。K=9が飛び込んでその身を以て盾とした。ライディングランスを横に跳ね除けはしたが、ボードの衝撃力をまともに食らったのだ。当然、こんな事をして無事に済むはずも無い。公園の小山まで吹っ飛ばされて叩きつけられた。セイバーブルーを巻き添えにして。
「……たとえこの身がぶっ壊れようとも、守り抜く!」
よろよろと起きあがりながら立ち上がるK=9。ダメージが回復せずまだダウンしているセイバーブルー。
「まだ立てる様ですね。今楽にして上げますよ……」
言いつつE1が小山の高い足場を利用して、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
E1必殺のラッシュ。赤い風である。次々に繰り出される破壊的なパンチは、K=9の装甲にぶち辺り火花を散らす。ダウンさせ片足で踏みつけ。勝利の雄叫び。
「うぉぉぉぉぉ! あぁあ~!」
圧倒的優勢。ダウはE1がK=9を弄ぶ様に夢中になっている。
その時だった。いずこからか飛び出した小さな影がダウの膝の裏を強襲した。あんまり夢中に為りすぎて居たためにバランスを崩し、下に転がってきたボールに足を取られてあっけなく転倒。そして、
ビシッ! 地面から舞い上がる煙幕が、怪人の視界を遮った。
「みんな。逃げろぉ!」
その声に蜘蛛の子を散らすように逃げ出す子供達。まだTVの撮影だと思っていたのか怖くて足をすくませる子は居ない。
シュン。風が啼く。
立ち上がったダウは子供達の間をすり抜け
「興醒めですわ、次の幸運は無いとお思いくださいましね」
「ま、まってくださいダウさん」
リーダーらしき女怪人の離脱を見て、E1は撤収する。追いかけようとするが、今度は変わりにやっと立ち上がったセイバーブルーが迫ってくる。しかし、まだダメージから回復してないのだろう。よたよたしている。物騒なライフルを構えるも、K=9の素早い一撃が身体毎弾き飛ばした。パチパチと戦闘服に火花が走る。そしてよろけながら立ち上がった途端。
ボーンと爆発した。
「ちっ逃がしたか」
K=9の目は爆煙の向こうに、ボードで飛んで逃げる影を見た。
●まぁだだよ
ひとまず脅威は去った。そして、
「おとことおとこのやくそくだよ」
この基地のメンバーに、シンちゃんが加わった。
光崎幸に手当されながらK=9はため息を吐く。
「俺はまだまだ未熟だ。もっと強く為らなければ……」
その傍らで、
「てへ」
基地の中で照れながら静流から仲間の徴のパッチを受け取る。TVで放映中のヒーローのエンブレムを模した物だ。
「もし危ない目にあったらこのバッジの裏のボタンを強く押してから地面に叩きつけるのよ。ヒーロー目指しているんだったら、まずは自分の身ぐらい自分で守れないとね☆」
先ほど使った物の改良版だ。
いっぱいいろんな事があった今日。おやつを食べたシンちゃんはうとうととして来た。
光崎幸が彼を抱き。
「眠ったようね。ねぇシンちゃん。シンちゃんのパパやママが、怪人に襲われないために、もうここに来ることが出来ないようにしちゃうけど。……忘れないでね。私たちは仲間なんだから。だから、空のように澄んだ大きな心の人になって頂戴ね」
シンは夢現の中で声を聞いた。
その頃。怪人達のアジトでは。
「ダウさん。あきらめが早すぎます」
「無理は禁物よ。……この街にやつらの基地が有ることが確定しただけで収穫だわ」
「このクソ戦闘服め!」
消化不良の煮え切らない思いが渦巻いていた。
それから一週間後。
「どうやら夢だと思ってくれたようね」
10歳くらいの女の子がモニターを眺める。相変わらずシンちゃんはこのご近所で遊んでいる。
「こんどはそらになるの……そんでもってリエちゃんにてをふるよ」
両手を広げて、両足広げて、
「ジャーンジャン」
と二回言って三回回った。
「え? あれー」
またしても、シンちゃんが転送されてしまった。
誰だ? こんなキーワード設定したのは。