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07:ギラセル防衛戦-BOSS-

 モンスター化してしまったグンバ、デアルガ、センリのプレイヤー三人は、町の防衛戦へと臨んだ。

 苦戦するかもしれないと思われたが、町に滞在していた他の獣人型キャラクターや町に居た兵士のアントラスが参戦してくれた為、防衛戦はあまり大した被害もなく、第一段階、第二段階を終了した。

 だが、最後の第三段階「ボス戦闘」が始まると、通常では出現し得ないCNニュートラルクラスに位置する強力なモンスター「戦車ザリガニ」が現れた―――

(文字数:20873)

 強大な『戦車ザリガニ』は、谷に降り立つと、ゆっくりと移動を始めた。

これからどういう行動を取るかは、まだわからないが、とにかく何か対策を取らなくてはならない。


(正面から行っても、勝つのは難しいど……)


 グンバは、遠くにボスが見える中、考えていた。

 正面から向かっていっても、まずムリだ。

 何故か? それはヤツの……


「掛かれッ! 相手は一人だ! 恐れるな!!」


「!?」


 アントラス・ウォーリアの一人が、号令を掛けた。

 外見が少々普通のウォーリアと違うその姿に、デアルガは見覚えがあった。


「な、何をやってるだっ!?」


「アイツ……確か”レギラッセス”とか言ってた……」


 それを聞いて「誰だど?」とグンバ。


「ここの守護責任者とか言ってたヤツだ。兵団の団長とか、そういうのだろ」


「団長? とにかく、マズイだ!」


 グンバが急ぎ、大声でレギラッセスのほうへと向かって叫んだ。


「まっ、待つだぁっ!! まだ仕掛けるんじゃねーどぉっ!! そいつはヤバ過ぎ……」

 だが、それを言ったときには、既に手遅れになっていた。


「かかれぇっ!!」


 アントラス・ウォーリア達が何十人もの集団で戦車ザリガニを囲み、一気に攻撃を仕掛けていった。ある者は持っていた武器を叩き付け、ある者は身体によじ登って、殻の隙間へと武器を滑り込ませていった。

 だが―――青く頑丈な殻には、いくら武器を叩きつけてもヒビすら入らない。

 隙間は、空いている事は空いているのだが、とてつもなく狭く、その上で粘度の高い液体が満ちており、武器を深く突き刺す事はできなかった。


「ダメですっ! 硬くて武器が効きません!!」


「隙間もまるでダメだっ! 刃が通らない!」


「続けよ!」


 兵士達が次々に上げる報告に、苦い顔をしていたレギラッセスだが、攻撃自体を止めようとはしなかった。何せ相手はたった一人。その上、動きがさほど早くない。

 身体に乗った兵士達を払いのけようとハサミを上げているが、動きが遅すぎて全く触れる事さえ出来ていないところからも、それは明らかだ。

 確かに硬いが、攻撃を続けていれば、そう時間を掛けずに倒せるはず。

 そう、思っていた。


「そいつから急いで離れるだっ!!」


 旅人達も集まり始めて来た時、一人のオークが現れ、レギラッセスに言った。


「早ぐっ!! 近づいてると”トルネード”に巻き込まれるどっ!!」


「トルネード?」


「何を言ってやがるんだ」


 その時―――”カキン”と何かの音が連続して鳴った。

 金属の金具が外れるような、骨が強く擦られるような、変な音だ。


「!!」


 近くまで来ていたグンバにもそれは聞こえた。

 聞いた途端、彼は顔を青くして、必死に叫んだ。


「い、今すぐ離れるだっ!! 離れないと死ぬどぉっ!!」


 そう言って一目散に元いた場所まで踵を返していった。


「……お、俺達も、一応離れるか」


「確かに、なんか変だ」


「おい、降りるのかよ」


「ビビりのオークとは言え、流石にあの様子は変だぜ」


 あまりに必死の形相で叫んだが為に、兵士の一部と旅人たちの半分ほどがザリガニから距離を取りはじめたとき―――ザリガニの腕に変化が起こった。


「うっ!?」


 戦車ザリガニの腕が、突如回転し始めた。

 腕全体が一気に回転し始めるのではなく、間接ごとに回る方向やスピードが違うため、気付くのが遅れてしまった。

 先程の”妙な音”が何度も連続して鳴り、回転のスピードがどんどん速くなっていく。

「ま、まずい、離れよっ!!」


 異常を察知したレギラッセスが、あわてて兵士達に指示を出した。

 だが―――その時にはもう手遅れだった。


「キッシャァァァーォォッ!!」


 戦車ザリガニが高速回転する腕を振るうと、軌道上に居た者は、その全てが色々な方向へと吹き飛ばされた。甲殻の腕は、節々が別に回転を行っている為、何もかもを弾き飛ばす凄まじい”斥力せきりょく”が発生していたのだ。

 触れたものは、誰も立っていることが出来ず、あらゆる建造物は紙のように破壊されていった。

 当たらなくても風圧だけで、何もかもが飛ばされていきそうなほどだった。


「な、なにあれ……!?」


 避難できた者たちと、あらかじめ遠くで様子を見ていたグンバ達は難を逃れ、余りにも圧倒的な破壊の様相を見ていた。


「”トルネード・アームハンマー”だぁ……」


「トルネ……って、あれのこと?」


 グンバがセンリに説明する。


「んだ……”トルネード・アームハンマー”。本来は中級以上の闘士系クラスが持っている能力で、腕の周りに回転エネルギーを発生させて破壊力を上げるって技だぁよ」


「闘士の技なのね」


「アイツは闘士とか関係ないけんども、体の構造が合ってるから持ってるんだぁよ。魔力エネルギーとかを纏わせるんじゃなく、腕そのものがドリルみたいに回転するからタチが悪いだ」


「しかし……どうする?」とデアルガが言う。

「俺たちのパワーじゃ、ダメージを与えらんねェぞ。攻撃の手段が何もねェ」


「さっきやってたみたいに、頭に剣で斬りかかってもダメなの?」


「無駄だ。目玉を多少傷付けるぐらいなら運良くできるかもしれんが、それでヤツに決定打を与えられるワケじゃない」


「じゃあ、爆弾をお腹の方へ投げ入れて一斉に爆発させたらなんとかなるんじゃない?」

「それじゃダメだぁよ」


「あのすんごい爆発でもダメなの?」


「ダメとかいう前に、アイツはまず倒す手順ってモンがあるんだ」


「手順?」


「ああ。アイツにはな……」


 デアルガがセンリに詳細を話そうとしたとき、ザリガニに近づく影があった。

 影は4つ。先頭の者は、大きな”たてがみ”があって目立つせいで、遠くからでも誰なのかわかった。


「グライズ……!」


「あのレオニクスか?」


 グライズは回転する腕に臆することなく、近づいていった。


「ばっ、馬鹿じゃねェのか!!」


「やばいっ!」


 グンバが再び出て行った。



 戦車ザリガニへと先頭をひた進むグライズ一行。

 トルネード・アームハンマーが起こす凄まじい強風が吹き荒ぶ中、仲間の鼠の獣人が言った。


「も、戻りましょう、マスター! 危険です!」


 ザリガニが腕を振るい、近場にいる兵士や獣人達に攻撃するたびに、より強い風が辺りを殴るように発生し、まるで皮膚をもそぎ落とされそうになる。


「ぐ、グライズ様……これは……引かれた方が……!」


「俺に指図するなッ! 戻りたいなら貴様らだけで戻れッ!」


「し、しかしそれでは……」


 グライズは、レオニクスらしい強靭な肉体で強風にも全く動じていなかったが、他の仲間たちは今にも消し飛びそうな様子だ。

 やがて周囲の兵士達を全て倒したのか、ザリガニがグライズの方向へと身体を向けた。 一瞬だけの空拍が空いた後―――


「ッ!!」


 突然、飛ぶような勢いで、ザリガニはグライズ達の方へ突っ込んできた!


「う、うわぁァッ!!」


 先程までの、のんびりしていた動きとは全く比べ物にならない。

 それはまさに―――”爆発するように”と言うに相応しい速度だった。


「くうッ!!」


 グライズは咄嗟に横っ飛びに身体を飛ばし、体当たりを回避したが、他の三人は避けられず、もろに体当たりを食らってしまった。

 そして、短い悲鳴と共に谷の外まで飛ばされていった。

 ザリガニはそのまま壁面に身体を突っ込ませ、体が壁に埋まった。


「カーツ! エイター! ラギッシュ!」


 グライズが名前を呼ぶが、もう3人の声は聞こえなかった。

 死んでしまったか、それとも恐ろしく遠くまで飛ばされたか。

 一人になったグライズは、壁から身体を引き抜こうとしているザリガニを見た。


「てめぇ……ッ!!」


 グライズの身体が急速に膨れ上がっていった。

 腕がまるで波打つかのように盛り上がり、脚はゴツゴツの岩のようになっていく。

 鎧のようだった胸部は、更に厚く肥大化し、まさに真の意味で”筋肉の鎧”と変化していった。


「なっ……!」


 それを見ていたグンバが目を見開いてそれを見た。

 ただでさえ筋骨隆々であったグライズの身体が、更に一回り巨大化していくのを。


「何あれ……!?」


「”本気”を出しやがったな」


 デアルガとセンリも、それを遠くから見ていた。



「本気、って……今までのアレでもまだ本気じゃなかったって言うの!?」


「あの様子を見る限りはな。恐らく―――これから、リミッターを解除しての、マジの戦いをやる気だぜ」


 グライズは、身体から凄まじい蒸気を発しながら、ゆっくりと戦車ザリガニに近づいていった。そして拳の届く距離まで移動すると、軸足になる左足を前に出し、地面にめり込ませた。


「畏れよ、我が”力”を」


 グライズがそう呟いた途端、筋肉が更に巨大化していった。

 まさにそれは”塊”と言う他無い状態になり、止め処なく力が凝縮されていく。

 恐らくは、ありったけの力を込めているのだろう。

 右腕が赤くなっていくそれは、まさに金属を熱していくような風にも見えた。


「もしかして……”獣王拳”ってヤツか!?」


「獣王拳?」


 センリがデアルガに訊ねる。


「獣人が使う格闘技の流派を総称して”獣人拳”って言うんだが、その中で最強のヤツがあれだ。噂でしか聞いた事が無かったが……まさかマジで存在してる技とはな」


「最初に呟いたのは何なの?」


「ありゃ”譜羈融粋ふきとうすい”ってスキルだ。一種の自己催眠みたいなヤツで、闘士の技のひとつにある。ああやって言葉を呟いたり、ポーズを取って闘気を高めていく。上級者になると、言葉を呟くだけで体質をも変化させられるって話だが……」


 まさに、今のグライズはその状態だった。

 これだけでも相当な実力を持っていることが窺えた。


「ハァァァ……ッ!!」


 グライズを中心に、周囲に地響きが起こっていく。

 筋肉の震動が、直に地面へと伝わり、大地をも震わせていた。

 ザリガニは、ようやく壁に埋まっていた身体を引き抜き、そんなグライズを見つめた。 今まさに、爆発しようとするその姿を。

 だが戦車ザリガニは、恐れも逃げもせずに、再び腕を急激に回転させる。


「ギシャァァァッ!!」


 そして、高速回転するドリルのような、その甲殻に包まれた腕をグライズへと叩き付けた。だが、グライズに命中しようとする、その一拍の間―――


「《獣王肢技》」


 静かに声が響いた。とてつもなく低く、地を這うような声が。

 その瞬間、その場に居た全ての者に、時が止まったかのように感じられた。

 時間の流れが極端に遅くなった、と言うべきか。

 その中を、グライズの身体がゆっくりと動いていった。

 引いていた腕が、前方に迫っていたザリガニの回転する腕へと放たれていく。

 獣王は、たてがみを震わせて言葉を放った。


「《極星王牙撃》!!」


 甲殻の腕と、筋肉の塊が―――激突した。



 ゴギャッ!!


 鈍い音と共に、時は動き出し始め、光がはじけ飛ぶようなエフェクトが、周囲に撒き散らされた。


「グッ!」


 余りの衝撃と閃光に、思わず目を背ける三人。


「ど、どうなっただッ!?」


 グンバがすぐに視線をザリガニたちの方へ戻す。

 すると―――そこには信じられない光景があった。


「ギ、ギギッ……」


 グライズが膝を着いており、ザリガニが吹き飛ばされて壁にめり込んでいる。

 ザリガニの片腕、グライズに殴りかかった方の腕は、大きくハサミの方が裂け、無残な姿となっていた。そして、驚いた事にザリガニの体力ゲージが3割ほど減っていた。


「ま、まさか……打ち勝ったんだか!?」


 グンバは信じられない、という風に言った。

 本当に信じられない事だった。あの戦車ザリガニに、物理攻撃のみであそこまでダメージを与える事ができるとは、とても思わなかったからだ。

 だが―――無条件に打ち勝てたわけではなかった。


「グッ、グウッ……!」


 グライズが、身体を揺らしながらも、何とか立ち上がった。

 声音からもだが、身体を見ると相当なダメージなのが窺えた。

 攻撃を放った右手は拳がひしゃげ、指がどれもあらぬ方向に曲がっている。

 腕の筋肉もズタズタで、所々が裂け、血が勢い良く滴っていた。

 あれでは、少なくともこの戦闘中に同じ事は二度とできないだろう。


「ハァッ、ハァ……!」


 満身創痍ながらも、グライズはザリガニの方を睨みつけている。

 プライドなのか、それとも仲間に攻撃を加えられた怒りなのか。

 ザリガニは身体の後ろ半分ほどを、壁に飲まれていたが、やがて目に光が戻り、意識を取り戻した。


「ギギ……キシュァッ」


 そして突然、壁に埋まったままの姿勢で、片手だけをグライズに向けた。

 腕を動かさない姿勢で、手を向け―――ハサミを開いた。


(……?)


「うッ! ヤバイだッ!!」


 それを見ていたグンバが、急いでグライズへと駆け寄って行った。

 まだかなり距離があった。


(なん……の、マネだ……?)


 グライズは、身構えるわけでもなく、ただただハサミを見ている。

 殴ろうとしているのだろうか? 今までの動きを見る限り、あのザリガニは思考力自体は余り持ち合わせていないようだから、もしかすると、先程の衝撃がまだ残っていて、

”壁に埋まっている事”にさえ気付けていないだけなのかもしれない。

 そんな風にグライズは考えていたが、次の瞬間―――

 それが自分の思考力の限界であった事に気付かされることとなった。


「ん?」


 一瞬、ハサミの部分に、何か火花が散ったように見えた。

 ちりっ、と機械の接触不良によって、電気が漏れたような音がした。

 そして泡のようなものがハサミの中で生成されるのが見えた。


「……な、なんだ……?」


 ハサミの中で、急速に”それ”は生成されていった。

 ”光の泡”とでもいうべきものは、あっという間に大きな火の玉のようになり、ハサミの中を満たして、溢れんばかりの大きさとなった。


「ッ!」


 その時に初めて、グライズは戦車ザリガニが、”殴ろう”としていたのではなく―――こちらを”狙っていた”ことに気付いた。


「し、しまッ……!!」


「危ねぇだッ!」


 グンバがグライズに飛び掛り、そのままタックルの要領で彼に抱きついて大きく横に飛んだ。そして、地面に転がった。

 転瞬―――グライズの立っていた場所が大爆発を起こした。

 ザリガニのハサミから巨大なピンク色の塊が発射され、電気のようなものが周囲に瞬間的に張り巡らされた。

 それは電気のような性質をもっていて兵士の落とした剣などが激しく火花スパークに包まれ、一気に焼き焦げていった。

 グンバはそのままグライズの服を引っ張って、手ごろな洞穴へと逃げ込んだ。

 その光景を見ていたデアルガが言った。


「気力源子弾攻撃か……!!」



 グンバがグライズを洞穴へ引っ張って行った後、ザリガニは再び、ゆっくりと壁の道を動き出し始めた。次のターゲットか、大きめの施設を見つける為だろう。


「な、何を……しやがる……っ!」


「もうちょっとで死んでただぁよ」


 グンバが外の様子を確かめながら、グライズへ言った。


「あんな不意打ち一発で、死には……しねぇ……!」


「よく言うだよ。そんなボロボロの身体で。異能防壁を一枚も張らずに、あんな大型の気力源子弾攻撃を受けたら―――間違いなく”即死”だぁよ」


「……?」


「さっきのアンタのパンチの威力は、有り得ねぇって驚いたけんども、”即死する”って方は、有り金全部賭けてもいいぐらい、確信して言えるだ」


 グンバがそう言うと、グライズは不思議な事を聞いたように目を丸くして応えた。


「異能防壁……? 気力源子弾……? なんだ、そりゃあ?」


 グンバが問いかけに答える。


「”異能防壁”は魔法とか特殊能力による攻撃を防御するシステムの事で、気力源子弾攻撃は、文字通り”気力エネルギー”を収束させて放つ攻撃だぁよ。別名を―――

”エナジー・ブリット”」


「……何を言ってるのか、全然わからん」


 そう返され、顔をしかめるグンバ。


「えーっとなぁ……あの技は、魔法みたいな能力なんだぁ。それで、ただ身体を鍛えただけじゃあ、全く防御できないんだぁよ」


「そうなのか……」


「”魔弾マジック・ボルト”ってのを知ってるだか? 魔法使いの使う攻撃魔法。

あれみたいなもんなんだぁよ」


「……」


 地震が洞穴内に響き渡る。

 ザリガニは、谷の下の階層へと移動しようと、段々と動き出していた。


「グンバが!」


「アイツは大丈夫だ。洞窟の中に逃げ切った」


「良かった……」


 場面は外の二人に戻る。

 あの爆発が起きた後、センリが戦慄の声を上げていた。


「な、何なのよあれ!? ピンク色の、光の爆弾みたいな……」


「”気力源子弾攻撃”ってヤツだ」


「気力源子弾……?」


 デアルガがザリガニの様子を窺う。

 どうやら、自分達のいるほうとは反対側に、ゆっくりと移動しているようだ。

 安全を確認すると、デアルガはセンリに話し始めた。


「このゲームのシステムは、色んなゲームを参考に作られてる。それはわかるな?」


「うん」とセンリが応えた。


「で、魔法のシステムはな……いや魔法と言うか、全ての特殊能力のシステムは、大部分が”XYZ”っていうTRPGを参考に作られているんだ」


「”XYZ”?」


「全ての人間が魔法使いとなって、全世界が突入した最悪の時代に立ち向かい、平和な時代が来るまで生き残る、って言う内容のゲームさ。”TRPG”ってのは”テーブルトーク・ロールプレイングゲーム”の略だ。要は、ゲーム機を介さずに人同士の話し合いだけで進むテーブルゲームって感じだな」


 鼻で感心する声を上げるセンリ。


「でも……それが、気力なんたらってのとどう関係すんのよ」


「そのXYZの中で魔法使い達は流派とかのほかに、使用するエネルギーの違いでも分けられてるんだが、そこに気力が登場するんだ。魔力、気力、霊力、生命力ってな感じでな」

「違いは何なの?」


「本質的に、大きな違いはない。全ての生物に流れている力の、扱う種類が違うってだけでな。魔力は精神の力、気力は生命の力、霊力は魂の力、そして生命力は存在を維持する力ってな具合だ」


「?? 違いが全然わかんないんだけど」


「そこは……なんつーか、感覚で憶えていくしかねェんだ。ただ、憶えやすい目安として、それぞれ”精神的な体力”、”肉体的なエネルギー”、”魂そのものの力”。それとは別に”存在を維持する力”ってものが分けられてる、と考えてくれ」


「う~ん……なんかわかるような、わからないような」


「まァなんつーか、HPと別にMPが3種類に分けられてるみたいな感じだ。魔法を使い始めれば嫌でもわかる。ちなみに……この4つのエネルギーを”4源子”と言って、これを炎などの力に全く変質させずに、純然たるものとして発射する攻撃を”源子弾攻撃”って言うんだ。”魔力弾”とかにな」


「じゃあ……”気力”だから……あれは……」


「気力、もとい生命力のエネルギーを収束させて作り出した”生命の弾丸”ってワケだ」

 デアルガはうんざりしたような声で続けて言った。


「実を言うとな……アレがヤツの一番やべェ武器なんだ。あの戦車ザリガニは、生命力が確か”超強靭”の設定だから、大型の気力弾が余りタメなしで撃てる」


「喰らったら……やっぱりヤバイ?」


「場合による。”異能防御壁”って特殊防御を張ってねェと、”鋼鉄の鎧”でも”紙”と同じ扱いになるからな。熟練の魔法使いとかなら、一、二撃ぐらいはなんとか耐えられるだろうが―――防壁を張れなけりゃ、フル装備かつ防御特化の騎士クラスであろうと、

数百人規模で爆殺されるぐらいの威力がある」


「うへぇぇ~……」


 センリが呻くと、ウィンドウから警告音と共にメッセージが表示された。


『町の損壊率が30%を超えました。撤退リミット増加』


「?、撤退リミット?」センリが何のことかわからずに言う。


「まじぃな……」


 デアルガはそのメッセージを苦々しい声を漏らして聞いていた。



 システムメッセージであったのでグンバにもそれは届き、意味を知る彼もまた危機感を募らせていた。


「ヤバイだ……これ以上は……!!」


 住人を含む”町”には被害の程度を表すHPのようなものが存在しており、被害が出るとその分、敵モンスターが撤退するまでの時間が長引いていく。

 これを”撤退リミット”と言う。

 そして、町のダメージがおよそ”7割”を超えると、リミットが無制限化し、完全な殲滅せんめつ戦となる。

 つまり―――どちらかが完全に全滅するまで、戦いが終わらなくなってしまうのだ。

 相手を倒す手段が全く無い今の状態で、もしタイムリミットが消えれば、それはこちら側の敗北を意味していた。


(……)


 恐らく、このまま行くと最下層のアントラスの巣へと突撃していく。

 そして最終的には、女王を撃破する気だろう。

 そうなったら、町の損壊率は確実に7割を超える。


「リミットが吹っ飛んだらおしまいだぁ……!!」


「お前!!」


 ザリガニを確認するため、外の様子を窺っていると、後ろから突然襟首をつかまれた。

 血だらけの手の主は、言うまでも無くグライズだった。


「あいつの事がわかるのか!? 倒し方を知っているなら教えろ!!」


 凄い力で首を絞めながら、グライズはグンバに言い放った。


「ギ、ギブギブギブ!!」


 ”オチ”かける中、締め付ける手を必死にたたくとグライズは我に返り、慌てて手を離した。喉をさすって気道を確保しながら、グンバは言った。


「な、何をするだ!」


「ヤツを倒す方法か、弱点のようなものがあるか、知っているなら教えろ! このまま、負けたままでは終われん!!」


「……そんなボロボロの身体じゃあ、いくらなんでもできねぇだよ」


「その口ぶりだと、あるんだな?」


「……」


 あまりにも迫力ある”押し”に根負けし、グンバは小さく溜息を吐いてから言った。


「聞いた事はあるだ」


「どんな方法だ」


「あいつを倒すには―――身体全体を覆っている”殻”。それを破壊するか”ヒビ”を入れて、その上で露出する”身”の部分に、弱点である”電撃”か”炎”の攻撃を浴びせないとダメだって話だぁ」


「身の部分か……」


「もしくは……殻を破壊した後に、更に身を力で破壊するか。でも……殻の中の身は更に硬いって話だぁよ」


「ぐっ……」


 グライズは壁により掛かり、左手で頭を抱えた。

 さきほどの攻撃で負傷した右腕は、流れ出る血がだいぶ収まり、ひとまずは大丈夫なようだが、それでも、ダメージが大きいのはすぐに見て取れた。


「さっきの一撃、よほど身体に負担をかける技だったんだぁな。流石に……今のそのボロボロの身体じゃあ、とても再攻撃はムリだぁよ。そして……オラ達含めて、たぶんこの谷の町には、誰も殻を破壊することすらムリだぁ……」


「……くそォッ!!」


 左拳を壁に思い切り叩き付け、洞穴がゆれる。


「うわッ!! な、何をしてるだ! 暴れるとヤツがこっち来ちまうだよ!」


「何か、他に弱点か何か無いのかッ!! このまま……負けて国には戻れんのだッ!!」

「……国?」


 グンバがそう言うと、グライズはハッとした顔になって、慌てて言った。


「……忘れろ。今のは失言だ」


「……」


 まだ洞穴内は、先程のグライズの一撃の余韻で揺れていた。

 天井が震え、土埃が周囲に舞っているが、どうにか崩れるのは免れそうだ。


(どうすりゃいいだ……)


 グンバは、ウィンドウの端に表示されている町の損壊率を見る。


■市街残存率 64%


 恐らく、リミットは近いうちに無制限化してしまうだろう、とグンバは推測していた。 あと―――こちらが行える手段と言えば、挑発などでザリガニをできる限り連れ回し

町に被害が及ばないようにタイムアップを待つ、という程度だが

 全くザリガニに攻撃をさせないでそれを行う、というのはまず不可能だ。


(それに……町自体にだいぶガタがきちまってるだ)


 外にいたときは気付かなかったが、こうして洞穴の部屋の中を見ると、ヒビが入っているのが見てとれる。恐らく、先程の大暴れのおかげで、谷全体にダメージが浸透してしまっているに違いない。

 だから、再びトルネード・アームハンマーを発動させての突撃や、先程の気力源子弾攻撃などを撃たれれば、恐らく一気に町の損壊率が跳ね上がる。

 それに……全ての攻撃を回避して、というのはまずムリだろう。

 グンバは、戦車ザリガニの特性や弱点などは、強敵であるために知っていたものの

攻撃するところを見たりするのは初めてだったからだ。


(とんでもない突撃攻撃だっただ……)


 先程の源子弾攻撃も脅威だったが、更に恐ろしいと感じたのは両腕を回転させながら

突っ込んでくるタックル攻撃だ。

 あんな、巨大なミキサーか何かがぶつかるような攻撃をまともに喰らったら、それこそ一発で挽きミンチにされてしまう。

 それにあのスピード。あれを何度もかわすなど、不可能だ。


(……どうしたらいいだ……)


 武器による攻撃は防御力が高すぎて効かない。かといって素手ではもっとムリだ。

 グライズのようなパワーを持つものが、後何人かいれば手が出てくる事は出てくるが、とても期待はできない。

 それに彼自身も相当なダメージを負っている。戦力として期待してはいけないだろう。 タイムリミットまで、挑発で時間を稼ごうとしても、”詰む”事はほぼ間違いない。

 だから、やはり―――なんとかして”町から追い出す”か”倒さなければ”ならない。

(追い出すのは難しい感じがするだ……でも……倒すなんてもっと無理だぁ)


 相手はキャンペーン・シナリオのラスト・ボスを務めている相手だ。

 生半可な攻撃では、まず”落とす”事はできないだろう。


(とはいえ……ハサミを破壊できただけでも、すんごい事なんだけど……。確か、一番強いのがハサミの部分だって言ってただ……)


 ダメージを与えられる事は与えている。ザリガニの左腕は、グライズの先程の一撃でメチャクチャになり、殻の防御が殆ど機能していない。だから、殻をもう破る必要は無い。なんとかして、左腕部分に”火”か”電撃”を浴びせ続ければいいのだ。

 だが―――その手段が無い。


(魔法使いクラスのキャラは、さっきの戦闘じゃ、見当たらなかっただ……)


 肝心の魔法攻撃や特殊攻撃、そしてエレメント攻撃を使える者が居ない。

 アントラスの兵士は完全に物理特化の能力であったし、町に居た旅人たちも、先程の戦闘では魔法を使っている感じがしなかった。

 だから、肝心の攻撃手段が確保できない。


(攻撃手段……あっ!!)


 その時、グンバの脳裏に一つの案が閃いた。

 ―――”グレネード”がある、と。


(グレネードなら……猛烈な火を起こせるから、ダメージを与えられるはずだぁ!)


 だが、そこでふと立ち止まった。


(い、いや、待つだ……)


 頭を振って、無意識に難題から思考を放棄しようとしているのを戻す。

 今、持っているグレネードは、確か―――自分とデアルガが2つ、センリが1つで、計5発あるはずだ。買えたのも、店に置かれてあったのもこれで全部だから、これ以上はすぐには調達できない。もし―――仮に、この5本のグレネードを食わせたり、もしくはあの壊れた腕部分に突き刺して、全てを爆発させて、戦車ザリガニを倒せるだろうか?


(……たぶん、倒せないだ……)


 凄まじい爆発で、大ダメージを与える事ができるのは間違いない。

 だが―――あの”タフさ”を見るに、それだけで倒せるかと言われれば、確信を持ってYESとは言えない。

 食わせても、4秒しか時間が持たないので、口や顎の部分を破壊できても、頭や胴体までを吹っ飛して倒せるかはわからない。殆ど自分達ではダメージを与えられない以上、

ただ大ダメージを与えるだけではダメだ。

 ”体力を一気に削り切らなくては……”。


(なるべく……確実に葬る必要があるだ……)


 普通にやっていれば、もはや倒す事は不可能だ。

 だが―――”ここでしかできないこと”にヒントがあるような気がした。

 グンバは出現場所や出現するタイミング、シチュエーションなど、、色々な”違い”を考え、倒す糸口にならないかを探した。


(……)


 プレイヤーはいなくてアントラス達が沢山いる。炎か電撃を浴びせ続ける必要がある。左腕は壊れてるから、殻を剥がす必要はもう無い。強力なグレネードが5個ある。

 そして、恐らく単純な”物理攻撃”、”武器攻撃”ではまずダメージを与えられない。

(あと……確か、やつは出現場所が”砂浜”だったはず……)


 ”倒す”のではなく、”追い払う”のはどうだろうか?

 ―――難しい。グレネードを使って、気を引くぐらいなら可能だろうが、谷の外まで誘導するとなると、まず無理だ。このグレネードで身体を吹き飛ばして動かしても……せいぜい2階の途中ぐらいまで運ぶのが精一杯。

 もしくは……


「―――! そうだぁっ!!」


「?」


 何かを思いついたグンバは、思わず叫び声を上げた。

 グライズはそれを不思議そうに見ていた。


(こいつ、本当にオークなのか……?)



 その頃、デアルガ達はザリガニに気付かれないように後ろを追いかけていた。


「ねぇ、なんで追いかけんの? 逃げてればいいんじゃ……」


「それじゃダメだ。この町を守るには、被害をこれ以上出させるわけにはいかねェ。

だから、隙を見てこっちにおびき寄せる」


「ええっ!?」


 もうだいぶ下の階層まで降りてきてしまっていた。

 あと2、3層下はもう最下層の入り口前だ。

 これ以上は、進ませるわけには行かない。


「よし、行くぜ。おめェは隠れててくれ。どう攻撃が飛んでくるかわからねェから、なるべく離れてろ」


「わかったわ……死なないでよね」


「わぁってるよ」


 デアルガが物陰から出て、近くに散乱していた剣を拾う。

 兵士が持っていたのか、剣は根元から折れており使い物にはならないが、投げて気を引く程度なら十分に使えるだろう。


「さて……凶と出るか、吉と出るか。たぶん前者だろうが、やってみるしかねェってのはツライねェ、全く」


 デアルガは、拾った剣をザリガニに向かって投げつけた!

 剣は勢い良くザリガニの背中に命中し、気付いたザリガニはデアルガの方を向いた。


「来な。遊ぼうぜ」


 ザリガニは方向を転換し、新たに現れた敵へと歩を進め始めた。

 腕から先程と同じように異音が響き、腕が回転し始める。

 いつ突っ込んで来てもおかしくない状態だ。


(……さぁぁっ、来やがれ……!!)


 しかしその時―――突然、地面から音が鳴り響いた。

 硬いものに何かが勢い良くぶつかったような音だ。


「何ッ!?」


 デアルガが地面に視線を落とすと、地面に亀裂が入っているのが見えた。

 どうやら、さっきの源子弾攻撃で床が脆くなってしまっていたようだ。

 ほどなく、ザリガニの自重もあってか、デアルガとセンリたちが居た階層は崩れてしまった。


「うおおぉっ!!」


「お、落ちるぅっ!!」



「ぐわっ!!」


 階層が崩れ、一番下の階層まで落ちるデアルガとセンリ。

 そして、ザリガニも落ちてきた。土砂や岩盤の欠片が谷の一番下まで降り注ぎ、辺りはまるで工事現場のようになっていた。


「キッ、キッ、キキッ」


 落ちて調子を取り戻したザリガニは、何かを感知するような仕草をし、奇声と共にデアルガに背を向けた。


「うん?」


 どうしてターゲッティングしたはずの自分から逸れていくのか、デアルガは不思議に思ったが、向いた先を見てその疑問は一瞬で解けた。


「あれは……像か?」


 瓦礫の広がる谷底の巨大な路の奥に、岩を削り出して作ったであろう像があった。

 抽象的な、モチーフまではわからないが何かの像だ。

 恐らくは、アントラスの守り神と言ったところだろうか。

 像の一番下には、大きな黒い穴が開いており、そこには沢山のアントラスの兵士達が武器を持って構えていた。


「きっとあそこが巣か……奥にクィーン・アントラスがいるんだな」


 デアルガが体勢を整えると、システム音声がウィンドウから聞こえた。


『町の損壊率が45%を超えました。これ以上は危険です』


 町の損壊率が危険値に突入したのに舌打ちをし、一応自分のHPを確認する。

 現在、自分の残りHPは、およそ65%ほどだ。なるべくダメージを受けないようにしていたが、落下ダメージで減ってしまったようだ。


(こりゃ何か一発でも貰ったら終わるな……)


「くっ、来るなっ!!」


 兵士達が武器を持ち、像の下入り口の前に展開し始めた。

 ただその戦意は、明らかに低い。忠義心から戦おうとしてはいるが、戦車ザリガニのあまりの強さに戦意を喪失しているのだろう。


「おおおーっ!!」


 上から一人のアントラスが降りて参上し、更にその布陣へと加わっていった。

 他の者よりも数段分厚い鎧を身につけているその姿には、見覚えがあった。


「ここから先は、守護隊隊長の誇りにかけて、決して通さぬッ!!」


(あいつは……”レギラッセス”だったか)


 アントラスの守護隊隊長だ。だが、彼も鎧はボロボロに壊れ、立っているのがやっとなのが見て取れた。あのドリルのような、トルネード・アームハンマーを受けても、まだ

立っていられるどころか、戦意さえあるのはウォーリアの頑丈さ故か、忠義心の表れか。 しかし―――もはや、どう見ても戦える状態ではない。


(さて、と……)


 デアルガは適当な石を拾い、再びザリガニに向かって放り投げた。


(どんだけやれるかねェ……!)


 当たると、ザリガニは再びデアルガの方を向いた。

 デアルガは中指だけを動かし、挑発のポーズを取って言った。


「オイ、向いてる方向が違うぜ。こっちだ」


 青い巨体は、もはやアントラスの脅威自体は低いと判定したのか、デアルガの方へと歩みを変えた。


「うッ」


 ザリガニはデアルガのほうへと近づき始めると、口を開き、凄まじい量の”泡”を吐き出してきた。


「ヤベェッ!!」


 口が開いた時点で”ブレス”なのを見抜いたデアルガは、すぐさま高い瓦礫に上り、辺り一帯を泡が覆い尽くす前にジャンプして2階部分へと逃れた。

 そして水が煮沸されるような音が響き、辺り一帯の瓦礫から蒸気が上がっていく。


「瓦礫自体は、溶けてねぇ……ってことはたぶん”毒”か”マヒ”の”バブル・ブレス”か。あぶねェ……」

(……この状態でも、毒とかマヒになるのかはわからねェが、一応避けとくぜ)


 そして再び底へと降り、攻撃を誘う。

 ブレスは意味がない事を悟ったのか、今度は再び腕を回転させ始めた。

 タックルか―――? デアルガがそう思ったその時、ザリガニはジャンプしてデアルガへと腕を叩き付けた。


「当たるかよッ!」


 余りにも不用意な攻撃に、すぐさま別方向へと飛んで回避をする。

 だが、ザリガニの狙いはそこではなかった。

 高速回転している腕が、地面の、瓦礫の山へと叩き付けられる。

 すると―――破砕音と共に、砕けた岩の破片が当たり一帯に激しく飛び散った。

 その全てをかわすのは不可能に近く、デアルガに破片は次々に命中していく。


「ぐっ! うぐっ!」


 弾き飛ばされた石片は小さいものであったが

 強力な遠心力によって、ちょっとした銃弾のようなものと化しており、容赦なくHPが削られていった。


(や、やばい……ッ!!)


 50%―――40%―――そしてやっと止まったとき、ザリガニが突然―――

胴体の方を”くね”らせた。その次の瞬間、今度は鋭い何かが飛来してきた。


「うぉぉっ!?」


 それは―――ザリガニの”尾”だった。

 胴体を横に傾け、下半身を前へと向ける。

 そしてそのまま回転し、その際に鋭い尾を遠心力で急激に前へと伸ばし、前方をなぎ払う。大きな、しかし一瞬の予備動作からの強烈な薙ぎ払い。


「くぅっ!」


 デアルガは何とかそれを回避する。

 瓦礫の山、そして壁面に尾が命中すると、鋭く深い跡が開いていき、そのダメージの大きさを物語っていた。ザリガニはそのまま何度もその場で回り、何度も前方をなぎ払う。 やがて、強風が当たり一面に発生し始めた。


(く、クソッ……ダメだ! なんて攻撃だ!!)


 まるで台風のような強風を、連続でその場回転することによって発生させていく。

 瓦礫は壁へと寄せ付けられ、谷全体にダメージが走っていった。

 そしてデアルガ自身も、その強風には逆らえなかった。


「うっ、うおおぉっ!!」


 元々体重が余り無いデアルガは、そのまま強風に煽られ、谷の壁へと叩き付けられてしまった。


(ぐあぁっ!!)


 そして―――HPが”危険域”となった。

 同時に、システムメッセージが個別ウィンドウから発せられた。


『町が壊滅状態となりました。これから殲滅戦へと移行します』


(し、しまった……!!)


 タイムリミットが消え去り、メッセージが”防衛戦”が”殲滅戦”へと移行した事を告げた。つまり―――相手を全滅させなければ、こちらの敗北である事を。

 ほぼ、勝負が決まった事を告げていた。



(終わった……)


 ザリガニがゆっくりと目の前に近づいてくる。

 腕を回転させることすらせず、ただただ、こちらにトドメを刺すために。


(た、立たねェと……立ち上がらねェと……)


 戦う為、再び自分を奮い立たせようとするデアルガだったが、気力が出ない。

 立ち上がった所で、もうどうしようもない。

 今の自分の能力では、一ミリだろうとHPバーを削る事は不可能だ。

 今まで受けたダメージも相乗し、戦意が折れかけていた。


(……冗談だろ……)


 目の前までザリガニがやってきた。

 近くで見ると、その巨大さと威圧感が、よりハッキリとわかる。

 そして破壊された左腕の凄惨さも。青色のサファイア色の殻は完全に破壊され、その下の青黒い筋肉の繊維が見えている。もし―――人間がこんな状態になったら、動いているだけでも相当な負担になるだろう。

 この状態でも、あれだけの動きをして戦うコイツは、やはり並大抵の生命力ではない。

(……無駄な足掻きだったか)


 やはり、コイツが出てきた時点で、勝てない事を素直に認めて、防衛を放棄するべきだったのだろう。最初から、戦うべきではなかった、とデアルガは後悔した。

 ―――戦う前に、勝敗は既に決している。

 そういう古い言葉があるが、まさに今がそうなんだろうな、とデアルガは思った。

 ザリガニはハサミを大きく振り上げ、デアルガへと振り下ろした。

 だが―――


「危ないッ!」


 振り下ろされる瞬間、水色の物体がデアルガへと飛び込んできた。

 そしてデアルガを抱きかかえ―――というよりは軟体の身体ごと、持ち去るようにしてハサミを逃れた。


「お、お前は―――センリッ!」


「へへぇーん。どうどう? 早いでしょ、私。結構この身体、素早く動けるのよ? 息切れも早いけど……」


「ば、馬鹿野郎ッ!! なんで出てきた!!」


「あたしは、役立たずじゃないっての!」


 そう言ってデアルガを適当な場所へと放り投げザリガニの前へと出た。


(ば、馬鹿な……何を考えてる……!!)


「さぁこいっ!」


 センリはそう言ってぷるぷる身体を震わせながら、体の一部を棒状に伸ばして振った。 どうやら―――挑発のつもりらしい。


「……」


 ザリガニは黙ったまま、少しの間固まっていたが、やがて無機質な表情のまま、センリの方向を向いた。

 そしてすぐさま、地面を抉り取ってセンリの方へと投げつけた。


「うわっ!」


 すぐさまセンリは地面を滑るように移動してそれを回避する。

 その動きは、滑らかにボールが地面の高低差を無視して動いていくかのようで、思ったよりも早い。スライムは基本、余り敏捷に動く事ができないイメージがあるが、あの動きはちょっとしたネズミか何かのようで、そんなイメージは一瞬で吹き飛んでしまった。


(もしかして……お、俺よりもはええんじゃねェか?)


 比べてみないとわからないが、少なくとも地面の高低差をある程度無視できている分、 こういった瓦礫のある場所、つまりは足場の不安定なところでは彼女のほうに分があるように見えた。

 そしてスライムは身体を小さくしたり、細かい石片ぐらいなら、身体の中を通り抜けさせる事で、小さな隙間の中へ入ることもできるようだった。

 つまりは”瓦礫の中へ”潜り込む事も出来るらしく、たびたび、姿が消えたり現れたりしている。隠れたり現れたりする度に、ザリガニは不思議そうにそれを見ていた。


「こっちこっちぃ! どこ見てるのぉ~っ?」


「キシィッ! ギッ!? ギィッ!?」


 ザリガニは攻撃をしようとする度に身体を動かして軸をあわせようとするが、翻弄されて次第に体力を消耗していった。

 そしてスタミナが尽きたのか、段々と動きが鈍くなっていった。


(やるなぁ……意外と)


 やがて、ザリガニが完全に地面に身体を付けて沈み込んだ。

 そこを狙って、瓦礫の山の上からセンリが顔を出した。


「そこぉっ!!」


 センリは体の中に持っていたレフトライト・グレネードのピンを抜き、アンダースローでザリガニの方へと投げつけた。

 グレネードは正確にザリガニの方向へと飛び、うまく破壊された左腕と胴体との隙間へと挟まった。


(うまいっ!!)


 あの位置なら、かなり密着しているから、一気に大ダメージを与えられるはずだ。

 そして、迂闊に取り出すことは出来ない以上―――


「キッ、キッ、キキキッ」


 ザリガニは、すぐさま異物に気付いたようで、素早く腕の接合部分をぐりぐりと動かしていく。そして、すぐさま、”黒い”何かを傷口から放った。

 回転しつつ飛んでいくのは、細長い長方形の物体だった。


「……えっ?」


(―――!!)


 ”黒い”それが”何か”をすぐに見抜いたデアルガは叫んだ。


「瓦礫に潜れッ!! 打ち返しだッ!!」


 その激が響くと、あわててセンリは瓦礫の中に潜った。

 転瞬―――爆発がセンリの居た瓦礫の山の前で起こった。


「きゃぁァっ!!」


 瓦礫の山が爆発で吹っ飛ばされ、センリもその中から壁へと弾き出された。

 HPバーが一気に赤く染まり、危険値となっていく。

 やがて彼女は”戦闘不能”となった。


(ば、馬鹿、な……)


 デアルガはその光景に、戦慄した。

 全ての手がダメになった瞬間に。いや、それよりも、思考能力が大してないだろうと思っていたザリガニが、やった事の高度さに、だ。

 ザリガニは”間接と筋肉の動きだけ”で、グレネードを打ち返したのだ。

 すぐさまグレネードが危険物である事を見抜いたこと。

 そして驚くほど効率的な方法で素早く打ち返したこと。

 どちら一つ取っても、信じがたい事であった。


(な、何で打ち返せる……!?)


 有り得ない。デアルガには、ただその思考しかなかった。


(―――ま、まさか、ミッション中に何度かグレネードを使ったから)

(爆発物である事を、事前に学習してたってのか……!?)


 有り得ない。ただのCPUがそんな事までできるはずがない。

 だが―――彼の目の前で起こった事は、どう考えてもそれ以外の答えが当てはまりそうに無かった。


(だ、ダメだ……くそう……!! 身体が言う事を聞かねェ……!)


 ザリガニがセンリへとゆっくりと近づき始めた。

 センリは、先程のグレネードの余波を受けて表面が焦げ、身体から煙が上がっていた。 とても動けそうにはない。


(こ、ここまでか―――!)


 その時、ザリガニの顔の横で、突然爆発が起こった。

 上半身から頭部の殻が爆発によって剥ぎ取られ、ザリガニの顔が焼け焦げた。


「ギシャァッ!?」


 あわててザリガニが振り向くと、そこには一匹のオークが居た。


「こっちだよっ! オラが相手だっ!」



 何故、爆発が突然ザリガニの真横で起きたのか?


(そうか……きっと、時間を調整して投げたんだな)


 グレネードをそのまま投げてしまうと投げ返す猶予を与えてしまうが、到達する時間ギリギリに調整して投げれば、打ち返すヒマはない。

 先程の攻撃を打ち返しをグンバは見ていたようだ。

 だが、かなり至近距離で命中したにも関わらず、思ったほどダメージがない。ザリガニのHPゲージをわずかばかり削っただけだ。

 外殻も、徐々にだが再生を始めている。


(グッ……なんてタフな野郎だ……)


 デアルガことミツキが、今まで出会った事のあるモンスターで最も強かったのは、

『人食いゴリラ』のDNニュートラルが最高だ。ランクが一つ違えばモンスターの能力は全く変わってくると言われていたが、ここまでとは思わなかった。

 余りにも―――タフすぎる。


「グンバッ! もういい!」


 デアルガはありったけの声でグンバに向かって叫んだ。


「逃げろ!! 俺達じゃあ歯が立たん! そいつにはグレネードも、こっちの武器が本当に何も効かねェんだッ!!」


「そいつぁまだわからねぇだよっ!!」


「何!?」


 グンバの表情には、自信が満ちていた。

 絶望の様子などは、そこからは微塵も感じられない。

 あれは確実に”何か策を考え付いている顔”だ。


「デアルガ! 残ってるグレネードを全部くれだっ!」


 それに応え、デアルガは持っていたグレネードを全てグンバへと投げた。

 それを上手くキャッチし、グンバは相手に再び向き直った。


(な、何をやる気だ……?)


 しかし、一体どうすると言うのだろうか? ヤツには本当に何も効果がない。

 その上でもうタイムリミットも無く、取れる手は”追い出す”か”倒す”事だけだ。

 どちらももう不可能だろう。外まで誘導するには、オークの脚では難しいし、倒すのはもっと無理だ。仮に先程のグレネードが何十発もあったとしても、恐らく、その全てを当てる事はできない。何度か投げている内に、何らかの対抗手段を学習してしまうはず。

 もう―――勝てない。


「ッ!」


 ザリガニが口を開いてグンバに向かって何かを吐き掛けた。

 先程の泡状のものではない。今度は真っ白な霧のようなブレスだ。

 グンバはそれを見ると、すぐさま地面に這うような姿勢になって、身体をできる限り低い姿勢へと取った。

 ”白いブレス”はグンバのすぐ上を通過して周囲一帯に広がったが、すぐさま消えていった。ブレスが通った後には、おぞましいほどの水滴が周囲についていた。


「”スチーム・ブレス”だぁな……」


 高温の蒸気を相手に向かって吹きかけるブレスだ。

 今のは命中しなかったから、大して威力が無いように思えたが、もし浴びていたら、

身体が一瞬にして茹で上がり、即死だ。

 このブレスは、炎と違って金属製の鎧などで防御しにくい為、性質が悪い。


「キシィッ!」


 グンバがブレスを上手く回避した所を見ると、ザリガニは他の攻撃も同じように回避されると感じたのか、歩みを止めた。

 そして一気に決めようとしているのか、腕を回転させ始めた。

 前傾の姿勢になり、突撃の構えを取る。


(来る……!!)


 次の瞬間―――ザリガニは弾丸のように突っ込んできた!

 残っている右腕を前へと出し、まるでドリルを構えてのような姿で。


(一度だけでいい……一度だけ回避できればッ!!)


 回転している腕の、僅かに重心が”左に寄っている”事を確認し、グンバはそれを右方向へ横っ飛びになり、回避しようとした。

 ザリガニは腕を回避するグンバへと合わせるが、左腕が破壊されている分、それが遅れ―――間に合わず。戦車ザリガニは、壁へと深く突っ込んだ。

 そして、上半身の部分が壁へとはまって、動けない状態になった。


「今だぁっ!! マギー!!」


「あいよっ!」


 上半身が埋まったのを見計らってグンバが上へと叫ぶと、二階部分からアントラス達が大量に現れ、上から砂や土を落とし始めた。


「っ! あれは!?」


 デアルガがそれに驚いていると、あっという間にザリガニは砂と土に埋まっていった。

(なるほど……埋める作戦か……!)


 確かに、埋まってしまえば防御力や体力がどうのこうのは関係はない。ここは”谷”であり、砂浜とは違って土がある事に目を付け、グンバは策を練っていたようだ。

 だが―――


「ギシィッ!!」


 土を掻き分け、ザリガニは再び出てきた。身体には大量の土がくっついているものの、殆どダメージは受けておらず、まだまだ元気一杯の様子だ。


(だ、ダメだッ……!!)


「イキがいいのは結構だぁ。その分哀れになるけんども」


(……えっ?)


 一瞬、聞き間違いかと思った。だが、グンバはまだ余裕の表情を崩してはいない。

 怒っているのか、ザリガニは高速で駆け出し、グンバへと近づいていく。

 腕を振り上げ、まさに殴り掛かろうとした時―――

 ザリガニの足元で、再び大爆発が起こった。


「ギッ!?」


 グンバがグレネードを地面に転がし、仕掛けていたのだった。

 その爆風で、ザリガニは大きく吹っ飛び―――”ひっくり返ってしまった”


「今だぁっ! 全員突撃!!」


「おおぉーッ!!」


 グンバの掛け声にあわせ、上層からアントラスの大群が下層へと降りてきた。

 そして、再び土をかけ始めた。上層からも、土砂が降り注ぎ、あっという間にザリガニを覆っていく。ザリガニは、ひっくり返ったせいですぐに動く事が出来ず、モロに土を被り始めた。


(そこまでやる作戦なのか……! だ、だがそれは……!)

「おいッ! 腕が回転するぞッ! 気をつけ……」


「それは大丈夫だぁ」


「えっ?」


 アントラス達がある程度土をかけると、周囲で火を焚き始めた。

 ザリガニは腕を回転させ、窮地を逃れようとするが―――

 軋む様な音が響くばかりで、腕が回転を始めようとしない。


「キッ! ギィッ!?」


 そして動けないまま、完全に身体が埋まってしまった。

 アントラスは火を更に強く焚き、周囲を固めていく。


「な、なんで腕が動かない……?」


「この谷の土は”粘土質”なんだぁよ。だから―――突撃したときに関節に土が詰まって、それが爆風を浴びたときに焼けて、ちょっとした”陶器”の詰め物になっちまっただ。だから、すぐには腕は動かせない。そこまではアイツも計算できなかったんだぁな」


「ね、粘土質……?」


「んだ。粘土は焼いたら”焼き物”になっちまうだ。で―――その状態じゃ美味く動けないから、そのまんま埋めて、後は火で土ごと炙れば完全に動けなくなって、その上甲殻の鎧も関係ない、ってワケだぁ」


 ザリガニが埋まる小高い山を見て、グンバが言った。


「つまりは―――無事に”ボイル作戦”が完了したってワケだぁよ」


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モンスター・リザルト

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■ナイフ・マンティス

 昆虫族カマキリ型のモンスター。ランクG+。肉食。

 片腕がミドル・ソードのような中程度の刃物となっており、それを使って獲物を狩る。移動スピードが速く、武器となっている部分が大きいので、攻撃力自体は高い。しかし、本体が華奢な為、防御力が低い。また武器部分の重量と体重とが釣り合っておらず

アンバランスであるために、武器が必ず大振りになり、攻撃後に大きな隙ができる。


■ブレード・マンティス

 昆虫族カマキリ型モンスター。ランクF-。モンスター・リーダー属性。

 ナイフマンティスが成長した姿で、人間とほぼ同じぐらいのサイズを持つ。

 刃がより巨大化し、もう片腕も武器化。それに合わせて体重も増え、武器に振り回される事がなくなった。

 剣士としてそこそこの能力を持つ為、油断しているとキツイ一撃を受ける事となる。


■『戦車ザリガニ』-The TANK Ecrevisse-

 水棲系甲殻目。CNランク。フェイズ・ボス属性。

 胴体から下半身にかけてが肥大化している大型のザリガニ型モンスター。

 全長はおよそ20m、体重にいたってはなんと40トン近くある超重量級モンスターで

 その姿は、名前に表記される”戦車”というよりは、ちょっとした”電車車両”ぐらいのサイズがある。身体を覆う外装は魔力弾逸装甲まりょくだんいつそうこうという

特殊なカラとなっており、魔法攻撃を高い度合いで弾いてしまう。

 また物理においても、鉄壁の防御を誇っており、武器による攻撃では中々ダメージを与える事ができない。

 コイツを倒すには、カラを高威力の物理攻撃で割るか剥がすかして隙間を作り、そこに魔法攻撃などでのエレメント・アタックを仕掛けなくてはいけない。

 カラはしばらく経つと再生する為、攻撃可能時間も決して長くなく、かなりの強敵。

 攻撃面でも、尾を振り回しての周囲のなぎ払いや、ハサミをドリルのように回してのパンチ攻撃など、近接戦で脅威になる攻撃が多い。

 だが、何よりも注意しなければいけないのは、ハサミ部分シザー・スラッシャーを開いて行う高威力の気力源子弾エナジー・ブリット攻撃である。

 弱点は炎熱もしくは電撃。

 本来は中級者以上のプレイヤーが、大掛かりな規模のパーティを組んで、やっと相手に出来るレベルのモンスターである。

 とあるキャンペーンの最終ボスを務めている。出現場所が砂浜である為、最初は思いつかなかったが、土砂の中に生き埋めにしたまま火で焼けばダメージが通る事にグンバが

気付き、撃破に成功した。


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