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62:”無法”の体現者(24)

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として割り込んできた「クエイ」と呼ばれる政府高官が率いる陣営に、悪人街の大半の人間が捕えられてしまう。

 彼らの目的はエクスクモを倒し、政府機関より排除する事だった。

 それに気付いたラク達は、エクスクモと協力し、彼らの作戦を一時的に阻止するも、クエイがチート・コードを使用し、窮地に陥ってしまう。

 さらにスターズの人間を逃がし、外からの圧力を掛ける作戦も追いつかれ、失敗してしまった―――

(文字数:15879)

 「鉄破壊剣」というものがある。

 ファシテイトには、ゲームとしての特性を高めるため、魔法を実際に使えるようにしてみよう、とか架空の生物を敵キャラとして、狩猟対象として、そして友好的な生物して登場させてみよう、といったキャンペーンがあるのだが、その中に「架空の武器や防具を再現する」というものがあった。

 それが進んでいく中で、生まれたものが『鉄破壊剣』である。

 剣型の武器としては恐ろしく強力で、「剣士型職業が最後に持つ武器」とさえ言われ、それぞれが違う武器の形をしており、全てに「鉄」の文字が入っている。

 現在確認されているものは「斬鉄剣」、「断鉄刀」、「裂鉄刃」、「砕鉄業器」、「貫鉄針」、「メタル・イーター」、「鉄壊乃太刀」、「破鉄正宗」、「崩鉄御羽」の9振りと最強とされる“最後の秘剣”。

 それらを合わせて電想世界の中に全部で”10振り”があるといわれている。

 余りにも強力なためか、この武器の切れ味を再現できないか、と編み出された技すらあるほどだ。

 そしてその中には、”格闘技”も存在する。

 一度しか使うことが出来ないのだが、それでも究極の武器の一振りを再現できるその格闘技は、恐るべき威力を誇っている。

 ただ―――修得条件が余りにも厳しい為、今の所、使えるプレイヤーは世界中にほんの数人しか居ない。


(何が……起きたんだ……?)


 ラクは目を覚ました。

 今まで気絶していたのか、何かの拍子に意識を失ったようで、瞼をとにかく開いた感覚がある。

 だが、周囲が真っ暗闇に包まれているので、本当に目を覚ませたのか、自信がなかった。


(なんだ、これ……?)


 身体を動かそうとしたが、何故か余り動かす事ができない。

 そして、動かそうとすると何かに当たり、身体中が激しく痛んだ。

 僅かに差している月の光から、どうやら自分の周りには、砕けたコンクリやら岩が満ちており、身体中が覆われているような状態なのがわかった。


(俺……もしかして埋まってる……?)


 どうやらラクは今―――瓦礫の中に埋もれてしまっているようだった。

 何故、こんな風になったのか。意識を失う直前に、何が起こったのか、全く憶えていない。

 最後に見たのは、クエイが前方に大きく手刀を振り下ろした姿だ。


(と、とにかく……出ないとまずい)


 真っ暗な中で、手足が上方向に動く事を確認すると、ラクは急いで瓦礫を掻き分けて、どことも知れない中から這い出た。

 そして周囲を確認すると同時に、自分のステータスも確認した。

 そこで初めて、今、自分がどういう状態になっているかがわかった。


(な……! あ、危なかった……)


 HPが―――ギリギリ10%程度となっている。

 死にかけもいい所のダメージだ。

 瓦礫の中に埋もれた時か、それとも何かの攻撃で受けたのかはわからない。

 ただひとつ確かだったのは―――あれだけ居た悪人街のプレイヤー達。

 それが、”ほぼ全員倒されてしまっていた”という事だけだった。


「ぐ、ぐうぅ……」


「なに、が……起こり、やがった……?」


 ラクが見た光景は、単純に全てのプレイヤーのHPが、削られ切っていた事実だけではなかった。

 背後に広がる光景を見て、ラクは思わず息を呑んだ。


(な、なんだこれ……!?)


 背後にあった横浜駅が―――綺麗に斜めに両断されていた。

 まるで巨大な剃刀で切られたように、ハッキリと斜め線が境となって”ズレ”ている。

 そして、倒れている悪人街のプレイヤー達を良く見ると、全ての装備が破壊されていた。

 どれも武器は粉々に砕けており、鎧には低級のもの、高級のもの構わず散々にヒビが入り、もはや分解する寸前と言った風だった。


(全部ダメになってる、のか……?)


 ガンテス達などの囚われていたプレイヤーは、タワーのふもとに置かれていた粗雑な補給品で装備を間に合わせていた為、こうなっても仕方が無いかもしれない。

 だが、破壊されているものは低レベルなものだけではない。

 サイモンや滝沢たちがつけている、中堅クラス以上の装備でも同じだ。

 生き残っているプレイヤーを見る限り、無事であるものが全く見当たらない。

 まるで―――とてつもない破壊の衝撃波が、透明な津波の如く、何もかもを飲み込んだような後に見えた。


「ぐわッ!!」


「!」


 突然、上空から一人のプレイヤーが悲痛な声と共に降って来た。

 折れた剣と、ボロボロのコートを羽織っている姿は、先程まで威勢よく戦っていたプレイヤーの姿だった。


「!、エクスクモ!!」


 エクスクモは地面に大の字になり、苦々しく上空を見上げている。

 その視線の先を追うと、空にはスーツ姿の人間が浮かんでいた。

 男は、まるで面倒な荷物でも片付けた後のように、両手を叩いて埃を払っていた。


「全く……手間をかけさせるものだ」


「クエイ……!」


 空に浮かんでいたのはクエイだった。

 バトル漫画の登場人物かのように、何も支えられるものがないのに、ふわふわと浮いている。

 飛行能力のようだが、あれもチートで使用できるようにしているのだろうか。


「クソッ……まさか、あんなスキル、まで……」


「ん? 貴様は確か……どこかで見た事があると思ったら、記憶違いでないなら、今、懸賞金が掛けられているというプレイヤーじゃないのかね?」


「そ、そうだ。俺は……ラクォーツだ」


「丁度いい。お前には先に礼を言っておこう」


「礼? どういう意味だ?」


「私がこの作戦を思いついた理由のひとつが、お前だからだ。お前がここへと逃げ込んだから、賞金稼ぎどもを動かせる考えを思いつけたからな」


(……賞金稼ぎを消しかけてきたのは、そういうわけか……)


 ラクは自分のせいでこういう事態になった事を知り、苦々しく思った。

 だが、それを後悔していても仕方ない。

 こんな事態になるとは、到底予想などできなかったのだから。

 ラクは頭を振って気持ちを切り替えると、先程使った技が何か訊ねた。

 腕を振るっただけで、こうも致命的な破壊を起こした技が気になったからだ。


「……さっき使った技は、何なんだ? 何かの、街自体を破壊するコマンドとかか?」


「私が先程使ったのは”無刀斬鉄剣”という。れっきとした、ゲーム中の正式なスキルだ。良くは知らんが、手刀の最高クラスの技だというで、一応使えるように準備だけはしていた」


「しゅ、手刀技!? あ、あんなのが……!?」


「私も、ここまでの威力とは思わなかったがな。全く、便利なものだ」


 腕を振るっただけで、一面に大破壊を起こし、プレイヤーを一気に薙ぎ払ったスキル。

 てっきりそれは魔法攻撃などかと思っていたが、ただの手刀。

 つまり、詠唱などを必要するわけではない”格闘技”だったのである。

 ラクが衝撃を受けていると、背後から声がしてきた。


「いや……最強クラスの格闘技にはああいう奴もあったはずだぜ」


「先輩。大丈夫でしたか」


 ラクが顔を向けると、そこには立ち上がってきていたサイモンが居た。

 どうやら、あの全体攻撃を何とか受け切っていたらしい。

 装備品がボロボロになっているのは同じだが、体力的にはまだ余裕があるように見えた。


「昔、盗賊ってのは格闘もできた方がいい、って姐さんに教わった時に色々と見たが……”鉄破壊剣”ってのを模した技の中には、”格闘技”もあって、それこそ下手すると、山も真っ二つにできるようなのがあるって、マジだったんだな」


「そんな威力のものが……」


「アイツはチーターだ。普通のプレイヤーじゃねェ。どんな技でも使用できるはずだぜ。無論、格闘技だろうが武器技だろうが関係ねェってわけだ」


「よくわかっているな」


「わかるだろ。いくなんでも、今までの事から考えてよう。だが、作戦をミスったな。さすがによう、そろそろチートの使用可能時間が切れるはずだぜ」


 サイモンが言うと、生き残っていたプレイヤーが、続々と姿を現し始めた。

 装備こそ破壊されているが、意外にもダメージはそこまでではなかったようで、ガンテスやヤジマなどの主力級のプレイヤーも姿が見えた。


「いくらなんでもありの攻撃っつっても、一気に倒し切るにはレベルの高い奴らが多すぎたな」


 周囲のプレイヤーは、多くがボロボロの状態だが、何とか体力は戦闘可能域を保っている。

 サイモンも装備自体はボロボロだが、体力的にはまだ余裕がある。

 これならば、なんとか勝機が見えるかもしれない。

 しかし―――そう意気込んでいたサイモンに、クエイは大きく溜息を吐くと、”ある事実”を告げた。


「ひとつだけ……先に教えておいてやろう。私が使っているチートには”時間制限はない”」


「……なに? 無い……のか?」


「そうか。どうにも、こちらの手が割れているのに、食いついてくると思ったが……そういう事か。お前達は私の使っているチート・コマンドに時間制限があると思っていたのだな」


「無い? ん、ンなわけあるか。おみぃのコードだって、ファシテイトのメイン・システムの修正対象だろう。今は、街全体には防御用のプログラムが走ってるわけでもねぇ。それで長い時間使えるわけが……」


 サイモンがうろたえながら言うと、クエイはそれが余程滑稽な姿に見えたのか、大笑いをした。

 まるで”子どもの拙い理由付け”とでも言いたげな笑い方だった。


「ははは、私の使うこれが”ただのコマンド”だと思っているのかね?」


(……閉鎖領域化が使える、って事は……)


 そこまでを言われて、ラクはひとつの考えに達した。

 閉鎖領域化処理は、通常のプレイヤーならば、自分のパーソナル・スペースをオフラインに作る為に行うことが出来る。

 オンライン上では、数多くのプレイヤーが居る為、絶対に無理だが―――しかし、これをオンラインで行う事は、決して不可能ではない。

 ある条件があれば、一人のプレイヤーがオンライン上で使うことも可能だ。

 その条件とは「GMゲーム・マスター」である事。

 強力な権限を持つ、ゲームの支配者か、それに準じる権限を持っていれば良い。

 つまり―――


「まさか―――”管理者権限”でコマンドを使っているのか!?」


 ラクが言い放つと、クエイはにやりと眉を吊り上げた。

 ”やっとわかったか”と言いたそうな表情だった。


「ほう、察しがいいな。どうやら他の奴らよりは頭が回るようだ」


「ど、どういう事だよ? なんか普通のと違って事か?」


「管理者権限でコマンドを使う……という事は、パーソナルスペースのように”本当に何でも”できるようになるんです。市長が、街の景観とかを自由に変えられるようなものだと思ってください」


「だ、だから、制限時間が無いって事なのか?」


「はい。クエイがオンライン上での街の持ち主と同じ扱いになっているから……」


「う、嘘だろ? そんなはずあるかよ! あいつは市長なんかじゃねぇはずだぞ!」


 そこまでを言うと、ラクは自分の中に引っ掛かっていた事を、クエイに訊ねた。


「……街の管理者権限ってのは、市長だけで扱えるわけじゃない。市長自身は勿論のこと、知事と議会に、そして街の事になったら有権者からも、それぞれ承認が必要なはずで、単独では、絶対にコマンドは使用できないはずだ」


「言っていなかったかな? 私は……まがりなりにも国の官僚だ。その位は、どうとでもごまかしができるのさ。その気になればな」


「馬鹿な。いくらなんでもそんなの許されるわけないだろ! みんなが使ってる場所を、1人の意思で好き勝手できる権限なんてあるものか!」


「それはお前達にも言えることじゃないのか? 仮想空間上とはいえ、横浜の街の隅に、勝手にスラム街のようなものを形成し、そこにろくでもない人間ばかりが集まって巣を作っている。それに比べれば、私のやっている事は正当だよ。余程な」


「ここは……ゲームの中だ! チートを使う以上の卑怯な事があるかッ!!」


 ラクがそこまでを吐き捨てると、クエイは流石に癇に障ったらしく、眉間にしわを寄せ、不快そうな表情を見せた。


「何が、”ゲームの中”だ……本当に貴様らは―――」


 クエイが続けて言おうとした時、ラクの背後からクエイへと向かうひとつの影があった。

 まるで弾丸の如く、凄まじいスピードで飛び出したのは、小柄な赤色の髪を携えた少年だった。

 後ろに振り上げているのは、大型の剃刀のような武器。


「―――! 匂坂ッ!!」


「隙だらけだねー……死ねや」


 その姿に気付いたクエイが手を振り上げた時には、彼の身体は袈裟斬りに両断されていた。


「がっ……!」


「能書きくっちゃっべててありがとねー。そういう奴ほど、隙をつきやすいからぁ、助かるぜ」


「や、やった!」


 匂坂が地面に降りると、上空からクエイの身体も地面へと墜落してきた。

 すぐに匂坂のほうへ、サイモンとラクは駆け寄った。


「匂坂さん! 大丈夫でしたか!」


 匂坂はタワーのふもとからこちらへと、ガンテスが一応連れてきていた。

 だが拷問のダメージから、HP自体は回復できたものの、戦闘が行えるほど本人の気力が戻ってきておらず、そのまま待機していたのだった。

 どうやら休んでいるうちに、本人の気力が回復し、戦線に復帰できたようだ。


「ああ、随分休ませて貰ったからねー。武器もこっちは没収されてただけだったからァ、壊れずに済んでた。意外と簡単に見つかったにゃあ」


 悪人街のプレイヤー達ほとんどの装備が壊れている中、匂坂が持っている”裂鉄刃”は傷ひとつ付いていなかった。

 流石にこの伝説級の装備となると、いかに強力なスキルとて、簡単には破壊できないようだ。


(なるほど、匂坂さんの装備は取られただけだったのか……)


「……誰かと思えば、ちょっと前に私にボロ雑巾にされた奴か」


「えっ……!?」


 地面に落ちたクエイの遺骸から、声が漏れ出た。

 慌ててラクがそちらを向くと―――


「何……!?」


 クエイがゆっくりと立ち上がる姿が目に入った。

 身体に斜めに部位の損傷を表す赤い線が入りつつも、ふらつくことなく、立ち上がり、傷口をさすった。


「や、やられてない……!?」


「お、おいそれどころか、体力が回復していきやがるぞ!?」


 クエイのHPは、一時ゼロ付近まで激減した。

 確かに倒されたはずだが、立ち上がると同時に、すぐさま体力が元通りに回復して行く。

 そして、あっという間に損傷部位が塞がるとともに、満タンまでHPが回復してしまった。

 それを見て、匂坂が不快そうに呟いた。


「チッ……不死属性でも付けたのか?」


「生憎と不死ではない。単純に回復力を引き上げただけだ。全ての数値を最大にすると動きにくくなるので適当なところで止めていたが……」


 匂坂は持っていた裂鉄刃ではないサブの剣を投げつけた。

 剣はまっすぐに飛んでいき、クエイの顔面へと命中したが、何故か金属音と共に弾かれてしまった。

 ラクはそれを見て、驚いた風に言った。


「は、弾かれた……!?」


「どうも私はお前たちを見くびっていたようだ。ゲームという土俵の上では、私は新参だからな。だから―――”全ての数値を最大にさせてもらった”」


 匂坂がそれを聞いて言う。


「攻撃力も素早さも最大まで上がってた状態から、今度はそれに回復力と防御力も加わったってわけか」


「じゃ、じゃあ、もう何も効かないって事かよう……!?」


 ラクはそれを信じられず、魔法攻撃の「ワイズ・クラッカー」をクエイに放った。

 だが―――直撃するも、全くクエイのHPは減らない。

 生き残っていたほかのプレイヤーも、思い思いの技でクエイを攻撃していく。


「無駄だ無駄。お前達の攻撃では、もはや傷ひとつ付かん」


 クエイは棒立ちでそれを全て受け止めた。

 そしてそのどれもが弾かれるか、命中してもHPが一ミリも減らなかった。

 更に、クエイは”回復力も最大にした”と言っていたことから、仮に大ダメージを与えられたとしても、一瞬で回復してしまうのだろう、というのが容易に想像できた。

 つまりそれは―――もう何も打つ手が無いという事を告げていた。


「くそ……!」


「ど、どうすればいいんだ? 武器も魔法も全然効かない」


「……もう、どうしようもないって事だろ」


 もうこちらに、本格的に勝ち目が無くなったという事だった。

 攻撃していたプレイヤー達の何人かが、その場に尻餅を着いた。

 完全に戦意を折られてしまったようだった。


「さて、それでは本題に入るとするか」


「……!」


 その言葉を聞いて、思わずラクは身体を跳ねさせた。

 クエイが言う”本題”とは―――この大規模攻撃の最後の目標となるものだ。

 つまりは、エクスクモを完全に敗北させる為の、トドメとなる攻撃である事が容易に予想できた。

 それはファイブ・スターズを完全に再起不能にする一手であり、恐らくは悪人街の住人として抵抗を続けてきた、自分達にも”破滅的な何か”をもたらすものだろう、と。


(くっ……何か、何か他に手はないのか……?)


 先程まで頼みの綱であったシーカーの姿は見えなかった。

 今、頑張って閉鎖領域に穴を開けてくれようとしているのかもしれないが、相手が「管理者権限」を用いてコマンドを使用している事がわかった今、期待は出来ない。

 クエイが単純に「違法コマンド」を用いての攻撃を行っているのなら、時間制限や、ファシテイトの防御コードを逆利用して、何か反撃が出来たかもしれなかった。


(今までは……そう思ってたけど、逆の可能性を考えてなかった……! あいつが、別の権限で動けるって可能性を……!)


 しかし、正式な管理者権限を用いてのチート・コード使用を行っているとなると、それはつまり、システムの保護を受ける存在という事でもあり、それを打ち崩すのは不可能と言うほかなかった。

 今まで、どんなハッカーも、ファシテイトのメイン・サーバーの位置を特定できなかったし、基幹を担うプログラムの解読などに至っては、噂ですらそんな話は無い。


「さて……まずは―――」


「待ちな。まだ……あたいが残ってるさね」



 弱々しい、か細い声だった。

 破壊された横浜の街をバックに、よろよろとふらついた足取りで、こちらへと歩いてくる姿に、ラクは目を疑った。


「し、シエラさん……!?」


「お前は……裏切った奴がまだここへやってくるか」


「あたいは……まだ裏切ってなんかいないさ。まだ、完全には負けちゃいない……」


 よろよろとした足取りで、シエラはラク達の眼前に立った。

 相当な疲労の色が見えるが、それでもまだ戦う意思は折れていないらしい。

 だが、もう戦う事はどう見ても無理な状態だ。

 ラクはその姿を見て、思わず訊ねた。


「なんで……なんで、そこまでしてそいつのやる事に加担するんですか? こいつは、きっとアンタの事なんて使い捨ての駒のひとつ位にしか思ってない。それなのに、なんで……!」


 ラクが訊ねると、僅かな静寂が訪れた。

 シエラは、もう戦っても無駄な状態であるのだ。

 ならば、どうしても裏切れない理由からシエラは戦っていることになる。

 答えるならば、もうこのタイミングしかない。

 しかしそれでも、シエラは答えることが出来ず、口をつぐんでいる。

 そんな矛盾が、どうしようもない静けさを起こしていた。

 やがて、その空気に耐えられなくなったのか、クエイが言った。


「私が答えてやろう。どうせ自分の口からは言えない事だろうからな」


 クエイが言うと、シエラは彼の方を振り向いて、理由を話すことを静止しようとした。

 だが、構わずクエイは話し始めた。


「この女はな……私の居る省の、とある職員と結婚したのさ」


「け、結婚……?」


「電子操業省……だったか。そこの奴と、って事か? まさかお前と、なのか?」


 身体を引き摺って出てきたガンテスが言う。

 クエイがそれに応える。


「私ではない。私も事実だけを掴んでいるから詳細は知らんが、どこかの企業の調査を依頼された時に、知り合いになった職員と懇意になった、と聞いている。そして……ただの結婚じゃあなく、いわゆる授かり婚だとかいう奴だったというのもな」


 授かり婚というのは、普通の順序とは逆に、子どもを授かる事を言う。

 ”出来ちゃった婚”なんて言葉もあるが、それとは違い、既に結婚を前提としている状態での関係を言う。


「え、じゃあ……つまり、どういう事なんだよう?」


 サイモンが言うと、クエイはシエラの方を見て言った。


「”母親になるから”、悪人街から出て行きたかったんだろう?」


 シエラは黙っている。

 顔を伏せたまま、何も応えなかった。

 ラクはその理由を聞いて、今までの経緯に納得した。


「……そういう事だったのか」


「ん、ンな下らない理由で……出て行きたかったんですかい?」


 サイモンが訊ねる。すると、クエイが威圧的に言った。


「下らない? ハッ、ゲームとか言うそれこそ下らないものに、人生の貴重な時間を何十時間、何百時間以上も費やしている、”人間失格者”に、人の親になる者の気持ちがわかるというのか?」


「あぁ~ん、ンだとぉ……!」


 ラクが間に入って言う。


「いや……俺は気持ちはわかります。親になるって事は……自分に子どもができるって事は、自分に弟子だとか、友達なんか比べ物にならない大切な存在ができるって事だ。手本にならなくちゃいけない、少なくとも悪人街にいるわけにはいかない。そんな重圧があったんだ……って充分わかります。でも―――」


 ラクは数拍の間の後、決意を持って言った。


「シエラさん、それなら一層のこと、みんなを裏切っちゃいけない。自分の居場所にいた仲間を、こんな形で捨てたら、誰もあなたを信用しなくなる。これから1人じゃなくなるなら、尚更、絶対にそんな事をやっちゃいけない!」


「……」


 ラクからの言葉を聞いて、シエラは動きを止めた。

 戦おうとしていた気持ちが揺れ動いたのか、身構えていた状態から、棒立ちになり、俯いたまま動かなくなってしまった。

 このまま―――戦う気持ちがなくなってくれれば、とラクは思った。


(これまで、か)


 クエイはシエラの心が揺れ動いたのを察すると、傍にあった武器を手に持った。

 誰かが倒されて落としたらしい、”槍”だ。


「あたいは……」


 シエラが顔を上げ、ラク達のほうへ歩き始めていく。

 もうその歩みは、戦意を感じさせるものではなかった。


(よし、とりあえずこれで―――)


 シエラがこちらへと戻ってきてくれれば、まだ手はあるかもしれない。

 少なくとも、これ以上戦わなくて済むのならば、それでいい。

 しかし―――歩いているシエラの腹部から、突如、何か”長いもの”が突き出た。


「うっ……あ、あ……?」


 シエラの腹から出ていたのは、”槍”だった。

 シエラが戦意をなくしたのを見かねて、クエイが背後から放った槍だった。


「あ、ああ……! ああ、あああ……!!」


 シエラが声にならない悲鳴を上げ、必死に槍を抜こうとする。

 だが既に体力がほぼ底を尽きかけている状態であるため、力が入らず、抜く事が出来ない。

 シエラには激痛と、そして恐ろしいほどの恐怖が体を襲っていた。


「ばっ……! や、止めろ!! クエイ、お前……!!」


 今、感覚のリミッターが外れている為、単純にゲーム上でダメージを受けているという状態ではない。

 恐ろしく現実感のある”痛み”がある状態だ。

 それでシエラは現実では身重の状態である。

 恐らく、通常とは比べ物にならない恐怖を感じているはずだった。

 クエイはシエラの惨状を鼻で笑うと、ラクに言った。


「仲間? 下らんな。現実ではないこんな場所で、仲間などできるわけがないだろう。私もこいつも、互いを利用しあっていただけだ。お前が先程言ったとおりだよ。”使い捨ての駒”でしかない。利用価値が無くなったら、どうなるかぐらい、こいつもわかっているはずだ。こういう結果になる、とな」


 シエラは今まで聞いた事が無い苦悶の声を上げながら、槍を必死に抜こうとしていた。

 だが、やがて完全に力尽き、その場に倒れこんでしまった。


「なんて事を……!」


「クソがぁぁっ!!」


 ガンテスとヤジマが、傍にあった壊れかけの武器を掴み、突撃を仕掛けていく。

 しかし、クエイが片手を振り上げ、二人に向かって振り下ろすと、凄まじい風圧とともに吹き飛ばされ、破壊された横浜駅の壁へと叩き付けられた。


「おっと」


「……ッ!」


 クエイは背後から再び攻撃を仕掛けようとしていた匂坂に気付くと、今度は超反応で武器を掴んだ。

 首へともう少しで到達しようとしていたが、直前で刃の部分を止められている。


「今度は首狙いか? なるほどな。いくら回復力があろうと、首を刎ねれば一撃で倒せるかも、と……いい分析だ」


 匂坂が掴まれている部分を支点に、蹴りを放つと、それもクエイに止められてしまった。

 そして―――クエイが力を込めると、異様な音が響くと共に、匂坂の悲痛な声が響いた。


「ぐぁっ!?」


 クエイが匂坂を投げ捨てると、匂坂の足首の辺りには真っ赤な損傷ダメージが張り付いていた。

 どうやら、物凄いパワーで足首を掴み、そのまま握り潰したようだった。

 武器にも同じように力を加えたらしく、破壊こそされなかったものの、蜘蛛の巣のごとくひびが入ってしまっており、もう戦闘で使う事は難しそうだ。


「クソがぁっ!!」


 エクスクモも同じように壊れかけの武器を構え、飛び掛っていった。

 もはや絶対に勝つことなど出来ないが、それでもただ負けるのは彼のプライドが許さないようだった。

 だが―――そんな攻撃が通じるはずも無く、クエイは彼の一撃を難なく回避すると、横っ腹に膝蹴りを食い込ませた。


「う”ぅっ!」


「無謀、無駄、無策……ゲーマーというのは、お前のような奴を言うのだろうな」


 クエイはボロボロに成ったエクスクモを投げ捨てると、掌を前に掲げ、横浜駅のほうへと向けた。

 すると、横浜駅から出て、戦闘の様子を伺っていたハヤトが空へと浮かび上がった。


「う、うわあっ!」


 どうやら、理力を使って引き寄せを行ったらしく、まるで見えない引力に引っ張られるように、ハヤトはクエイの傍へと引き寄せられていった。


「さて……まずはお前からだ」


 クエイはハヤトの首根っこを片手で掴むと、物凄い力で首を締め上げ始めた。

 先程の戦いで、殆どの力を使い果たしているハヤトは、締め付けが強くなるたびに小さな声を上げ、身をよじって悶えた。

 そしてクエイの手を外そうともがくが、力の差が天と地ほどある為に、外せるはずも無く、抵抗は空しいだけのものに終わった。

 エクスクモは、その光景を見て立ち上がり、言った。


「や、止めろ……他の奴には、手を出すな……」


 ふらついたまま、精一杯の声で言う。

 だがクエイは彼の言葉には全く耳を貸さず、ハヤトの首をさらに締め上げていく。


「う……あ、あが……」


「ハヤト!」


「出るな、ナルミ!」


 クエイがさらに空いているほうの手をかざすと、地面から茨が伸び、ナルミと傍にいたプリミアへと絡みついた。

 そして二人の身体を締め付けると共に、電気のようなものが流れ始めた。


「ああああっ!!」


 激しく火花が散ると、少女2人の悲痛な声が周囲に響いた。

 ギャロットが外そうと近寄ると、彼にも強烈な電撃が弾け飛んだ。


「ぐっ……!」


 相当に強い電気が流れているようで、近寄る事ができない。

 魔法攻撃なのか、それとも何かしらの生物を操っているのか、わからないが、ひとつだけ確かなのは、もう手の打ちようが無いという事だった。

 エクスクモは膝から崩れ落ちると、下を向いたまま言った。


「止めろ……止めろ……止めてくれ……!」


 彼が搾り出すように言うと、クエイは手を止めて冷たく言い放った。


「では、仕上げと行こうか。エクスクモ……負けを認めろ!」


 クエイが言うと、エクスクモは観念したように俯いたまま言う。


「……俺の負けだ。俺は……お前には勝てない」


エクスクモが捨て鉢になった風に言った。

その瞬間、周囲が静かになった気がした。


「これで……これでいいんだろう……!」


 賞金稼ぎ達の憧れであり、最強の賞金稼ぎと呼ばれていたプレイヤー。

 そして、グランドマスターとさえも呼ばれる者の1人が、こうまで情けない声で、負けを認める姿など、誰も見た事がなかったからだった。

 だが―――次にクエイから放たれた言葉に、ラクは絶句した。


「そうか。では―――”自分のキャラデータを削除しろ”」


(……!!)


「な、何……!?」


 エクスクモは、クエイから告げられた言葉に驚いて顔を向けた。

 憔悴した様子で、もう何も出来ない様子の彼に、容赦なくクエイは追い討ちの言葉を続けた。


「まさか負けを認めさせるだけで、本当に終わりだと思ったのか? 貴様には―――2度と議会の方に顔を出してもらいたくないんだよ」


 エクスクモは、クエイから告げられた事の意味に、言葉を失っていた。


「ではどうするか? 単純にプライドをへし折ってやっただけでは、また出てきてしまう。だから私は考えたのだ。お前のような奴を―――”出てくる可能性から排除しなければ”とな」


(そういう事だったのか……!!)


「調べた結果、どうやらアカウントの削除、もしくは、キャラデータの削除を行ってしまうのが一番だとわかった。だから―――消せ。お前のキャラ自体を、この場で削除しろ」


 突きつけられた要求に、エクスクモはもちろん、その場にいる人間の誰もが絶句していた。

 それは、ゲームをプレイしている人間からすれば、死ぬ事と同じだったからだ。


(そうか……これが目的だったんだな)


 単純に敗北を認めさせるのではなく、キャラ自体を削除させる事。

 それが、クエイの本当の目的だったようだ。

 確かに、単純に名声が地に落ちただけでは、再びエクスクモが、また賞金稼ぎとして復活する事があるかもしれない。

 強者は、どれだけ隠れていようと、担ぎ出されるのだから。

 だが―――もし、キャラデータを削除させられてしまったら、それは不可能だ。


(キャラデータ自体の復活なんて、まず出来ないからな……)


 キャラクターを作るのは1年、2年と掛かる行為だ。

 エクスクモのようなトッププレイヤーなら、下手をすると10年近くかけてキャラを作成している。

 同じようなキャラを作る事は、不可能といっていいだろう。

 そして人間関係なども、もう元に戻す事はできない。

 キャラが消えてしまったら、仮に仲間達の目の前に出てこれても、もう戦闘にも、対戦にも付いていく事は出来ないのだから。


「……」


 エクスクモは俯いたまま、黙り込んでいた。

 だが、ラクの位置からは見えてしまった。

 彼が歯を食いしばって、苦悶の表情を浮かべている様を。

 仲間を取るか―――それとも自分の全てを取るか。

 その究極の選択を迫られているのを、見た。


「うあッ! う、あああッ!!」


 エクスクモが返答に迷っていると、クエイは拷問を再開し始めた。

 ハヤトの首をさらに締め上げ、再びナルミとプリミアに絡み付いている茨に高圧の電流を流していく。

 その姿を見ていられず、再びガンテス達が攻撃を仕掛ける。


「く、くそっ! 残っている奴らで掛かれッ!!」


 ガンテスの激に応じ、残っていた悪人街のプレイヤー達が一斉に突撃を仕掛けた。

 武器もロクに残っているわけでもなく、魔力源子なども殆ど底を突きかけていたが、ファイブ・スターズの惨状を見ていられなかったようだった。


「フン……間抜け共が」


 クエイはハヤトを投げ捨てると、再び風のようなスピードで、襲い掛かってくる悪人街の者達を薙ぎ払って行く。

 そして並み居る者達を倒し、ガンテスの方へとクエイが飛んだ。


「し、しま―――ッ!」


「首を貰……」


 まさにガンテスの首に攻撃が届こうとした時、クエイが止まった。

 そして何かに気付いたように、背後を振り向いた。


「ハァ……ハァ……」


「シエラ……!」


 2人の視線の先には、シエラが居た。

 掌をクエイへと向けて、何かの攻撃を放とうとしている。

 だが、クエイが気付いてしまったからか、それとも最後の力を振り絞っての、ブラフだったのか、クエイの動きが止まるとシエラは再び倒れた。

 ガンテスはその隙を逃さず、持っていた壊れかけの斧をクエイへ振り下ろした。


―――ガッ!!


「ううっ!?」


 ガンテスの強烈な斧の一撃は、クエイの額へと命中した。

 だが、やはり鋼鉄の塊へと打ち込むが如く、攻撃は止まってしまっていた。

 僅かにHPが減ってはいたが、まるで効果が無い。


「もう終わりか? まるで枯れ枝でさすられているようだぞ」


「そ、そ、そんな馬鹿な……なんて固さだ……!」


「死ね」


 クエイの手刀の一撃がガンテスの胸へと放たれ、そのまま胸を突き破ろうとした時―――

 エクスクモの声が周囲の音という音を切り裂いた。


「―――やめろ!!」


「……ん?」


 ピタリと手刀はガンテスの胸の前で止まった。

 後、コンマ0.1秒遅ければ、間違いなく死んでいた。

 ガンテスはそのまま、尻餅をついてしまった。


「俺の負け……だ。お前の要求通り、消えてやる。この世界から、永遠にな……」


 エクスクモは、そう言うと目の前に電子仮想ウィンドウを開いた。

 そして、自分のキャラクターを削除する為のコマンドを打ち込んだ。


『全てのデータを削除いたします。本当によろしいですか?』


 そして「YES」、「NO」と現れた最後の承認画面で、エクスクモの指が止まった。

 この最後のコマンドを打てば、クエイの要求通り、エクスクモは消える事になる。

 それを考えると、彼の胸に万感の思いが去来した。


(いつだったかな……こいつを作ったのは)


 一度、エクスクモはチーターによって自分がリーダーを務めていたギルドを崩壊させられた。

 その時、彼は実を言うとキャラクターを一度削除していた。

 チーターに良い様にされた過去の自分と決別する為に。

 そして―――決して、もう仲間を失わない為に。

 その決意の為に、キャラを消して、エクスクモと生まれ変わった。

 それから、彼はとてつもなく長い時間を掛けて、今のファイブ・スターズと、この「エクスクモ」を作り上げていった。


(チーターに負けて、またチーターに負ける、か……)


 今の「エクスクモ」の全てを失うのは、彼にとって半身を引き裂かれる思いだった。

 だがあの時、誓ったのは―――今度こそ”仲間だけは絶対に守る”。

 その強い決意だった。


(こんな守り方しか、できないんだな……俺は……)


 今―――自分の全てを掛けなければ、仲間を守れないのなら、そうするほか無い。

 勿論、全てを見て見ぬ振りをして、自分を守り通すこともできる。

 だが、それをしてしまったら、本当に何もかもが終わってしまう気がした。

 それに、痛覚制限が取り払われている今、現実の彼らに、ダメージがフィードバックしない補償は全く無い。


「ギャロット、ハヤト、ナルミ、そしてプリミア。悪いが……俺はどうやら、ここまでのようだ」


「な、何を言っているんですか、エクス!」


 ギャロットが叫ぶと、ナルミとプリミアに絡み付いていた茨が外れた。

 それを見届けると、大きな溜息と共に、エクスクモは「YES」のボタンを押した。


『これよりキャラクター・データの削除を開始します。周囲におられます、別プレイヤーの方は、なるべく近寄らないようお願い致します』


 エクスクモの身体に、真っ白な光が纏わり付いていく。

 キャラクター・データが削除され始めていっているのだ。

 見てくれは綺麗だが、無残な光景だった。


(……)


 その場に居た誰もが、その姿を固唾を呑んで見ていた。

 もはや、どうしようもないこの状況に、誰もが肩を落とし、絶望していた。


「フゥ~……これで、私も今夜から、枕を高くして寝られるという物だ」


(本当に、もう何も出来ないのか……?)


 ラクは、先程のガンテス達の突撃を防いだクエイの攻撃。

 その余波を受けて、瓦礫の中へと吹き飛ばされていた。

 そしてエクスクモが自分のキャラを削除する様子も、見ていた。

 その無残な様を見て、居ても立っても居られず。

 彼は―――


『存在原核を変更します―――キャラクター・チェンジ!』


「……ん? 何だ?」


 システムメッセージが鳴り響くと、クエイはその元の方を見た。

 そしてその先には、瓦礫の中から這い出てきた、一人のモンスターが居た。

 豚面の、簡素な鎧を着込んだだけの”オーク”の姿を。


「クエイ! 待つだ……まだ、オラが残ってるだぁ!!」


「あれは……し、新入りの奴か?」


 そこに居たのは、ラクがキャラチェンジ・コマンドを使用した姿の『グンバ』だった。

 ラクは、少しでも攻撃力を引き上げる為、オークの姿へと変わったのだった。


「ハァ、ハァ……」


 グンバは倒れていた状態から、立ち上がった。

 すると突然、息が切れた。

 今まで余り身体を動かしていなかったので、わからなかったが、相当身体に疲労が溜まっていて、ガタが来ているようだった。

 だが、ふらついた足でも関係ない。


「ウオオーーー!!」


 グンバは雄たけびを上げて、クエイの元まで駆けていく。

 もはや武器も無く、拳を振り上げただけの滑稽としかいえない姿のまま、彼はクエイへと迫っていった。


「無駄だというのが……」


 クエイはそんな姿を見て、大きく溜息をついた。

 驚く様子も無かった。

 この姿にコマンドを使用して変化できる事を、クエイは事前に知っていたからだ。


「わからんか。その”オーク”とかいう豚人間同様の、無能な頭ではな」


 クエイは避ける様子を見せず、彼のパンチを受ける為に、わざと棒立ちとなって待ち構えた。

 攻撃を受け止め、その後にカウンターで一撃を見舞うつもりであるのだろう。

 無論、喰らった瞬間に即死が確定する一撃を、である。


(う、あ……あれ……?)


 グンバは、変身してから、段々と身体が変化してくる事に気付いた。

 ”身体が”というよりは”感覚が”と言った方が正しいかもしれない。


(なんだか……足に力が、戻って……来た?)


 まるで、長時間の正座をした足から、痺れが取れていくような感覚。

 血の流れが悪かった身体に、再び血流が戻り、生気が戻っていくような気がした。

 ボロボロの身体に力が戻っていき、段々と足腰が勢いと力強さを増していく。

 グンバはそのまま、クエイを殴りつけた。


「おおッ!!」


 すると―――グンバの拳は、そのままクエイに”めり込んだ”。

 そして、彼の身体を大きく弾き飛ばした。


「う……ぐぅっ!?」


 同時に、強烈な痛みと共に、クエイの体力が一気に3割ほど減少していく。


(な、何ッ!?)


 グンバは素手であったが、チートによって防御力が最大値になっているクエイに一気にダメージが通っていた。


「え、あ、あれ……? なんでだか……?」


(ば、馬鹿な……、なんだ、なんだ今の一撃は……!?)


 グンバは思わず、茫然とその場に立ち尽くした。

 刃物ですら鋼鉄のように弾き返したクエイに、何故、攻撃が通ったのか、当の本人すらも全くわからなかった。

 攻撃した本人ですらわからないのだから、見ていた悪人街の生き残り達も、そしてクエイも、その光景に、大いに戸惑った。


「え……? な、なんで効いたんだ……?」


「い、今どうやった? 一気に奴の体力が減ったぞ!?」


 ラクは倒れこんだクエイを見下ろしながら、動きが止まっていた。

 どうして攻撃が相手に通ったのか、不思議でならなかったからだ。


(こ、”拳の攻撃”だから通っただか……? いやチートで防御力が上がってんだからぁ、そんなはずないだ。剣だから、拳だから、は違うはず)


「ぐっ……ぐ、ググ……」


 どうやら、フィーリングリミッターを解除した分、クエイにとっても相当な痛みであったようで、ふらつきながら立ち上がると、怒りの形相で、クエイはラクを見た。


「貴様……今、一体何をやった!!」


「し、知らないだぁよ。オラだって何をやったのか……」


 グンバが答えると、田舎訛りのような喋り方にトサカに来たのか、クエイは腹の底から湧き上がるような、”静かな怒声”を放ちながら立ち上がった。


「殺す……! 次は、貴様を始末してくれる……!!」


(いぃっ!? う、嘘だんろ……!?)


 ピンチになるばかりだったが、当のグンバの身体には、更に力が回復してきていた。

 まるで、それが現実の肉体であるかのように。


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