49:”無法”の体現者(11)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。その中で、情報ギルドの元を訊ねる事となった彼は、マスターの「シーカー」から、悪人街に居るそれぞれの領地を治めるプレイヤーの過去を聞く。
そして午後からのPK系ギルドの領地「商業地区」への攻撃が再開され、ラクはそこで「ファイブ・スターズ」のナルミと出会う。裏切ったかに見えたヤジマを正気に戻す事で、何とか一撃を与えたが、そこにスターズのメンバーである「プリミア」と、更にはリーダーである「エクスクモ」までが現れ、決戦の状態となっていった―――
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(まずい、まずいぞ……!)
スターズが三人現れ、敵も味方も騒然となった。
なにせ、残っているハンター側の最高戦力と言ってもいい三人なのである。
どうやら、こちらの戦力を分散させてから、ここを突破する事が、最初から彼らの目的であったようだった。
匂坂の前に居るエクスクモが、険しい顔をして言い放つ。
「さて、お前らさえ倒せば……終わりだ」
「俺様を簡単に倒せるとでも言わんばかりの口振りだにゃあ?」
「倒せるじゃない、倒さなくちゃいけないんだよ」
「……?」
匂坂は、何度かエクスクモと対峙した事があったが、今までと彼の雰囲気が何か違うのを感じた。
戦う時、エクスクモはそこまで真剣に戦う人間ではない。どこか飄々とした感じを漂わせつつ、力を抜いた風に、しかし手抜きではない戦いをする男である。
だが、今回の彼の口調からは、遊びを全く感じさせない”気迫”とでも言うべきものが感じられた。
今までに無い、珍しいものだった。
(どうした……?)
匂坂はその事に首を傾げつつも、戦闘の準備を行った。
床屋で使用するようなカッターを懐から取り出し、身構える。
鉄すらもたやすく切り裂く、強力無比なEX級アーティファクト装備『裂鉄刃』だ。
すると、同じようにエクスクモも刀を構え、両者の間に緊張が走っていく。
エクスクモが構えたのも、同じようにEX級の装備である『メタル・イーター』である。
ともに、ファシテイト内で信じられないほど入手の難しいものであり、ただでさえ強いものだが、熟練プレイヤーが持てば、より恐ろしい威力の武器となる。
こうなるともはや、誰も間に入ることは出来ないだろう。
「あっち側はもう手出しは出来ねェな……」
ラクは、ガンテスが匂坂とエクスクモが向かい合うのを見て、半ば諦め気味にそう呟くのを聞いた。
今、周囲の戦闘は停止している。
だが、これは一時的なものでしかないだろう。
ラクもガンテスらも、そしてハンター側の人間も、それはわかっていた。
これから、一気に駆け抜けるような決戦が始まる。その為に全員、現状がどうなっているかを再確認しているのだ。
(くそ、どうする……? 相手は数が多い上にブーストまで掛かってる。かなり分が悪いぞ……)
僅かに、周囲の戦闘が止まっている中、ラクはこれからどういう風に戦うべきなのかを考えていた。
そんな時に、ヤジマが言う。
「ひとまず、某がナルミとかいう者の相手をする」
「ヤジマさん、大丈夫ですか? 相手は……」
「スターズである事は承知している。だが……こうなった責任は某にある。やらせて貰いたいである」
「……その方がいいな。あれはお前の方が相手しやすそうだしな」
ガンテスがいつになく重くなった口調で言う。
緊急事態であるからなのか、聞いた事の無い程、冷静そうな口振りだ。
「主らは、プリミア殿の相手を頼む。某では、恐らく向かい合えぬ」
そう言うとヤジマはナルミの方へと向かい合い、刀を抜いた。
ナルミもそれに気付いたのか、ラクからは狙いを外し、同じようにヤジマに向かって身構えていく。
周りの人間も、匂坂やナルミ達の気勢に触発されたのか、段々と武器を取り始め、戦闘が開始されていった。
「……おい、新入り」
「はい?」
「お前は一旦、ここを離れて他の奴等を集めて来い。俺らがなるべく時間を稼ぐからよ」
「え? でも……」
「でも、じゃねえ。このままだと勝てねぇ事位、わかるだろ? お前もよ。俺らだけでスターズ3人とハンター側の本隊相手じゃ、分が悪ぃ」
「一応、メールでの連絡は飛ばしましたが……」
「それだけじゃ難しいだろ。直接行って来い。どっちにしろ、お前がここに居た所で、形勢はそんな変わらねぇ」
「……」
やや辛口の言い回しであったが、ガンテスの言う事ももっともだった。
自分一人の能力で、とてもこの状況を打破する事は出来ない。
むしろ、レベル的にかえって邪魔にすらなってしまうかもしれない。
逃げ出すようで複雑な気分だったが、ラクはそれを承諾した。
「わかりました。他の人達を集めてきます」
「頼むぜ。なるべく早くな」
「はい!」
ラクは、ガンテス達にプリミアを初めとした賞金稼ぎ達の相手を任せ、他の場所へと応援を頼むため、商業区エリアを離れていった。
■
プリミアらが戦闘を開始し、彼女の歌声が悪人街の全域に響き渡っていくと、他の地域のマスター達も異変に気付き始めた。
「おや……? この曲、いえ歌は……」
アズールの陣営において、悪人街において馴染みの無い透き通るような歌声が流れていくと、陣営の中央に居たアズールは、手を顎において考え事を始めたようだった。
それを見て、付近に居た幹部らしいプレイヤーが声を掛ける。
「どう致しましたか? マスター」
「いえ、ちょっと気になりましてね、この曲が。まぁそれより……敵の数は今、どのような感じになっていますか?」
「襲撃の件ですか? 偵察の報告通り、午前のものよりも少し減っているようです。これならば、防衛するのには問題ないかと……」
「フム……ならば、打って出ましょうか」
アズールが淡々と呟くように言うと、周りに居た幹部たち数名は意外な回答に驚いた。
「えっ……? いえ、しかし……相手の出方を見てからの方がよろしいのでは? 今まで通り」
「相手の策はもう割れています。先程の歌で確信できました」
「え……? あれで、ですか……?」
「はい。それと……ここの後の指揮を頼めますかね? 私も出ますので」
「しっ、指揮を……ですか!?」
「はい」
「アズール様、出られるのですか?」
にっこりと優しい笑顔で、自分が最も信頼する幹部へとアズールは同じく、肯定の返事を述べた。
「しかし、自分などが指揮をやっても……」
「力不足、と言いたいのですか? それなら心配ありませんよ。強力な賞金稼ぎ達は、全て向こう側へ集まっているはずです」
「そうなのでしょうか?」
「こちらへと攻撃をかけてきているのは、陽動のザコと仮止め用の指揮者ばかりですよ。シーカーからも、そこは回答を得ています」
「……了解いたしました。微力ながら、尽力させていただきます」
「頼みましたよ」
そう言うとアズールは護衛のメンバーを僅かだけ連れて、自分の陣営を出て行った。
「さて、少し面倒な事になりそうですね」
歌声が響き渡る廃墟の街を見て、アズールは表情を僅かばかり曇らせた。
■
ラクが出て行った後、ガンテスはプリミアを倒すべく、配下の人間を引き連れて彼女が歌を歌う建物へと突入を試みていた。
だがそれは、悉く失敗に終わっていた。
「くそっ……!」
別れ際にラクから吟遊詩人の能力についての簡単な説明を受け、どういうものかだけは頭に入れながら戦いに臨んだガンテスであったが、その能力の特異さに苦戦していたのだった。
プリミアが勇敢なリズムの曲を歌い始めると、賞金稼ぎ達の攻撃力が上がり、ガンテス達が押されて防戦一方の状態となっていく。
逆に、楽しげな曲を歌い始めると相手側のガードが数段固くなり、こちらからの攻撃が通りにくくなっていった。
(ある程度は上がる能力が曲調から判断できる、とか抜かしてやがったが……)
全てのステータスが上がるわけではないので、曲に対応した戦い方を取れば、ある程度は問題なく戦える。
と言う風に聞いていたのだが、集団戦にそこまで慣れていなかった事もあり、その判断が、ガンテスには中々付かなかった。
悪人街の人間達は、地力でこそハンター側を上回っていたが、数とブーストでの能力強化により、再び、段々と戦況を劣勢へと傾けさせられていた。
「くたばれやぁっゴミクズがぁっ!!」
飛び掛ってくる相手の賞金稼ぎを、ガンテスは持っていた大型の手斧で振り払う。
「邪魔だッ!」
ガンテスの斧が一薙ぎされると、飛びかかった相手は子犬か何かのように蹴散らされ、宙を舞って行った。
(まずいな、見かけよりかてぇ……一気に突破できねぇ。ボスも、ヤジマの野郎も、今は手が離せねぇし……)
ガンテスは、ちらりとヤジマの方を見る。
「ぬんッ!!」
ヤジマが放った刀の一撃は、ナルミの水のバリアーを破り、攻撃を命中させていた。
だが、水の防護膜が切断攻撃の威力を分散させているのか、致命的な威力までには至っていないようだった。
「チェッ、ちょっと面倒なのが出てきちゃったなぁ……」
ナルミが切り裂かれた白衣を見て、不愉快そうに眉を歪めた。
「女子に手を掛けるのは好きではないが……今は真剣勝負の中故、手加減はせぬっ!」
「ボクも同じさ……これで負けたら、後が無いからねっ!」
大型の水塊が発射され、間一髪でヤジマはそれを切り払った。
ヤジマの攻撃は、かなりナルミの能力に対して効果的であるようで、今のところは一対一でも戦えていた。
ただ、周囲の人間は誰も加勢できず、長期戦になりそうな気配を漂わせていた。
高レベルのプレイヤー同士の戦闘に乱入するとなると、その二人のレベルを更に超えていなければならないからだ。
それが可能な者は片手で数えられる程度しか居ないだろう。
可能な者が居るとすれば、それは―――
「ハッ! ハァッ!!」
「ヒヒヒッ! いいねぇっ!」
声に反応してガンテスが視線を移すと、その先では鋭い剣閃が乱れ飛んでいた。
発生源は人波の中にぐるりと出来上がったサークルの中。
そこで相対していた二人の戦士からだった。
「スパイダーッ! 覚悟しりょやぁーッ!!」
「気安く呼ぶなッ! ハイエナがぁっ!!」
二人が攻撃を打ち合うたびに、甲高い金属音が周囲に鳴り響いた。
同時に、地面が僅かに震える。
重い攻撃がぶつかり合っているため、踏みしめている地面へと振動が伝わっているである。
高レベルの近接型クラスが戦った時に起こる現象だ。
(とりあえず、ヤジマの野郎とボスの方は問題ねぇか)
二人との距離が離れている為、ガンテスは戦闘を遠目から確認したが、見た限りではさほど問題が無いように見えた。
元々の能力的に、両者とも拮抗したものである為、今の所は大丈夫なようだ。
高レベルの装備である為、どちらも簡単には崩れない。
だが、それはまだどちらの陣営にも、天秤が傾いていないからこその対等な状態だ。
このまま周辺の戦況が悪くなれば、どうなるかはわからない。
ガンテスは心の中で舌打ちをした。
やはり、これを打開するにはプリミアをどうにかしなくては無理なようだ。
(ちっ……ここは俺がやっぱ踏ん張らねぇとな……)
周囲のメンバーに檄を飛ばして、ガンテスは一旦防御を固めるように指示を出した。
プリミアの指揮は中々のものだが、所々、綻びが垣間見える。
そこを叩けば、活路が見えるかもしれなかったからだ。
(ひとまずは耐えるか……面倒くせぇが。早く戻ってきやがれ、新入り……!)
■
悪人街側と、ハンター側の戦闘が開始される中、ラクは商業地区から離れると、通信用のウィンドウを開き、手当たり次第に連絡を取った。
掃除屋か、マスター達か、とにかくこの状況を何とかできる助けになりそうなプレイヤーへ、である。
しかし―――返って来るのは機械的な案内音声だけだった。
『通信できません。戦闘中か、通信コールに応えられない状況のようです』
「……ダメか」
マスター達は全員応答不可能となっていた。
恐らくは、ギルドでの戦闘指揮を執り始めたため、通信できないのだろう。
掃除屋の面々にも連絡を取ってみようとするが、そちらも戦闘に入ってしまったのか、ウィンドウには何も映らない。
(どうする……?)
商業地区をひとまず出れたので、自由に動けるようにはなったものの、まごついているわけには行かない。
一度、中華街周辺へと戻って、サイモン達に力を借りるべきだろうか?
いや……あの辺りも戦闘がまた始まっている筈だから、それでは時間が掛かってしまう。
商業地区への援護はかなり急を要する。なるべく早く援軍を呼ばなければならない。
しかし、その手が全く思い浮かばない。
「~~~……ダメだ!!」
いくつか作戦を考えてみたが、どうにもならないように思えた。
仮に―――である。
ここで掃除屋を全員、集められたとして、それで戦闘に臨んでも分が悪いように思える。
相手はかなりの人数である上、その大半に能力上昇効果が掛かっているのだ。
これを盛り返すのは、並大抵の事ではない。
何か、ハッキリと「これだ!」と思えるような作戦が必要だった。
(……落ち着け、落ち着け……)
ラクは大きく深呼吸をして、精神を落ち着かせた。
こういう緊急事態のときに、まず必要なのは落ち着く事だ。
トロトロしていてもダメだが、焦って行動しては、結果的に何も出来ないか、より悪い行動を引き起こしてしまうだけだ。
(少し、状況を整理してみよう)
現在、配置としてはまず「中央地区」がハンター側に奪取されている。
「都市区」にリリルが再攻撃を仕掛けている。
また、ストロング、じゃがいもが配置されていたが、今は場所が不明だ。
そして「港地区」にアズールが居を構えている。
援護にはニクロムとジャグスが行っており、今回も攻撃には参加しているはず。
「公園周辺区」はシーカーの情報屋ギルドがあり、ヴェネディアと滝沢が配備されている。遭わなかったが、何処かに居たのだろう。
「商業地区」は先程まで居た場所で、匂坂がガンテスやヤジマと共に戦っていた。
攻撃力が高かったためか、午後の今、攻撃が最も激しく行われている場所だ。
スターズが3人現れ、またハンター側の本隊と共に攻撃を掛けてきており、援護がすぐにでも必要な状態となっている。
「中華街区」には、最初に行っており、シエラとサイモンを初めとした盗賊ギルドの人間達が居る。K.Kもここに居るはずだ。
(後は……)
他には、スターズの後二人ぐらいが懸念材料だろうか。
サイキッカーのハヤト、要塞騎士のギャロットの両名だ。
この二人は、深手を負っていたり、装備を変更の為に一時撤退している。
戻って来る可能性は高いが、今の所はどこにも現れていない為、ひとまずは別にして考える。
(今、やらないといけないのは……)
とにかく、最優先で援軍をどこかに頼まなければならない。
それも、一人二人ではなくある程度の纏まった勢力を、だ。
その為にはマスターに何とか連絡を取らないとならないだろう。
(もう一度だけ、通信してみるか……)
とにかく、このままでは何も出来ない。
ラクはもう一度、協力者を探して通信を行った。
マスター達にやってみて、それから掃除屋の仲間へとしつこく連絡をかけてみる。
直接通話は出来なくても、仲間の方から連絡が可能かもしれないからだ。
すると、とあるウィンドウに映像が映り込み始めた。
ノイズが掛かっていて、誰かは最初、よくわからなかった。
『……誰? こんな時に』
(あれ? この声は……)
ウィンドウからは、やや甲高く幼い感じの声が聞こえてきた。
ラクはその声に覚えがあった。
あの掃除屋達が集うバーで出くわした「じゃがいも」と「滝沢」。
その二人を従えるようにしていて、ゴスロリな服装に身を包んでいた少女「ヴェネディア」である。
「俺です。ラクォーツです」
「何だ、アンタなの? 今どこに居るの?」
「今、商業地区の付近に居ます。外れ辺りです」
「そう……あたしは公園の方に居るわ」
「シーカーさん達と一緒ですか?」
「ええ。あの人が指揮をしてて、もうちょっとで攻撃してきた奴等を片付けられそうな感じ。そっちは今どうなの?」
「こっち側はかなり危ないです。それで、他の地区と連携を取りたくて、戦闘地域から離れたんですが……誰か、手の空いてる人達を知りませんか? もしくはシーカーさんに連絡を……」
「今、暇してる奴なんて居るわけないでしょ!? 街全体が攻撃されてんのよ? どこかを援護する余裕なんて無いわよ。第一、そこって戦闘特化の奴等ばっかりいるんじゃないの?」
「スターズの人達が三人も攻撃して来てるんです! しかもその中の一人が吟遊詩人だから……」
そこまでを言うと、ヴェネディアの方から、息を呑むような音と共に、動揺するような声が聞こえた。
「吟遊詩人……!?」
「えっ?」
「い、いえ、なんでもないわ。それより……そう言えば港区の方なら、もうちょっとしたら手が空くんじゃないかしら? ちょっと前に、ジャグスとニクロムが”今度は敵が少ないから楽勝”みたいな通信をしてきてたわ」
「港区あたりか……」
「公園の方は当分、手が空かないから。じゃあねぇ~」
ヴェネディアとの通話が切れると、ラクは彼女が言った二人へと通信を試みた。
だが、やはり通信は行えない。
戦闘中に通信が入ると、それが原因で不利な状況に陥る事があるので、彼らは完全に切断した状態で、戦闘に入っているのだろう。
どうやら、直接行かなければならないようだ。
「……ここからだと中華街は遠すぎるな。仕方ないか」
”持っていてくれよ”と願いつつ、ラクは都市区の方へと足を向けた。
■
港区は、海に面した地区であり、倉庫が多く立ち並んでいる。
商業区も建物は多いが、都市区と港区は完全なビジネス街である為、建物は殆どがビジネス用のものとなっており、ゲーム用ではない。
共に、一般プレイヤーが多く使用する場所であるからか、殺風景と言うか、リアルのものと大差が無いつくりになっている。
中央地区とここ港区はアズールが居を構えて居るとの事であるが、正確な位置は戦闘が始まったこともあり、わからない。
そもそも、中央区は午前中にハンター側からの攻撃を最も受けたため陥落しており、駅の周辺から、都市区、そしてここ港区までは敵だらけだ。
「この辺に居るはずだけど……」
商業地区へのスターズの襲撃。それに対抗するため、協力者となりそうな「ジャグス」と「ニクロム」を探し、ラクは港区の方へとやってきた。
(ニクロムとジャグスが、居るんだっけ)
商業区でも戦闘では多かったが、この辺りでも負けないほどに、手当たり次第、戦いが行われている様子だった。
(出来るだけ早めに合流したい所だけど……)
ラクは基本的に戦闘は避けながらここまで来ていたが、逃走用のアイテムの消耗が目立ちってきていた為、倒す事が可能だと判断した相手は、なるべく時間を掛けずに速攻で倒して進んできていた。
しかし、やはり戦闘特化タイプではないので、連続で戦闘となるとラクにはキツイものがあった。
ジャグスもニクロムも、完全な戦闘特化タイプのプレイヤーなので、出来る限り早めに合流して、作戦を立てたいところだった。
「しかし、どの辺に居るんだ……?」
港区は船に積む貨物を多く保管する為の、単純な構造が続いている場所であるのだが、思った以上に広い地区である。探すには手間が掛かるのが容易に想像できた。
今は、戦闘がそこらかしこで行われているので、尚更だ。
(せめて本拠地になってる場所でもわかればなぁ)
掃除屋の人間は、全員が各ギルドの代表者である為、そこそこ腕が立つ。
なので、基本的にはアジトとなっている場所から、そう離れていない場所で戦っているはずである。
仮に離れているにせよ、アジト近くに居るメンバーならば、場所を知っているはず。
ラクはそう考えて、アジトの場所を探そうと、港の中央付近にあるトラックの荷台へと身を隠した。
各倉庫を見渡せる場所に陣取る為である。
(さて、どこら辺かな……)
ラクは戦っているプレイヤー達の中からジャグスとニクロムを探した。
ニクロムの方は戦っている姿を見た事は無いが、あの格好は目立つし、ジャグスの方は戦い方が豪快なので、視界に入ればわかるはずである。
しかし、探している中で、ラクは妙な人影を見つけた。
「……ん?」
何人かにガードされている人間が居るのである。
それも”前衛が後衛を守っている”とかではなく、単純な一般プレイヤーの服装をした相手を、だ。
真ん中に居る男性は、スーツを着込んでおり、鋭い目つきをしている。
刈上げられた短髪に、眼鏡をしているその姿は、どこと無く冷徹そうな雰囲気がした。
逃げ遅れたビジネスマンだろうか? とラクは最初思ったが、それにしては何かおかしい。
午前中の、攻撃が掛けられている最中ならわかるが、今はもう正午を過ぎた時間で、襲撃されてから大分時間が経っているからだ。
避難をするには遅すぎるし、これだけ時間が経てばリアルでもファシテイト内の揉め事が伝わっているはずで、普通のプレイヤーはワールドインしないはずだからだ。
(いやに厳重な守りだな……)
いかにも”要人”と言った風なその感じに、嫌な感じを覚えたラクは、彼らの後を尾行してみる事にした。
周辺のガードを勤めているプレイヤーは、かなり強力な者であるようで、攻撃を仕掛けてくる人間を、次々に攻撃して排除していく。
悪人街側のプレイヤーが主に倒されている所から見ると、見た限りでは彼らはハンター側のようだ。
やがて―――彼らは港区にある、とある倉庫へと入っていった。
(一体何を……)
尾行して行ったラクが、そこで目にしたのは意外なものだった。
(えっ、あの二人は……!?)
「ちぇっ……やばいのに見つかっちまったなぁ」
「フゴッ! フゴゴゴ!!」
貨物倉庫の奥で、スーツ姿の男達に追い詰められるように、更に奥に二人の姿が見えた。
一人はトラマスクを被った筋骨隆々の男、もう一人は頭に白衣姿に歯医者が頭に着けている様な、丸い鏡のついたヘッドギアを被っている少年。
掃除屋の「ストロング」とヴェネディアの熱烈なファンである「じゃがいも」だ。
彼らは確か、都市区の防衛に回っていた筈だが、それから行方知れずとなっていた。
確か「じゃがいも」の方が倒されて、一度復帰のために逃走した、と言う話だったが……。
(何でこんな所に?)
ラクはすぐさま援護に入ろうかと思ったが、スーツ姿の話を始めたため、まずは聞き耳を立てて、様子を伺う事にした。
「さて……そこのゴミクズ二人をさっさと始末しろ」
「随分な事言ってくれるね。そんな事言っていいの? 情報管理局? だったっけ? そこの人がさ。ゲームの中とはいえ、そんな暴言吐いちゃいけないでしょ」
「”電子操業省”だ。今の政府の電子操業省の直轄に、そんな名前の局は無い!」
スーツ姿の男が、イラついたようにそう吐き捨てると、じゃがいもは苦笑した。
皮肉っていたのか、それともそんな事にスーツ姿の男がこだわるのに呆れたのか。
「まぁそれはともかく、やっぱり見逃してくれないんですかね?」
「私は賞金などに興味は無いが、処分できるゴミを見過ごすような不精者ではないんでな」
スーツ姿の男は、そう言うと付近にいたガードらしい人間に「片付けろ」と呟くように言った。
彼が言うと同時に、ガードのプレイヤー達は、一斉にじゃがいもの方へと襲い掛かった。
「うわっ! ちょ、ちょっと待ってぇっ!」
恐らく、後衛型の方を先に潰そうとしていたのだろう。
ガードの人間は全部で4人ほど居て、全員で突撃をじゃがいもに向かって仕掛けていたが、それを見切っていたのか、ストロングが前へと立ちはだかった。
「フゴゴッ!!」
動きが早く、重そうなプレイヤー達だが、パワー勝負ならばストロングには分がある。
4人掛かりの突撃であったが、見事にそれを食い止めていた。
その間に、じゃがいもが懐から慌ててビーカーやら薬ビンを2、3本取り出し、中にある液体を一つのビンへと集めていった。
何かの薬品をその場で調合し、別のものを作っているのである。
薬師の能力である「調薬」だ。
「フゴッ、フゴッ!」
じゃがいもの調薬により、液体が一つのビンに集められると、そこから煙が噴出し始めた。
「もうちょっと待ってて……よし、出来た!」
それを、じゃがいもは天高く掲げた。
その光景を見て、最初は調薬に失敗したのかと思ったのだが次の瞬間―――甲高い発射音が鳴り響いた。
そして、ビンから飛ばされた”何か”が倉庫の天井を突き抜けていくと、空中で色とりどりの火花が散った。
(花火……?)
信号弾のような感じだが、複数回の爆発音と共に、カラフルな火花が散って行く所などは、まさに夏の風物詩である”花火”にそっくりだった。
「何の真似だ……? 自爆でもするつもりだったのか?」
「いや、自分が戦ってもいいんだけどさぁ……借りれる手は借りようかなー、って思ってさ」
「何?」
「あれ、ここまで言ってわかんない? それじゃあ―――あんたの負けさ」
一瞬の空白が場を支配した。
周辺での戦闘音が鳴り止み、静寂が倉庫内を包んだからである。
転瞬―――倉庫の壁が破壊された。
そして、二つの影が素早く侵入してきた。
その侵入に合わせるかのように、ストロングは身を素早く翻した。
それとほぼ同時に、巨大な刃と、鋭い剣での一閃が煌いた。
「ぐあっ!!」
「がッ!!」
ストロングが相手をしていた4人は、その攻撃で全員撫で斬りにされ、地面へと転がると、即死の判定メッセージと共に、砂のように崩れて消えていった。
彼らが消え去ると、ストロングが先程まで居た場所には代わりに二人のプレイヤーが立っていた。
「間に合ったみたいっすね」
「よぉ、ファン2号。生きてたか?」
巨大な肉斬り包丁を地面に突き立てて、一息つく少年と、黒紫の鎧に身を包んだ禍々しい雰囲気を纏った侍の男。
掃除屋の戦闘型プレイヤー「ジャグス」と「ニクロム」の二人だった。
「自分の方が1号ですよ!」
「あれ? 滝沢ん方が1号じゃねーのか。オレァそう聞いたんだけどよ」
「それより、アイツを……」
じゃがいもが二人の背後の方を指差すと、舌打ちと共にスーツ姿の男は膝を大きく曲げた。
そして大きく飛び上がると、じゃがいもが開けた倉庫の天井穴から外へと出て行った。
「あっ、ちょっ! 逃げやがった!」
「もう無理だな。”ハイジャンプ”だ。ありゃ」
ジャグスが地面に突き刺さった巨大な包丁を抜いて、背負いながら言った。
「誰ッスか、あいつ?」
「”クエイ”って言うキャラですよ。電子なんたら……ってので、聞いた事ないですか?」
「電子……そう言えば、ガンテスがそんな事を前に言ってたような。んだったっけ? 結構重要そうな事だったんだけどな。そっちのお前なら、わかるか―――新入りよ」
(うっ!)
ニクロムから声を掛けられ、ラクは一瞬、身体を跳ねさせた。
貨物の影に隠れているので、彼らが立っている辺りからは見えない筈だが、戦闘型の能力なのか、いつの間にかこちらの位置を補足されていたらしい。
余りにも自然に声を掛けられたために、驚いてしまった。
ラクは、その言葉に引きずり出されるように出てきた。
「……す、すみません」
「あれ? 新入りの奴だったのか。誰か居るってのはわかってたけども」ジャグスが言う。
「入ってくる時に装備の一部が見えたからな。あれじゃ見つけてくれって言ってるようなもんだ」
(……怖いもんだ)
戦闘型プレイヤーの観察力の高さに怖さが感じつつ、ラクは、先程までじゃがいもが言っていた言葉に食いつくように言った。
「あの、さっきのって”電子操業省”の事ですよね?」
「ああ、そうそうそれそれ!」
じゃがいもが喉の支えが取れたように指を振りながら言った。
「何だそれ?」とジャグスが訊ねると、ラクが説明する。
「政府の方で作ってる”省”の一つです。農林水産省とか、ああいう奴。元は情報省ってのの一部だったんですけど、ファシテイトの管理をするのに人手が必要になったからって、新しく独立して出来た省ですよ」
「政府……? って事はアイツ、国の役人か何かって事か?」
ジャグスが言うと、じゃがいもが応えた。
「あれ、この辺の再開発をしたがってる役人なんですよ。たまに視察にやってきては、嫌味みたいな言葉を吐いてくるってんで、見つけ次第PKしちまえ、って言われてた奴。確か、”クエイの野郎は見つけ次第PKしちまえ! 殺れた奴には俺から賞金を出してやる”とか前に言ってましたねぇ」
「ああー、そうだそうだ、機嫌悪い時に口走ってたな。誰かぶん殴りそうな勢いだったから憶えてるわ。それがあいつか」
「なんでそんなのがここに居るんだ?」
「デカイ戦闘が起こってるから、今がアジトの突き止め時だとでも思ったんじゃねーの? 実際、今は外からやってくる奴等に対しての守りは手薄みたいだしなァ。この状況じゃあ無理もねぇけど」
(なるほど……)
どうやら、話を聞く限りでは、政府の人間が以前からここにはやってきていたらしく、それによる対立の構図なども存在していたようだ。
悪人街の敵というのは、賞金稼ぎだけではなく、他にも多いのだろう。
「所で……この新入りの野郎がここに居るのはなんでだ? お前、中華街の方にいるんじゃねぇのか。確か通信ではそう聞いたけどよ」
ニクロムが淡々とした表情のまま、ラクに訊ねた。
「お前、担当の所放っぽってきやがったのか?」
それを聞かれると、ラクはここへとやってきた理由を思い出し、その場に居た4人に、これまでの経緯を話した。
中華街方面で大きな戦闘があった事、また今度は商業区の方でスターズが現れたため、何かしら対策を早急に打つ必要がある事を、だ。
「あっちだとそんな風になってンのか。面倒くせぇな……」
ニクロムが不機嫌そうな顔をしながら言う。
ジャグスは逆に興味深げに、ラクへと訊ねた。
「アイドルってどんなクラスなんだ?」
「確か”吟遊詩人”って言う系統の奴になるはずです。歌を歌ったり、曲を奏でる技能で味方のステータスを上昇させたり、相手のステータスを低下させたりする、ってので、広範囲に効果がある厄介なクラスですよ」
「フゴッ、フゴッ、ゴッ」
ストロングがジャグスへと何かを言うと、それを彼が翻訳する。
「えっ、”こっちもその、歌とかで迎撃できないか?”って?」
ニュアンスでわかるとジャグスは言っていたが、相変わらず殆ど言っている事がわからない。だが、意見としては非常にまともだ。
それを聞くと、ニクロムが皮肉めいた感じに言う。
「そりゃあ無理だろ。だってこっち吟遊詩人なんていねーじゃねぇか。掃除屋にもいねーし、歌ってどうのこうのするなんて、そんな奴聞いた事あるかよ?」
「ギター弾いてる奴とかは居たぜ。ただ……どこに居るかはわかんねーな」
「そんなの居たかよ?」ニクロムがジャグスに訊ねる。
「いや、バーとかでたまに見かけたんだ」
「お前、リアル小学生だろォ? バーに入り浸ってんじゃねーよ」
「うるせークソが。オレの勝手だってーの」
「フゴッ! フゴッ!」
「うるさい! いいだろう別にさぁ!」
口は悪いが、頼りになる4人である。ここで彼らと合流できたのは大きい。
しかし、いくら人数が揃った所で大量のブーストが掛かった敵の前では、やはり心許ない。
何か、有効な作戦が必要だった。
そんな時、じゃがいもがラクに訊ねた。
「なぁ、一つ聞きたいんだけどさ」
「何ですか?」
「今言ったじゃないか。吟遊詩人の能力。あれってさ、逆の事も出来るのか?」
「逆の事って、敵の能力を下げる方ですか?」
「違う。単純に相手の、掛かってるブーストを打ち消すみたいな感じの事が出来るかって話」
「そりゃ、まぁ……出来る筈ですよ。ブースト打消しの能力も確かありましたので。モンスターの中には、自分を強化してから攻撃してくる奴もいるんで、そういう奴対策のスキルです」
「……それなら、一つだけ手があるかもしれない」
「えっ?」
じゃがいもが何かを思いついた様子で、思いついた作戦を話し始めた。
いつになく深刻な表情をして、その口から話された作戦の内容は、ラクが思いつかなかった意外なものだった。




