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09:”公立幾島情報高校エリア”へ

 モンスターと化してしまい、おまけにゲーム内に閉じ込められてしまったグンバ、デアルガ、センリのプレイヤー三人は、町の防衛戦をクリアーし、クラスチェンジなどを済ませて、遂にファシテイト・ファンタジー上にて日本を指す「ジパング」エリアへと出発する事になった。

 センリは、本名ではマズイと言う事で名前を「キッチェ」と決め、そして海を渡るための手段なども何とか手に入れ、日本へと辿り着いた三人は、一度「自分自身」へと会ってみるために「公立幾島情報高校エリア」へと行ってみる事になった。

 ”現実世界の自分は、どうなっているのか?”を確かめる為だ。

 そして「荒金靖樹」こと「グンバ」は、自分自身の姿をそこで発見し、声を掛けた。が―――

(文字数:17214)

 次の日の朝方。

 グンバ達は荷物などを準備し、谷の町を出る事になった。


「さて、と……忘れ物はないだか?」


「ああ。元々武器と買い込むぐらいしかないしな」


「あたしも無いかな。元々、お金ぐらいしか持ってなかったし」


「それじゃあ……あとは買い物だけやって出るだ」


「グンバ殿」


「ん?」


 部屋を出ようとすると、一人のアントラス・ウォーリアが出口から現れた。


「もう町を出られるのですか?」


「んだよ。今日中に、港には着いておきたいだから」


「では……出る前に、一度、陛下に会われてはどうでしょうか」


「えっ? 会えるんだか? クィーン・アントラスに?」


「はい。私は、使いとして来たのです」


 アントラスの兵士はそう言った。

 そして三人は相談し、出て行く前に女王と会うことになった。

 瓦礫の撤去が進む谷の町を歩くと、色々な場所から、グンバ達に労いの声が掛けられてきた。


「おっ! グンバじゃねーか! 元気かぁ!」


「まぁまぁだぁ」


「もう出て行くのか? 寂しくなるなぁ」


「すまないだなぁ」


 色々な者たちと会話を交わしつつ最下層へ。

 そして今まで入れなかった像の間を抜けて、さらに下の層へと降りていった。



 像の奥に広がる洞穴は、谷にあるほかの洞穴部屋と違い、非常に整えられたつくりになっていた。

 地下へと続いている道は、なだらかな傾斜となっており、床も階段ではなく、少々ざらざらとした滑り止め加工つきの床で非常に歩きやすい。

 そして壁も、ゴツゴツとした岩肌がそのまま見えたりなどせず、何かで塗り固められており、滑らかに整えられている感じだ。

 周りを観察するほど、”非常に整備されている”という印象だった。

 迎えのアントラスにつれられて、そんな洞穴を歩き続けると、最下部らしい場所に出た。

 その場所には、一際大きな石造りの門があり、両脇に、今まで会ったどんな兵士よりも大柄なアントラス・ウォーリアがおり、中央には昨日見たアントラスの隊長が立っていた。


「おや、お前達は確か……昨日の」


 アントラスの守護隊長レギラッセスだ。

 どうやら、ここが彼の普段居る場所であるらしい。

 女王を守る最後の、一番重要な立場であるというわけだ。


「どうした? こんな所まで」


「陛下が会いたいと仰られておりまして、連れ参じた次第であります」


「そうか」


 迎えのアントラスが事情を説明する。それをレギラッセスが聞き、要件を受け入れると、持っていた槍で、地面を数度叩いた。

 それは何かの合図であったらしく、両脇の大型のアントラス・ウォーリアが、その合図を聞くと、壁についている何かの装置を回し始めた。

 二人が装置を回すと―――


「私も行こう」


 地響きと共に、大きな石造りの扉が開いていった。

 扉の向こうには、巨大な空間が広がっていた。

 そして各所にかがり火と、魔法的な道具なのか、宙に浮かぶランプのような道具が部屋内を照らしていた。


「うぉっ!」


 そして部屋の中央には女王蟻が居た。クィーン・アントラスだ。

 大きな白い胴体に、僅かばかりのアリの上半身がくっついているような姿をしている。

 防衛戦で出てきた戦車ザリガニと、サイズだけならば大差がない大きさだった。

 グンバ達が傍に近づくと、女王はゆっくりと目を見開いた。


「陛下。お連れいたしました」


「よく、来てくれましたね……」


「私は”ギタラ”。”ギタラ・ウェリト”といいます」


 女王はゆっくりとした、老婆のような口調で言った。

 グンバ達も自分達の名前を名乗り、話は始まった。


「ここへ呼んだのはほかでもありません」

「この町の防衛において、重要な役割を果たしてくれた事に」

「感謝の意を表したく、あなた達を呼びました」


「は、はぁ」と突然の事に戸惑うグンバ。


 その面食らった様子を見て、女王は続けて言った。


「すみませんね……わざわざ呼びつけてしまいまして。あまり、動く事ができないものですから」


「い、いえいえ。別に気にしてないですだ。こちらも、女王様ってのがどんなお姿か、って会いたいと思ってましたから丁度良かったですだ」


「ありがとうございます。この町を出る前に、我々で協力できる事があれば、何でも言ってください。可能な限り、助力を申し出たいと思いますので」


 グンバはそれを聞き、丁度いいので一つ、聞きたかった事を聴いてみることにした。


「じゃあ……一つ、いいですだか?」


「はい」


 グンバは、ギタラ女王に言った。


「これからオラ達は日本……じゃない。”ジパング”へ渡りたいと思ってるんですけんども、船とか、何か渡る方法をご存知ではないでしょっか?」


「ジパング、ですか……」


 女王は何かを考えるように目を少し閉じて、言った。


「レギラッセス」


「はっ!!」


 名前を呼ぶと、グンバ達についていたレギラッセスがすぐさま応えた。


「スバナンの港には、確か―――我らの船とカクタス達が居ましたね?」


「はい。あの港には、我ら所有の船を管理する者らがございます」


 それを聞いて、ギタラ女王はレギラッセスに言った。


「それの使用権を、彼らに認めましょう」


「はっ!?」


「あの船なら、3、4人ほど乗っても大丈夫でしょう」


「……出来ない事はありませんが……」


 レギラッセスは続けて言った。


「しかし恐れながら、一つ」


「何ですか?」


「はっ! 確かに、陛下の申しますとおり、あの船で港から出て、ジパングに辿り着く寸前までは問題なく航行が可能です。しかし―――ジパングは殆ど全ての海岸地帯が人間たちの町です。ですから……”船を着けること”が出来ませぬ」


「そうですね……そういえば、ジパングは非常に人の密度の高い場所でしたね」


 ちなみに”ジパング”とはファシテイトにおける日本の名前である。

 いくつかの国は、現在の名前をそのまま使っているのではなく、差別化も兼ねてゲーム中に別名が当てられている事もある。


「途中までは行ける、ってワケか」とデアルガ。


「ひょっとして、そこからは泳げって事?」


 センリの疑問に、レギラッセスが応える。


「そうなるな。町を救ってくれた君らにそう言うのは引けるが……岸に着けるわけにはいかない以上、途中から泳いでもらうしかない。かなり遠くにある島のようになっている場所からなら、上陸する事もできるが……」


「島のようになっている……って?」


 グンバが訊ねると、レギラッセスが応える。


「”シコク”とか言う地方だ」


(四国だか……)


 どうやら日本は、モンスターにとってかなり悪条件な場所であるらしく、交通の便が非常に悪いらしかった。

 まぁ、無理もないだろう。日本は、大きな都市はともかく、あちこちに小さな集落が点在する国だ。モンスターからしてみれば、住む場所がいくつかの自然の残る山ぐらいしかない。


「どうする? グンバ。正直―――俺は泳ぐのは勘弁して欲しいが……どう見ても、浮かばねぇぜ」


 デアルガが骨のボディを指して言った。

 確かに骸骨の身体は、いかにも泳ぐのには不利そうだ。

 装備を持ってもいるので、浮かぶのすら難儀しそうである。


「う~ん……」


 とはいえ、四国まで行くとなると相当なロスだ。

 できるなら、もう余り時間を掛けずに行きたい。


「一つ聞きたいのだが……」


 考えているとレギラッセスが訊ねる。


「ん?」


「そちらのスライムも、君らの仲間なのか?」


「そんだぁよ。センリって言うだ。ここに来て知り合って、ジパングまで一緒に行く事になっただ」


「なら、その力を借りてはどうかな?」


「? どういう事だぁ?」


「スライムは泳ぐのに利用できるらしいとの事だ」


 それ聞いて一斉に視線がセンリに集中する。


「えっ、なにそれ……初耳なんだけど」


「スライムって泳げるのか? 聞いた事ねェぞ」


 レギラッセスがセンリの方を向いて言う。


「ああ。なんでも……身体に空気をためて、クラゲのように浮かぶ事が出来るのだそうだ。旅人の一部は、それを利用して海峡などを渡るという話を聞いたことがある」


「へぇ……」と鼻で応えるセンリ。


 グンバが言う。


「なら……途中まで船で送ってもらって、そこからはセンリに掴まって行くだか」


「う~ん、なんか怖いなぁ」


「なしてだ?」


「いや水泳自体は好きなんだけど、海の上で足場も何にも無い状態でってのがちょっと……」


「練習すりゃなんとかなるだよ。身体に空気をためるだけなら、簡単にできるんだぁろ?」


「そりゃまぁ」


「なら、大丈夫だろ。イザとなったら俺達が漕げばいい」


「決まりましたね」


 ギタラ女王が話を締めくくり、日本までのルートの確保は決定した。

 大きな借りがある、とレギラッセスも同行したがったが、彼はこの町の守護任務を

今放棄するわけには行かず、道案内だけとなった。

 マップを広げ、レギラッセスは詳細に道順を説明する。


「港町の近くに、荒れ果てた岩場地帯がある。その場所へと行けば、”カクタス”達が住む小さな集落があるはずだ。そこに行くといい。そして、船着場でこれを見せれば……大丈夫だろう」


 そう言ってレギラッセスは手紙をその場で書き、サインを入れた。


「助かるだ」


 グンバはレギラッセスから”サイン入りの紹介状”を貰った。

 港まで行ってこれを見せれば、途中まで船を出してもらえるとの事である。


「出来れば、私自身が同行すべきなのだが……すまないな」


「別に大丈夫だよ」


「そうか。では……最後に聞きたいのだが」


 レギラッセスがグンバ達に訊ねた。


「何故、貴殿らは今回の襲撃が事前にわかったのだ? 彼らと通じているとか、そういうのではなかったようだが……」


「詳しくは話せないんだけどんど、”来る”ってのがメッセージに表示されるんだぁよ」


「メッセージ?」


「オラ達は……プレイヤーって奴なんだぁ。わかるだか?」


「いや、聞いた事が無いな。種族か何かなのか?」


「まぁ、なんていうか。人間が使ってる能力の一部が、ちょっとした理由で使えるだよ。だから、襲撃とかのメッセージがわかるだ」


 グンバの応えに、レギラッセスが腕を組む。


「……わかるようなわからんような」


「まぁ、しばらくあんなのはもう来ないだろうから、安心してていいだよ」


 そしてクィーン・アントラスとも謁見を済ませ、いよいよグンバ達は谷の町を出て行く事となった。買い物も足早に終わらせ、谷の町を出ようとすると―――


「おい! 見てみろよ!」


 デアルガが谷の下を指差す。

 グンバ達が頂上に近い場所から谷を覗き込むと、大勢のアントラスと、旅人達がグンバ達を見送る為、手を振っていた。


「頑張れよぉーっ!」


「またいつでも来てくれだぁーっ!」


 その中には、マギーの姿もあった。


「あれ、マギーじゃないだか?」


「ああ。多分そうだな。なんか―――アントラスの見分けが付くようになってきた気がするぜ」


「ばいばーいっ!」センリもスライムの身体を伸ばし、手を振った。


 グンバ達も声援に応え、手を振り返して谷を後にする。

 そんな中で、センリが言った。


「ねぇ、そういえばさ」


「うん?」


「名前を決めろ、って昨日言ってたけど、あたし決めたわ」


センリは空へと目を向けて、言った。


「あたしは―――”キッチェ”って名乗る事にする」


「キッチェ? なんでそんな名前に?」


「なんかスライムっぽいから。安直だけどね。音と組み合わせてみようかなー、とか考えてたら、ふと思いついたんだ」


彼女はそう言うと、自信がなかったのか、続けてこう言った。


「……変かなぁ?」


「いや、いいんじゃないだか。そういう直感は大事だぁよ」


「じゃあ、よろしく頼むだ。キッチェ!」


「頼むぜ。キッチェ」


「よろしくッス!」


元気に答える彼女を連れ、かくして三人は、日本への旅路を再び歩き始めた。



 日が天高く上り詰めた頃。

 谷を出て、街道へと合流した三人は、地図を見ながら港の方へと向かっていた。

 街道を歩く以上、冒険者には気をつけなければならないが、今はその逆で冒険者を探しつつ、街道を歩いていた。


「……」


 デアルガが集中し、探知スキルをフルに活用して冒険者を探す。

 冒険者、即ち”他プレイヤー”を。

 それにはちょっとした理由があった。


「どうだか?」


「う~ん……近場には居なさそうだな」


「何やるつもりなの?」


「文字でプレイヤーに意思が伝えられるか、を試してみたいんだぁ」


 言葉ではムリなら、書いてならどうなのか。

 それで自分達の窮状が伝わるかどうかを、今度は試そうとしているのだった。

 しかし―――結果から言うと、この試みは失敗に終わった。

 港町へと向かう途中、冒険者に運よく遭遇し、文字を見せてはみてたものの自分達の状況が伝わる事は無かった。

 翻訳システムは、どうやら文字にまで作用しているらしく、ただただ、三人は愕然としつつ、道を急いだ。

 それから―――おおよそ3時間も歩いただろうか。

 山を越えた先に、港町が見えてきた。


「町だ!」


 キッチェが嬉しそうに叫ぶ。だが、それをデアルガが戒めた。


「喜ぶのはいいが、俺らは入れないぜ」


「あー……そうだった……」


 落ち込むセンリをよそに、グンバが周囲を観察する。


「確か……近くに岩場があるとか言ってただな」


 グンバが視線を横手へと回すと、尖った岩ばかりが見える海岸が見えた。

 きっと、あそこが言っていた場所だろう。


「たぶん、あそこだぁな」


「あんな所に、誰か本当にいるんスかねぇ?」


「まァ、とりあえず行ってみようぜ。どちらにせよ町には入れねェ」


 三人のモンスターは、人間の町へと続く街道を逸れて、岩場の方へと足を踏み出した。

 途中、半透明になっている道を見つけ、そこへと踏み出すと、あのアントラスの町に向かった時のように、地面の道が岩場の方へと敷かれていった。

 グンバが持っていたスキルで、モンスターにしか見えない道がわかるようになったのだ。


「うわっ! 道が!?」


 キッチェが驚き、思わず道から飛びのく。


「これが”獣道視認”だか」


 どうやら、このアビリティでモンスターにしか見えない道を見る事ができるらしい。



 太陽が頂点を少し折り始めた昼さがり。

 グンバ達は、岩場までやってきていた。

 だが―――岩場までやってきたものの、今度は町らしいものが何も見えない。

 本当のゴツゴツした岩場だけが、ただただ続いている。

 人工的な地形どころか、生き物らしいものさえ見えない。


「本当にここでいいのか?」


「道はこっちへ続いてたはずなんだけんど……」


 遠くから確認した時よりも、心なしか岩場は大きく見えた。

 大きな岩から裂けたような”尖り岩”で構成される海岸が広がっており

途中からは、岩と岩の感覚が広くなっていた。

 見る限りでは、とても生き物が気軽に歩けるような場所ではないように思えた。


「とにかく、入ってみよ」


 三人は恐る恐る、岩場地帯へと侵入し、中を進んでいった。


「あの、ところでさぁ~……」


潮の香りが吹き荒ぶ岩場を歩いている最中、キッチェが恐る恐る、といった感じで訊ねた。


「アントラスと話してた時に言ってた”カクタス”ってどんな生き物なの?」


 どうやら最初に言っていた言葉が気になっていたらしい。

 グンバがそれに答えた。


「”カクタス”は一言で言えばダンゴ虫みたいな奴らだぁ。身体の背面が装甲みたいなもので覆われていて、見かけによらず動くのが早いモンスターだぁよ」


「海辺だしフナ虫とかムカデあたりが近い生き物じゃねぇか?」


 デアルガが付け加えて言う。


「うげぇ~……なんかキモそう……」


 答えを聞いたキッチェがうんざりした様子でそう呟く。

 そして更に歩いていると―――

 三人の前に、犬ぐらいの大きさをした平べったい生き物が現れた。

 短いが、多い脚と、硬そうな蛇腹状の”節”のある背中が特徴的な姿だ。


「噂をすれば、お出ましか」デアルガが言う。


 それに応えるかのように、平べったい生き物は立ち上がった。


「何の用だ。旅人達よ」


 立つというよりは―――”上半身を立てた”との方が適格な言い回しだろうか。


「ひぃっ!!」


 キッチェが思わず悲鳴を上げてグンバにくっついた。

 無理もない。立ち上がったその生き物の姿は、エイリアンのような顔といい、機械のような節のある手といい、まさしく女の子が嫌う”節足動物”そのものだったからだ。

 知っていれば”ダイオウグソクムシ”というのが一番近い例えになるだろうか。

 これが”カクタス”と呼ばれる昆虫型モンスターである。


「こんな場所へ、何のためにやってきた?」


 地を這うような重低音で、カクタスは再び訊ねた。

 グンバがそれに応える。


「えーっと、船を出して欲しいんだぁよ」


「船? 船などに乗って、どうする気だ?」


「ジパングへ行って欲しいだ」


「ジパング……? あんな場所へ行って、どうするというのだ」


「第一、出せる船は今……」


 グンバは袋から手紙を出し、目の前のカクタスに渡した。


「こいつを渡せば、出してもらえるって聞いたけんども……」


 カクタスはそれを受け取り、読み始めた。


「……」


 そして、しばらくして読み終えた後に言った。


「着いてくるがいい。船を出そう」


「おーいっ、もういいぞっ!」


 踵を返したカクタスがそう言うと、突然―――

 あたりに何匹も、同種族であろう者たちが顔を出し始めた。


「いやぁっ!!」


 それを見てキッチェが叫び声を上げた。

 恐らく、彼らは今まで様子を見ていたのだろう。

 グンバ達は突然、協力をしてくれるようになったカクタスに戸惑いつつも、岩場の中を進んでいった。



 三人はやがて、岩場の内部の方へと進んでいき、まるで洞窟のような構造の場所へと案内されていった。そこからに更に歩いて、やがて―――大きめの船着場のような場所へと出た。


「着いたぞ」


 そこは、砂浜が円形に広がり大きな湖のような構造となっていて、水面よりも少し高い場所にいくつか小屋が建っている。

 岩屋の中なので、太陽の光があまり届かず、薄暗い。

 だが、大きな水平線を望む穴があり、そこから差し込む光が周辺一帯を照らしていた。

 恐らくは、あの中から外へと出て行くのだろう。


「……船なんて見当たらねェが……ここなのか?」


 デアルガがそう呟くと、カクタスの案内人が応えた。


「ああ。ここから出る……しかし、本当なのか?」


「ん? 何のことだぁ?」


 案内人がグンバに訊ねた。


「オークやスライム、スケルトンなどを……陛下やレギラッセス殿が”直接船で運んでくれ”と指名されるなど……不思議でならん。それに、あのカマキリ共が攻めてきたとかいうのも、信じられん」


 案内人は、やや疲れたような声でそう言った。


「マンティス達のこと、知ってるだか?」


「ああ。粗暴で、非常に好戦的な奴等だ。だが……自分らの縄張りからは、早々出て来る事はなかったのだがな……」


 案内人はそんな事を独り言のようにブツブツ呟きながら、水の中へと入っていった。

 そして、しばらくして―――浮かび上がってくると奇怪な形状の船に乗っていた。

 どうやら、船は沈めて置かれていたようだ。


「すっげー……」


 思わず、グンバが感嘆の声を漏らす。

 その船は、所々に赤色や青色のパーツもあったが、ほぼ全てが真っ白で、ゴツゴツとした板状の部品で構成されていた。

 そして普通の船のような、滑らかな曲線の形状をしておらず、色々な場所から尖った出っ張り部分が伸びていた。

 真っ白なのは、最初、全く使われていないからだと思ったが、それは違った。


「さぁ、乗るがいい。これがギタラ女王所蔵の”珊瑚サンゴの船”だ」


 三人は、珊瑚の船の絢爛な威容に唖然としていたが、やがて船に乗り込んだ。


「乗ったな? では出発するぞ」


「スゲェ船だな……」


「もの凄く高そう」


 デアルガとキッチェが船に驚く中、カクタスの案内人は、舵を取り、何かを操作した。

 すると、船はゆっくりと前へと動き始め、沖合いへと進んでいった。



 時間は進み、日は沈み始ていた。

 夕焼けのオレンジ色が空を染め、海はそれを少々高い明度で写していた。

 それは、やがて来る漆黒の世界を暗示しているようにも思えた。


「そろそろだ」


 船は思ったよりも速いスピードで進み、1時間も経つと、沖に大きな陸地が見え始めてきた。

 ポツポツと町の灯が点き始めており、もう少しして夜の帳が降りれば、さぞ綺麗なネオンの輝く地平線が見えることだろう。

 人の世界が見え始めた辺りで、カクタスの案内人は訊ねた。


「さて……レギラッセス殿の手紙では”なるべく近寄ってから、海の上で降ろして欲しい”と書かれていたが、本当にいいのか?」


「ああ。頼むだぁ。後はオラ達だけで泳いで行くから」


「泳いで……? まさか、人間の町に入ろうというのか?」


「んだ」とグンバが応える。


 すると案内人は、信じられない、といった声音で応えた。


「馬鹿な……何を考えているのだ? 人間の町に、モンスターが入ったりなどすれば、まず、生きては帰れんぞ」


「ちょっと用があるんだぁよ」


「……」


 ぶつぶつと文句を言いつつも、カクタスの案内人はグンバ達を陸地の近くまで船で連れて行った。

 そして、陸地の灯りがだいぶ鮮明に見え始めた辺りで案内人は船を停止させた。


「ここまでだ。これ以上陸地には近づけん」


「ありがとうだ。それじゃあ行ってくるだよ。キッチェ、頼むだ!」


「あいよ!」


 グンバの呼びかけに応え、キッチェがまず海に飛び込む。

 そして空気を身体に溜め込んで身体を膨らませた。

 彼女の緑色の身体は、どんどん膨らんでいき、やがて1.5倍ほどの大きさになると、彼女の身体は海に浮かび、洋上を漂い始めた。


「こんな所かな?」


 次にグンバが飛び込み、キッチェの身体に掴まってみる。

 膨らんだスライムのボディは、しっかりとした弾力と浮力があり、オークの少々重い身体でも、問題なく浮かんだままでいる事ができた。

 安全を確認して、最後にデアルガが飛び乗って掴まる。


「OKだ。いいぜ!」


 そして三人はカクタスの船頭に礼を言って、船を後にした。


「それじゃあ、船頭さん!」


「女王様とレギラッセス隊長に、よろしく言っておいてくれだ!」


「ああ……くれぐれも、命だけは落とすんじゃないぞ。言うだけ無駄かもしれんが……」


 三人は、暗くなり始めた濃紺の海を泳ぎ進めていった。



 泳ぎ始めて、30分ほど経っただろうか。

 段々と陸地が近づき、夜の灯りが大きくなってきた。

 今まで、ずっとファンタジー的な場所にいたせいか、現代風の建物が立ち並ぶその光景は、遠景から見ると、幻想的な雰囲気をより酷く強めていた。


「さて……」


 陸地があと50mあるかないか位まで来た時、デアルガが言った。


「もうちょっとしたら、陸に上がれるが……どうするんだ? 結局、このまま町の中に入っちまうのか?」


「どういう事?」


 キッチェがデアルガに訊ねる。


「今度は”エネミー・フラグ・感知レーダー”を使ってる奴が居るだろうと思ってな」


「えねみー、ふらぐ……?」


「レーダーシステムの一つだ」


「レーダーって何?」


 キッチェの言葉に絶句する二人。


「……そこから説明しないとダメだか……」


 脱力した様子で、デアルガがグンバに言った。


「頼む。俺はとても説明できる気がしねぇ」


「えーっと……それじゃあ、レーダーって言葉そのものはわかるだか?」


「それは聞いたことあるけど……」


「レーダーってのは、要するに周囲を見る装置の事だぁ。言葉に直すと”探知機”って所だぁな。主に、船とか飛行機とかについてるもので、ある程度の範囲の物体を探知できるだ。それをゲーム上にも実装したものが”レーダーシステム”だぁ」


 グンバがキッチェに向かって指示する。


「パーソナルビュー画面で、右上の方に小さなアイコンがないだか?」


「アイコン……? そういえば視界の隅に、ちっちゃいマークがいくつか見えるけど……」


「それの、二重丸に十字線を組み合わせてるようなのを選択してくれだ」


「こう?」


 キッチェが指示通りに視界ウィンドウのマークを押すと、画面の右上のおよそ4分の1ほどに、突然うっすらと縦線と横線が引かれた円模様が浮かび上がってきた。


「うわっ! なにこれ!?」


「それがレーダーシステムだぁ。多分、今は―――”狭域エネミーフラグ感知モード”になってるんじゃないだか? 中心に赤色のマークが三つあるはずだぁ」


 キッチェが模様の中心を見ると、確かに赤い点が三つほど集まって見える。


「うん。確かに赤い点が三つぐらい見えるけど……その”きょういき”ってのはどういう事?」


「狭い範囲、って意味だぁ」


 グンバがレーダーを弄りながら、説明していく。


「レーダーにはいくつかのモードがあるだ。まず”広域”と”狭域”モード。これは範囲が広いか狭いかって違いで、広いと遠くのものが見えるけんど、その分表示が小さくなるから確認に注意を払わないといけないだ。逆に―――狭ければ、ハッキリと確認できるど」


キッチェもレーダーを動かして、実際に範囲調整を調整してみる。


「あ、範囲調整できるんだ」


「で、そしてもう一つが”フラグ感知”と”周辺感知”。これは生物の位置を確認するか、建物だとか周辺の構造を感知するか、ってモードだぁ。生物の感知にしておくと、敵と味方、中立NPCの場所がわかりやすくなって、周辺感知モードだと建物の入り口の場所だとかがわかりやすくなるだ。この”フラグ感知”モードの事を、別名で”エネミーフラグ感知モード”って言うだ」


「フラグってのはどういう意味なの?」


「1か0かって意味で、この場合は”敵”か”味方”かがわかりやすくなる状態だぁ。つまり、町の中で……ああ、レーダーは町の中とか、マップの解析状態を90%以上にしたフィールドとかで使えるんだけんど、町の中でこのモードにしてる人がいたら、上陸したらすぐに見つかっちまうって事なんだぁ」


 グンバの説明を聞いて、キッチェは逼迫している状況の深刻さを理解したようで、声音が焦った感じに変わった。


「じゃ、じゃあここまで来て上陸できないって事? それじゃ見つかっちゃうじゃないの」


「出来ないわけじゃないだ……でんも、ちょっと面倒な事になるだよ」


「どういう事だ? レーダーを突破する方法があるってのか?」


 デアルガの問いかけに、グンバが答える。


「レーダーは万能じゃあないだ。広域の場合は隠蔽能力を使ってるキャラを発見しにくくなるし個人のプライバシーを侵害しない為に、外に居るプレイヤーは、確か建物の中とか、個人の敷地の中は見れない事になってるだ」


「ああ……そういやァそんな仕様あったっけな。じゃあ、隠れながら上陸していくってワケか」


「んだ。今は……何時か正確にはわからないけんども、コンパネで時間を確認した時―――あれが、今から大体1日と5、6時間前ぐらい。あの時に学校の授業が一時間目。8時30分から9時20分ぐらいだから、それからおよそ30時間こっちで経ってる。つまり―――現実では10時間ぐらい経ってるから、およそ20時ぐらいのはずだぁ。なら……月曜のままで、現実世界のオラとデアルガは、ギルドの日課をこなす為に学校にギリギリ残ってるはずだぁ」


「えっ? 学校にまだいるの?」


「いるだよ? 月曜は金・土に残った課題をやるために、ギルドの構成員は基本、20時ぐらいまで学校に残ってプレイしてるだ」


「へぇ」とセンリが鼻で応えた。


「セン……じゃない、キッチェは学校ギルドに入ってたりしないだか?」


「あたしは……別に入ってないって言うか。違う事やってるから。ホントは入りたいんだけど、学校のギルドって男社会って言うかさ」


「ああ……なるほどなぁ」


 学校におけるギルドでは、基本的にギルドが男女別に分かれている事が多い。

 ガツガツとしたプレイを求める男子ギルドと趣味的なプレイを楽しむ女子ギルドとで分かれているというわけだ。

 そして、ファシテイトでは戦闘能力を重視してランクが決められる事が多い為、女子ギルドは大抵下位に置かれる事が多かった。


「まぁ、それは置いといて……結局、どこまで行くのよ?」


「本当はファシテイトの運営会社まで行って見ようかと思ってたけんども、町の中を歩いていくのが難しい以上―――まずは”自分”に会って見ようと思うだ」


「自分、って……」


「そういや言ってなかったんじゃねぇか? ”自分の姿”をゲームの中から見たって事」


「そう言えば……」


「ちょ、ちょっと、どういう事なの?」


 グンバは、キッチェにアリの谷に来る前の事を話した。

 キャンプに潜入して、コンパネから”現実世界で何事もなく過ごしている自分の姿”を見た事を。


「……嘘でしょ……」


 それにキッチェはひどく、驚いたようだった。

 そして、陸地もかなり近づいてきた所で、デアルガが言った。


「しかし、正直、俺ァ反対だぜ。その事にはよォ」


「どうしてだか?」


「十中八九、ヤバイ奴と戦う事になる気がするからさ。考えても見ろ、もし―――”他のプレイヤーがただ入れ替わってるだけ”なら、事故報告をしてるから、解決してる。事件にならないのは”戻りたくねぇから”って事で、恐らくは戦う事になる。そして”高性能NPC”だったら、現実の生活に慣れられるわけもないから、確実に不自然な行動ばかりをやってて、何かおかしいって事件になってるはずだ。仮にちゃんと生活できていても……ゲーム内に戻らねぇか、って言ったら、事件にならない、つまり現実に適応してるから”自分は現実のちゃんとした生き物だ”って思ってるはずだからァ、恐らく戦いになる。そして……一番ヤバイパターンは……」


 突然、デアルガの話が止まる。


「なんだか?」


 グンバが訊ねると、デアルガは頭蓋骨を掻きながら、畏れるような口調で言った。


「今まで―――事件が全く発覚してないって事を考えるとよォ。”全てを仕組んでる奴が、現実の身体に入ってる可能性”すらある。最悪、システムをどうのこうの出来るやつ。つまりは―――

GMゲームマスターが。そういう事だぜ……今からやろうとしてる事は」


 キッチェとグンバも、その事に気付き、押し黙ってしまった。

 しばらくして―――陸地が近づく中、グンバが言った。


「でも、進むしかないだよ。オラ達のこの状態じゃ。もうレベルとかを上げても、人間キャラに追いつくわけがないだ」


「……ま、確かにな。やるしかねェ、って事か……」


「なるようにしかならない、って感じかな」


 三人が決意を固めたとき、陸地は目の前にあった。



 暗い帳が完全に降り、夜の時間が始まっていた。

 これから、夜が始まる。もしかすると―――モンスターの姿で、最後になる夜が。


「……マジで入れってのか?」


 夜の黒に完全に染まった海の堤防で三人のモンスターが、ろくに姿も見えない中、話をしていた。


「そう言われても……やってみない事には、何とも言えないだ」


 そう言ってグンバは道具袋を差し出した。

 上陸してから、グンバは再び顔を隠して変装する事になったが、一応、念を入れてデアルガとキッチェに道具袋の中に隠れてもらう事にしたのだった。

 しかし―――基本的に、袋の中に大型の生物は入らない。

 小型の生き物でも難しい。システム的に入らないというわけではないのだが、生物は袋を占有するサイズがかなり大きく設定されているらしく、専用の捕獲アイテムでもなければ、まず入れることはできない。


「う~む……」


 デアルガが脚を入れてみるが、やはりというかなんというか、膝の付け根辺りまでしか入らない。


「やっぱり難しいだか」


「あたしもムリだわ」


 彼はスケルトンなので”物”扱いになるかも、と思い一応試してみる事にしたが、ダメであった。モンスターである以上は全てが生物扱いとなってしまうようだ。

 キッチェもそれは同じで、結局、そのまま三人で行動する事になった。

 つまり―――見つかったなら、一発でモンスターと判明してしまう以上、そこで

ジ・エンドになるというわけだ。


「用意はいいだか?」


「OKだ」


「大丈夫!」


「それじゃあ行くだよ!」


 グンバを先頭に、三人は堤防の上をそろそろと歩き始めた。

 上陸すると、ネオンの灯りが洪水のように溢れているのが目に飛び込んでくる。

 今まで入ったキャンプやアリの谷とは全く異質な、人の文明の世界だ。


「きれい……」


「なんだか久しぶりな感じがするだ」


「感傷に浸るのは結構だが、これからどう移動するんだ?」


「とりあえず、堤防をさっさと抜けて、適当な建物の上に登るだ」


「屋根を伝っていくのか」


「んだ。幾島情報高校までは住宅地が続いてるから、何とか行けるはずだぁ。ただ……問題は、どうやって学校内で自分のキャラと出会うか、だなぁ……。できるなら一人だけ下校してる時に、周囲に誰も居ない状態で会うことが出来ると一番いいんだけんど」


「ま、考えてても仕方ねェ。とにかく学校まで行こうぜ」


 三人は建物の敷地内に隠れつつ、適当な建物の上へと登り、都内を進んでいった。

 住宅地が密集しているところだけを選択して、さらに人目につかないよう進むのは大変だったが、人通りの少ない場所を探して、時折、建物の外へと出たりなどしつつ―――

 学校の方までやってくる事が出来た。


「着いたど……」


 近くの住宅地。

 とある建物の屋上から見る学校は、既に全ての部活の活動が終わっているらしく

 灯りが消えて、寂しい感じになっていた。

 どうやら―――みんな帰ってしまったらしい。一歩遅かったようだ。


「ダメだったかぁ……」


 建物の上を移動しっぱなしで、疲労が蓄積していたグンバが溜息をついた。

 そして、悄然としていた感じになって座り込んだ。

 だが、デアルガは付近をサーチして言った。


「いや―――違うみてェだぜ」


「えっ?」


「校庭の方を見てみろ」


 デアルガに言われて、グンバとキッチェは校庭を見た。

 電想世界における校庭は、主に戦闘訓練用に使われているので、楕円形のトラックの

 ほかに、色々な陣形を表すマークがついている。

 そのマークが点在する校庭の中央―――そこに、誰かが居る。


「あ、あれは……!!」


 グンバは、その姿を確認しておののいた。

 ボサボサの黒い短髪、眠そうな目をしていて、体格は普通より僅かに小柄。

 上半身に大きめの胸部のみを覆うプレートアーマーを装備しているが、その他は全体的に軽装な装備だ。

 そして刀身が大きく、片刃のサバイバルナイフを腰に下げている。

 額には何かの紋章が描かれている鉢金が巻かれていた。

 その姿は、見覚えがある、と言うレベルではなかった。


「オラのキャラだ……」


 それは、自分自身が長年親しんでいた自キャラ「ラクォーツ」の姿そのものだった。

 グンバが思わず確かめようと、建物から飛び降りる。


(ばっ! 馬鹿! 止めろ!!)


 しかし、降りようとするグンバをデアルガが掴み、小声で静止した。


「なっ、何を……」


(どう見ても不自然だろうが!)


 キッチェも小声で続けて言った。


(確かに。学校閉まってるから帰ってるはずなのにいるし、一人だけだし……まるで―――

”こっちを待ってる”みたいな感じ)


 グンバが頭を振り、二人に言う。


(確かに、ちょっと軽率だっただ……。で、でも、なんでじゃああんな風に待ってるだ……?)


(……わからん。ただキッチェも言ってるが、あの様子はどう見ても変だ。”普通”じゃあない)


 一応、学校の周囲を見える範囲で見てみるが、他にキャラクターは見当たらない。


(……ヤスキのキャラだけか。他には、いねェようだが……)


 ミツキの”セイグンタ”は居ないようだ。


(グンバ。今回はやっぱ止めとこうぜ。すげェやばい感じがする……一旦戻るか、無理してでも直接、運営会社の方へ行った方がいい)


(……)


 確かに、デアルガとキッチェの言う事はもっともだ。

 よくよく考えれば、明らかに”不自然”だ。

 ただ一人だけで、それも学校の閉鎖空間の中で、待機しているなど。

 どう見ても”誘い込もうとしている”ようにしか見えない。

 だが―――グンバは止まらなかった。


(いや、オラは行くだ)


(正気か!? どう見ても戦いになる! 殺されるぞ!)


(でんも……逆に見れば、これ以上無いチャンスでもあるだ。他のプレイヤーに邪魔されずに、会うことが出来るんだから)


(しかし……)


(ヤバさはオラにもわかってるだ。どっちにせよ、戦いになったら勝ち目は最初から無いど)


 三人のレベルは、Cランクの強敵モンスターであるザリガニを倒した為、最初に比べて、かなり上がっている。それこそ、驚異的なほどだ。

 だがそれでも、同レベルの人間キャラには、遥か遠く及ばないだろう。

 ヤスキのラクォーツと比べたりすれば尚更だ。

 彼のレベルは脱初心者基準の20レベルなど、とうの昔に通り越している。

 今のモンスターの状態では、例え三人がかりでも、

 戦闘になったら100%勝ち目は無い。


(けんども、運営会社の方まで行くとなると、どう考えても難しいだよ)


(……)


(それに、運営会社の方に辿り着けても、結局はなんとかして意思疎通をしなきゃいけないんだから、危険度は大差ないと思うだよ)


 ファシテイトの運営会社は、いくつか日本の各所に点在している。

 一番近いのは埼玉にある会社だが、今、ここからそこまで、全く人に見られずに行くというのは、まず不可能だろう。

 ここが―――モンスターの姿で来れる場所の限界だ。

 グンバはそう確信していた。

 だからこそ”多少は危険でも、賭けてみるしかない”。

 そう思っていたのだった。


(デアルガ、キッチェ。二人は待っててくれだ。オラだけで行く。もし、戦闘になったら……二人は一旦、大陸へ戻るか、海の方に出てオラには構わず、沖合いから荒川を登って運営の方へ行って欲しいだ)


(……わかった)


 デアルガが渋々、と言った風に返事をする。

 それを聞いてから、グンバは最低限のアイテムだけを残し、デアルガに道具袋の中身を渡した。そして建物を降り、すぐさま学校の敷地内へと入っていった。


「グンバ……」


(死ぬなよォ……)



 学校にはすんなりと入ることが出来た。


(……やっぱり、誘ってるだな、こりゃ)


 学校エリアに入るには、アカウントの証明をする必要がある。

 基本的に生徒でない人間は、学校の敷地内に無許可では入れないからだ。

 今回、入ろうとしたなら、そのためのIDとパスコードの入力を求めるウィンドウが校門を抜けようとしたら出るはずだ。しかし、それが出ない。

 これはつまり、予め”内部から警備システムが切られている”か、

”誰かのIDで招待のため、門が開けられており入場可能になっている”か。

 そのどちらかだ。そして、どっちにせよ、内部からの操作が必要だ。

 だから、この時点で”誘い込まれている”のは確定したようなものだった。


(……)


 グンバは、校舎の外観にふと、懐かしさのような物を一瞬感じたが

 すぐに気持ちを切り替えて、校庭へと走った。

 校庭には、外から見た時そのまま、一歩も動かずにラクォーツは立っていた。


(いた……!)


 自分の後姿であるはずだが、ひどく見慣れない感じがした。

 当たり前といえば当たり前か。自分の背後からの姿など、鏡を複数枚使ってでもなければ、そうそう見る事は無い。

 とても近くて、しかし、滅多に見ることの無い姿だ。

 グンバが恐る恐る近づくと、やがて―――ラクォーツは振り向いた。

 そして、表情を一変も変えずに、こちらを見た。


「……」


 グンバは一瞬、それに面食らってしまったが、すぐに気を取り直して、ジェスチャーで自分の状況を伝え始めた。

 相手は人間キャラクターであるから、言葉は通じないのだ。

 もし敵意を持っていないなら、攻撃される前にこちらの状況を伝える必要がある。

 そう思い、必死に自分がモンスターでないアピールを繰り返す。

 すると―――


「……プッ!」


 突然、ラクォーツは吹き出して大声で笑い始めた。


「アハハハハ!」


 いきなりの大笑いに、戸惑うばかりのグンバ。

 しかし、次の瞬間、思いもよらない現象が起きた。


「そんな、事……しなくても、通じるからさぁ」


「!!」


 グンバに、動揺にも似た衝撃が走った。

 ラクォーツは笑いを必死に抑えながら―――

 こちらに”通じる声”で話しかけてきたのだ。無邪気そうな声音で。

 英語か何か、わからない言葉ではなく、ちゃんとした日本語だ。

 今まで、モンスターとしか話せなかったのに、ちゃんと翻訳システムが機能している。


「わ、わかるんだか!?」


「ああ。通じてるよ」


 よほどグンバのジェスチャーが必死で面白かったのか、笑いがまだ治まりきらない様子だった。目元を擦りながら、ラクォーツは言う。


「よくここまで来れたねぇ。驚きだよ」


 声は、やや高めだ。

 自分と同じか、少し年齢が下のような……

 やや子供じみた感じの声に聞こえる。

 これが”中に入っているプレイヤーの声”なんだろうか。


「弱っちいザコモンスターの状態で、生き残れてるってだけでもすごいってのに」


(ッ!)


 その話し方を聞いて、グンバは背筋が寒くなるのを感じた。

 本当なら、話し方から”自分ではない”事を確認できて安堵する場面のはずだが、できなかった。

 とてつもなく―――”嫌な感じ”がしたからだ。


「ここまで来れるなんて。しかも―――君だけじゃない。後ろの……建物の上か、それとも敷地内かな? 二人も仲間を連れてる。君、どうやらよっぽど熟練のゲーマーだったみたいだねぇ」


 この話し方は―――”事故に偶然遭遇した他プレイヤー”やマギーやグライズといった”高性能NPC”の語り口ではない。

 ―――”全てを仕組んだ人間の話し方”だ。

 それも―――”システム側”から。


「お、お前……誰だか?」


 思わずグンバは訊ねた。


「お前は……オラじゃない。お前……一体、誰なんだぁ!?」


「答えると思う? そんな風に、いきなり”アンタ誰だ?”って聞いて答えてくれるのは、お人よしか、友達だけだって」


「??」


「あ、友達だったらわざわざ名前を聞くわけないか。アハハ!」


 自分の言葉で、無邪気そうに笑いながら”ラクォーツの姿の誰か”は続けて言った。


「まぁでも、ここまでやっと来れたんだろうし、ちょっとはご褒美の一つも無いと、悪者過ぎるかなぁ」


「……げ、ゲームマスター、だな……?」


「ん?」


「その話し方……どう考えても、一般人じゃないど……」


「近いけど、ちょぉーっと違うねぇ」


 ヤバイ。今、自分はかなり”ヤバイ”状況だ。

 その感情だけがグンバの中にあった。

 どう好意的に見ても、会話の流れが”戦う前フリ”にしか見えない。

 そして戦いになったら、100%こちらに勝ち目は無い。

 逃げる事も、もうムリだ。


(……)


「まぁ、戦って死ぬ前に、名前くらいは教えてあげないと、やっぱり悪いよねぇ」


 だが、グンバはそんな絶望的な状況の中、覚悟を決めていた。

 どちらにせよ、もう進まなければならないのだ。

 もう、戻る事はできないのだ―――!


「今、多分君のアバター名が表示されてるだろうけど―――」


 ”ラクォーツの姿の誰か”は、数拍置いてから、言った。


「僕の名は”プリブラム”。GMゲーム・マスターじゃあなくて―――”この世界の主”」


―――WMワールド・マスターさ。


 次の瞬間、グンバのパーソナルビューに、名前が表示された。

 それは、初めて目にする”名前が判明している状態”での

 ”正体不明フラグ付き”プレイヤー・キャラクター名だった。


《???Facitate Character???§合成騎士『リランデ・ルバー・ラ・クォーツ』

-Synthe Knight『Lerande_Lubar_Ra*Quartz』-》



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