06:ギラセル防衛戦
モンスター化してしまったプレイヤー三人は、考えた末、この町を守ってから出発する事にした。その為に道具を揃え、防衛の為の人手も出来る限りかき集めた。
そして、完璧ではないが準備がそこそこに終わった時、遂に防衛ミッションが始まった―――
(文字数:9430)
一欠けらの雲が太陽に掛かり、輝く空の蒼穹が蔭っていく。
―――3
―――2
―――1
『リミット・アライバル―――ミッションが開始されます』
機械的な音声が三人の傍でささやいた。
「始まっただ」
グンバが言うと、デアルガとセンリ。
そして周りにいたマギーらアントラス達が武器を構え呼吸を沈めた。
同時に―――異様な静けさが谷の町の周囲を包んでいった。
鳥の鳴き声、風によって起こる葉擦れ、風の音そのもの。それらが全て静まり、不気味なほどの静寂が、辺りを支配していく。
最後に、気配という気配が消えて行き、谷の中にもその異常さが蔓延し始めていった。 何もかもが目に見えぬ形で変容した次の瞬間―――
「……―――ッ!!」
「来るだっ!!」
突然、谷の外にあった森がざわめき始め、森林の緑色の一部から枝のようなものが、
地面に向かって生えた。
そして深緑のシルエットが分離して、細長い像を形成した。
最初、それが何なのかは誰にもわからなかった。
だが、ちらりと見えた鈍色の長い部分を見て、グンバはそれが何かを見抜いた。
そして叫んだ。
「ナイフ・マンティスだぁっ!!」
同時に雲の切れ端が外れ、太陽の光に当てられて、姿を現したのは
人間の半分ほどの大きさはあるだろう、カマキリの群れだった。
■
突撃してくるカマキリ達に向けて、グンバがレフトライト・グレネードを投げつけた。 そして数拍後、グレネードは閃光と共に爆発を引き起こし、勢い付いていたマンティス達の出鼻を挫いた。同時に、火が町の入り口で燃え広がり、一気には突撃できないようになる。
この町の出入り口は複数あるが、一番大きなここをひとまず塞げば、町の者には十分応戦する時間を稼げるはずだ。
同時に、巨大な爆発音と戦いの大きな掛け声が冴え渡り始め、谷の住人達に起こっている事の重大さが遅れて伝わり始めていた。
「ギギッ!」
マンティスが掛け声を発すると同時に、大きく武器化している腕を振り上げ、グンバの頭を狙って振り下ろした。
「おっと!」
しかし攻撃は空を切り、当たらなかった。
能力的には低いザコモンスターの状態だが、熟練プレイヤーのヤスキもといグンバは、この手のモンスターの動きを知り尽くしており、攻撃の軌道を読むのは容易い事だった。 マンティスはそのまま武器腕につられて身体を大きく前にのけぞらせる。
コイツの弱点は「体重がアンバランス」な事にある。
大きな武器と化している腕は確かに強力ではあるのだが、それを扱うスキルと体躯が
まだこの種類には備わっていないのだ。だから、一度攻撃をあえて振らせれば、簡単にこうして隙を作らせることができる。
武器腕を再び振り上げようとするが―――それは間に合わず、頭が下がった所を棍棒の強烈な一打が捉えた。
「ギィッ!!」
鉄のクサビが埋め込まれている棍棒は、マンティスの頭部に深く食い込み、ほどなく思考を完全に停止させてしまった。
『CRITICAL!』
機械的な音声が僅かにグンバの頭部近くで響いた。
そして緑色の身体は、そのまま地面に伏した。
「なるべく後手で攻めるだ!」
グンバの掛け声が響いた。
次にマンティスたちが狙いをつけたのはスケルトンだった。
数匹がスケルトンを囲み、一斉に武器腕を振り下ろす。
しかし刃物の腕はまたしても空を切った。ミツキことデアルガの彼は、とてつもなく精度の高い”読み”に長けた人間だ。無論、それはタイミングだけでなく”リーチ”においても同様で、おおよそ4人までなら距離を測りながら戦う事ができるほどだ。
三方向からの攻撃は、彼にとっては十分読めるものであり、距離を調整されて届かない攻撃は、全てが地面に突き刺さった。
マンティスたちが振り上げようと身を前へ乗り出した時、スケルトンのミドル・ソードは次々にマンティス達の胸元を切り裂き、または首を刎ねていった。
『CRITICAL!』
『ONE END!』
”致命打”そして”一撃死”のシステム・メッセージが響き渡る。
どちらもかなり的確に相手の急所を狙わなければ起こらないダメージだ。
通常は、出ても”HARD HIT(強打)”、もしくは”CLEAN HIT(的確な一撃)"が大半である。
「イケるな」
デアルガは相手を一撃で倒せる事にひとまず安堵し、坂の上から来ている敵の増援を
見た。本来は―――これが普通だ。ザコ戦では基本、守るプレイヤー側が大抵の敵を一撃で倒せるようになっている。
今は防御を犠牲にしていて、危険度が上がっているものの、攻撃パターンを憶えているので、自分のペースを守っていれば問題ないだろう。
(だが、問題はこれからだぜ……)
消耗戦をどれだけダメージ無しで耐えられるか。問題はそこだ。
今回はザコモンスターだけでなく、ボスも控えているのだから。
■
防衛戦が始まって、すぐにマギーは町の中を走り回って、襲撃が来た事をそこら中に伝えて回った。
最初は半信半疑だった住人や旅の者たちも、二度目の爆発音と共に騒がしさに気付き、段々と襲撃が来た事を知るようになっていった。
ある場所では谷に入ってくるマンティスと戦闘を行い始め、ある場所では戦闘準備を急いで整えて敵を探して移動を始めていた。
その中には、あのレオニクス「グライズ」の顔もあった。
「この騒ぎはなんだ」
「どうやら、入り口の方で戦いが起きたみたいです」
グライズの呟きに、ラビラントが応える。
「んだとぉ? 襲撃か?」
「も、もしかしてあのブタ野郎が言ってた事が本当に起きたってのか……?」
馬鹿にしていたオークの言っていた事が本当であった事を知り、唖然とするコボルト。 周囲の者たちが、次々に武器を手にして外へと出て行くのを見て、グライズは唇を吊り上げた。牙を剥いてにやけるその顔は―――”これでやっと暴れられる”と言う感じの
”愉悦”を滲ませた笑みだった。
■
グンバ達は入り口で火を避けて入ってくるマンティスたちを次々に撃破していた。
彼らは、スピードと攻撃力こそ中々のものを持っているが、防御力が低い上、下等種であるために体重移動の技術が未熟で、後手を取ればほぼ確実に一撃で倒す事ができる。
入り口から入らずに谷の壁面を降りていったマンティスも、ほどなく谷の住人達に倒されていった。
これで、とりあえずは中から崩される心配も無いだろう。
「はっ! そりゃあっ!」
グンバは戦闘に慣れると先手を取って攻撃を行い始めた。
棍棒での重い一撃は、例え相手が武器腕でガードを行っても、防御をも簡単に無視して振りぬけるからだ。
無論、自分も大振りした後は隙が出来るのだが、そこは熟練プレイヤーの経験で判断し次々と相手を打ち倒していった。
『レベル・アップ!』
そしておよそ6~7体ほどを倒すと経験ポイントが次レベルに到達し、どんどんレベルが上がっていった。とはいえ、たまに攻撃を受けると一気にダメージを受ける。
最初は運悪く直撃し、一発で3割近くを持っていかれることがあった。だが、そういう時も慌てずに、彼はアントラス・ウォリアーの近くまで後退し、態勢を整えた。
アントラス・ウォーリア達の陣形内へと身を潜め、身体の緊張を解き、自動ヒーリングを行う。
「自動ヒーリング」とはファシテイトの戦闘システムの一つで、身体の緊張を完全に解き、戦闘モードではない状態なら、体力が最大値の8割まで自動で回復していく、いうものだ。本来は完全に無防備になるため、戦闘時には行えないのだが、長期戦では必須の要素であり、これをいかにして安全に行うか、というのが防衛戦のカギでもある。
今回、不可能かもしれないと思われたが、アントラス達が余りに強い為、余裕があり、 また彼らは兵士なので、陣形もそれなりにちゃんと取れており、ヒーリングを行う事ができたのだった。
正直なところ―――グンバは、このザコ戦とこの後にあるリーダー戦闘では、確実に負けは無いと、確信していた。
それは何故か? 理由は簡単な事で、このアントラス・ウォーリアが、モンスターの強さを表すランク上で「F++」となっているからである。
この防衛ミッションでの敵の推定レベルはザコが「G++」、リーダーが「F-」であるので、ウォーリア達は既にリーダーを越えるレベルなのだ。このミッションランクの表示は、少々上下はするものの、基本的には正確に表示されるので、”何も事故がなければ”
ボスまでは行く事ができるだろう。
そしてボス戦になったら、消耗しているとはいえ数では圧倒している為、まず勝てる。 最悪でも敗北する事は無い。
そう確信していたのだった。
■
「そろそろリーダーが来る頃だけんども……」
日が勢い良く昇り始め、ザコの大方を掃討するのに成功し、激しい流入が止まった頃。 ”それ”は現れた。
「キャァッ!!」
谷の入り口で戦っていたグンバとデアルガは、叫び声に驚いて、すぐ下の階層へ視線をやった。すると、センリが何かに追われているのが目に入った。
「なんだ!?」
アントラス・ウォーリアの一人が言うと、グンバがそれに応えた。
「あれは……”ブレード・マンティス”だぁ!」
視線を移した下層には―――先程のナイフ・マンティスが成長したような、カマキリ型のモンスターがいた。身体が巨大化し、2m近い大きさとなっている。体色もより濃い緑色に変化し、成長を感じさせる色となっていた。
武器腕もより大きくなり、ロング・ソードほどはあるだろう。
そしてナイフ・マンティスとは違い、両腕が武器となっている。武器が増えて、動きは前よりも鈍重そうになったが、代わりに武器に振り回されていた面影はない。
「あれも襲撃者か」アントラス兵士の一人が呟く。
「ああ、さっきの奴等のリーダーだぁ。気をつけるだよ!」
「上から来るぞッ!!」
ザコに混じってブレード・マンティスが現れ始めた。
これからが、真の防衛戦だ。
■
グンバとデアルガがセンリの元へと向かう。
先程のブレード・マンティスは、どうやら垂直に近い壁を直接降りてきたようだった。
「昆虫型は”登攀”があるからめんどくせぇぜッ!」
デアルガがうんざりしたように言う。
登攀とは、姿勢を変化させずに壁を踏破する能力である。
脚力の強いキャラクターや、羽の退化した昆虫型モンスターなどは、この能力を
高い割合で持っている。
「いくだぁっ!!」
逃げ惑うセンリの元へと到達すると、ブレード・マンティスが、一斉に振り向き、
グンバとデアルガの方向を見た。
新しい敵が現れ、どうするかを考えているのか。
彼らは―――4体にまで増えていた。
「さて、どうするか……一体でもめんどくせぇーってのに」
「まぁ、やるしかないだよ」
スライムの方は簡単に倒せると判断したのか、ブレード・マンティスたちは、センリを無視して二人の方へと向かってきた。
顔の前で、カマではなく長い剣と化している武器腕を交差させ、腕をハサミのような
姿へと構えた。
「”鋏の構え”か……」
デアルガがそれを見て呟く。
これは、二刀流の構えの一つだ。
正面の敵に対して強くプレッシャーを与える、初歩の防御形の構えだ。
そこそこのレベルになったため、彼らは剣士としての能力を、自然の中で身につけたというわけだ。
(ちぃっ、本当なら突っ込んで行くんだが……)
デアルガが舌打ちをしつつ剣を構え、マンティスたちの前で様子を窺う。
防御形の構えを崩すのは少々面倒なので、本来ならダメージ覚悟で突っ込んでいくが
今の状態でそれを行うには、危険すぎる。
だが―――余り時間を掛けるわけにも行かない。
こうしている間にも、入り口から、もしくは谷の壁を”登攀”特性で降りて敵が流入してきている。
「グンバ」
デアルガがグンバに向かって目配せをする。
そして武器を逆手に持ち、小指側から刃が出るようにデアルガは構えた。
それを見て、何をやろうとしているのかを察したグンバは、棍棒を振り上げて挑発を
繰り返し始めた。
「おおーいっ! こっち来るだぁ!」
それに乗って半分の2体が、グンバに向かって付いていった。
そのまま距離を取り、グンバは離れていく。
そしてデアルガ一人になり、一気に攻められると思ったのか。
ブレード・マンティスは2体同時に襲い掛かってきた!
「っと!」
掛け声と共に、デアルガは一気にしゃがみ、姿勢を低く取った。
すると武器腕は頭の上で交差され、狙いを外れた。
これがデアルガの狙いだった。
武器腕を振りぬいたマンティスは、丁度腕を広げる格好になり―――
「そこだッ!!」
アッパーカットの要領で首元をミドル・ソードで振りぬいた!
―――ザリッ!
瞬間、厚い紙をカッターで勢い良く切り裂いたような音が聞こえた。
同時に、首を掻っ切られたマンディスから青黒い体液が飛び散り、緑の体躯はふらついて真横に倒れた。
『ONE END!』
深緑の昆虫が倒れ込むと、一撃死を告げるシステム音声が僅かに聞こえた。
「ギッ!? ギギィッ!!」
余りにもあっさりと倒されてしまった仲間を見て、もう一匹のブレード・マンティスは戸惑っているようだった。その動揺して居る様子を見て、静かにデアルガは腕を上げた。そして、指だけを動かして「来いよ」と挑発しつつ、言った。
「来な。斬られによォ」
その言葉に、恐れや焦りは全く無かった。
そしてもう一匹も、ほどなくして同じように仕掛けた後、似たような致命打を受け、
斬り倒された。
当然の結果であった。
元々、剣技一本で来たデアルガには、こんな初歩の構えの弱点など、わかりきっていたのだから。だが、流石に熟練の腕を以ってしても4人同時では分が悪い。だからグンバに分断と挑発の役を引き受けてもらったのだった。
「フゥー……ッ」
息を整えて、倒れたマンティスをデアルガは見下ろした。
この”鋏の構え”は、防御形の構えとしてはそこそこ悪くはないのだが、
攻撃の際に、どうしても”下段攻撃をしづらい”という弱点があり、大抵は頭部か胴体部分を狙った攻撃となる。なので、攻撃の瞬間を狙ってしゃがむと、ほぼ確実に回避する事ができるのだった。
無論、下段に向かってくる事もあるが、その際はどうしてもモーションが大きくなる為に、すぐに初動でバレてしまうという弱点もある。防御の型なので、攻撃にそもそも向いていないというわけだ。
”受け”に徹していればその限りではないのだが、挑発に動じないほどの思考力は
ブレード・マンティスたちにはまだ備わっていないようだった。
モンスター達からの囲みを抜ける事ができたセンリがデアルガと合流し、言った。
「あ、ありがと……」
「気にすんな。そういや……丁度いい。レフトライト、まだ持ってるか?」
「え? ええ、あるけど……」
「教えた投擲で後のを……」
デアルガが言おうとすると、グンバが戻ってきた。
後ろには”釣って”いったブレード・マンティスに増援が加わり、5体になっていた。
「おおーいっ!!」
「アイツらを、ぶっ飛ばしてくれないか」
「わかったわ!」
■
リーダー・モンスターの出現により、一時は押され返し始めたが、パターンを読んだ手本をグンバたちが示す事により、ほどなくして陣営が崩れるのは止まり、やがて次々にマンティスたちの死骸が転がり始めた。
「オラッ! オラァッ!!」
レオニクスも参戦し、攻撃を行っていた。
彼をはじめ、町に来ていた旅人は元々のランク自体が上の者もいたため、犠牲も殆ど
出ずに、防衛線の工程は消化されていった。
そして―――太陽が昇り切った正午過ぎほどの時間となった。
「リーダーも大体倒した感じだど……」
「ああ。耐久型のヤツだったらヤバかったが、防御力のない奴で助かったぜ。これなら、ボスで”タイム・リミット”待ちもできるな」
ミッションには防衛のクリア・ラインが設定されている。
これは、町の破壊率や参加者の生存率と、経過時間によって決まり初期の設定では、
”1時間”となっている。つまり、全く犠牲が出ずに町も全く破壊されなければ、1時間程度で戦闘は終了する。
”防衛者たちに歯が立たない”ので撤退するという感じだろうか。
「あとは……ボスがどんな奴かだ」
「んだな」
そしておおまかに、だが最初の15分がザコ戦、次の20分がリーダー戦闘。
残りがボス戦と言う風に割り当てられている。
ただ、これは全て上手くいった場合の事であり、大抵は伸びていく。犠牲が出続けたり、町に大きなダメージを与えられたりすると、モンスターは勢い付いてしまうというわけだ。とはいえ、ミッションでは町の住人などもカウントに入る事が多々あるため、彼らをちゃんと守っていれば問題はない。
そろそろミッションが始まって1時間ほどになる。伸びた分を加味しても、もうボスが出てきてもいい時間だ。
「たぶん”ソードマンティス”だぁな。ボスは」
「この流れ的にはなァ」
ザコ戦闘、リーダー戦闘とカマキリ型のモンスターが続いたならば、最後も恐らくは同系統のモンスターに違いないだろう。
次に出てくるであろう「E-」ランクモンスターであるソード・マンティスは、グンバたちだけでは倒すのが難しい相手だったが、アントラスや、レオニクスまでいる。これなら十分余裕を持って倒せるだろう。
このまま―――”勝てる”。そう確信した。
だが―――それは間違いだった。
「またカマキリが出てくるのぉ? ヤだなぁもう」
「まぁ、もうちょっとの辛抱だぁよ」
「ソードなら最悪、俺一人でも行けるな」
そして、突然―――静かになった。
僅かに残っていたナイフ・マンティスたちがあわてて谷の外へと逃げていく。
「ん? なんだ?」
鳥の声や、虫のささやき、木々のざわめき。森のあらゆる音が消えていく。
最初の攻撃前、急に静けさが辺りを覆った事があったが
今度はそれよりも静かだ。もはや”無音”と言ってもいいほどの、不気味な静寂の世界となりはじめていた。
戦っていたアントラス達や旅人達もそれに気付き、動揺の声が漏れ始めた。
「な、なんだ……終わったのか……?」
「なんで奴等、逃げて行きやがるんだ?」
「静か過ぎる……」
「……」
グンバは、その様子に、急に危機感を感じ始めた。
この”前触れ”とも言うべきものは、確実に―――低級モンスターのものではない。
「な、なんかヤバイんじゃないの?」
モンスターの一部には、出現前に周囲に急激な変化をもたらすものがいる。
”地形を激変させるから”だとか”大規模な攻撃を行うから”だとか、理由は色々とあるのだが、共通しているのは間違いなく”強敵”だという点だ。
「……どっかで……」
デアルガがふと呟き、グンバが訊ねる。
「どうしただ?」
「いや、どっかで……憶えがあるんだよ。この感じ。なんだったかな……」
やや俯いて、深刻な顔でデアルガが言った。
「!」
突然、パーソナルビュー(個人個人のウィンドウ画面)の左上にボスの体力を示す
”HPゲージ”が表示された。 そして回復音と共にメモリがチャージされ始めた。
ボス戦闘が開始される合図だ。
だが―――まだボス・モンスターの姿は見えない。
「みんなっ!! 最後の大物が来るだぁっ!! 気をつけるどぉっ!!」
谷中に響き渡るほどの大声で、グンバが叫ぶ。
それを聞いていた全ての住人は、次に来るものに備えた。
やがて、鈍重な音と共に谷全体に”震動”が伝わり始めた。
「な、なに? この揺れ……!?」
センリが地響きに驚いて言った。
「ボ、ボスの足音だぁよ。たぶん……」
でも、それにしては大きい。
グンバの知る”ソードマンティス”は、およそ3m近くある大きなモンスターだが、
重量自体はさほどなく、こんな……まるで、小規模の地震のような震動を、自重で起こせるモンスターではない。
「思い出してきたぞ。これ、確か……なんかのクエストの……ラスボスでこんなのがあった気がする」
デアルガが呟くと、グンバがそれに反応して訊ねた。
「ら、ラスボス!? 何のクエストだか?」
「確か……えーっとな……―――なんかのクラスの……昇格試験……だったかな……。
そうだ、確か……―――そ、そうだッ、た、た、確か……ッ!!」
”何か”に気付いて、デアルガの口調が急に青ざめていく。
そのただならぬ様子に、グンバは答えを聞こうとした。
だが、その時―――
―――ドッガァッァーン!!
突如、谷の外を覆っていた森林の一部が爆発を起こし、破壊された木々の一部が、谷のあちこちに降り注いだ。
「な、なんだ!?」
降り注ぐ木材は、どれも焼け焦げていた。
全員が視線を破壊された場所に注ぐ中―――
突然、巨大な影が谷の外から飛び込んできた!
「う、うわァッ!!」
飛び出してきた”それ”に、旅人であっただろう獣人たちが潰される。
余りにも巨大な”それ”に驚いて、逃げる事すらできなかったようだ。
「なっ……!」
「な、なによアレ!?」
グンバ達が驚く中、落ちてきた”それ”は機械的な唸り声を上げた。
「キッシャアァァァーォォン!!」
青い巨大な甲殻の身体、無機質な黒い瞳だけの目。
機械のように揺れ動く触角、そして―――巨大な二つのハサミ。
「せ、せ……っ!」
―――巨大なザリガニ。それを見ての印象はその一つだった。
ただ、サイズは、先程のマンティスたちとは比べ物にならないほどある。
アントラス・ウォーリアの兵士が近くにいるが、彼らはそのザリガニの身体の何十分の1程度の大きさしかない。そのザリガニの大きさは”一軒家”……いや、ちょっとした
”バス”か”列車”ぐらいの大きさがあった。
「「『戦車ザリガニ!!』」」
グンバとデアルガが、同時に叫んだ。
「ざ、ザリガニ!? なんでカマキリの後にあんなのが出てくるのよ!」
「そ、そんな事ァどうでもいい!! なんであんなのが出てきやがる!?」
デアルガが焦燥感を顕わにした声音で叫んだ。
「アイツは―――”C”ランクのモンスターだぞ!!」
あまりに戦慄するグンバとデアルガの様子を不審がって、センリは訊ねた。
「Cランクって……そんなに強い奴なの?」
それにグンバが応える。
「モンスターは、強さと稀少さでランク付けをされてて、GからSまでの計8のランクと、これに1ランクを5段階に分かれてものが付けられてて、計40のランクで表されてるだ。で―――ヤツはCの中央だから40ランク中のおよそ18位。つまり―――ファシテイトに存在する”ボス含めた全モンスター中”で中より上ぐらいの強さだぁ。これは……かなりヤバイだよ」
「なんかよくわかんない」
デアルガがセンリに更に説明する。
「『人食いゴリラ』よりも二周りはつええ……って言ってもわからねェか。
本来なら―――ファシテイトの戦闘になれた熟練の中級者プレイヤーが”中隊”か
”大隊”規模で掛からねェとダメな相手だ」
「それってどの位なの?」
「おおよそ”60人”から大隊の最高の”1000人”までだ」
「せ、千人!?」
「ああ。指揮とか組み合わせが悪ィと、千人でも倒せない事がある。その位の相手だ」
「そ、そんなに強いの……!?」
「確か―――騎士の上級クラスに上がる”キャンペーン・シナリオ”ってのの
ラスト・ボスを務めてるやつだ。完全に思い出した」
「ただパワーとかが強いだけじゃなくて、厄介な能力をいくつも持ってるだよ」
谷を見渡して、デアルガが続けて言う。
「ヤベェな……この谷の奴等、決して個々の能力は低くねェが、統率を持って戦えてるほどじゃねェ」
戦車ザリガニがハサミを天に向け、打ち鳴らすと同時に
グンバたち三人の常時ウィンドウ表示に名前が表示された。
《MISSION BOSS§『戦車ザリガニ』-The TANK Ecrevisse-》
「チョイと、分が悪すぎるぜ……!」